18.告白
抱き締められて、耐えられない熱を溶かしてく――
「……殿下っ、私……」
「ん?」
それでも消えない疼きを、どうにかしたくて彼の袖を掴んだ。少し顔を離して、心が欲する場所を注視してしまう……。もう、どうしようもなく、はしたない自分が出てくる。
「楽になりたい……キス……して良いですか?」
「……許可なんか、いらないだろ」
「……っ、ごめん……なさい。離れなきゃ……なのに――」
欲しいのに、振り払うように下を向いた。私が離れれば、この人は傷付かないで済む……はずなのに、キスして欲しいなんて。嫌だと思ってた矛盾が、自分を苦しめる。
「……んっ!」
それなのに、私の顔を優しく包んだ彼の手が導くままに、唇が重なる。浅くなる息を整える暇もなく、求めるように重ねた。
きっと、私は逃れられない――
「……少しは、マシか?」
「……はい」
力が抜けた身体を預けて、呼吸を整える。
「約束を……ルールを破って済まなかった」
「呼んでないのに、って約束ですか……?」
「あぁ」
「それなら……私もです」
「……困っ時には呼べ、って約束か?」
「はい」
お互い様だなって、小さく彼が笑った。
呆れてはいても、怒ってはない。それは、私も一緒だ。
「王妃様に、会いました」
「知ってる。俺のことを聞いたんだろ?」
「はい。守られてると言ったら、傷付く前に離れた方が良い……そう言われました」
「……俺は――」
顔は見えない。だけど、何か決心したように深呼吸して、言葉の続きを話し始めた。
「俺がもっと子供の頃、母さんの香りが一時消えたんだ。だから、母さんがどこにいるか分からないと、父と必死に探した。いつもいる場所にもいない、それは必死に……」
私の肩に、彼の額がもたれかかった。
「見つかったと聞いて、慌ててその場所まで走ったんだ。そして、思い切り飛び込んだ――」
絞り出すように。
「お腹に赤子がいたのに、知らずに飛び込んだせいで死産……したと、言われた。その予後が悪く、母さんも……。だから母さんが死んだのは俺のせい……」
「だから……」
「そう、最愛を亡くした父を見ていたし、僕も母さんが大好きだった。自分の行動一つで、全ての歯車を狂わせることを知ってる。だから、俺は自分の運命からずっと逃げてきた」
……きっと、ずっと自分を責めて生きてきたんだ。小さい身体で、耐えてきたんだ……。
「……私がいたら、辛い……ですよね。離れた方が……楽ですか?」
「……それは――」
「それでも……私が、貴方のそばにいたいって言ったら……受け止めて、くれますか?」
ハッと顔を上げて、私を見つめる。
中途半端な覚悟なら絶対にこんな言葉、口にしない。それを理解した上で、私を見てるんだと分かる。
「……傷付けるかもしれない……」
「構いません」
「受け止めたら二度と……離せない、と思う」
「はい……」
「……幸せに――なれるだろうか」
「……分かりません」
一瞬だけ、彼の表情が揺れる。
「でも……それでも、貴方といたいです。今まで諦めてきた分、幸せになりませんか?」
ポタッと、彼の瞳から涙が落ちた。
そんな彼を、今度は私が優しく抱きしめた……。
***
こんな風に、心を開いたのは……母さん以来、かもしれない。人に涙を見せるなんてこと出来なかった僕が、こんなに自然に泣くとは、思いもしなかった。
言葉が無くても、ただ重なった体温と、落ち着いていく呼吸だけがそこにある。
発情を満たすのとは、また違った充足感。
「……一つ、聞いても良いですか?」
腕の中で、リゼが首だけ俺に向けた。
「ん?」
「どうして、お母様の香りが一時消えたんですか?」
「……生まれる予兆、と聞いた」
「それまでお母様の懐妊を知らなかったんですか?」
「……周囲には内密にしてたらしい。ただでさえ、母さんは側妃だったから」
聞かれる言葉の一つ一つに答えると、一つの疑問が生まれた。
「生まれる予兆があるなら、姿を消したり……しないですよね」
「病院で治療して帰ってきたらしい。馬車から降りたのを見て、飛び込んだから」
……リゼの表情が、何を捉えているのか、俺には分からない。真剣に、何かを考えて――
「それって……本当に、殿下のせい……でしょうか」
――ドクンッと、心臓が鈍い音を立てた。
「……どういう意味だ」
「生まれる予兆で体調を崩したなら、お医者様が来られるはずです。ましてや、内密にされたお産なら尚更」
「……」
「外に出ざるを得ない状況で偶然、殿下の行為があったとしたら――」
指先が僅かに震えている。
鮮明には思い出せない、断片的な記憶の中。確かに、父すらも必死に探したあの状況を、母さんが作ったのだろうか……?
「もし……事実が別にあったとしたら」
ほんの少しだけ、僕から身体を離したリゼが、真っ直ぐ真剣な目で――
「殿下は……どうしますか?」
問いかけられた言葉の意味を、すぐには飲み込めなかった。
「……どうする、とは」
「もし……本当は、殿下のせいじゃなかったとしたら」
その言葉に、反射的に顔を歪めた。
「やめろ。それ以上、踏み込むな」
脅してるわけじゃない。怒っているわけでもない。胸の奥に押し込めてきたものが、あまりに長いから。
「俺は……あの時、あそこにいた」
「……はい」
「俺が飛び込んだ。それは事実だ」
「でも――」
「結果は、変わらない」
遮るように言い切った。今まで、それで終わらせてきた。それ以上、考えないようにしてきたんだ。
「事実が別にあっても、殿下は……自分を責め続けたまま生きていくんですか?」
答えられなかった。
今まで一度も、そんな可能性を考えたことがなかったから。




