11.矛盾の連続
食欲がないまま、もう一度眠ってしまった。
再び目覚めた時、シェリルが用意したであろうお水やお花に、少しホッとした気がする。昨日あれだけ苦しかったはずなのに、身体は嘘みたいに軽い。熱も、苦しみも、何もかもが引いている。
じわり、と広がる熱とか疼くような感覚。あれは、決して不快なものじゃない。むしろ――
「……っ」
思考を止めるように、ぎゅっとシーツを握りしめた。でも我慢しようとする程、名前を呼ばれたことや抱き上げられたこと、触れられたこと……キス、されたこと全部出てくる。
「……私、何してるのよ……」
思わず、手で顔を隠した。知らない自分を曝け出して、救いを求めるようにしがみつく姿なんて見られたくなかった。よりにもよって、拒絶されてきた人に見られるなんて。でも……知らない人は、もっと嫌。
「どんな顔して会えば良いの……」
その時、控えめなノックが響く。
「リゼ様、失礼致します」
シェリルの声に「どうぞ」と返すと、扉が静かに開いた。
「お加減はいかがですか?」
「……えぇ、大丈夫よ。もう、すっかり」
「昼食は、軽めのメニューをお願いしてます」
「ありがとう」
するとシェリルが、キラリと光る何かを拾い上げた。
「……どうしたの?」
「これ、カフスボタンですね。こちらに落ちてました」
見覚えのあるカフスボタン――
「それは……」
「今朝、エイキ殿下が落としたのかもしれませんね」
「……え?」
ここに、朝までいたの……?
「……見たの?」
「今朝、お嬢様のお目覚めの時間に入ったら……ベッドサイドに殿下が……」
「そ、そう……」
人の寝顔見るなんて、悪趣味じゃない。シェリルから受け取ったカフスから、仄かに殿下の残り香を感じて、閉じ込めるように握りしめた。押し込めたはずの疼きを思い出すようで、指先が震える。
「……私が、お返ししましょうか?」
「そうね、お願いしよう――」
……本当にそれで良いの?
見られたくない姿を見られたとしても、助けられたのは事実。何事もなかったように過ごせるほど、深い関係でもない。
「……やっぱり、私が返すわ」
「そうですか」
「それより、窓開けて良い?」
「あっ、私が開けますよ! リゼ様はそのまま――」
「もう何ともないわ。ただ、匂いが……」
窓を開け、ふわっと入り込む空気に深呼吸した。
私を纏う、私じゃない香りを払おうと思ったのに……清々しい空気は一瞬だけで、結局同じ香りが鼻を撫でた。
***
見上げた窓が、開いた瞬間――
彼女の香りが溢れた。
今朝は、食欲がないからと朝食を食べなかったと聞いた。そんな事を聞いてしまえば、とてもじゃないけど執務に集中も出来ず。気晴らしに図書室でも行こうと、通りがかりの彼女の部屋を見上げた。まさか、タイミング良く開くとは思ってもいなかったけど。
「……ソイル」
「はい」
「母さんは、番いで幸せだったと思うか?」
「……幸せな時間の方が、圧倒的に長かったと思います。それだけ、とは言いませんが」
「でも、結局は死んだ」
「そう……ですね」
「番いを見つけたのが俺だけなんて、嫌味だよな。運命とか……そんな都合の良い言葉で片付けるなんて……」
「…………」
窓際に見えた彼女は、話に聞くより顔色も良さそうで安心した。それだけで、溜まった仕事が片付けられそうだ。
目的の図書館で、目当ての本を数冊探していると、扉が開くのと同時に溢れる香り。思わず、手に持ってた本を落としてしまった。
「……殿下っ、」
「すまない。俺はもう行くから、気にせず見てくれ……」
何故か、僕が落とした本なのに彼女が屈んだ。
「昨夜は……」
立ち上がって、本に視線を落としたまま。
「……申し訳ありませんでした。それと、こちらを」
本と共に差し出されたのは、失くしたと思っていたカフスだ。これを彼女が持ってるということは、そこで落とした……のか。
「助かった……俺も、その……昨日は――」
「い、良いのです。助けて頂いたので」
「身体は、もう大丈夫なのか? 朝食を食べなかった、と聞いた」
「もう大丈夫です。ただ……」
「ただ?」
「……いえ。昨日のようになった時の対処法だけ、得れればそれで」
それは……。そもそも、彼女はあれが発情だと気付いてるんだろうか。獣人でもない彼女が、どこまでの知識を持ってるのか……俺は知らない。仮に知ってたとして、対処法を得るとなれば……選択肢は決して多くない。
――また、矛盾が生まれる。
関わりたくないはずなのに、俺なら解決してやれる。
「……俺を呼べ」
「ですがっ」
「それしか……方法がないんだ」
「でも――」
彼女の腕を思い切り引き寄せて、抱き締めてみせた。
「……っ、ちょ……」
「これで、熱を逃せば良い。楽になるまで。これが、一番確実だ」
こうでもしないと、彼女が「はい」と言わない。
「番いなんていらないし、関わりたくない……」
「……抱き締められながら言われても……」
「あぁ。自分でも、どうかしてると……思ってる」




