12.価値の置き方
殿下の腕の中で、殿下の香りに包まれて……また私を纏う。どうしてこんなに……抗えないんだろう。気を抜いたら、安心感……に傾いてしまいそう。
「……条件を――」
「条件?」
ようやく離れたのに、変わらず距離は近い。
「このままでは、お互いに振り回されるだけです」
「……確かに」
「ですから、昨夜のように困った時だけ……その……来て頂ければ――」
自分で口にして改めて、なんて都合の良い話なんだろうと恥ずかしくなった。
「随分、都合が良いな」
……ですよね。
「自分が良いように使われるとは、思わないのか?」
「それは思いません」
「なぜ?」
「殿下は、そんな事をされる方ではないから」
「…………」
少し黙ってた殿下が、片方の口角を上げた。
「分かった。それなら、呼ばれた時は必ず行く」
「ありがとうござ――」
「中途半端なこともしない」
「……え?」
「耐えるのは、何もお前だけじゃない」
「なる、ほど?」
「それ以外では、触れない。俺だけじゃなく、お前も」
それ以外で、触れるわけない。なんて簡単な約束だろう。
「……不用意には、近付きません。約束します」
そう言い切った時、ふわりと香りが揺れた。さっきまで抱き合ってたせいかもしれないけど……一歩どちらが踏み込んだのか、触れてしまいそうな距離――
「――下がってくれ」
低く落とされた声に、はっとする。
「……はい」
言われた通り一歩引いたはずなのに、それでもまだ近い。視線を逸らそうとして……逸らせない。
触れてはいけない、と分かっているのに。触れられた記憶ばかりが、邪魔をする。
「……簡単な約束だと思ったんですが」
「俺もだ」
即答。そこで言葉を切って、殿下が僅かに顔を背ける。
「思った以上に、厄介らしい……」
その言葉に、胸の奥が小さく波打った。守れるはずの線引きが、こんなにも曖昧になるなんて。
本当に、このルールで大丈夫なのかしら——
***
番いを得た獣人は、最愛を守るために能力が向上すると言われてる。目の前にいる彼女を守ろうとする本能なのか、それとも早く自分のものにしたいと疼く欲望なのか……下がって欲しいと口にした俺が、また手を伸ばしかけた。
「……エイキ様。あの、お取り込み中に申し訳ありません……」
「なんだ。取り込んでなど、いない」
迷惑な助け舟に、救われた。
「そろそろ会議のお時間が迫ってまして」
「今、行く」
伸ばしかけた手を引っ込めて、「約束は守れ」と告げた。はぁ……どの口が言ってんだか。
「いってらっしゃいませ」
「あぁ」
彼女の表情の意味を、自分に都合よく解釈してしまいそうで、思考を止めた。会議が行われる議場まで歩きながら、随分とソイルが上機嫌なのが鼻につく。
「……鼻歌なんか、歌うな」
「だって嬉しいじゃありませんか。番い様とエイキ様の距離が一気に近付きましたし、ヤキモキした私の気持ちを返して欲しいですよ」
「は? 誰の距離が近付いたって?」
「だって、あんなにキツく抱き締めて――」
「お前……次、その話題を出したらクビだ」
「なんで!?」
同じ場所にいたとは言え、空気を読んで出て行くなりするだろ。
「とにかく口に出すな」
「……まぁ、クビは困りますから。ですが、本当に――」
「止めろ……関わりたくないと思う程、面倒事が増えるんだ。だから、何も考えない」
「ほぉ〜……」
ニヤッと怪しく笑ったソイルに、蹴りを一発入れて議場に入った。
――彼女の住むウェルガリアと結ぶ協定や、その条件を確定させるための会議。
これだけの人が話し合っても、結局俺と彼女が結ばれなければ、なんの価値もない。婚約すら結ぶつもりはなかったのに……。
「では、番い様を迎え入れるにあたり、関税や通行料と言った諸経費は、双方で今までの30%カットで決定ですね。それと、特産の卸値を――」
「少し良いだろうか」
「なんでしょうか、エイキ殿下」
「国同士の取り決めが多いが、彼女の利になるものがない」
「それは……必要ですか?」
「何?」
「番い様は、第二王子妃としての恩恵が多くあるでしょう。わざわざ取り決める必要は――」
「それでは、リゼに何かあった時『国の利益が減るから』と言い訳をするつもりか?」
「では、どのような利があればご納得頂けるのですか?」
国という傘を着て、彼女一人にどれだけ重圧を背負わせるつもりか。
「リゼに、王家所有の領地を一つ与える。鉱山や資源の収入30%はリゼの物だ。それと、万が一……結婚に至らない場合でも、関税と通行料と言った諸経費は継続する」
「それでは――」
「人質のように扱うのは、許さない。仮に、リゼが結婚を拒んでも、責任は彼女に負わせない」
議場が鎮まり、椅子を引く音だけが響いた。
「リゼを……そういう形で縛るつもりは、ない」




