16.不穏なお茶会
――穏やかな中で訪れた、影。
「……王妃様が、私を?」
「はい……。今、王妃様付きの侍女が来てまして。リゼ様をお呼びだと」
「そう。行かない理由は、ないわ」
立ち上がって、鏡を見た。初めて両陛下に会った時、王妃様が殿下に向けた眼差しを覚えてる。
"その言葉に、責任は持てるのですね?"
母親というより、管理者だと感じたあの違和感。血の繋がらない継母の名は、一度も殿下の口から出たことはない。
「……それなら、堂々とすべきね」
大きく深呼吸をして「よし」と気合を入れた。先導されるまま、通ったことのない通路を進み、一際大きな部屋に着いた。部屋なのに、温室のような――
「リゼさん、いらっしゃい」
「遅くなってしまい、申し訳ございません」
「良いのよ。そんなの気にしてないわ。さあ、どうぞこちらへ。空気が良いでしょ?」
「はい、とても」
「ここは香りが混ざりやすいの。だから、みんな落ち着くって言ってくれるわ」
ソファに掛けながら、穏やかな笑みで会話が続く。
「あの子とは、仲良くやってるの?」
「はい。良くして頂いています」
「そう……それは良かった。あの子、昔から人一倍警戒心が強くてね。心配してたの」
カップに口を付けながら、尚も崩れない笑み。
「それで……番いの気分は、どう?」
「気分ですか?」
「私は、陛下の番いじゃないから……分からないの。あの子の母親とも、こんな会話は叶わなかったから」
「…………」
「片時も離れたくない、いつもどこにいるか気になる……それが、貴女のプレッシャーにならなければそれで良いのよ」
「プレッシャーには感じません。守られてると感じる方が強いので」
そう答えた私に、王妃様はふっと目を細めた。
「そう……良かった」
カップを揺らしながら、静かに続ける。
「番いってね、とても美しいものなの。強く惹かれ合って、何があっても離れられない」
――知っている。あの香りも、熱も、全部。
「でも同時に、とても危ういものでもあるのよ」
「危うい……ですか?」
「えぇ。強すぎる結びつきは、時に周りを壊してしまうから」
穏やかな声音なのに、言葉だけが冷たく落ちてくる。
「貴女と……あの子はとても似ているわ」
「……殿下と私がですか?」
「えぇ。特に、大切なものに触れてしまった時の顔が」
微笑んでいるはずなのに、その奥が見えない。
「優しいし、自分に似てるからこそ、怖がっているのよ。失うことを」
「それは……」
「昔はね、あの子も番いというものを信じていたわ。自分も、そうやって誰かを愛して、守っていくのだと」
そこまで言って、一度カップを置いた。
「でも……現実は、少し違ったみたい。人はね、弱いのよ。どれだけ強く結ばれていても――選択を誤ることだってあるわ」
それが、何を指しているのか。脳裏に過ぎる、お母さんの話をする時の殿下の顔……。
「そして、その結果……一番傷付くのは、誰だと思う?」
「……残された側」
「ふふっ、分かってるじゃない。愛された側は、いつだって置いていかれるの。可哀想でしょう?」
――否定出来ない。
「だからね、リゼさん。貴女が、あの子を大切に思うなら、少し距離を取るのも優しさだと思うの」
「ですが、それでは殿下の傷は癒えません」
「これ以上踏み込めば、貴女も同じになるかもしれないのよ?」
……同じ?
「どういう意味――」
「だって、あの子」
少し視線を外してから、私をまっすぐ見た。
「自分のせいで母親が死んだって言うの」
***
「リゼが、王妃に……?」
「こちらに連絡が全く来なくて。恐らく漏れないようにされたのかも……と」
「行こう」
……いつも、俺のためだと仮面を被る。母親らしいことをされたこともないし、母親と思ったこともない。結局、いつも大事なのは自分だけ――
「――リゼ!」
部屋に戻るところなのか、王妃の部屋から出てきた彼女を見つけて、名前を呼んだ。だけど、返事が返ってこない。
「……あ、」
「……リゼ、大丈夫か? 何か言われたり――」
「大丈夫です。お茶を飲んで……少し話しただけですから」
視点の定まらないリゼが、嘘の笑みを浮かべた。
「少し疲れてしまったので、部屋に戻ります」
それだけ言って、歩いて行ってしまった。
……何か、言われたことだけは分かる。彼女に話してないことなら山ほどある。王妃ならまず、俺と距離を置いて、自国に帰らせようとするはず。
「ソイル」
「はい」
「会話の内容を調べさせろ。手段は選ばなくて良い」
「御意」
彼女の意思で帰るというなら、止めない。傷付けるくらいなら番いはいらない、そう言ったのは俺自身だ。だけど……どんな理由であれ、どんな内容であれ、最後に見る彼女の笑顔があれでは……死んでも死にきれない。




