14.甘いショコラ
「もう城に……帰るんだろ?」
到着して、まだこのお土産屋さんしか見ていない。それに、ただ店員さんが話し掛けてくれただけ。
「いえ、まだ来たばかりですし」
「……また、他の奴の匂いが付くのは嫌だ」
「はい?」
「なら、俺もいる。護衛だけじゃ足りない」
「結構です。これ以上近付いたら……約束が守れません」
背を向けて店から出ようとしていた殿下が、止まった。
「……守るために来た。破りに来たんじゃない」
「では、もう少し離れて下さい……近いです」
お店から出れば、確かに人通りが多くて、離れて歩くなんて現実的じゃないけど。それでも、鈴が鳴ってからずっと纏わりつく殿下の香りに、気を緩めたら……抑えられる気がしない。
「どこに行きたい」
「そうですね……それなら――」
「危ない」
グッと腰を引かれ、ぶつかりそうになった所を救われたのは良いけど……密着した距離に、声を押し殺した。
こんな不意打ち、耐えられるわけない。
「リゼ」
「はい……」
どうして、こういう場面で名前を呼ぶの?
「あのルールって……一時保留とか、ないよな」
「ないです。ですから——」
目を見合わせて、「腰の手を……離して下さい」と伝えた。
「あ……あぁ、すまない」
これじゃ、街を歩いても楽しめる気がしないし、このまま帰ろうかな……。
「一箇所だけ、付き合え」
「はい?」
「喜ぶ場所に連れてってやる」
時々、私がちゃんと付いてきてるか確かめながら、賑やかな街を進んでいく。建物と建物の間を抜けて、少し日陰の多い場所に、静かに佇む小さな家。
「……隠れ家、ラヴリ?」
「どれを選んでも、当たりだ」
殿下が開けて、中へ一歩入った目の前には、色とりどりの可愛らしいお菓子が並んでいる。
「可愛い……」
「贈り物にも喜ばれる」
「誰かに贈ったのですか?」
いかにも、“特別なお菓子“だと言ってるように聞こえたから、聞いたのに……変なスイッチが入ったような顔をしている。
「……俺が誰かに贈ってたら、妬くか?」
「別に、妬きませんよ。特別なお菓子かと思っただけです」
「母が……好きだったんだ」
予想外の返しに、どんな顔をして良いか分からずフリーズしていたら、「そんな顔するな」って。以前は、避けてた話題を……自分で口にしたのは、少しは気を許してくれた。そう思って良いのかな。
「……お母様のお気に入りは、まだありますか?」
少しショーケースを眺めがら指差したのは、一口サイズのショコラ。一緒に覗き込み「では、これを」と店員さんに伝えた。
「帰ったら、ゆっくり食べます。一緒に……いかがですか?」
「そう、だな。ソイルが許せば」
***
馬に乗れば良いものを、なぜか同じ馬車に乗り込んでしまった。互いの雰囲気が落ち着いているせいか、リボンの付いた包みを見る彼女が「楽しみ」と呟いた。
「今……ここで食べれば良い」
「宜しいのですか?」
「誰が見てるわけでもない」
カサッと包みを開け、小さなショコラをひとつかみ。
「殿下も、どうぞ」
差し出された箱から一粒取って、懐かしいと思いながら口に入れた。あの頃と変わらない優しい甘さが広がる。
「……甘いな」
「はい。とても美味しいです」
「よく……食べてたんだ」
「殿下とですか?」
「いや。父と……番い、だからな」
別に、しんみりしたい訳じゃない。思い出話をしたいわけでもない。だけど、どうしてか……口にしたくなった。
「仲が良かったんですね」
「……あぁ。だから余計に、分からないんだ。どうして、あんなに簡単に失うのか」
甘いはずのショコラが、急に重く感じた。
「……っ、すまない。こんな話をするつもりじゃなかった」
「いえ……それでも――」
下を向いてた顔を、上げた。彼女の言葉の続きが……気になったから。
「大事に想ってきた時間は、失くならないと思います。だから……怖いのかもしれないですが……」
「お前は……そういうこと、簡単に言うな」
番いを得て、初めて知ったものが確かにある。父が母を一途に愛したこと。そして、失う――恐怖。
だから、手に入れたくないと願ったのに。目に見えない、抗えない何かを感じながら、結局こうして共に過ごしてしまうんだ。
「……着きましたね」
「俺は仕事に戻る。お前は……ゆっくり休め。それと……出来れば先に入浴してほしい」
「入浴……?」
「他の匂いが付いてると集中出来ない」
自分の腕周りの生地を嗅ぐ彼女が、首を傾げた。
「触れない――約束したから、自分の匂いは付けられない。それとも、付けて良いのか?」
「……っ、結構です」
「だろうな。先に行ってくれ」
外で待つ侍女と歩いて行く彼女を見送った後、その場にしゃがみ込んだ。
「――耐えた……」
それでも、手を伸ばさなかった自分を褒める気にはなれなかった。




