第8話:愛のデフレですわね
ブルーム王宮の城門を破り、
ラングハイム大公軍が雪崩れ込んできた。
「エリス! 今助けに行くぞ!」
血相を変えて玉座の間に踏み込んだ父が目にしたのは
――硝煙ではなく、優雅に漂うアールグレイの香りだった。
「……エリス? 無事なのか?」
「あら、お父様。少々お早い到着ですね。もうしばらくお待ちを。」
父の顔が、安堵から深い困惑へと変わる。
その視線の先では、巨大なスライドが冷酷な真実を映し出していた。
ルカス元王子は、セバスチャンの管理下で
うつろな目をして、スライドを見ている。
**【元王子・ルカス氏:個人破産および債務超過の現状報告】**
※注釈:『殿下』から『氏』への敬称変更は、
婚約破棄確定後、本日18時32分付で執行済みです。
「な、なんだこれは……。僕が、破産……? 王族の私が……ッ!」
「ええ。ルカス氏がこの七年間に『公金』だと思って
湯水のように使った遊興費……。
すべて、私個人からの『短期融資』でしたの。」
私は、絶望に震える「氏」を見下ろした。
「婚約が破棄された以上、猶予期間は終了です。
全額、利子を付けて即時返済していただきますわ」
**【七年間の立替・補填総額:最終確定】**
・国家財政の赤字補填:3,842,000G
・従業員への未払い給与:278,000G
・王宮インフラ維持費:194,000G
・ルカス氏の個人的な遊び金:89,000G
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**合計:4,440,000G(※時価換算済み)**
> ※ルカス氏の遊興費89,000Gの内訳は、
別添資料D『王子の散財記録(全73ページ)』をご参照ください。
一行の例外もなく、証拠写真と領収書付きです。
「この王宮も、
貴方が着ているその服も、法的にはすでに私の所有物です。」
「そんなもの無効だ!王族に借金など成立するはずが——」
「王族特権の担保条項、第12項。ご自身で署名されていますわ」
王子から、完全に力が抜けた。
怒鳴る権利も、命じる権利も、椅子に対する権利さえも
――数字の刃がすべてを削ぎ落としたのだ。
そこへ、隣国の令嬢が金切り声を上げて詰め寄ってきた。
「そ、そんなの嘘よ!
ルカス様、私に『愛してる、一生幸せにする』と
言ってくださったわよね!?」
すがりつく令嬢を、王子は力なく突き放す。
「愛という資産は、純資産がゼロになった時点で暴落するもの。
いわゆる、愛のデフレですわね。」
「あ、愛のデフレ……っ!?」
令嬢は力なく床に倒れ込んだ。
「お父様、お待たせいたしました。……清算、完了です。」
父はしばらく言葉を失っていたが
やがて、静かに私の肩に黙って手を置いた。
紅茶はまだ、温かな湯気を立てていた。
――すべては、予定通り。誤差は、0.3%未満。
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本日、第9話まで投稿します。
明日は最終話まで投稿します。
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