攻城砲 第一話
副砲の一撃は巣に着弾した。
結界は、どうやらMLは通すらしいなと、美夜は見当をつけたが―――。
「まずい……な」
渋い顔をしたのは大月のパートナー、阿部大尉だった。
マッチョに鍛えられた魅惑的な容姿は、女でなくても惚れ惚れするいい男だ。
「結界は魔力を削ぐタイプだな」
「魔力を?」
「おや?艦長、失礼」
独り言としての発言を美夜に聞かれた阿部は軽く敬礼した。
「俺のダンナが戻らないから、探しに来たんだ」
「―――構わん」
美夜は阿部に頷くと訊ねた。
「魔力を削ぐとは、何だ?」
「今の見ていたんだろう?」
軍隊という階級社会を無視するようなフランクな物言い。
普通なら叱責の対象だが、この男にはそんなフランクさこそが相応しい。むしろ敬語なんて使ってくれなかっただけでもありがたい。
美夜はそんな気がした。
「普通に着弾したように見えたが?」
「艦長の目は節穴か?」
「ん?待て」
高木がぶん殴ろうと拳を握ったのを美夜は言葉で制した。
「どういうことだ?阿部大尉」
「結界に触れた途端、出力が半分以上落ちたぞ」
「それは、MCとしての意見か?」
「ああ」
「……」
マズイかな?
美夜がそう思ったのも無理はない。
“鈴谷”が装備する対空砲は全てML砲である。
それが結界で阻害されたとなれば、あの結界は相当な厄介モノだ。
むしろ、メサイア隊が結界であんな慎重な動きをした意味がこれでわかった。
「芥川、あの結界周辺に艦を近づけさせるな。魔力に干渉するとなれば、飛行システムへどう影響するかがわからない」
「了解」
操舵手の芥川が頷いた。
「これ以上、悪いことがないことを祈ります」
残念ながら、さらに悪いことが起きた。
魔力をエネルギーとして撃ち出すML砲の仕組みとその制限を、美夜が改めて思い知ったのはSCLからの警告によってだ。
「対空砲火を止めて下さい」
メサイアにおけるMC同様、精霊体を搭載する“鈴谷”の全システムを管理する榊少尉の発言は重い。
とはいえ、敵性妖魔が接近しつつある中で、対空砲を撃つなというのは、どういうことだ?
インターフォンで呼び出された美夜は、一瞬、インターフォンから耳を離してしまった。
「何?」
「対空砲火を止めて下さい。そう言いました」
「気でも狂ったか?」
「エネルギーチャージ中にパワーの供給を停止すると、対空砲の何割かは、砲内爆発を引き起こしますが?」
「―――っ!」
そうだ。
忘れていた。
美夜は自分が目の前の敵に拘り過ぎていることに嫌でも気付かされた。
超圧縮された魔力エネルギーを、魔力フィールドでコーティングした上で砲弾として撃ち出すのがMLだ。
例えるなら、魔力フィールドというゴム風船の中に、魔力という圧縮空気を詰め込んだのとそっくり同じだ。
ただ、この圧縮空気は、開放されれば戦艦すら沈める危険物だ。
それを突っ込む魔力フィールド形成中に対空砲へのパワー供給を急に止めれば、魔力エネルギーは行き場をなくて暴走し、エネルギー解放という名の元、最低でも砲身、普通でも砲塔が吹っ飛ぶ被害が生じるのは確実だ。
幾重にも安全装置がかかっているはず―――そう言いたいだろうが、安全に止めたければまず射撃を止めるのは当然のこと。
だからこそ、普通の飛行艦では不意のエネルギー断に備え、即座に予備のエネルギー系統に切り替え、最悪の事態だけは回避する仕組みが出来ている。
実際、先代の“鈴谷”にもそういう仕組みは存在した。
設計の時点から将来的な拡張に備えて十分な出力上の余裕を見込まれているからだ。
所が、元から今の“鈴谷”は、そんな仕組みが存在しない。
戦艦だというのに、輸送艦から機関を移植したツケがこういう所に回ってくる。
通常時でさえ出力が不足し、要求される最大出力の8割を確保するのが精一杯という非力な機関部で頑張っている。機関の余裕は最初から存在しない。
その省かれた余裕の中には、こういう安全装置も範疇に入っていることを美夜は忘れていた。
さらに、ML砲が使用不能な状況に備えて普通なら搭載されているはずの実弾を使用する近接防御火器システムは―――。
武器情報を示す艦のステイタスモニター上に表示されている20ミリCIWSの項目が薄くなっている。
残弾の表示はゼロ。ダメージを受けた警告もない。
全てが意味するところは、最初から機能していないことだ。
当然だ。
建造を急ぐあまり、出航の時点でそんなものは搭載されていないのだ。
これもまた、省かれた範疇に含まれていた。
どうすればいい?
そこで青い顔をしている夏川のように部下へ善処を命じるだけなら、さぞ楽だろう。
しかし、美夜はそれをやるつもりはない。
こんな時に善処を命じられた船乗りがやることは、艦長の喉をナイフで掻き切ることだと知っているからだ。
どうする?
美夜はもう一度だけ自問した。
「艦長」
その美夜に、通信モニターの向こうに現れた榊少尉が言った。
真横に切りそろえられた黒髪に細長い眼を持つ、日本人形のような容姿をした榊少尉はこんな時にも表情を変えようとはしない。
「“鈴谷”SCとして、これより軍規定606条権限を発動を宣言します」
軍規定606条。
飛行艦やメサイアが危険な状況に陥った場合に、SC、またはMCに優先して判断する権限を与える規定だ。
艦を預かる最小にして最低の単位は?
艦長ではない。
メサイアなら騎士ではなくMCなのと同様、実はSCであり、“鈴谷”では榊少尉となる。
階級云々ではなく、飛行艦におけるSCにはそれ程の権限が与えられているのだ。
この規定を発動させる権限そのものがSCやMC達に一任されており、周囲はそれに従う義務が生じる。
無論、騎士や艦長にとって面白い規定ではないが、自分の不興を買うことも、そして以降の全責任が自分に降りかかることも、全て覚悟の上で榊少尉は言っていることを美夜は否定出来ない。
「……軍規606条の発動を承認する」
美夜は制帽を正すと短くそう答えた。
小さく頷いた榊少尉はそれに答えた。
「これより、全火器の射撃タイミング統制を開始します」
「な、何?」
「航行系を除く全出力を攻城砲のエネルギーチャージ完了まで投入。対空火器は射撃間隔を半分に落とします。それでいいですね?」
「……なんだそれは」
「知りませんか?」
「そんな器用なマネが出来るのか!?」
榊少尉がやろうとしているのは、例えたら戦艦でいえば、主砲の火薬を削って対空砲に回し、それでも足りないから、フルオート射撃しか出来ない対空砲の射撃間隔を半分に調整して火薬を稼ぐというのと同じだ。
普通に出来る話ではないし、美夜の軍務経験や知識を総動員しても、そんなことが可能だと聞いたことすらない。
「ちょっとした裏技です」
驚く美夜に、榊少尉は“何でもない”というか無表情で答えた。
「対空砲に負担はかけません。最低でも爆発は……」
「―――任せる」
美夜には、そう答えるしか選択肢はなかった。
「了解。攻城砲、エネルギー充填中。射撃開始可能まで後136秒」
その途端、艦橋の全ての照明が落ち、オペレーター達のモニター上に非常用電源装置《UPS》へと電源系統が切り替わった警告が表示された。
「全く」
美夜は状況を把握すると思わず呻いた。
「近頃の若い娘は」
「……おやおや」
高木はフォローするでもなく呟き、小さく苦笑した。
「私が何度、艦長に対して思ったセリフやら……」
ギャァァァァッ!
ノズルから吐き出されたリキッドが点火される。
魔法によるプラズマ炎の形成音は、断末魔の悲鳴より残酷な雄叫びと共に、トンネル内部を駆け回る紅蓮の炎となって突き進んできたアイバシュラ数匹をまとめて蒸発させた。
獲物が数匹では足りなかったのか、通路の角から新たなドームの中へ吐き出された炎は、ドーム内の温度を一瞬、数百度跳ね上げた。
トンネルへと入ろうとしていた一匹のアイバシュラが上半身を吹っ飛ばされ、焼け残った下半身から生える足と尾が、壊れたオモチャのように無茶苦茶に暴れ回る。
それを踏みつけてドームに侵入した白い敵―――美柚姫達は再び紅蓮の炎でドームを焼き払おうとするが―――。
「上っ!」
MC達からの警告が発せられた時には遅かった。
フォーメーションをとること。そして、眼に頼った敵の把握が徒となった。
ドーム真上に数体のアイバシュラが潜んでいることを、“白雷”のセンサーが掴むのが遅れたことを差し引いても、騎士の駆るメサイアとして、その動きの稚拙さは、免れようのない失態として美柚姫達に襲いかかった。
「っ!」
その瞬間、美柚姫は首が折れたかと錯覚する程の強い衝撃を受けた。
ピーッ!
思わず目をつむり、首をすくめたその耳に、聞き慣れない警報が届いた。
「な、何?」
メインスクリーンが真っ赤になって『警告』の二文字が浮かび上がった。
「広域火焔掃射装置、メインタンク破損っ!」
瑞穂が悲鳴のような声を上げた。
「タンク、誘爆するっ!」
「ど―――」
突然のことに頭が真っ白になった美柚姫は、何を妹に命じていいのか、いや、自分自身がどうすべきなのかさえ覚束なかった。
泣きそうな顔をして、コクピット内を見回すのが精一杯。
360度全周囲に警戒が至らなかった己の未熟さを嘆いてももう遅い。
「タンク、強制排除!」
そう叫んだのは、なんとはるかだった。
それに弾かれたように“白雷改”の背中へ巨大なタンクを固定していた爆破ボルトが作動、火薬式のロケットが点火され、一斉にタンクが宙に打ち上げられた。
被弾したのが自分だけじゃないと、美柚姫は初めて知った。
瑞穂が他の騎士の命令に従ったことなんてどうでもいい。
何が起きたかを美柚姫が把握するより早くロケットが安全な高度まで破損したタンクを運ぼうと空を飛び、やがてドーム天井に達した―――。
パッ。
それを目撃した亜夜は、ドームの天井が真っ白に光り出したと思った。
そう錯覚したのだ。
そして、全ての時間が妙にゆっくりと動き出した。
「伏せてぇっ!」
美柚姫の絶叫。
自分めがけて飛びかかってくる“白雷改”。
ああ。お姉ちゃんだな。
そう思った後、亜夜の意識は真っ暗な闇の中へと沈んでいった。




