第34話_訪問者は大聖女
神殿を出たあとはそのまま寄り道せずに家へ向かった。
「プレシャスは大聖女様には会っていないのよね。でもずっと大聖女様と視線が合っていて、気のせいとは思えなかった」
「その大聖女と何か関係があるのでしょうか。敵意はないですが、街を出たあたりから誰かに付けられています」
プレシャスからは危機感のない普段通りの話し方なので、私たちを襲うと言うよりも、何かの理由であとをつけているみたい。
「気がつかなかった。誰なのか分かる?」
「確認します。アイ様から離れますが、危険があれば魔法を使ってください」
「いつでも防御魔法を唱えられるようにするから、確認をお願いね」
足元にいたプレシャスが消えた。近くの茂みに隠れたみたいだから、私は何事もない素振りで道を進んだ。家までの中間地点くらいでプレシャスが戻ってきた。
「誰だか分かった?」
前を向きながらプレシャスへ声をかける。
「先ほどまで一緒にいた神官です。どうしますか」
「タラーキンさんなら、私に用事があれば直接会いに来ると思うのよ。誰かに頼まれている可能性が高いみたい。危害はなさそうだし、家の場所を知られても困らないから、このまま知らないふりで進むね」
「殺気は感じませんが、注意だけはしてください」
家に戻ってからプレシャスに聞くと、タラーキンさんは帰ったみたい。
誰の依頼なのか分からないけれど考えても仕方ないから、夕食の準備を始めた。後ろのテーブルではプレシャスが寛いでいる。
ここの生活にも慣れてきたみたいで、夕食作りも早くなった。
「料理が完成したよ。あとは運ぶだけだから少し待ってね」
プレシャスに声をかけると、プレシャスが玄関のほうへ視線を向けていた。
「アイ様、人間が近くに来ています。殺気は感じません」
「きっとタラーキンさんへ尾行を頼んだ人と思うのよ。殺気がないなら出方を待ってみましょう」
どうするか決まったときに、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「普通に会いに来たみたいだから、そこまでの悪党ではないと思う。でも念のためにプレシャスも一緒に来てね」
プレシャスが頷いたのを確認してから玄関へ向かって、玄関の扉を開けた。最初に少女の姿が目に入って、よく見ると神殿で会った大聖女様だった。後ろには護衛と思われるふたりがいて、戦う素振りはなかったけれど威圧感がすごい。
「あなたがアイね、少し話をしましょう」
話しかけてきた大聖女様を間近でみると、幼さが残る中に可愛らしさがあった。たぶん私と同じくらいか少し年下に思えた。
「私がアイだけれど、大聖女様がどのような用事なの?」
「確認したい内容があって、ふたりだけで話をしたいのです」
私に何を聞きたいのかは分からないけれど、さすがに玄関先ではまずいよね。
「家の中に案内するね」
「あなたたちは外で待っていて」
私が大聖女様を家の中へ案内すると、護衛のふたりは外で立ち止まった。何かを言いたそうだったけれど、相手は私だからかそのまま大聖女様の言葉に従った。
リビングへ案内して椅子に座ってもらった。向かい側に私とプレシャスが座る。
「大聖女様が何の用事なの?」
私の問いかけに答えず、大聖女様は私を見つめている。どう考えても明らかに様子がおかしかった。もう一度聞こうとしたときに大聖女様が口を開く。
「地上が気になって仮の姿で現れたのですか? イロハ様に会えてうれしくて、近くにいるだけで心が満たされるの。地上に来た理由を聞いても平気ですか?」
尊敬するような眼差しで私を見て、甘えている雰囲気も感じた。私をイロハ様と間違えているみたいだから、訂正する必要があった。
「大聖女様、私はアイでイロハ様とは違うよ」
「護衛のふたりは外で待機していますので、隠さなくても平気なの。この温かい気持ちになれるのはイロハ様だけで、ワタシをメイティリスと呼んでほしいの」
完全に勘違いしている。
「本当に別人で、イロハ様の像と姿形が異なるでしょ。大聖女様、目を覚まして」
「そのようなはずはないの。イロハ様と使い魔様、この家にもイロハ様の気配を鮮明に感じますから、イロハ様以外には考えられないの」
確信しているように答える。大聖女様はイロハ様と会っているから気配を感じ取れるみたいで、別人と証明する手段が思いつかないのでプレシャスに助けを求めた。
私の視線に気づいて、プレシャスが大聖女様の前に移動する。
「アイ様とわたしは異国から来ましたので、イロハ様と似た雰囲気があるのかもしれません。この大陸にはない宝石魔法が使えますから、大聖女の考えは勘違いだと分かるはずです」
大聖女様が少しだけ口を閉ざしたけれど、すぐに話し出す。
「本当にイロハ様ではないの? 異国の宝石魔法を見せてくれる?」
疑っている目だった。席を立って私の近くへ来る。
宝石魔法を見せれば違う魔法とわかると思うけれど、それだけで納得するのか心配だった。イロハ様の魔法は神聖魔法だから、違う種類だと分かる魔法がある。
「宝石魔法を見せるね。回復魔法で神聖魔法との違いを見てね、真緑エメラルド」
私自身の胸に手を当てて魔法を唱えた。
宝石魔図鑑が出現して、基本ルースから緑色の粒子が胸の周りに降り注ぐ。数秒をかけて色合いが薄くなりながら消える光景は幻想的だった。
大聖女様は驚いたような表情から、なんとか言葉を発した。
「知らない詠唱で魔法の性質も違うの」
「大聖女なら神聖魔法と異なる魔法と分かるはずです」
プレシャスが具体的に話す。
「異なる魔法が何よりの証拠よ。仮に私が本物のイロハ様なら姿を隠す意味はないでしょ。本当に私はアイなのよ」
念を押すように大聖女様を説得する。
大聖女様がまだ悩んでいて私の顔を見つめだしたので、私も視線を逸らさずに見つめ返した。
「本当に違うの? 今までの態度は忘れて、他人に口外しても駄目です」
急に声の質が変わって高飛車的な態度を取ったけれど、今までとの落差があってなぜか可愛く思えてしまった。
「私は異国の生まれだから、大聖女様の地位や権力はよく知らない。私には同年代の少女にしか見えないし、メイティリスとも呼べる。メイティリスがいると私も温かい気持ちになるよ」
嘘ではなかった。久しぶりの同年代だからか大聖女様と波長があうのか、いずれにしても誤解を除けば温かく感じる。
「名前で呼んでくれるの? イロハ様以外では何年ぶりにもなるからうれしい。アイとは会ったばかりだけれど懐かしい感じがする。ワタシは国王にも大聖女様と呼ばれているけれど、アイは特別なの。ワタシを名前で呼ぶ許可を与えるの」
大聖女様が私の手を握ってうれしそうな表情をみせる。
「ありがとう。メイティリスと私はもう友達で特別な関係ね」
「アイには心を許せるから、いつでもワタシをメイティリスと呼んで欲しい。周囲は大人ばかりで、気がいつも張っているの。外の護衛ふたりには気を許せるけれど、普段は大聖女として振る舞う必要があるの」
メイティリスは甘えた声に戻っていた。元の世界で言えば中学生くらいで、国の重要人物になるには荷が重たいと思う。この家に来て息抜きができれば、それに越したことはない。メイティリスが私を頼ってくれたのもうれしかった。
「いつでも遊びに来て平気よ。メイティリスからザムリューン王国の話も聞きたいけれど、今日だと時間も遅くなりそうだから、一度帰ったほうがよいと思う」
「明日の夜に遊びへ来ても平気? 日中は大聖女としての用事があるの」
上目づかいに聞いてくるメイティリスに対して、断る理由はなかった。
「夕食を作っておくね。そのときに護衛のふたりも紹介してほしい」
私の言葉に頷いてからメイティリスは玄関へ戻って、護衛を連れて街へ戻った。




