芹沢瀬菜からの挑戦状
●東京都某所 天原骨董品店
「やっと連絡出来たと思ったら」
「申し訳ない」
神音の冷たい視線には、はっきり相手への非難の意思が込められている。
その視線の先で営業用スマイルを浮かべているのはユギオだ。
「アイバシュラの件ですか?」
「あんな大量出現は、はっきり商会として大迷惑です。大体、アレの養殖技術を確立したのはウチのグループです。世論が五月蝿いの何の」
「とすると、神音様は、養殖の特許の侵害でお怒りなのですか?」
「まさか。それだけならあなた相手に裁判でも起こしますよ」
「さてさて。天原商会絡みの裁判を引き受ける命知らずな裁判官が、魔界にいるでしょうかねぇ……」
ユギオはソーサーに乗せられた紅茶に手を伸ばした。
「先の軍競争入札侵害の裁判の件は世の常識」
「“話”そのものは存じています。ですが、実行犯がウチだという証拠はないでしょう?」
「その通り。未だ犯人は不明。ただ、裁判長宅の隣の家に燃料を満載した大型車が飛びこんだり、速記主席担当官の娘さんが何者かに監禁され、後に解放されたり、裁判官の一人が行方不明の挙げ句、頭を破壊されて植物人間になって発見されたり……いやいや。彼は優秀にして敏腕な裁判官として知られていた逸材でした。それが今や、主に召されるまで法廷じゃなくて施設のベッドの上。
それだけじゃない。
対立したのは……カールメーソン社でしたっけ?
直接に裁判沙汰を引き起こした幹部は家族ごと交通事故……弁護士の乗った車が白昼、裁判所の真ん前で銃撃を受けもした。車は蜂の巣、弁護士は無事だったものの、警護官6人が主に召された」
ユギオの視線は、目の前の神音を試すかのようだった。
「人間界の武器が使われた特異な事件ではありましたが、あの見せしめじみた警告は確かに効いたのでしょうねぇ。判決は延期されるという大方の予想を裏切って貴社の勝ち」
「人を犯罪者みたいに」
「おやおや?別にあなたが黒幕だなんて言ってませんよ?ただ、私は事実を述べただけ」
「……よくも」
「ここまで知った上で、あなた方を敵に回すほど、私もバカじゃない」
ニヤリとイヤな笑みを浮かべたユギオがカップの中身を飲み干した。
「あなたは、私を殺そうと思ったら、ここに毒なり何なり入れることも出来た」
「そのカップはお気に入りなの」
眉一つ動かさず、神音は言った。
「それを毒などで汚したくないですし、何より、あなたに使わせているだけで忍耐力の限界なのです」
「私の誠意は通じないと?」
「誠意の前に無実の証拠を持ってきなさい。それが筋道でしょう?」
「……そんなものがあるなら、何を持ってこいと言うのです?具体的に教えて下さい」
「自分で考えなさい。オツムはあるんでしょう?」
「厳しいなぁ……かのんさん?おかわり」
「……百歩譲ってアイバシュラの件はあなた」
ユギオの顔を見た後、神音は言い直した。
「―――中世協会ではないとしましょう」
「ありがとうございます」
「仮定に礼を言うなんて、余程切羽詰まっているようね」
「当然でしょう?中華帝国も、私の上司もカンカンです。
はっきり言いましょう。
今回の件で、中世協会上層部は、むしろ天原商会が人間界で暴走を始めたのではないかと疑っているのです」
「ウチが?」
「やり口があまりに派手ですしね……ユーラシア大陸の資源確保のためにアイバシュラの巣をかねてより用意して、このどさくさ紛れに人間界での既得権欲しさに仕掛けたのではと」
「聞き捨てならない話ね」
「ところが、肝心の大陸での資源獲得権を、ダユー様達に無償に近い条件で放棄したことは、その論法だと成立しない。じゃあ、天原商会の狙いは何だ?となる」
「……それを調べに東ここへ?」
「こちらも混乱しているのです。何しろ、この日本での戦況は安定していません。こちらに少しでも有利になるよう、中華帝国を買収して、大陸側からの人類反攻ルートを潰そうと暗躍していたというのに、このアイバシュラの騒ぎです。もし、本当にあなたの仕業なら止めて頂きたいと思ったのですが」
「無駄骨ね」
「そのようでした―――本当に、お心当たりがないのですか?」
「はっきり、ないです。あれほどの大規模なアイバシュラの巣をどうやって隠していたかさえ不明。ウチの諜報部門も地獄の釜を開けたような騒ぎになっているわ」
「中世協会でもない……あなた方でもない……ヴォルトモード軍でもない」
「……そういうのを第三勢力というのよ?知っていました?」
神音はティーカップを手にはっきりと言い切った。
「天原商会総帥として。我が社は、大陸のアイバシュラ出現には一切関与していません」
「……信じましょう。信じるしかない。ただ、信じた上でも、これはゆゆしき事態です」
「今後においては連絡を密にして欲しいですね。せめてこちらからの呼び出しに応えて頂きたい」
「善処しましょう。そちらでも情報を掴んだら是非」
ユギオが去った後、執務室へ入ってきたのは黒髪の美女、瀬菜だった。
「お加減が優れませんか?」
瀬菜がそう訊ねずにはいられなかったほど、神音の表情は硬かった。
紅茶が冷めてくのも構わずに、ソファーに頬杖をついたままだ。
「……そう見える?」
「……大陸での動きが心配ですか?」
「そうね……」
神音はそのままの姿勢で小さく答えた。
「今、ユーラシア大陸で動く理由がわからない。ヨーロッパではなく、何故、極東なのか」
「というと?」
「アイバシュラで人類の粛正をやるというなら、ヨーロッパや北米を狙えばいい。だというのに、何故、人の少ない極東にあんなアイバシュラをコロニーの規模で発生させたのか。その理由がどうにも見えてこないのよねぇ……」
「資源獲得は?」
「人類の地下資源にどれ程の意味があるの?しかも、この日本にまで……?」
「そういいながら、かつては御主人様もアフリカと南米ではしっかりと」
「資源を人類へ転売して利ざや稼ぐためよ?政治的、地政学的、経済的、すべての面で狙いそのものが理解出来ない」
「―――理由がわからなければ、ビジネスチャンスにつながらないですからね。私も出来る事ならお役に立ちたい所ですが」瀬菜はティーセットを片付けながら言った。
「人間である私風情でお役に立てるのはこの程度でしょう」
「何を言うの?北陸方面の仕事は順調に消化してくれて助かるわ」
「ありがとうございます。新しいお茶、淹れましょうか?」
「お願い……で、瀬菜」
神音は体を起こした。
「はい?」
「あなた、人類相手に少し遊びたいって言ってたわね」
「ええ」
瀬菜はちょっとだけ恥じるような笑みを浮かべた。
「単なる思いつきというか、私の増長のようなものです。ですから」
「いいわよ?」
「えっ?」
「こそ泥扱いされっぱなしのこの辺で、でっかく反発したら面白そうじゃない」
「よろしいのですか?」
「結果は報告しなさい?私が楽しめるほど、思い切り派手にやって見せて」
●それから数時間後 東京都千代田区 宮城内
「……ったく」
ガチャ。
乱暴に電話を切ったのは辻中佐だ。
「自分の所属と指揮権がどこにあるのかもわからなくなったのか」
電話の相手は夏川だ。
“鈴谷”と騎士達が全く協力的ではない。こんなことでは任務を遂行できないから厳正に処罰してくれ。
夏川の言い分を、辻なりに解釈するとこうなる。
そして、それに辻が引き出した答えは一つだ。
ふさげるな。
たったこれだけ。
これだけでたくさんだ。
もうお前は第9中隊の人間ではないし、俺にはお前の面倒を見る義務もない。その程度のことがどうしてわからない?
夏川にはそう言いたかった。
「……ったく」
原因なんてわかっている。
夏川という騎士は、彼女自身こそが第9中隊だと思い込んでいるフシがあることを、辻はうすうす感じてはいた。
近衛騎士達の取り締まりを任務とする第9中隊。
その姿を具現化した存在が自分だとあの女は自分に任じて疑っていない。
自分と職権や地位を混同している。
それが、この電話ではっきりした。
「厄介な話だ」
そう思う。
すでに第9中隊から登録が抹消されたにもかかわらず、未だに中隊に付与された権限が自分にあると思い込んでいる辺りが、その証拠だ。
「後藤さんに紹介したのはまずかったかな。やっこさん、上手く使ってくれるかなぁ……」
ふと、そんな心配にかられた辻の前に当番兵が郵便物の山を置いた。
封筒や小包、ハガキ、中身が何だか、考えるだけでうんざりする。
「あーあ……今度はどこからだ?」
辻の処理すべき書類は多い。
部下の使った経費の請求書から、タレコミ、それから部下の行動に対する他の部隊や部署からの抗議文、逮捕者から、もしくはその関係者からの助命嘆願書。その他細々としたものまですべてだ。
この仕分けがまず大変な作業となるあたりは、どこの管理職も変わらない。
戦時下という事情もあって、原始的ではあるが郵便としてこのテの書類が送られてくる現状、自分の仕事量が山となって見えることは、辻にとってもやる気を奪われるという意味ではかなり負担だった。
「こんな時に余計な仕事増やすな。バカめ」
毒づくと、辻は郵便物の山の一番上にあった小包を無造作に掴んだ。
「……ん?」
辻がおかしい。と思ったのも無理はない。
郵便局の小包専用封筒。
長方形の軽いがかなり固いものが入った感触があった。
中身は書類じゃない。
宛先は第9中隊の大月大尉となっている。
個人宛というにしても、ここで中身を確認する権限が辻にはある。
この室内へ来るまでにレントゲン他の検査が終了したシールが小包に貼り付けられているのを確認した後、辻はペーパーナイフで包みを破った。
「……なんだこりゃ」
小包として送られてきたのは、“大月殿”と達筆な筆で書かれたのし紙と、それに包まれた桐箱。ご丁寧に水引きで結ばれている。
「あいつ、結婚でもするのか?」
馬鹿な。
大月の性癖を思い出し、辻は小包の包みをもう一度見た。
小包に張り付けられていた発送者の欄。
そこに気付いた辻は、険しい顔で桐箱を睨み付け、しばらく唸った後に水引きにペーパーナイフを入れた。
●“鈴谷”艦内
「芹沢瀬菜から?」
「そうだ」
驚いたという顔の大月の前に映るモニター。その向こうでは辻が顔をしかめていた。
「今度、福井市内の宝石店を襲いますので云々と、水引き付きの桐箱に収められた、奉書紙に書いたヤツで連絡してきた。お前、かなりコケにされているのか、それとも相手がおかしいのか」
「……」
「芹沢瀬菜の足取りがここのところ途絶えていたのは事実だ。ここに至って向こうさんから連絡をくれたのは感謝すべきかな?」
「罠、とは思いませんか?」
「今更、お前を罠にかけて何をしようというんだ?」
「……それは」
「第9中隊のお前を名指しで指名してきた意味は何だ?大体、お前を罠にかけて潰したところで、組織として追っている以上、それに大した意味がないことは、あいてだってわかっているはずだ」
「……なら、中隊長は芹沢瀬菜の意図をどのように?」
「はっきり言えば」
辻は言った。
「お前に対する挑発だ」
「挑発?」
「挑戦状。ともいうか?お前に対して、挑んでこい。私を捕まえてみせろと、そうからかっているともいえるな。いい意味でも悪い意味でも、お前はお誘いを受けている」
「……っ!」
大月の握られた拳に力が籠もった。
「おいおい。俺に怒ってどうする」
「し、失礼しました」
「……追えそうか?」
「自分に送られてきた挑戦状ですよ?」
大月は答えた。
「自分一人でも、追います」
「意気込みやよし……だがな」
はぁっと、辻はため息をつくと、デスクに身を乗り出すようにして言った。
「死に急ぐな。お前に死ねと言いたくて連絡したんじゃない」
「……」
「夏川が随分と問題を起こしているようだな」
「……申し訳ありません」
「隊長というより、あの厄介モノはいずれ始末することになるだろう」
そのあっさりとした口調の裏を考え、大月は言葉を詰まらせた。
「主人に刃向かわなくても、自分と主人の区別がつかなくなったような狗を、主人が必要とする。そう思うか?」
「……」
「夏川にはもう少し分別があると思っていたが、権力に溺れるとああなる」
「……恐ろしいと思います」
「この中隊が解体された後、あいつがそれでもああなら、始末は確実だ」
「本人には警告しておきますか?」
「やめろ。こんなことは隊長として知っておけばいい程度のことだ。まして他人に言われるより自分で気付くべき程度のことだ」
「……」
「―――我が身が心配か?」
「自分は、死ぬことを恐れません」
「気概だけで生きられるのは若い証拠だ。その割に夏川には随分、尻に敷かれた挙げ句、周囲の信望を失ったらしいな。平野中佐のまとめた周囲の人物評価はかなり厳しいというか、信望を失った分、夏川よりひどいな」
「……」
「お前も苦労するぞ?何故だ」
「はっ?」
「何故、夏川の尻に敷かれるような体たらくになった」
「……お笑い下さい」
自嘲気味に大月の口元に歪んだ笑みが浮かんだ。
「自分は、どうしても女性が苦手なのです」
「苦手?」
「殴ってやろうと何度も思いましたが、夏川大尉の気迫というより、あの女としての匂いを嗅いだだけで体がすくむのです。殴ることなんて出来もしない。もし、夏川大尉がメサイアにでも乗っていてくれたら、殺すことも躊躇わなかったでしょう。しかし、生身の大尉となると」
「……お前も病気ということか」
「かもしれません。いえ、そうでしょう」
「その原因がお前に挑んでるんだ……その相手をしてこそ、お前は前に出ることが出来る。俺はそう思うがね……」
「中隊長」
「……めぼしい情報もない以上、ここは出ろ。そのためにも、必要なら周囲に頭の一つも下げてやれ。土下座はいつだってタダだ。それもわからんあの夏川については、無視しようがなにしようがかまわん。俺からも平野艦長には言っておく。お前も、あんなクレーマーじみた気違一匹、排除することに躊躇うな」
「は……はい」
「芹沢瀬菜から送られてきたお前へのこのふざけたラブレターはメールで送ってやる。確認しておけ」
「……了解しました」
通信室から出た大月を待ち構えていたのは、その夏川だった。
「探したぞ!」
戦闘服に身を包んだ夏川が途端に怒鳴った。
予想外の展開に、大月ははっきり気圧されてしまった。
辻からはいろいろと言われたが、こうも唐突に顔を合わせるとどうして良いかわからなくなる。
「……あ、あの」
大月が辻に言ったことは本当だ。
ふわっと鼻腔に感じた香水の匂いだけで大月の戦闘意思は根本からへし折られた。
体がすくんでしまい、なにも言えなくなる。
「さっさと戦闘服に着替えてこいっ!」
その大月に夏川は容赦が無い。
「他の連中はすでにシュミレーション訓練に動いているぞ!」
「えっ?」
「あそこまで言われて悔しくないのか!?我々は我々でやることやって、あいつらを見返してやるんだ!わかってるのか!?」
●東京都葉月市
「ったく」
稼働するシミュレーターを睨みながら紅葉は毒づいた。
「騎体は壊す、連携は未だとれない……何のために生きてるのよ。こいつら」
「言い過ぎな気もしますが」
紅葉の横に立って、じっ。とシミュレーションシステムが生み出す疑似空間での戦闘推移を眺めているのは千鶴だ。
「私の騎も狙撃隊も未だ改装が進まない現状で頑張っているんです」
「……私が悪いような言い方ね」
「誰も悪くないと言いたかったのですが」
「あなたの言葉には悪意があるのよ」
「津島中佐に言われるとは心外です」
「あ?」
「何でもありません。自重しますと言いたかったのです」
「そうね……で?」
紅葉は訊ねた。
「このアホ共の悪あがきを、ほむがどう判断するかと思ってね」
「……面白い人達」
千鶴はモニターから目を離さずに言った。
「そう思います」
「存在自体がギャグといえばその通りよ。でも、そんなことを聞きたいんじゃないの」
「連携がとれない理由を探れと、そう仰せですか?」
「そうよ。他に意味ある?」
「……これで」
モニターの中では4騎が必死になって包囲する敵から生き残るために戦い続けている。
「生き残ってきたことそのものが驚きですね」
「でしょう?」
「個々の技量は高めですけど……この部隊では誰が加わろうと、これ以上の戦果は期待できないでしょう」
ズンッ!
室内に電子合成された破壊音が響く。
ピーッ。という警報と共に、1騎の撃破判定が宣言された。
すると、次々と生き残ったはずの3騎が撃破されていく。
たった1騎が倒れたことがきっかけに、まるで連鎖反応を引き起こしたように部隊は壊滅した。
「ったく……何度やってもこうなのよ」
「これで当然なのです」
「は?」
「問題は、騎士の技量ではありません」
「じゃあ?」
「武装です」
「武装?」
「戦棍。薙刀、大型戦斧、小太刀……」
千鶴は個々の主要武装を読み上げ、
「こんな武装がバラバラな部隊では連携なんてとれるはずがない」
「何で?」
「何で……って」
相手は六本線の“見通者”だというのに、それがわからないことに、千鶴は正直、面食らった顔になった。
「わかりませんか?」
「わかんないから聞いているのよ」
むっ。とした顔の紅葉が答えた。
「武装については前の部隊だって槍だの薙刀だの使って、連携も組んでいたし、しっかりと戦果も出していたわ」
「原則論として、長物と刀剣類をバラバラに使って連携なんて組めるはずがないです」
千鶴は首を横に振った。
「ハルバードの山崎中尉と薙刀の柏中尉、槍の早瀬中尉と斬艦刀の都築中尉……わかりませんか」
「……?」
「相互に武器のリーチがほぼ同じ武装を使っていたから、フォーメーションも容易に組めたんです」
「斬艦刀は長いから槍やハルバードといった武装とも連携が組めた。ところが」
「そうです。互いのリーチがバラバラなので、連携なんて組めるものではないです。フォーメーションがどうしてもいびつになって……敵にしたら、そのいびつさを上手く突けば簡単に突き崩せる相手にすぎなくなる……それが、この連鎖的敗北の原因です」
「……どうしろと?」
「こんな滅茶苦茶な武装選択した部隊なら、自分でも連携を組める自信はないですが。簡単な工夫で大分結果が違ってくるでしょう」
「工夫?」
「はい」
千鶴は頷いた。
「フォーメーションの配置を変えてみて下さい。それで大分違ってきます」




