第3話: 婚約破棄、承りました
ブルーム王宮、大夜会。
シャンデリアの光が降り注ぐ中、十七歳になった私は
壁際で静かに佇んでいた。
この七年間、私はただ耐えていたわけじゃない。
セバスチャンと共に、この国の全ての歪みを洗い出し
崩壊させるための準備を着々と進めてきた。
帳簿の穴を見つけ、王宮のインフラに静かに手を入れる度に
私の中で何かが研ぎ澄まされていった。
今夜が、その答え合わせだ。
「エリス・ラングハイム、前へ出ろ!」
静寂を切り裂いたのは、ルカス王子の傲慢な声だった。
その隣には、彼に寄り添い
勝ち誇った笑みを浮かべる隣国の公女の姿がある。
豪華なドレス、きらびやかな宝石。
どうやら王子はこの女性と婚約するらしい。
私はセバスチャンと一瞬だけ視線を交わした。
彼は完璧な角度で一礼し、指先で自身の胸元をトン、と叩く。
――『準備完了』の合図だ。
七年間、この瞬間を待っていた。
私は王子の前へと歩み出た。
「はい、殿下。いかがなさいましたか?」
「いかがなさいましたか、ではない!
貴様のような、愛想もなく、ただ突っ立っているだけの女は、
我が国の次期王妃には相応しくない。
本日この場を以て、貴様との婚約を破棄する!」
会場にざわめきが広がった。
王子は酔いしれるように言葉を続ける。
「敗戦国の女をこれまで養ってやっただけでも慈悲と思え。
今すぐこの国から失せろ、この無能が!」
会場中の視線が私に集まった。
同情の目。嘲笑の目。好奇の目。
私は騒がず、怒らず、ただ不思議そうに首を傾げた。
体感で三秒。
その沈黙が、妙に怖かったらしい。
会場の笑い声が、すうっと引いていくのがわかった。
「左様でございますか。殿下のご意思、確かに承りました。
……ですが、一つだけ訂正させてください」
「あぁん?命乞いか?」
「いいえ」
私はまっすぐ王子の目を見た。
「私、無能じゃないので」
「……何だと?」
あまりにも普通の言い方だった。
激昂でも、嘆きでも、宣戦布告でもない。
ただ「事実として違います」という温度の言葉。
それがかえって、会場の空気をすっと冷やした。
私は手にしていた小型の魔導端末を、
ルカス王子に向けて掲げた。
同時に、会場の壁一面に巨大なホログラムが投影される。
会場が赤に染まった。
「……なんだ、この数値は」
「私というリソースの無償提供期間は、
今この瞬間に終了いたしました。
これより、契約解除に伴う『最終決算』を開始させていただきます」
「……くだらん」
ルカスは鼻で笑った。
「そんなもの、いくらでも捏造できる。
証拠があると言うなら、出してみろ!」
そう叫ぶ王子をよそに、
セバスチャンが事務的な声で告げた。
「皆様、お手元のシャンパングラスを置くことをお勧めします。
これからお見せする数字は、かなり胃に障る内容となっておりますので」
会場が静まり返った。
投影されたスライド一枚目。
そこには大きくこう記されていた。
『ブルーム王国:清算結了に向けたロードマップ』
七年分の怒りを、私は数字に変えた。
感情じゃない。論理だ。
感情は消えるけれど、数字は残る。証拠は嘘をつかない。
殿下の顔色が、スライドの赤字と同じ色になっていた。
「こんなごまかしに俺が騙されると思うか!」
ルカス王子の叫びが広間中に響き渡った。
私は淡々と告げた。
「数字は嘘をつきませんわ。さあ、殿下。
七年分のツケを払っていただきましょうか」
その時。
「殿下!」
血の気の引いた宰相が駆け寄ってきた。
「……王都の魔導網が、同時に三系統ダウンしています」
ざわめきが、悲鳴に変わる。
「……予定通りですわね」
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本日、第3話まで投稿します。
明日も続けて2話投稿します。
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