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「番いなんていらないし、関わりたくない……」 と言われました。そんな、抱き締められながら言われても……  作者: HARUHANA


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15/29

15.穏やかな時間

 あのショコラを食べた日以来、緊張がなくなったせいか落ち付いた日常を過ごせている。殿下は忙しく公務をしているし、私は私で自由に動いているからか、あまり会うこともない。


「リゼ様、今日はどうされますか?」

「この本……全部読んでしまったの。新しい本を取りに行こうかしら」

「でしたら、ティーカップだけ片付けてきますので少しお待ちください」

「分かったわ」


 読んだことのない本が沢山ある図書館が、最近の癒しだ。やっぱり物語は、起承転結があったとしてもハッピーエンドが一番楽しい。自分の人生もこうなら良いのに……なんて、野暮な事すら考えてしまう。


「お待たせしました。参りましょう」


 シェリルと半分こで本を持って、図書室まで来た。香りに敏感になってから特に、図書室を埋め尽くす本の香りが堪らない。


「私が本を返してきますので、リゼ様は新しい本を探して下さい」

「ありがとう」


 シェリルの言葉に甘えて、本棚を回りながらタイトルを流し見していく。ふと、目に入った本に手を伸ばしたのに、あと少しの距離が届きにくい。その時、またあの香りが鼻を撫でた。


「……これか?」


 触れそうで、触れないギリギリの距離――


「殿下っ、」

「……無理はするな。届かないなら、呼べ」


 私の手に本を置いて、視線がぶつかった。


「……ありがとう……ございます」


 随分、心臓が煩い。耳元で殿下の声を聞いたせいか、余韻をかき消そうと耳を抑えてみたり。


「殿下も本を探しに……?」

「いや、計画的犯行だろう」


 殿下の視線が、少し離れたソイル様とシェリルに向いた。ソイル様がウィンクしてるなら、確信犯だろう。


「殿下も……こういう時間、嫌いじゃないですよね」

「……そうだな。割と」


 先を歩く殿下の少し後ろを歩いていると、香りに安心している自分に気付いた。少し前までは、当てられるのが怖くて口元を覆ったりしてたけど、今は……嫌じゃない。


 ……だめ。そんな関係、殿下は望んでない。触れない約束だってあるし、別にお互い心を許し合ってるわけでもない。首を振って、小さく息を吐いた。


 そう思うのに、足は自然とその後ろを追ってしまう矛盾に気付いた。私も案外、人のこと言えない。



 ***



 以前なら向かい合って座るなんて、考えられなかった。それが今では……遠くも近くもない距離に、落ち着くなんて。会話はないし、二人の空間にページを捲る音だけが鳴るだけ。


 俺にとって、居心地が良いのは母の側だけだった。あの頃も、こうして母が本を読んでる側で、自習をしていたっけ。そして母は、時折俺にこう聞く――


“何を読んでいるの?“


「何を読んでいるんですか?」

「……え?」


 まさか、同じことを聞かれるとは思いもしなかった。


「あぁ……これか」

 

 本の表紙を軽く持ち上げて見せると、リゼが少しだけ身を乗り出した。


「……歴史書、ですか?」

「退屈そうな顔だな」

「いえ、そんなことは……少しだけ」

「正直だな」


 ふっと、息が抜けるように笑った。以前なら、こんなやり取りすらなかったはずなのに。


「リゼは?」

「私は……こちらを」


 差し出されたのは、柔らかな装丁の物語本。


「恋愛小説か」

「……悪いですか?」

「いや。分かりやすい」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ」


 ページを捲る音に紛らわせるように、視線を落とした。……少し、からかい過ぎたか。


「殿下は、読まれないんですか?」

「読まないな」

「どうして?」

「結末が、決まってるものは……あまり好きじゃない」


 悲劇の恋愛小説なら、そんな顔して読まないだろう。

 

「……ハッピーエンドでも、ですか?」

「だからこそだ」

「……私は、好きです。現実がどうであっても、物語の中くらい……幸せであってほしいので」


 その言葉に、無意識に目が合った。


「……都合が良いな」


 ぽつりと零れた声に、リゼが少しだけ息を呑んだ。

 

「それで良いんです」

「……」

「そう思いたいだけです」


 静かな声が、不思議と……耳に残る。立ち上がり、本を元の位置に戻そうとした彼女の手が、わずかに届かないのが見える。


 あと少し。ほんの、あと少し。

 もう一度、ふっと笑って自分も立ち上がった。


「……貸せ」

 

 本をそっとリゼの手から取って、元に戻す。


 触れない。触れられない。分かってる。


 距離を取るように、一歩下がった。


「……ありがとうございます」

「あぁ」


 それだけのやり取り。互いに、何も言わないまま席に戻った席で、ページを捲る音が少しだけ増えた気がした。


 互いに意識している……それだけは、分かる。この時間が、嫌だとも思っていない。むしろ――終わらなければいい、と。


「……殿下」

「なんだ」

「この距離……大丈夫でしょうか」


 その問いに、即答が出来ない。守ると決めたはずの線引きが、どこにあるのか、正直分からなくなりそうだから。


「……分からない」


 正直に答えると、リゼは一瞬だけ目を伏せて「私もです」と、小さく笑った。


 それだけで、離れる理由が見つからない――

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