第79話_安らぐ香りのアンバー魔法
プレシャスと一緒に神殿の部屋でひと通り声をかけ終わると、避難してきた人たちの状況が把握できた。
「みんな不安を見せていたから少しでも心を癒やしたいと思うけれど、私にできるのは話し相手と踊りくらい。でも今は踊りが見たい雰囲気ではないと思うのよね。ほかの方法で心を癒やしたいけれど、どのようは方法がよいと思う?」
部屋の壁際で少し休憩しながらプレシャスへ聞く。
「音楽よりも香りのほうが、心を落ち着かせられると思います」
「プレシャスが考えた香りを使う方法はよさそうね。なるべくなら匂いが発生する宝石なら相性がよいと思うから、関連しそうな宝石がないか見つけてみるね」
宝石魔図鑑を出現させて最初の頁から説明部分を読んでいく。プレシャスも気になるみたいで、隣から身を乗り出して宝石魔図鑑の中身を覗いている。思ったよりも早い段階で目当ての宝石が見つかった。
「アンバーなら香りを想定した宝石として適切かもしれない。太古にあった木の樹脂からできた珍しい宝石で、琥珀とも呼ばれているのよ」
「茶色や黄色が混ざり合ってふしぎな色合いですが、宝石の中に何かがあります」
プレシャスが立体に浮かび上がったルースを凝視したあとに、ゆっくりと歩きながら見る角度を変えている。
「プレシャスが見つけたのは太古の虫で、アンバーの中に虫や葉がそのまま残っている貴重なルースね」
すべてのルースには入っていないから、めずらしい虫や葉のあるルースを探し回る人もいるみたい。
「昔の生物とは面白いですが、香りとの関係がよく分かりません」
「アンバーの元は太古の木の樹脂などが化石になってできたから、熱を加えると香りを放つのよ。宝石の中では面白い特徴よね」
「たしかに変わった宝石です。ほかにも特徴はあるのですか」
プレシャスが顔を近づけてきて、興味のある目を私へ向ける。プレシャスと宝石を語り合えるのはうれしくて、以前見聞きした内容を思い出す。
「アンバーの特有を利用した、本物と偽物の見分け方が変わっているかな。その方法は高濃度の塩水に入れるだけで、見た目で本物か偽物かが分かるのよ」
具体的な見分け方法は言わずにクイズ形式で答えた。
「もしかして塩水に溶けるのですか。それとも塩水で色が変わるのですか」
プレシャスが思いついた可能性を口にする。
「面白そうな見分け方だけれど残念ながら外れよ。正解は本物のアンバーは塩水に浮いて偽物は塩水に沈むのよ。同じ大きさなら本物は偽物より軽いから、浮くかどうかを判断するのに塩水が手頃みたい」
例外もあるみたいだけれど、偽物は本物にくらべて密度が大きいので、浮くかどうかで判断する方法だった。
「海水でも試せそうです」
私が説明した方法を理解したのか、プレシャスが可能性を示してくれる。
「濃度によっては可能かもしれないから、アンバーを入手して海へ旅したときにでも試そうね。宝石も決まったから、みんなを安心させたいから魔法を作るね」
「アイ様と一緒の旅は楽しみですが、いまは宝石魔法に興味があります」
どのような魔法なのかプレシャスも気にしているので、頭の中でイメージを考えてから、まとまった内容を話し始める。
「魔法効果は心を落ち着かせる香りが漂う感じにするつもりよ。香りだけだと見た目で分からないから、アンバーと同じ色の煙を少しだけ出現させようと思っている」
「最初に出現する基本ルースから煙と香りが発生するのですか」
通常は基本ルースから魔法が発動するから、プレシャスもそのイメージから聞いたみたい。
「部屋のいろいろな場所に置きたいから、輝きオパールと同じに置物のような別のルースを出現させるつもりよ。せっかくだから任意の虫や葉が入っているアンバーにするのも面白そうね」
具体的な内容をプレシャスへ説明する。
「香りのほかに、ルースを眺める楽しみがあるのもすてきです」
魔法効果と見た目が決まったので呪文を考えた。使うルースの産地も決めて、宝石魔図鑑に決まった内容を書き込んでいく。ルースの置物が使いやすいように、オンとオフの切り替えも忘れずに追加した。
「今回使うルースの産出地は高品質で有名な海の沿岸で採れるルースよ。呪文も決めたから試しに唱えてみるね。香木アンバー」
最初に出現する基本ルースの上側に置物のような別のルースが出現して、ルースの中には葉が閉じ込められていた。置物のルースを手にとって、部屋の隅に移動してから床の上に置物のルースを置く。
初期状態は香りが出ないようにしているので続けて呪文を唱える。
「オン」
置物のルースから香りをともなった煙が立ち上って膝くらいで消えた。このくらいなら部屋の中に煙が充満する心配はなさそうね。
「心に染み込みそうな、よい甘い香りがしてきました」
「強くはない香りだから長時間でも問題ないみたいね。部屋の4隅に設置したいから残り3つを作っていくね」
移動して部屋の隅に置物のルースを置いていく。すべての設置が終わって時間が経つにつれて、みんなの表情が和らいでいくように感じた。会話している声も落ち着いてきているみたい。
みんなの様子を見ていると、私のほうへ女性神官が近づいてきた。
「よい香りが漂っていますが、アイさんが設置したのですか。心が満たされます」
「不安そうな人が多かったから、魔法で心が安らぐ香りを出現させたのよ」
女性神官に設置した理由を答えた。
「みなさんの雰囲気が変わったのは魔法だったのですか。ありがとうございます。助かります」
お礼と一緒に頭を下げてくれた。
「私に出来る範囲のことをしただけよ。ほかに手伝うことはある?」
「急ぎではお願い事はありませんので、今のうちに休憩したらどうですか」
「お言葉に甘えて中庭で休憩してくるね」
女性神官と別れて、プレシャスと一緒に神殿の入口に向かった。中庭へ出ようとしたときに、神殿の外から男性が走り込んできて、見覚えのある服装だった。
「たしか白魔道士の服装よね。メイティリスを送ったときに見たよ」
「わたしも覚えています」
男性は周囲を見渡してから神官の元へ走った。相手はタラーキンさんだった。
「大聖女様が重体です」
男性が小声で話したけれど私には聞き取れた。耳を疑ってしまった。考えるよりも先に足が動いて、ふたりの元へ駆け寄った。




