悪あがきな作戦
トンネルから飛び出してきた物体は、M22型柄付手榴弾という。
美奈代が好んで使った、閃光弾と音響弾を兼ねたあの手榴弾だ。
薄暗いドームの中に突然発生した激しい光と音は、アイバシュラ達の感覚を完全に狂わせた。
状況が理解出来ず、動きを止めたアイバシュラ達の前にトンネルから飛び出してきたのは美柚姫達の駆る“白雷改”達。
「みんな!」
「「了解っ」」
ドームのど真ん中に降り立った美柚姫の背中をはるかが、その右隣に降り立った亜紀の背中を亜夜がカバーする。
全騎が握っているのは広域火焔掃射装置のノズル。
「せーのっ!」
美柚姫のかけ声と一緒に、みんなが一斉にノズルのトリガーを引いた。
グウォォォォッ!
数万度に達するプラズマ炎がドームの中を駆け回った。
堅固な外殻を持つとはいえ、メサイアですら蒸発させる魔法の炎を前に、生命体であるアイバシュラはあまりに無力だった。
ドームに集結して十重二十重と陣を形成し、侵入者である美柚姫達を八つ裂きにしようと待ち構えていた数百体のアイバシュラ達は一瞬にして蒸発し、あるいは炎に包まれて床をのたうち回った。
ドドドドドドンッ!
巨大なドラムを打ち鳴らしたような連続した爆発音がトンネル内部から響いたかと思うと、紅蓮の炎と一緒にアイバシュラの破片が噴き出してきた。
トンネル内部に仕掛けた手榴弾の信管が作動し、トンネル内部を爆発のエネルギーがかけずり回った結果だ。
後に残されたのは、異様なまでの静寂だった。
皆、この圧勝を前に無言で立ち尽くしていた。
何が起きたか理解出来ていないのは、もしかしたら勝者である美柚姫達自身なのかもしれない。
「―――ドーム内部制圧」
そんな静寂を破るかのように、涼宮中尉が冷静な口調で状況を告げ、その声にハッとなった瑞穂が慌てて周辺をサーチして、中尉をフォローするように言った。
「周辺に敵性反応無し。状況グリーン!」
「勝ったぁっ!」
「やったぁぁっ!」
通信モニターの向こうで、亜紀と亜夜が飛び跳ねて喜んでいた。
数百体の妖魔をたった4騎で制圧してのけたのだ。
奇跡と言っても良い。
それを自分がやってのけたのだから、美柚姫も出来る事ならそれに参加したかった。
だが―――
「涼宮中尉」
その顔は、あまり嬉しそうではなかった。
「―――助かりました」
「私の功績じゃないと」
涼宮中尉はクスリと笑った。
「言いたいんですが、お金が欲しいので黙ります」
「この作戦というか……」
「作戦、という程、高尚な代物ではありません」
「えっ?」
「こういうのは悪あがきっていうんです」
「悪あがき……」
「でも、最後に生き残るのはいつだって足掻き続けた奴ですよ。先の部隊は、強いというより―――そりゃ実際、強かったですけどね?世界で一番悪あがきが出来た連中だったと思います」
「……そう、ですか」
美柚姫は頷いた。
「勝ったのに嬉しくないのは、他人の案を借りたからだと思っていたんですけど……」
「思い上がりです」
「そのようでした―――ところで」
「はい?」
「この悪あがき、考えた人の名前だけでも教えてもらえますか?」
「知ってどうするんです?」
「感謝したい時、名無しさんでは可哀想なんで」
「生きている時点ですでにいろいろ可哀想な人だったんですけどねぇ」
涼宮中尉は小さくため息をついた。
「和泉大尉です。和泉美奈代大尉」
「……あの“鬼の和泉”と言われた?」
「―――です」
「そう……ですか」
「感傷に浸っているヒマはありませんよ?」
涼宮中尉は立体映像の再構成をしつつ言った。
「状況はこれで大きく変化しました」
「というと?」
「心臓部へ通じる内部の通路が閉鎖されました。地下迷宮の各所で動き、地下からアイバシュラ達があがってきています。数は100を超えていますよ?」
「心臓部ってことは……」
美柚姫は周囲を見回した。
「女王蜂だか女王蟻のいるところですね?」
「そうです。このドームを含む地下迷宮から地下の食料貯蔵庫へ入り、そこから育児室を抜けてロビーへ、そこかららせん状の階段を上って天井から親玉の頭上へ降下することを考えていましたが、これはもう無理です。想定していた最短ルート上の通路は、ほぼすべて閉鎖状態」
「そんなの」
通信に割り込んできた亜夜が言った。
「ぶち抜けばいいじゃん!中尉、どこに通路があったの?」
「あなたの真っ正面の壁が閉鎖隔壁ですけど……」
「じゃあ!」
亜夜が抜く手もみせずにビームライフルを構えると、照準もつけずに壁めがけてぶっ放した。
ドンッ!
エネルギー弾が壁に命中し、爆発を引き起こすが―――
「……あれっ?」
亜夜がきょとん。としたのも無理はない。
壁には黒く焦げた痕跡は残っているが、肝心の穴が開いていないのだ。
「なんで?」
「壁がそれだけ頑丈なんです」
涼宮中尉が答えた。
「魔法防御というか、魔力中和フィールドに近い反応があります。ビームライフルの出力でどうこうなる代物ではありません」
「なにそれぇ」
亜夜が唇を尖らせ、
「どうしろっていうのぉ?」
「つまんないよぉ」
亜紀もぶーぶー言い出す始末。
「幸いというか、このドームは地下への通気が集中した部分にもなります」
涼宮中尉がシートの裏から引き出したケーブルを首の後ろに接続した。
すると、それまで涼宮中尉目の前にあった立体映像の画像が各騎体でも見えるようになった。
「便利ぃ」
「なんで最初から使わないのぉ?」
「疲れるんです。いろいろ面倒くさいし」
「大変なんだね」
「課金制にしたい位なんですよ?まったく」
「……それで」
はるかが訊ねた。
「……どうするの?」
「別なトンネルを通って逃げることを推奨します。今なら外部に残留したアイバシュラとの若干の交戦はあっても脱出は可能です」
「どうあっても、中への侵攻は出来ないと?」
「ルートは2本。ただし、このルートもむしろ敵によって作られた罠である可能性の方が高い―――いえ、99%の確率で罠と断言出来ます」
「罠?」
「はい―――他のルートが閉鎖されたというのに、何故、このルートだけ生きているのかがわかりません。侵入者を都合のいいルートを移動させてジワジワ殺していくのではないかと」
「鬼の和泉様は、こういう状況は?」
「知りたいですか?」
「……私、どうしたらいいと思います?」
その縋るような声に、涼宮中尉の反応は冷たかった。
「さぁ?」
「さぁ……って」
「私は和泉大尉ではありませんし、部隊の責任まで私が負う必要があると思えません。決めるのはあなたです」
「で、でも、卓上演習では」
「んなもの、一々、全部覚えているワケないじゃないですか」
「……」
美柚姫は騎体の状況を示すステイタスモニターを一瞥した後、
「―――部隊全騎」
震えながらも、乾いた声で言った。
「これより部隊は前進、この施設内部の女王を倒します」
「……へ?」
きょとん。となった亜夜の眼が点になった。
「み、美柚姫っち?」
「どうせ」
美柚姫は真顔で答えた。
「ここで逃げても、また行けって言われるのは私達よ?」
「だ、だけど……」
「覚悟決めて。ここまでこれた事自体が奇跡みたいなものだよ?もう一回、同じ事、出来る自信があるの?」
「……うっ」
「涼宮中尉、ルートの選定をお願いします。通路侵入時のフォーメーションはさっきと同じで」
「亜夜ちゃん」
亜紀が諭すように言った。
「道は作るものだよ」
「天国への?」
「うーん。地獄かもしれないけど、とりあえずは行ってみればわかるから」
「……だね」
亜夜はあっさりと頷いた。
「美柚姫っち、主要武装は広域火焔掃射装置でいい?」
「ええ。ただ、放射時間を調整して、なるべく発射回数を稼いで。先は長いわよ?」
「うん。敵の武器が使えればいいんだけどねぇ……」
「残念」
「……本当」
瑞穂はぽつりと言った。
「宿屋さんと武器屋さんが途中にありますように」
●福井県上空 “鈴谷”艦橋
「レーダーが使えない?」
「はい」
オペレーターが答えた。
「結界が張られているようです。マジックレーダー波が通りません」
「目の前見えているののにか?」
悔しそうに爪を噛む美夜の前。光学合成でメインスクリーンに映し出されているのはアイバシュラの巣だ。
陸軍の列車砲による砲撃は、富岳部隊の撤退と共に停止されたらしい。
ここまで接近する間にアイバシュラの巣の周囲でめぼしい動きはない。
「アイバシュラという妖魔が昼行性だとはいいますが」
いつの間にか高木の横に立った夏川がメインスクリーンを眺めながら言った。
「これほど動かないものとは、意外ですね」
「富岳隊は追っかけてくるアイバシュラの群にかなり狼狽していたが?」
「寝起きを起こされて怒っただけでしょう。実際」
夏川は動きのないスクリーンを勝ち誇ったような顔で指さした。
「ここまで接近したのに何の動きもない」
「……」
「巣の中に戻って眠っているのでしょうね。それとも、寝ている敵を始末するのは後味が悪いですか?」
「“白雷”隊から通信は?」
「ありません」
「所在も不明か」
「はい。何しろ、結界の内部は連絡も何も……」
「―――ちっ」
「艦長」
「部下が心配ではないのか?」
「騎体が貴重であることは認めますが?」
「……」
ハァッ。
美夜はため息をつくと、アームレストに用意されたインターフォンをとった。
「CIC、対空戦闘の用意、出来ているか?―――よし。攻城砲、発射準備!手すきの者はすべて対空戦闘に回せ……芥川、FGF、即時最大展開用意」
「了解」
「艦長、我々も」大月が一歩前に出たが、
「対空戦闘の邪魔だ!すっこんでろ!」
「―――っ!」
振り返りもしない美夜の一喝で黙るしかなかった。
「戦いたければ銃座につけ!」
“鈴谷”の目玉兵器というかお荷物である攻城砲は、8000ミリという口径自体が冗談そのもののML砲である。
あまりの高出力にエンジンからのエネルギー供給が間に合わず出力不足に陥り、艦の航行に支障が出ることや、冷却システムの関係から一日一発が限界という極端に悪い効率など、運用側からすれば桁外れの破壊力から引き算してもデメリットの方が勝る欠陥兵器だ。
それを使おうという美夜の決断もスゴイが、一発も試射したことのない兵器を土壇場で使おうという、その神経の方がある意味で恐ろしい。
中央カタパルトデッキ―――カタパルトが設置されなかった上、カタパルトデッキ上から艦内に入れない形ばかりの甲板の下に据え付けられた砲が発射準備のために収縮して格納されていた砲身を伸展させている。
「各員へ警告、これより攻城砲が発射される!主要機器の電気系統を予備電源へ切り替え急げ!各員、瞬断に備えろ!」
“鈴谷”艦内には無数の電子機器が備わっている。
狩野粒子による被害こそ魔晶石エンジンから発生する力場の影響で免れているものの、電気機器である以上、電気が瞬間的に断たれる瞬断には弱い。
無停電電源装置《UPS》を噛ませているとはいえ、万一、瞬電が発生すれば艦内のネットワークは遮断され、ハードウェアには重大な影響が生じる。
何より、戦闘中に機器の電源を入れ直したり、ソフトウェアの再起動なんてやっているヒマがあるはずがない。
サージ電流が発生しようものならどこにどんな影響が及ぶか考えたくもない。
そんな厄介モノが今、火を噴こうとしている。
もし、造船技師達が乗っていたらこぞって逃げ出しているだろう事態だ。
「これで砲身が吹っ飛んだら」
アームレストに肘をつき、足を組んだ美夜は楽しげに笑った。
「我々は堂々と戦域から撤退して、しばらくは楽が出来るな」
「だといいのですが」
高木は苦笑しながら頷きつつも、自分の仕事は果たそうとした。
「各員、対閃光防御!」
「CICより、攻城砲発射態勢完了。目標指示願います」
攻城砲を管理するCICから連絡が入った。
「―――艦長だ。目標は妖魔の巣。一発で仕留めろ」
「レーダーによる補正不能のため、SC管制による目視射撃になりますがよろしいですか?」
「かまわん」
「了解―――攻城砲の射撃権限をSCへ移管します。CIC長谷川中尉よりSC、榊少尉」
「……さて」
ポキポキ。
指を鳴らした美夜は、まるで楽しみにしていたコンサートに参加したと言わんばかりの態度だ。
「ショータイムかな?」
「見張りより艦長!」
オペレーターが怒鳴った。
「巣で動き!アイバシュラ達が動きました!」
「何っ?」
「こちらに接近してきます!数不明、多い!」
「見張りを続けさせろ!CIC、対空戦闘任せるぞ!?」
「了解っ!」
「ちっ―――お楽しみはお預けか?」
艦の後退命令を下そうと考えた美夜だったが、メインスクリーンを睨んで、しばらく考えた。
「副長」
「はっ?」
「あのヘッポコ共が停止したのはどこだった?」
「“あのヘッポコ”が朝倉大尉達でしたら」
手元の端末を操作した高木がメインスクリーン横の戦況地図を操作した。
「ここより約2キロ前方ですな」
「あいつら、何で、停止したんだ?」
「通信は結界がひどく、報告を受けていません」
「……結界があると言ったな」
「はい。相当強い結界です。巣周辺にはマジックレーダーも飛びません」
「……CIC」
「はい」
「副砲をすぐに巣めがけて発射しろ」
「よろしいのですか?」
「いい。命中する必要も命中させる必要もない」
「―――了解。発砲タイミングは?」
「今すぐだ。火は入っているな?」
返答の代わりに、左舷カタパルトの横に設置された副砲が火を噴いた。
ピンク色のエネルギー弾がまっすぐ飛んでいくと、巣に命中した。
巣を構成する塔のど真ん中でエネルギー解放による爆発が観測された。
「よろしかったのですか?」
「……今、少し後悔している」
美夜は正直に言った。
「大月大尉達を個別に出撃させて、ビームライフルで試させればよかったと」
「どっちにしろ、敵はもうこっちに気付いています」
「そういうことだな―――敵はレーダーに引っかかったか?」
「まだ。いえ……今―――レーダーコンタクト!」
「CIC、対空射撃、撃ち方始め!」
“鈴谷”の対空火器が接近するアイバシュラ達めがけて火を噴いた。




