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爆撃機 富岳  第二話

 魔族軍だ。


 世論を恐れる必要も、人道上で悩む必要もない、容赦不要の相手だった。

 富岳は今度こそ、戦略爆撃機として酷使された。

 先代の富岳乗組員がみたら卒倒するだろう市街地への無差別爆撃でさえ、そこに人間がいないとなれば、公然と行われた。

 それだけではない。

 古い航空技師陣からは“新人類の発想”とか“狂気の沙汰”と酷評された新タイプが富岳のラインナップに加わったのだ。

 22式、もしくは“護衛型”と呼ばれる富岳には爆弾は一発も搭載されていない。

 爆弾の代わりに搭載されているのは、機体下面に並ぶ1列12門の20ミリ機関砲の列が8列、つまり、96門が下に向けて装備されていた。

 爆弾の代わりに20ミリ機関砲弾の絨毯爆撃を喰らわそうというのだ。

 幅約2.8メートル、長さ2.5キロに渡る弾幕を張ることが出来るこのタイプは、敵味方問わずに地上にいるすべてを破壊することから“悪魔のハンマー”と呼ばれ恐れられた。

 これを12.7ミリ220門に改装した“掃射型”は、飛行した痕跡が地上に残る唯一の航空機として、地上部隊からクレームが入るほどの活躍を見せた。

 通常の爆撃タイプの露払いを護衛型が務め、対空型妖魔を攻撃し、爆撃の後に掃射型が撃ち漏らしを仕留めるというのが、日本軍のアフリカ戦線での基本的な戦略爆撃方法となった。


 無駄話が滅茶苦茶長くなったが、この作品はこういうヨタ話というか設定が大好きな作者によって執筆されているため、ご寛容を願いたい。


 美柚姫達の頭上にいるのは、単なる爆弾を積んで適当にそこらにバラ撒くだけの爆撃機とは違うのだ。

 富岳隊の先陣を切るのは、まさにこの護衛型であり、その機長である足立中佐は漆黒の闇の中、列車砲の砲撃によって炎上する市街地を目視で確認した。

「派手に吹っ飛ばしてるな」

 闇の中、この遠距離からでもわかる炎による光は、相当に街が燃えている証拠だ。

「街がキャンプファイアーになってる……」

 副機長の飯橋がぽつりとそんなことを言ったが、妙案だとも思えなかった。

「レーダーは」

「使い物になりません。狩野粒子レベル4。かなり高い」

 狩野粒子が猛威を振るう戦場を夜間飛ぶのは今回が初めてではないが、何度飛んでも慣れない。

 レーダーが使い物にならない中、航法士による誘導だけが頼りだ。

「針路、大丈夫だな?」

「問題ありません」航法士ははっきりとした声で答えた。

「爆撃手」

「爆撃開始目標物は確認しています!」

 爆撃手は爆撃照準器をのぞき込んだまま答えた。

「針路、固定します!操縦、自動操縦へ切り替え―――全機関砲、セフティ解除っ!」

 張りのある声に足立は腹を決め、自動操縦に切り替わった操縦桿から手を離すなり、編隊へ通じた通信装置に怒鳴った。

「攻撃目標、“敵要塞”!全機、絨毯爆撃用意っ!」

 後続の爆撃隊は、今の命令で密集隊形のままアイバシュラの巣上空を目指して、爆弾倉を開いたはずだ。

 爆弾倉から一機5発の割合で照明弾が投下された。

 足立には見えないが、爆弾倉が開けば、白く強い光が爆撃隊の真下にパラシュートで落下する手はずになっている。

 妖魔へのダミーであると共に、爆撃部隊を護衛してくれている戦闘機隊に対する爆撃開始の合図でもあった。

 夜間暗視装置をヘルメットに取り付けた戦闘機パイロット達にとって、強い光は迷惑な存在ではあるが、これ以上に確実な合図はない。


 レーダーも使えない真っ暗闇の中、戦闘機隊が進路を変えたのかどうなのかさえ、今の足立達には知る術がない。

 出来る事は、連中が基地へ無事に帰ることを祷ることだけだ《そんなことを足立達に言おうものなら、無事の帰還を祈ってほしいのは自分達だと怒鳴られるだろうが―――》。

 緊張で耳鳴りがする。生きた心地がしない。爆撃開始の合図を、今か今かと待ち望み、未だに号令を出さない爆撃手を怒鳴りたくて仕方ない。

 その足立のヘッドフォンに爆撃手の声が届いた。

「よーそろー、よーそろー、……投下っ、投下っ、投下っ!」

 ガコンッ!

 ガガンッ!


 飛行機で荒道ダートに突っ込んだような激しく連続した地震のような震動が機体を襲う。

 胴体に取り付けられた96門の20ミリ機関砲が一斉に砲弾を吐き出し始めた証拠だ。

 機体がバラバラになるんじゃないかと錯覚する震動に揺すぶられる足立は、とても歓声を上げたい気分にはなれなかった。

 20ミリ機関砲で何匹か仕留められれば御の字だと、彼は知っていたのだ。

 妖魔はタダで殺される程、慈悲深い存在ではない。

 照明弾が囮となって、これに引っかかってくれた妖魔達を第二陣が片付けることになっている。

 最後の掃射型が、照明弾に襲いかかる間抜けを掃射出来れば奇跡。


 問題はその第二陣だ。


 奇襲に近い第一陣の俺達はともかく、照明弾が囮と気付いた妖魔を相手にする第二陣の連中が上手く生き残れるか。


 足立中佐は爆撃後に規定されたコースに機体を戻しながら、そんなことを思える余裕が自分に生まれたことに驚きもせず、ただ機械のように自分の仕事を処理することだけに専念しようとした。


 爆撃隊から投下されたのは、ナパームH、もしくはハイパー・ナパームと呼ばれる超高燃焼特殊焼夷弾と集束気化爆弾をタイミングをずらして投下、起爆させる空間制圧爆撃だ。

 ハイパーナパーム弾の生み出す紅蓮の炎が地上の妖魔を焼き殺し、もしも相手がゴキブリかクマムシ並みの生命力を持つか、或いは何かの間違いがあって、生き残ったとしても、気化爆弾の衝撃で叩き殺される二段構えの方法が選択されている。

 

 ズズンッ

 鈍い雷のような音がした気がした。

 正直、最大出力を絞り出すよう命じられたエンジンの爆音が酷すぎて音が聞き取れない。

「機長だ。誰か何か聞いたか!?」

「後部銃手より機長へ!」

 後部銃座の新村軍曹から報告があった。

「後方で連続した爆発を目視しました!スゴイ燃え方してますよ!」



 ズズズ―――ッ!


 トンネルの中が激しく揺れ、頭上から土砂がひっきりなしに落ちてくる。


「富岳による空爆開始されました」

 涼宮中尉が短く状況を説明した。

 “白雷改”のセンサーはすでにトンネルを覆う土砂によって外の状況を掴むことは出来ない。

「ど、どうですか?」

 瑞穂は武装の安全装置を解除し、センサーに神経を集中しながら聞いた。

「いい仕事していますね」

 涼宮中尉は答えた。

「護衛型の20ミリ掃射攻撃で先陣のアイバシュラは足止めを受けました。その後、13秒後に残存先頭がトンネルを抜け、約200体が地表から高度150メートル一帯に広がった所で空間制圧爆撃に吹き飛ばされました」

「か、勝てますか?」

「残念ですが」

 涼宮中尉は首を横に振った。

 仕事に集中すると口調が丁寧になるんだな、この人と思いつつ、瑞穂は顔をしかめた。

「だめ……ですか?」

「爆撃のタイミングが早すぎました。全体にあと13秒遅ければ、後方の照明弾に殺到する動きを見せていたところです」

「そ、そうなんですか?」

「爆撃隊が私のような第三眼サードアイを爆撃先導手として登場させていたら、あと2、300体は巻き添えに出来たでしょうに」

「アイバシュラの動きは?」

「すでに全体を把握しているのでしょう。敵にも第三眼わたしのような力があるのでしょうか?」

「ぐ、具体的に。こちらのセンサーは何も掴んでいません!」

「爆撃隊は追わない模様というか、後尾の掃射型の対地掃射攻撃で地面に張り付けられているようですね。この間に爆撃が終わった方の爆撃隊は逃げられます」

「え?まだ爆撃隊がいるんですか?」

「第二陣がいるようですね……上手く逃げてくれればいいんですが」



 涼宮中尉の言うとおり、アイバシュラ達は富岳の空爆による混乱をごく一時的なパニックに抑え、恐るべきほどの統率力を見せた。

 アイバシュラ達が見つけたのは、第一陣が投下した照明弾の灯り。

 それを敵性反応と判断したか?

 否。

 アイバシュラはそれをフェイクだとすぐに見抜いた。

 光に反応するより、彼等は涼宮中尉が言う障害に接触した、富岳達の中にいる人間に反応した。

 照明弾に向かいかけたアイバシュラ達は一団の塊となって富岳第二陣へと接近しつつあった。



「あれだ!」

 投下され、地上で光り続ける照明弾の列が道案内してくれる。

 空間制圧爆撃の後、派手に炎上する巨大な塔。

 あれが目標だ。

 富岳隊第二陣率いる遠藤少佐は目視でそれを確認し、部隊に爆撃を命じようとした。

「機長っ!」

 その肩を叩いたのは副機長の小林大尉だった。

「あれを!」

 小林大尉が指さしたのは、すぐ真横の空間に花開いた花火だった。

 色鮮やかに黄色い大輪の花を咲かせた花火が一発、まるで彼等を歓迎しているかのようにあがっていた。

 歓迎?

 違う。

 遠藤少佐はその色を見て、すぐに部隊に別な命令を下した。

「作戦失敗!急速反転!」

 普通の民間機でやったら首が飛ぶような急反転を行いつつ、遠藤は喉のマイクに怒鳴った。

「敵が来るぞ!死にたくなかったら反転して、エンジン全開で逃げろっ!」


 花火。


 それは、地上から列車砲への砲撃管制を行っていた帝国陸軍砲兵観測連隊特別班からの緊急警告だった。

 アイバシュラ達が地上付近にのみ存在していたらともかく、対空的な動きを見せた場合、花火を打ち上げることで合図とするように予め準備がされていたのだ。

 敵が第二陣へ向かっている。という合図が黄色の花火。第一陣だったら赤色の花火があがったはずだ。

 黄色があがった以上、遠藤少佐の任務は、爆撃ではなく部下を無事に基地まで生かして帰還させることに変わった。



「爆撃隊反転―――アイバシュラは追撃を停止」

「やめましたか」

「やめましたね」

「ということは」

「当然、次の狙いは、私達です」

「お姉ちゃん?」

 瑞穂は姉である美柚姫に訊ねた。

「中に入ったのはいいけど、どうするの?」

「どうしたらいいと思う?お姉ちゃんに教えて」

「……本気で言ってる?」

「こんな時に冗談言う趣味、ないよ?」

「……頑張ってねお姉ちゃん。私達、マジック・エジェクトで」

「無駄」

 脱出装置のレバーをつかみかけた手を止めたのは涼宮中尉の言葉だった。

「空間が歪んでる中にいるから、魔法転送出来ません」

「……死ぬの?」

「私だけ生き延びさせてくれたら、何万回死んでも良いです」

「私と中尉ってワケには」

「幸運の船の定員はいつだって一人です」

「……私、小さいし細いんですけど」

「むかつくから助けません」

「ねえ、瑞穂?」

「何?このへっぽこ無能野郎のお姉ちゃん」

「ムカッ……お姉ちゃんにそういうこと言っちゃいけませんっ!」

「だから、何?」

「瑞穂に用はないの!涼宮中尉、トンネル外部のアイバシュラ達の動きを教えて下さい!」

「むかっ!」

「外部には迎撃に出たほぼ全戦力が集結中。内部は―――」

 涼宮中尉は、一瞬黙った。

「直径約500メートルのドームの状。そこにこのトンネル出口にむかってアイバシュラ300体以上が包囲網を形成中。迂闊に出れば集中砲火を浴びます」

「……か」

 姉のかすれた声が、だめか。と聞こえたのは自分だけであることを瑞穂は祈った。

 通信に沈黙が走る。

 前に進めば蜂の巣。

 下がれば食い殺される。

 絶望的な空気が部隊を覆い尽くそうとする、そんな中―――

「いい方法がありますよ?」

 涼宮中尉は口元で笑った。

「これによく似た卓上想定戦で、前の隊長がやらかした荒技が」

「それ、聞いていいですか?」

「いくらです?」

「……瑞穂の給料手取りで一ヶ月分」

「お姉ちゃんっ!?」

「いいでしょう」

「納得しないで!私のお金、私のお給料!」

「―――瑞穂、うるさい。中尉?それで」

「トンネルはコンクリートの代わりに妖魔の樹脂状の体液で固めています」

「それが?」

「これを」


 涼宮中尉は作戦を説明した。

 それを聞き終えた美柚姫は額に手を当てた。

 瑞穂もあきれ顔を隠せない。

「……無茶苦茶」

「それ……どんな人だったのよ」


「ゴキブリみたいな人です」

 涼宮中尉は笑った。

「生命力が強いのなんのって」

 ただ、その笑みは侮蔑ではない。

 むしろ、誇っているような笑みだ。

「こんな時でも絶対に諦めない。どんなに格好悪くても、生き残る選択が出来る人でした」

「物は言い様ですね」

「ごもっとも♪」



 富岳隊第二陣の迎撃を止めたアイバシュラ達は、美柚姫達が侵入したトンネル出口から侵入を開始しようとしていた。

 アイバシュラ達にとっても、通気口と雨水を確保する雨樋に近い性格を持つこのトンネルは狭い。統率がとれているとはいえ、個単位では簡単ではないらしい。

 誰が先陣をきるかで、アイバシュラ同士で本能的な対立が起きてしまい、先頭がトンネルに侵入するのはかなり遅れた。

 トンネルはいくつかの曲がりくねったポイントがあり、簡単に奥まで見通す事が出来ない。

 アイバシュラ達は列を作ってそのトンネルを移動する。

 あともう少しで接触という所まで来た時だ。

 アイバシュラの先頭を行く一匹が、それに気付いたのは、本当に偶然だった。

 普段ならこういう狭いところでは収納しておく触角を伸ばした所、トンネルとは異質の物体にその触角が触れたのだ。

 アイバシュラが見上げた先にあるのは、天井に突き刺された筒状の物体。

 無論、アイバシュラはそれが何かなんて知るはずもない。

 まして、それがこれまで進んできたトンネルのあちこちに設置されていたことなんて、もっと知りようがない。

 ギッ?

 アイバシュラが前足を伸ばしてそれに触れようとしたのと、美柚姫達が動いたのはほぼ同時だった。


 ドームの中で待ち構えていたアイバシュラの群。

 彼等は目の前のトンネルから現れる獲物に食らい付くべく待ち構えていた。

 ドーム内の床、壁、天井はすべてアイバシュラ達によって埋め尽くされている。

 のこのこと獲物が姿を現せば、一斉にビーム攻撃で蜂の巣にして、その鋭い爪で八つ裂きにするべく準備しているのだ。

 その彼等めがけてトンネルから飛び出してきたのは、これもまた筒状の物体。

 10本以上が四方に飛び出して来るなり、壁に張り付いていたアイバシュラにぶつかった。

 無論、アイバシュラの強靱な外殻がその程度で潰れるはずもない。

 ガンッ。

 そんな音を立て、一旦、外殻で弾かれた物体は、本来求められた義務を果たすべく、内部に仕掛けられた信管を作動させた。


 ドーム内部に強烈な光と音があふれ、アイバシュラ達が動きを止めた。


 美柚姫達がトンネルから飛び出してきたのは、その瞬間だった。



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