10.側にいる理由
リゼ様の長期滞在に備えて、遅れてこちらに到着した。
侍女として長くお勤めしているけど、今朝のリゼ様ほど、何を思って窓の向こうを見ておられるのか。分からなかったのは……初めてかもしれない。
「……リゼ様、大丈夫ですか?」
「えぇ……今日は、部屋にいるわ」
「食事は、こちらにお持ちして宜しいですか?」
「……いいえ、あまり……食欲がないの」
小さく溢れる溜息の理由を聞けないまま、次の支度をするため客間を出た。廊下の端で話す、城の使用人の声――
「今朝のあれ、見た?」
「エイキ殿下でしょ? 見たわよ。挨拶しても目を合わさないし……雰囲気、怖かったわ」
「昨日のあの感じなら、荒れてもおかしくないのに、静かだったし……変よ」
「あの状態って――」
「やだ、言わせないでよ。枕、何個ダメにしたと思ってるの? いつも手を妬くのは、あの時だけだもの――」
……聞こえないふりをして、違う道に逸れた。
今朝、リゼ様の寝てる横で見たエイキ殿下は……どこか切なさそうに、でも慈しむようにリゼ様を見てた。
それなら、リゼ様の遠くを見るような表情の原因は、エイキ殿下……?
こんなに近くにいるのに、私がリゼ様のためにしてあげられることは、とても少ない。エイキ殿下から『異変があれば知らせてくれ』という言葉通り、なるべく近くで変化に気付いて差し上げることが一番かもしれない。それが、長く勤めてきた私にしか出来ないこと。
居ても立っても居られず、必要なものを調達して急ぎ早に部屋へ戻ろうとした時。
「貴女が、シェリルさんですか?」
エイキ殿下の側近と思われる男性に止められた。
「はい、シェリルと申します」
「僕は、ソイルです。何かお困りごとがあれば何でも仰ってください」
「ありがとうございます」
「それで……番い様に、何か変わったことはございませんか?」
「番い様……あぁ、リゼ様ですね。今朝は、食欲がないと朝食を取っておりません」
「そう……ですか」
「あのっ、失礼……だと重々承知しているんですが、昨夜……その……何かあったのでしょうか」
少し、考えるように口元に手を置いたソイル様が、私を改めて見た。
「貴女のことはすでに調査隅です。長くリゼ様にお仕えし、信頼も厚い」
「……はぁ」
「こちらへ。時間は取らせません」
ソイル様に案内されたのは、リゼ様がいる隣の部屋。
「ここなら、呼ばれた時すぐ戻れます」
「あ、ありがとうございます」
「昨日、この部屋でエイキ様とおりました。その時、エイキ様があまりに突然、番い様のお部屋へ入って行かれました」
「叫び声、とか?」
「いいえ。少なくとも私には何も聞こえないし、何も感じなかった。あれは、番いだけが知り得る領域です」
「……」
「我々、獣人は番いを見つけると、自分のものだとマーキングする習性があります。そして、自分だけの番いとして見染められた相手もまた、同じように番いだけを求めるように発情するようになる」
「発情!?」
「はい。それが、天敵から最愛を守るための術なのです」
「つまり……」
「はい。番い様が発情された――僕は、そう考えています」
……人間でも、そんな現象が起こるなんて。
「で、でも、乱暴されたり……その……乱れるような感じには」
「見えなかったんですよね。僕も、殿下の様子を見ていますが、どちらかと言えば……」
そこで言葉を止めたソイル様が、一度咳払いをして「とにかく」と続けた。
「過去の影響で、番いを避けたいとお考えです。それが、例え両陛下のご意向と違うとしても」
「リゼ様を、蔑ろにするのは許せません」
「それは、エイキ様も同じです」
「……矛盾してます」
リゼ様があんなに悩まれる姿は、見てて心がとても痛い。どうして、リゼ様が……。
「滞在されるための手続きや今後の日程、それに伴った準備も時間が掛かります。少し……成り行きを見守りませんか?」
「見守る……」
「番いは、この国になくてはならない存在です。互いを拒み続けるなら、その時はお二人で決断されるでしょう。エイキ様と番い様が頼って下さった時に、手を差し伸べられる我々のような存在も必要です。ですから、滞在の間だけでも見守りましょう」
確かに……そうかもしれない。何も出来なくても、必要になったら声を掛けてもらえる存在でありたいから。
「分かりました」
「では、私はこれで。時々、隣から物音が聞こえるかもしれませんが、どうかお気になさらず」
昨日もこの部屋にいたのなら……答えは一つ。結局、エイキ殿下の矛盾がリゼ様の混乱を招いているのだから……解決すべきは、過去の影響とやらな気もする。
眠っているお嬢様のそばで、ふと――
「……厄介な方ですね」
そう、溢してしまった。




