塔の中へ
見えない世界を歩いたことがあるだろうか?
試しにタオルで目を覆って歩いてみるといい。
たった一つの感覚が塞がれただけで、普通に歩くことさえ困難になることを知るだろう。
瑞穂の置かれた立場はそれに似ていた。
涼宮中尉の指示通りに前進、騎体バランスを計器上でのみ判断して、モニターの映像や自分の感覚に頼ってはいけない。
騎士戦死、全カメラ破損、高度計と速度計を含む計器類のみ生きている状況に置かれた場合、MCは、計器類を頼りに騎体を生還させねばならない。
瑞穂も、養成校では何度となくモニターが切られた状態で、同じ事をさせられた。
しかし、あれはシミュレーターでのことだ。
こんな一発勝負じゃない。
「ゆっくりでいいわ」
涼宮中尉が横でそう言うが、瑞穂は返事もしなかった。
声を上げた途端、集中力が途切れて全てが終わる。そう思えて怖いのだ。
「そう……。騎体は安定している。上手よ」
涼宮中尉はその力、第三眼の力で、自分達がどの高度をどの程度のスピードで移動しているかをミリ単位、秒速単位で知ることが出来る。
涼宮中尉が把握している現在の美柚姫騎のスピードは時速5キロ。
人間の歩行速度と大して変わらない速度だ。
トンネルの幅は“白雷改”の飛行ユニットを展開させた場合、ぎりぎりに近い幅しかない。
接触したら空間汚染が騎体を浸食させ、安全なトンネルの内部にいても墜落は避けられない。
「そのまま」
涼宮中尉は続けた。
「そのまま―――そのまま直進して。あなたが少しでも騎位を狂わせたら、後続が大変なことになる」
「……」
操縦システムを握る手が汗ばむ。
恐怖に負けて投げ出したい衝動に何度も駆られたが、瑞穂は手を離さなかった。
「今、編隊の最後尾がトンネルを抜けた―――よくやったわ」
はあっ。
瑞穂はため息と一緒に思わずMCRの天井を仰ぎ見た。
「編隊全騎へ。難所は抜けた。全MCは、さっきの場所をきちんとマーキングしておいて。これから先は目標まで向けて一直線。朝倉大尉?現刻をもって指揮権を戻します。私はこれから、周辺のサーチに専念します」
「朝倉了解―――ご協力に感謝します。朝倉より全騎へ。フォーメーションを組み直して」
「「「了解」」」
「ねぇ、涼宮のお姉ちゃん」
編隊機動をとりながら、亜夜が興味津々という顔で訊ねた。
「……何?」
第三眼の力を使いながら、涼宮中尉は答えた。
「障害ってさぁ」
「うん」
「何にとって障害なの?」
「蓋然性は82%だけど―――」
「がいぜんせー?」亜夜が首をかしげた。
「なぁに?ロボットか何か?」亜紀も不思議そうな顔をする。
「……」
額に青筋を立てた涼宮中尉の抱える立体映像に「殺すぞこのクソガキ!」「義務教育受けてきたか!」などの罵り文句が浮かんだのを、瑞穂は見なかったことにした。
「正しいという確率―――簡単に言えば、あの障害は蜘蛛の巣に近い働きを持つ」
「蜘蛛の巣?」
「そう。魔力を持つ対象を捕食するためのものでしょう」
「じゃあ。私達が通ったのは、蜘蛛の巣の穴?」
「そうね。かなり綿密に組まれた巣。その綻びの大きいところを選んで通ったともいえます」
「じゃあ、私達、食べられちゃうところだったんだぁ」
「捕食を目的とするなら、魔法系の生命体を狙ったものでしょうね」
「何それ」
「人間や動物が野菜や他の生命体の肉を食料とするように、魔力を食べることで生きる生命体のことです。この世界でもごく希少なんですけど、存在します」
「それを捕まえて―――食べるの?」
「そのための巣ですから」
「……ふぅん?ならさ」
「はい?」
「メサイアも魔法で動いているから、危ないんでしょ?」
「そうですよ?」
「普通の自動車とか、人間が歩いて障害にぶつかったらどうなるの?」
「……」
涼宮中尉は、少し考えはしたが、意外とあっさり答えた。
「別に何とも。もしかしたら、精神的なショックは受けるかも知れませんけど」
「大丈夫なの?」
「何か問題が?」
「ううん?」
亜夜は言った。
「最後の最後には、この騎体、捨てて逃げられるかなぁって」
「それは―――かなり困難ですね」
「なんで?」
「アイバシュラはかなり高い捕食能力を持っています。地上を這い回る虫を空から見つけ出す猛禽類の例えを出すまでもなく、いずれは見つかって殺されるでしょう」
「例えが難しいけど、無理……かぁ」
「昼間は地中に隠れて、夜間だけ移動すれば、状況も違うでしょうけどね」
「ははっ。忍者みたいだね」
亜紀のびっくりした声に笑う一同だったが、まさかのその真下に人がいるなんて想像さえしていなかった。
漆黒の闇の中、魔法感知防御対策済みの特殊素材で作られた擬装服を纏う一団が徒歩で移動を続けていた。
帝国陸軍砲兵観測連隊特別班。
レンジャー訓練を受けた猛者達で編成されたエリート部隊だ。
既に擬装網で覆った観測陣地を構築し、アイバシュラの巣を夜間暗視装置付きの双眼鏡に捉えている。
無論、その周辺をゆっくりと飛ぶ“白雷改”達もだ。
メサイアのセンサーが彼等を感知出来ない理由は、彼等が本来、メサイアの眼から逃れつつ作戦任務を遂げることを目的に専門の訓練を受けてるため。そして、その任務を達成するためにメサイアのセンサーから逃れるための装備として、センサー避けの魔法処理が施された、彼等曰く「隠れ蓑」を装備しているからであって、別に瑞穂達がマヌケだというわけではない。
そしてもう一つ。
アイバシュラの巣を狙う別な者達もまた、“白雷改”の編隊を捉えていた。
気付かないのは当の本人達だけだった。
「……スゴい」
暗視装置によって捉えられ、画像処理された映像は、昼間同然の光景としてモニターに外の光景を映し出す。
モニターが捉えるのはグロテスクな巨大な塔。
タケノコの出来損ないのような、真ん中のあたりで膨らんで上が潰れているような奇妙な建造物。
瑞穂達はその上空を何度も旋回しながら、涼宮中尉の仕事が終わるのを待つしかない。
瑞穂は、恐怖に脅えながら空を飛ぶ小鳥の気分だった。
「高さは……500メートル超えてる」
「836メートルよ……前より全然大きくなってる」
涼宮中尉が補足するように言った。
「地上施設は螺旋状、構造は極めて単純だけど。地下は……成長しすぎて、もう迷宮ね」
「迷宮?」
「サーチ限界まで調べているけど」
涼宮中尉の手が動く度に映像が切り替わる。
「主な出入り口―――たとえて言えば玄関は4カ所。他にも小型の地下へ通じる穴が30カ所以上」
「……ちょっと、難しくないですか?」
「要塞を4人で攻め落とせというのに近い」
涼宮中尉はくすっと笑った。
「出来たら映画のネタになるわね」
「私、映画はラブロマンスだけしか見ませんから」
「ダメねぇ。ホラー、スプラッタにサイコサスペンスに任侠物まで、幅は広いわよ?」
「あの……ジャンルが偏りすぎ」
「何か?」
「何でもありません」
「……巣の中で観測されている妖魔の反応は千を超えている。多分、この塔にいる一番デッカイのが親玉ね」
「じゃあ、それを潰せば」
「外部に穴を開けて突破―――巣の親玉のみを撃破する?」
「そうです。ビームライフルで」
「貫通は無理ね。この反応からして、目標に到達するまでに狙撃隊のハイメガカノンでも数発を必要とする」
「じ、じゃあ」
「最短ルートで言えば」
涼宮中尉は立体映像を瑞穂に見やすいように調整した。
巣の地上と地下の状況が手に取るようにわかる。
メサイアのセンサーでもこうはいかないだろう。
第三眼の実力を、瑞穂はまざまざと見せつけられた気がした。
「名称は私がつけたけど、一番太い入り口から侵入して、地下の食料貯蔵庫へ入り、そこから育児室を抜けてロビーへ、さらにらせん状の階段を上って天井から親玉の頭上へ降下―――あるいは、螺旋階段のあたりで壁を爆破して……あ、だめだ。これやったら爆発エネルギーに巻き込まれて部隊が全滅する……途中のショートカットは禁止。地下からてっぺんまで登るしかない」
「それを守る妖魔が千匹?」
「危険性が判断されているだけでね。ちなみにサイズはメサイア並み。人間並みのもいれたら倍に増える。もううじゃうじゃ」
「……うじゃうじゃ?」
「うじゃうじゃ」
「のこのこ入って、生きて帰る事の出来る確率は?」
「限りなく0%」
「1%ないんですか?」
「1京分の1くらいあればいいかしら?」
「100%失敗するわけですね?」
「単純がお好きならその通り」
「……今、“白雷改”が持てる限りの武装はしてきたけど」
「メサイアで内部を制圧することより、内部に反応弾を持ち込んで吹っ飛ばした方が現実的ね」
「……ですよね」
瑞穂は頷いた。
「これ、もう攻城戦ですね」
「違う」
「違う?」
「ええ」
涼宮中尉は笑って言った。
「補給ポイントもない、セーブも効かない、マップもなにもないリアルダンジョンRPGよ」
「わぁ。楽しそう」
泣きそうになりながら瑞穂は手を叩いて見せた。
「―――さて。情報は集まった。これを見て、上がどう判断するかは、考えたくもないけどね」
「私達に人柱になれとは」
「言うでしょうね」
「ううっ。お姉ちゃぁん……私、死にたくないよぉ」
ピピッ
センサーがそんな音を立てたのは、まさにその時だ。
「ん?」
「飛来物?」
瑞穂と涼宮中尉、それぞれの手段で感知したものは―――高速で飛んでくる飛来物だった。
「警告―――飛来物体接近中」
「何?」
「この速度からして」
瑞穂の言葉を遮るように涼宮中尉は言った。
「口径40センチほどの大型砲弾……」
自分の分析結果に唖然となった涼宮中尉は凍り付いた。
「……え?」
弾道コースを割り出した瑞穂と涼宮中尉は、着弾予想地点。つまり、アイバシュラの巣に視線を送った。
●同時刻 “鈴谷”艦橋
「どこのバカだ!」
後方で待機中の“鈴谷”も、その砲撃を観測していた。
「観測、情報入るか?」
「発砲地点、割り出しました」
オペーレーターが答えた。
「武生付近。この口径からして、列車砲です!」
「列車砲だと!?」
思わず美夜と高木が顔を見合わせてしまった。
「敦賀から運び込んだのでしょう」
高木は信じられないという顔で言った。
「爆破処分により閉ざされていた北陸トンネルを復旧させ、敦賀湾から福井市までのルートを開いたのでは」
「国鉄もよくやる……」
美夜は苦笑した。
「民営化を免れる格好のチャンスだからな。今は」
「ですな。連中の大好きな土建屋イジメ……ではなくて、日夜突貫工事でトンネルを使い物に仕立て、痛んだレールを敷き直した。ただ、送電網を復活させるのはさすがに無理でしょうから……DD51形ディーゼル機関車あたりを使って列車砲を福井市まで運び込み、アイバシュラの巣を射程に収めた」
「40センチということは20式か?」
「連中ご自慢の20式40センチ列車砲でしょう。複数の発砲が確認されていますから、最低でも4門は持ち込まれているはずです」
「海軍の戦艦に搭載されているのと同じ砲弾だ。投入は国鉄の勝手な判断ではないな」
「指揮権の上位にいる陸軍の命令と判断すべき状況です」
「あのバカ共……」
「艦長っ!」
レーダー担当のオペレーターが美夜に振り返った。
「日本海に複数の反応」
「何だ?」
「航空機、反応大きい。機数―――40、45、増大中。針路、福井方面です!」
「この忙しい時に!?」
「機種判別出来ました!“富岳”です!」
「富岳が?」
レシプロ戦略爆撃機“富岳”。
狩野粒子影響下でジェットエンジンが使えないことから再設計と再生産が行われたレシプロエンジンの重爆撃機。
あのアフリカ・南米戦線でジェットエンジンを搭載した最新鋭機に代わってプロペラ戦闘機である“烈風”や攻撃機“スカイレーダー”と活躍した。
その絨毯爆撃の痕の無残な姿は、今でもはっきりと思い浮かべることが出来る。
「奴ら、こんな所で何を?」
「それは」
高木は言いづらそうに、口ごもったが、
「目的は一つでしょう」
「……アイバシュラの巣を叩くつもりか!?」
「奴らも、アイバシュラが昼行性で、しかも巣がどこにあるかを知ったのでしょう。アイバシュラのおかげで、陸軍は福井市街地の占領さえままならない状況。巣のある加賀市へは近づくことも出来ない状況のはず」
「だから」
美夜は信じられない。という顔で首を横に振った。
「列車砲と戦略爆撃機で叩くと?」
「そう……なりますな」
「正気の沙汰じゃない。奴ら狂ってる」
「肝心の情報を知らないんでしょう」
「肝心の情報?」
「敵がどんな存在か……このままでしたら、巣から飛び出したアイバシュラによって爆撃隊も列車砲部隊も八つ裂きにされます。無論……」
「……奴らもか」
美夜はアームレストを拳で叩くと唸った。
「通信―――あの役立たず共と連絡はとれるか?」
「だめです。妨害が激しく通信が出来ません」
「……祈るしかないか」
「何にです」
「何でもいい。とりあえず、願いを聞いてくれそうな奴でいい―――各員、戦闘配置、機関、“鈴谷”前進。攻城砲、射撃準備にかかれっ!」
●アイバシュラ巣付近
塔に着弾した40センチ砲弾だが、塔は外壁にヒビが入った程度で致命的な損傷は受けていない。
40センチ砲が美柚姫達に教えてくれたのは、塔がどれほど頑丈な存在かという、それだけだった。
この先、空爆があってもどれほどの意味があるのか、考える価値さえよくわからなかった。
「上へ逃げられない?」
「無理です。障害は巣全体を覆っています。下手すれば墜落しますよ?それより、巣で動き、アイバシュラ達が出入り口に殺到しています!」
「逃げられるような所を探して!」
美柚姫は怒鳴った。
「カッコより、生き延びることを優先する!」
「夏川大尉だったら」
亜紀は言った。
「今頃、戦えと言ってるよね」
「やだねぇ」
亜夜は嬉しそうに言った。
「負け戦よりいいけどね―――で、どうするの?」
「連中が使っていないらしいトンネルに入りましょう」
涼宮中尉が言った。
「少なくとも砲撃や爆撃はそれでしのげます」
「爆撃隊や列車砲の連中は?」
「死にに来たんでしょう?なら、本願を遂げればいいんです」
「うわぁ……怖っ」
「死にたいんですか?」
「ううん?遊びたいだけ」
「―――上等」
美柚姫達が侵入したのは、地上にぽっかりと空いたメサイアが1騎、やっと通れるほどの比較的小さな穴だ。
降下中に見た、涼宮中尉の言う玄関は推定200メートル近い巨大な口を開けていた。
それに比べたら直径40メートルほどの穴なんて可愛いものだと、少なくとも美由紀はそう思った。
「曲がりくねっていますが、食料庫に直接通じています。ここに侵入した限りは」
持ってきて良かった。と、涼宮中尉はポケットから耳栓をとりだした。
「侵入者として扱われます。意味、わかりますね?大尉」
「警報は鳴り響いている……」
舌なめずりした美柚姫は、少し考えてから言った。
「全騎へ。私が前に出る。亜紀ちゃん?殿お願い」
「了解だよ?広域火焔掃射装置、使っていいよね?」
「勿論。このトンネルなら侵入者を一対一で相手に出来る。敵がビーム系兵器を使う前に焼き殺して。リキッドが終了したら投棄していいよ?そしたら、亜夜ちゃんとポジション変更」
「私は?」
「ビームライフルで支援。はるかも」
「わかったぁ!」
「……了解」
美柚姫は躊躇していた。
トンネルに入ったのは、攻撃のためではない。
友軍からの誤射被害を防ぐための防御的意味合いからだ。
幸い、まだ敵は自分達の迎撃には動いていない。
このまま、じっとしているべきか?
アイバシュラ達が富岳を食らい付くし、列車砲をなぎ倒して再び眠りに落ちるまで待つか?
否。
多分、否だ。
敵はもう、自分達という侵入者を知っている。
すぐに狙ってくるはずだ。
つまり、今は静かなこのトンネルは、すぐに戦場となる。
トンネルは一方通行ではない。
外と内側、双方に敵が殺到すれば―――
無駄だ。
ここで死んだふりなんて、無駄の極みだ。
美柚姫は覚悟を決めた。
中で攪乱して、混乱の中でチャンスを狙った方が利口だと、そう判断した。
美柚姫は“白雷改”にシールドを装備させ、広域火焔掃射装置のノズルを伸展させた。
トンネルに入り込んだことが敵に知れいてるなら、それはそれでいい。暴れるだけ暴れて、敵を少しでも引きつければいいのだ。
「部隊各騎へ―――これより巣の内部へ侵入する」




