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いらん子中隊 死乃天使と交戦す

 一度、体に覚えさせると後が楽になることは多い。

 それまでの悩みの種だった連携の問題も、そうした類に属することだった。

「どうですか?」

 面白くない。と露骨に顔で語る夏川が見る先は、シミュレーションシステムが描き出す仮想空間での戦闘の光景。

「たいしたものよ?」

 後藤が乗り移ったかのような底意地の悪い笑みを浮かべる紅葉が言った。

「今朝から3倍の敵相手に負け無し。サバイバルからタイムアタックへとゲームの内容すら書き換えようとしている」

「……」

 夏川は一言も無くモニターを睨むように見つめている。

 腫れぼったい目に何かを思い詰めているかのような鋭く、険しい目つきの夏川の様子に、紅葉は大した意識も払わずにべらべらと挑発的な話を続ける。

「さすがに個人では秀でた才能があるわけで、今じゃ、近接用の武器だけじゃなくて、広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムまで有効に使いこなせるあたりは、もはや連携プレーの粋ってところかしらね。前任者にはまだまだ全部において、レベル的には全然足りてないけど―――」

「使えるんですね?」

「……あんた達よりね」

「結構」

 話を中断され、むっ。とした紅葉に、夏川は振り向きもせずに頷き、踵を返した。

「シミュレーターに乗ります」

「シチュエーションは?」

「仮の敵を用意して下されば結構。我々“独立執行隊”と中佐ご自慢の“八八独立任務部隊”とで連携がとれる状況さえ作っていただければ」

「……いいわよ?」

 紅葉が横にいた千鶴に手を伸ばして、何故か空を掴んだのはその時だ。

「―――ちょっと」

「はい?」

「あんた……どこまで胸ないのよ」

「……」

「胸ぐらつかんだはずなのに、きれいに空掴ませるとはやるわね、あんた」

「そのウサを、大尉達相手に晴らせてこいと、そう仰りたいのですか?」

「中佐である私をぶん殴ったら―――わかるわね?」

「……“死乃天使”でなくても結構です」

 千鶴は相変わらずの無表情で答えた。

「自分のサイズも顧みず、私のことを鉄板まな板絶壁呼ばわりした罪は死んで償わせます」

「……自覚してたんだ」

「何か?」

「何でも無いわ。ええ、何でも」



「……」

「……」

 最悪だな。

 空気を読んで、そう思ったのは自分だけではないと大月は自信を持って言える。

 戦闘展開している部隊のフォーメーションの基本は変わらない。

 亜紀達は、連戦連勝を重ねた上に、広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを使いこなせるようになってからは、ほぼ鉄壁に近い防御兼攻撃が可能な、いわば完璧な状況だと信じている。

 シミュレーションでもこれだけの記録が出せるんだから実戦でも十分―――。

 そう、覇気がみなぎり始めた所へ参加してきたのは、彼女達が嫌って嫌って、嫌い抜いた挙げ句にオツリだけで一生暮らせるだろう程の相手―――夏川大尉達だ。

 斬艦刀とシールド、そして広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムの装備だ。


 二人を誰も歓迎していない。


 これが実戦だったら適当なところで殺す手段を探すだろう。

 少なくとも、亜紀と亜夜は適当な出撃前にトイレで夏川の喉を掻き斬ることを本気で考えていた程だ。

 その二人が、亜紀達の後ろ、朝倉達の真横に2騎並んで立っているのは、はっきり言って―――


 邪魔。


 それどころではない。


 本当の敵が後ろに立っている。


 最低でもこの程度は皆が思っている。

 二人の参戦を誰も知らされていなかったこともあるのだろうが、それまでの和気藹々、そして意気軒昂たる空気は雲散霧消してしまい、皆の顔からは、だらけてもいないが、やる気も感じられない。

 当然、誰も喋らない。

 気まずい空気だけはピリピリと張り詰めている。


「斬込隊の復活が望み薄な現状」

 紅葉は言った。

「パートナーをえり好みする権利はあなた達にはないことを理解して」

「……」

 誰からも返事さえない。

「あんた達は、本当ならこういうフォーメーションこそが基本中の基本。“白雷はくらい”隊が前衛で、後方支援と指揮を“幻龍改げんりゅうかい”隊が執る……」

「……」

 無言。

 ただ、口に出さないが“白雷はくらい”隊の全員が紅葉の言葉に反発している。

 それだけは、さすがの紅葉にもはっきりわかる。

「……余計なこと言ったみたいね」

 はぁっ。

 紅葉は派手にため息をつくと言った。

「あんた達の、新しい敵を紹介するわ」

「……」

「……返事くらいしたら?」

「返事」

「平野艦長に、態度が悪いから叱ってくれってお願いしてやろうか?佐野姉妹」

「うっ」

「そ、それは」

「……ったく。あんた達がしっかりやってくれるって報告したら喜んでいたのに」

「そ、そうなの?」

「本当?」

「本当よ―――それを翌日の、しかも大一番絡みで否定とはねぇ」

「や、やめてよ!」

「やったら許さないからっ!」

「はいはい。じゃ―――態度改めて協力しなさい」

「はぁい」

「しかたないなぁ……」

「仕方なくないの。真面目にやりなさい!平野艦長からの命令っ!」

「「はぁいっ!」」

「ったく、素直だと可愛げがあるのに……」

「で?」

「敵はたった1騎よ」

「1騎?」

「そう。この1騎を撃破するまで、次は無いわよ?」

「な……誰?」

「津島中佐……それってまさか」

「麗央?ちょっと黙っていてなさい」

「……うっ」

「麗央ちゃん?」

「えっと……皆さんご存じかと」

 麗央が恐る恐るとそこまで言った。

「はぁい。今晩、沢口少尉による羞恥プレー決定ね」

「中佐ぁっ!?」

「たっぷり可愛がってもらいなさい?」

「さ……さすが元・内親王護衛隊レイナガーズ

「朝倉大尉、感心しないで下さいっ!麻紀が本気になったら、私、ホントに死んじゃうっ!」

「そ……そんなにすごいの?」

「だって―――何言わせるんです!」

「とりあえず黙れ!」

 ぴしゃりと紅葉は会話を制した。

「忙しいんだ!いい?ここで連携がとれなかったら、あんた達の誰かが死ぬ!しかもその死に意味はない!そんな無駄死にが出るわよ!?私の“白雷改”を棺桶にすることは許されていないからね!?」

「……」

「仮想敵は―――“死乃天使”」

「し……てんし?」

 亜紀達がきょとん。とするのも無理はない。

「私の最高傑作よ。パイロットは穂村少尉」

「千鶴って、あの死神が?」

「そうよ。あんた達は、その死神様の翼から逃れることさえ出来ないでしょうね」

「出来るもんっ!」

 ムキになった亜夜が怒鳴った。

「やって、艦長に褒めてもらうんだもんっ!」

「そうだよ!」

 亜夜も力強く頷いた。

「私達がやってやるんだ!私達なら出来るっ!」

「―――その粋や良し」

 冷たく紅葉は頷いた。

「ただ、格の違いを知るのもいい経験よ?それだは言ってあげる」

「何、それ?」

「身の程を知れ。って言葉があるでしょ?」

「亜夜ちゃん、知ってる?」

「そんな哲学じみた言葉知らない」

「……アホにつきあう程、ヒマじゃないの。百聞は何とやらよ」


 ピーッ


 シミュレーター内に警報が走る。

「敵、出現。騎数1。距離300」

 合成音と共に、モニターに映し出されたのは1騎の白いメサイアだった。

「……綺麗」

 それを見た亜夜の口から、そんな言葉が零れた。

 装甲の優美な白いラインは“白雷改”よりも女性的で、白い宝石が目の前に現れたような錯覚さえ覚えてしまう。

 その背中には青い複数の翼が備えられている。

 武装は太刀を二本だけ。

 シールドでさえ装備していない。

 ビームライフルは腰にマウントされたままだ。

 まるで検査でも受けるかのような軽い装備。


 たった1騎で、広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムまで備える複数の敵相手に装備が軽すぎる。

 そう思ったのは、はるかだ。


 単騎で出た以上、敵には自分自身への余程の自信がある。

 対するこっちは、騎体の性能もわからないし、相手の技量も戦法も何もわからない。

 こういう敵を、はるかは一番嫌う。

 わからないことは、それだけで脅威だと知っているからだ。

 実戦なら、こんな敵は相手にしたくない。

 今回、特にそう実感するには理由がある。

 それが、はるかにはわかっていた。

 自分達がこれまで勝てた理由は主に三つ。

 機体の性能。

 適切な配置。

 そして―――敗北から学んだ経験。

 騎体をどう使って、自分達をどう配置すればいいかを負けて覚えた。

 負けることが先に来て、そこから学ぶのが部隊のスタンス。

 つまり、未知の敵を相手にすることは即座に、

 まず負ける。

 そこから入らなければならない。

 実戦なら、確実に死人が出る方法だ。

 それを周りが気付いている可能性は極めて低いし、何が問題か口で上手く説明出来る自信が、はるかには全くない。

 他人との関係を拒んできたわけではない。

 ただ、どう接していいかがわからないだけだと、はるかは自分を弁護したいが、今や遅い。

 鍛えるべきは騎士としての技量より人としてのコミュニケーション能力だなんて、こんな時に自己反省しても意味はない。


 相手は味方。

 ここで実力を知っておいて意味があるかさえ―――


 ビュッ!


 風の如く。


 そんな表現がしっくりくる程の素早さで敵が動いたのは、はるかがそんなことを思った直後だった。

 視界から消えた敵は、騎士の動体視力をもってしても追尾出来なかった。

 今まで勝ちを誇ってきた皆が、声も出ないまま、ぽかん。として指一本動かせない。

 ただ、亜紀と亜夜が共に空を見上げたのは、もしかしたら、彼女達の中にある騎士としての、あるいは彼女達自身の本能的な何か、それでも反応したからかもしれない。


 ドンッ!


 不意に、一発のビームライフルが空を走り、それが号令となった時には遅かった。


 誰が撃ったのか、それを判断することも出来ず、美柚姫が光の走った方にちらと視線を向けた時には―――


 ズガッ!


 何だかわからないが、背筋が寒くなるような音がした。

 中央に配置された亜夜と亜紀の2騎をまたぐように左右の脚で踏みつける白い物体が何かを知る前に、“それ”は動いた。

 手を振るったと認識する時には、左右に展開していたはるか騎と麗央騎双方の首が吹っ飛んでいた。

「……えっ?」

 左右に投げつけた太刀が、2騎の首を吹っ飛ばして飛び去ったことを、美柚姫はまるで理解出来なかった。


 ドンッ!


 不意に真横から突き飛ばされなかったら、

 これが実戦なら、

 その瞬間に美柚姫は死んでいただろう。

 

 白い暴風。


 そんな言葉が脳裏を掠めたのは、まさに“それ”を見たからだった。

 “死乃天使”だ。

 自分に襲いかかってきたが、誰かが突き飛ばしてくれたおかげで、その顎から逃れることが出来たんだ。

「な、誰っ!?」

 たたらを踏んで転倒を回避しようとSTRシステム相手にあがく美柚姫の前に出たのは、2騎の“幻龍改げんりゅうかい”だった。

「騎体を回復させろっ!」

 ビームライフルを乱射して、相手を牽制する夏川大尉の怒鳴り声が耳を打つ。

「―――くっ!」

 膝に痛みが走り、膝関節が悲鳴をあげる程の無理な動作を騎体に強いた美柚姫が振り返った時には、再び白い暴風が襲いかかってきた。

 ビームライフルの射撃に恐れを抱いている様子は全くない。

 ビームがどう飛んでくるかが予めわかっているかと疑いたくなるほど、華麗な回避運動を見せた“死乃天使”が夏川と大月の両騎の間を駆け抜けた。

 グラッ。

 直後に体勢を崩したのは大月騎。

 大腿部を切断され、騎体が横倒しになろうとしていた。

「お、大月大尉っ!」

 美柚姫はとっさに大月を支えようと、その騎体を掴んだ。

 装甲を掴むことに必死で、その後ろで“死乃天使”がどんな動きを見せたか、それを美柚姫は知ることが出来なかった。

 ズキッ。

 左膝に痛みが走った。

 本当に疑似感覚かと疑いたくなるほどの鈍い痛みが脳内を螺旋状に駆け回る。

「―――っ!?」

 痛みに襲われた脳に届いたのは、騎体がバランスを崩した奇妙な感覚と、警報だった。


 判定:左脚部切断。


 メインスクリーンに映し出された文字が意味するところを理解する前に、騎体が地面に叩き付けられる衝撃が美由紀を襲った。


「―――っ!」

 舌を噛みそうなショックに耐えた美柚姫は、未だ擱座判定が出ていないことに感謝しつつ、騎体を這わせてビームライフルを左腕に持たせた。

 その横では大月騎や夏川騎もまた、いまだ諦めずにビームライフルで空を飛び回る“死乃天使”を仕留めようと必死になって射撃を続けている。

 “死乃天使”が空中で一回転して弾幕を回避。


 まるで、嘲るように三騎の頭上を通り抜けていった。


「くそっ!?」

 美柚姫はエネルギーカートリッジを交換しつつ毒づいた。

 眼は“死乃天使”から離れていない。


 ガンッ!


 ただ、その音だけはしっかりと聞いた。


「……」

 ちらっと、上空から落下した物体が視界の端で地面上を数回、バウンドした。


 柄付き手榴弾。


 しかも3発が美柚姫達のすぐ間近に落下した。


 対メサイア戦をも想定したその爆発力は半端ではない。

 歩兵が至近距離に手榴弾を投げつけられたのと何もかわらない。

 擱座しかけた騎体の中で、

 回避機動どころか、歩行すら出来ない騎体の中で、

 気がつくと、美柚姫は呆然として、手榴弾に取り付けられたLEDの赤い点滅を眺めていた。

 脳がフリーズして何も考えられない。

 すべてがぼんやりとする中、手榴弾の上に覆い被さって、そしてそれを腹の下に抱え込んだのが“幻龍改げんりゅうかい”だと気付いた時には、メインスクリーンは真っ白になっていた。


 手榴弾を腹に抱え込んだ“幻龍改げんりゅうかい”―――それは、あれほど自分達を嫌っていたはずの、あの夏川大尉騎だった。


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