第10話: 最適化、完了いたしました
「エリス……これが、本当にあのブルーム王国なのか?」
大公軍を撤収させ、視察に訪れた父は、
城下町の変貌ぶりに目を疑った。
かつて軍靴の音が響き、
重税に喘ぐ民の溜息に満ちていた暗い街並みは、もはやどこにもない。
石畳の道には活気ある商店が並び、
子供たちが笑いながら走り回っている。
行き交う人々の顔色が、七年前とは全く違った。
「ええ。正確には
『ラングハイム・コーポレーション直轄・ブルーム特別経済区』です」
私は手元の魔導端末で
最新の域内総生産グラフをチェックしながら淡々と答えた。
一国の運命を塗り替えたという気負いは、特にない。
計画通りに動いただけだ。
システムが正しく機能すれば、結果は自ずとついてくる。
と私は思っている。
「見てください、あちらを。再就職した元近衛騎士たちです。」
私が指差した先では、屈強な騎士たちが鎧を脱ぎ、
揃いの制服を着て、テキパキと「中央物流センター」の
荷捌きを指揮していた。
剣を持っていた手が、今は伝票を持っている。
「彼らには武力の代わりに、
効率的な『在庫管理魔法』を叩き込みました。
元々規律を守るのには長けていましたから、
物流のリーダーとしては最高です。仕事もお気に召しているようですわ」
「騎士が荷運びを……。だが、皆、以前より顔色が良く見えるな」
「当然ですわ。未払い給与は全額清算し、労働時間は八時間。
超過勤務には割増賃金を支払っています。
正当な対価で人を動かすのは、極めて効率的なのですよ、お父様」
父は答えに詰まった。
間違ったことは何も言っていない。
ただ、娘にこの話をされると、どこか釈然としない気持ちになるらしい。
父の顔を見ればわかる。
理由は父自身もわかっていないだろうけど。
かつての放漫な軍事予算はすべて魔導インフラの整備に転換した。
街中の上下水道は完備され、
例の「トイレットペーパー自動供給システム」も
今や全家庭に普及している。
王宮の食堂を仕切っていた料理人たちは、
王宮を一般開放した「迎賓レストラン」のシェフとして
他国からの観光客を相手に腕を振るっている。
王族が私物化していた美術品や領地はすべて換金され、
民衆のための教育と医療に再投資した。
「……お前は、この国を救いたかったのか?」
父の問いに、私は少しだけ首を傾げた。
「いいえ、お父様。私はただ、この国を最適化しただけです。
数字を整えただけですわ。」
「左様でございます」とセバスチャンが続けた。
「お嬢様の計算によれば、あと三期もあれば、
この国からの配当金だけでラングハイムの数年分の予算が
賄える見込みでございます。
……大公閣下、そろそろ我が社の『コンサルティング費用』の
請求書をお渡ししてもよろしいでしょうか?」
「せ、請求書だと……?」
父は、ついに娘がどこまで遠い場所へ行ってしまったのか、
想像することを諦めたようだった。
人質として送り出したはずの少女が、ここまでになるとは。
「お父様、家族割引で格安にしておきましたから。」
「……ああ」
父はただ、力なく頷いた。
格安がいくらなのかは、聞かなかった。
聞いたら、もっと疲れる気がしたからだろう。
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