19.繋がりかける事実
どのくらい殿下といたんだろう。朝、昼とご飯も食べず、発情に見舞われて……。殿下に寄り添いながら、過去の話しを聞いた。
何か、力になれることがあるかもしれない。そんな風に思っていたのに。
……小さくお腹が鳴ってしまった。
「ククッ……」
「わ、笑わないで下さい……一日何も食べてないので」
「悪い。まずは、腹ごしらえだな」
「そういえば、シェリルは……」
「呼ぶまで誰も部屋に入るな、と伝えてある」
「あっ……」
「誰にも見られたくない」
サラッと……恥ずかしいことを言う。思わず頬を押さえて、落ち着けと言い聞かせた。
「ここに運ばせよう」
「……ありがとうございます」
暫くして、身体を気遣う食事が幾つも運ばれてきた。気を遣わせてしまって……申し訳ない気持ちがいっぱいだ。あとで、シェフの方にお礼を伝えに行こう。
「食べれそうか?」
「はい、身体に染みます。殿下も同じメニューに付き合ってもらって……すいません」
「……なぁ。そろそろ、その殿下って止めないか?」
食事を口に運びながら、サラッと言ってのける。
「……名前……ですか?」
「他にないだろ。俺も、お前って言ってたけど。最近は、リゼって呼んでるぞ」
「確……かに。では……エイキ様?」
「……っ、」
食事の手を止めて、視線がぶつかった。
「……悪くない」
照れた様子で食事を進める姿が、なぜか可愛く見えた。揶揄えるほどの距離ではないけど、胸が満たされるのはきっと、私も心を開いたから……だと思う。
「……リゼ」
「はい?」
不意に、真面目な声で呼ばれる。
「さっきの話だが……」
スプーンを置いたエイキ様が、少しだけ視線を落とした。
「すぐに答えは出ない」
「……はい」
「だが、確かめる価値はあると思ってる」
静かな決意が、何を意味しているのか分かってしまった。
「……調べるんですね」
「あぁ」
「なら私も――」
「ダメだ」
被せるように言われて、言葉が止まった。
「リゼには関係ない話だ」
「でも……」
「キッカケを作ってくれたことは感謝してる」
守るために引かれた、線。
「……分かりました」
本当は、力になりたい。でも、それでも良いと思ってしまうくらいには――
この人を、信じたいと思っている。
***
リゼに「お休み」と告げて、部屋を出た。
「……ソイル」
「はい」
視線も向けずに、淡々と歩きながら――
「母の件、洗い直す」
「どこまでを?」
「全部だ」
「…………」
ソイルの沈黙は、探るときの癖だ。
「王妃様も、含めて……ですか?」
「……あぁ。表に出ていない記録、関係者、当時の侍女……全て洗え」
「御意」
足を止めて、窓の外に見える夜の城下を見下ろした。
「もし何かあるなら……今度は、見逃さない」
彼女が……リゼが背中を押してくれた。背こうと思えば、背けた。だけど、リゼは言った。
"自分を責め続けたまま生きていくんですか?"
どう生きたら、母さんに報いることが出来るのか散々考えてきた。同じ未来を繰り返さないために、番いを見つけないことが最善だと思ったのに。蓋を開けてみれば、番いであるリゼの考えが最善だと思ってる自分がいる。
――あれから、一週間は経っただろうか。
夜も更けた書庫の奥。限られた者しか立ち入らない記録室に、紙を捲る乾いた音だけが響いていた。
「……ここまで揃うとはな」
机に並べられた記録を見下ろし、低く呟いた。
王命記録、当時の出入り記録、侍女の証言書。どれも断片的だったものが、一本の線で繋がり始めている。
「ソイル」
「はい」
差し出された一枚の書面に、視線を落とした。
「当時、側妃様が外出された記録です。名目は、王命による外出」
「……問題は、ここか」
「王命なのに、陛下も居場所が分からないとは不自然、ですよね」
喉の奥が僅かに詰まる。
「確かにあの時、父は探してた。嘘はついてない」
「実はその直前に、王妃様の私室へ呼び出されている記録があります」
「……王妃が?」
「はい。茶を共にした、と記載が」
王妃が呼び出す理由は、何だ?
「その後、すぐに外出しているのか」
「えぇ。こちらが城門の出入り記録です」
示された時間は、ほとんど間がない。
「医師の記録は、見事にないな」
「ありませんね。当時の侍女の証言では、確かに“体調を崩されていたため、外で診てもらう必要があった”と書いてあるんですが……」
紙に残る文字を、目で追う。
が、どこを辿っても、思い込んでいた事実は見つからない。当時、誰も疑問に思わなかったんだろうか……父でさえも。いや……俺と言う存在がいたから、か。
もう一度、記録を見下ろし、逃さないように見入った。
王妃の呼び出し。
その直後の外出。
王命という形。
そして――。
「……外に出る理由を、与えられたのか。その理由まで辿れたら、真相に近づける」
「引き続き、調査を進めます」
「僕もだけが原因じゃない可能性か……」
「番い様の助言が、全てをひっくり返すかもしれません。どうされますか? 番い様にこの件を――」
「いや、まだだ。中途半端に巻き込みたくない」
母さんを守ることは出来なかった。だが……リゼだけは、俺の番いだけは守りたい。ベッドに伏せた最後の母さんの姿が、無音でフラッシュバックした……。
――母さん……最後、僕に何を言いたかったんだ?




