サードアイ
「ほら」
涼宮中尉は苦笑する。
「同病相憐れむって言うでしょう?」
「えっ?」
「私なんて、小学校卒業してから今までずっと軍で囲われ者だもん。グレるなって方が無理よ無理」
パタパタと手を振って自嘲気味に笑った。
「周りはヤクザやチンピラみたいな奴ばっかりでさ。せめて合コンでも何でもいいから、いい金づるみつけて軍からおさらばしたいと思っても当然でしょ?文句ある?」
「……いえ」
瑞穂は言った。
「どうやったら、合コンっていうのに参加出来るか知りたくなりました」
「そうね―――とりあえず、シスコンを治すところから始めましょうね?」
「それはイヤです」
「なんで?男とつきあえないじゃない」
「合コンの相手がお姉ちゃんじゃ、ダメですか?」
「本気で言ってる?」
「私、真面目に言ってます。お姉ちゃんと合コンっていうのに参加して、金づるをみつけてお姉ちゃんと幸せになるんです」
「……」
「……中尉?あ、あの、私、何かヘンなこと言いました?」
「ううん?」
涼宮中尉は首を横に振った。
「さすがこの中隊だけあって……類は友を呼ぶって、あの言葉思い出しただけ」
「?」
アイバシュラの巣に美柚姫達が到達したのは、日付が変わる頃だった。
分厚い雲に月の光さえ遮られ、周囲には生きた人の住む人家もない。
ただ、本物の漆黒という色がどんなものか教えてくれる、そんな闇の世界が一面に広がっていた。
暗視システムを通さずにいると、今の場所が地上なのか空なのか、前に何か障害物があるのではないか、なら後ろは?全てが疑心暗鬼の中に落ち込んで、恐怖に溺れそうになる。
瑞穂は、人間が眼に頼る生き物なんだなと、不思議なことを思った。
「涼宮中尉―――現場上空まであと1分です。現在高度1500。レーダーに反応無し」
「そう―――全騎へ」
涼宮中尉はシートベルトを確認した後、
「以降、指揮権は私に移ります。無茶は言わないからよろしく」
静かに、しかし、きっぱりと言い切った。
落ち着いた感じがする声に、瑞穂は少しだけ救われた気がした。
「前回、巣の周囲から回収されたデータを元にすれば、巣周辺には正体不明の重力異常地帯があるはず。まず、それを探すから」
何それ?
そんなもの、どこに?
瑞穂は眼を皿にしてセンサーとモニターに神経を集中した。
何か、見えないか?
何か、感じないか?
……。
マジック・レーダー、異常なし。
ソナー、異常なし。
赤外線センサー、異常なし。
モニター、異常なし。
見えない。
聞こえない。
瑞穂という人間にとっては、ただ視神経と聴神経とに求めた物が反応しないだけのこと。
ただそれだけが異様に怖い。
「とりあえず」
自分の心臓の鼓動が耳に響くほどの緊張感に曝された瑞穂の耳に、涼宮中尉の命令が届いた。
「全騎―――止まって」
グンッ!
瑞穂は、慣性制御システムが殺せなかった急激なGによって危うくコンソールに頭を潰される所だった。
「―――止まれとは言ったけど」
空中で玉突き衝突の一歩手前まで行った部隊。
美柚姫騎の中で、シートのヘッドレストにしこたま頭をぶつけた涼宮中尉が痛みを堪えながら言った。
「ここまで派手に止まれとは言って無いっ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
通信モニターの向こうで美柚姫が慌てた様子で謝罪した。
「“普段”だと、これが普通なんで!」
「私の世界じゃ異常っていうのよ!もしくは非常識っ!」
美柚姫の言い訳に涼宮中尉は噛み付いた。
「ったく!お淑やかなお客様が乗ってるんだから、気をつけてよね!?」
「は、はいっ!」
お淑やかって、誰のことだろう?
瑞穂はそれだけは考えるに留めた。
「……さて」
ポキポキ。
指を鳴らせた中尉が目を閉じ、両手をまっすぐに伸ばした。
手を掲げ、何かを両手で受け取ろうとしているような仕草。
その光景に巫女が捧げ物を祭壇に捧げている姿を瑞穂は連想した。
ポワッ
ポワッ
不意に、モニターや計器類の光とは異質な光がMCRの中に灯った。
びっくりする瑞穂の前、光っているのは涼宮中尉の両手だ。
伸ばされた掌の中で光球が浮かんでいる。
白くぼんやりとした光は、けっして眩しくない。目に優しい光だ。
その光球から光の線が生じ、線と線が重なり合った。
なんだろう?
瑞穂はそれを不思議そうに眺めるだけ。
声をかけて解説を求めるのも失礼かなぁ。と、瑞穂が思った時だ。
新たに光り出したのは、何と涼宮中尉の額だった。
最初はぽつりとした針の穴のような小さな光が、段々と大きくなっていく。
額に生じた光が今やウズラの卵ほどの大きさの球にまで成長した後、既に生じている両手の光の球へ向けて新たな光の線を伸ばし始めた。
「……」
呆然とする瑞穂の前で、光の三角形が生成された途端、涼宮中尉の両手が巨大な球を抱えた。
中尉が抱えるほどの巨大な球―――瑞穂はそれを見た覚えがあった。
三次元モニターの映像にそっくりだ。
「……三次元立体映像の基礎は」
涼宮中尉が不意に口を開いたので、思わず瑞穂はびっくりしてシートの上で飛び跳ねてしまった。
「私達、第三眼に関する研究データから生じた技術なのよ?」
「……サード、アイ」
第三眼。
魔導師の一種。
俗に言う千里眼の持ち主だ。
魔力が到達出来る範囲の中にある全てを見通す魔法の眼の持ち主。
瑞穂も噂には聞いていたが、実際に力を持つ人物に出会ったのはさすがに初めてだった。
とにかく、涼宮中尉の抱える球体―――魔法で合成された三次元立体映像―――に映し出された映像が、自分達の周囲の映像だと理解出来ただけでも、瑞穂は褒めてほしいと思った。
「サーチ範囲、どれくらいなんですか?」
「企業秘密」
「何ですか、それ」
「商売道具だもん。値踏みされちゃ困るでしょ?」
「そういうものですか?」
「そういうものです―――よ」
そんな涼宮中尉と瑞穂の前で、立体映像がめまぐるしく姿を変える。
螺旋の塊や、格子状、あるいは数式の羅列。
球体の中に映され、変化を続けるそんな立体映像の意味なんて、一般の人間には何が何だかわからないだろう。
「……あれ?」
瑞穂としても、最初は全くわからなかった。
「……これ」
怪訝そうに眺めていて、瑞穂は瑞穂はやっと意味が朧気ながらわかってきた。
彼女に学問的な才能があったからとか、そういう理由ではない。
「センサーの反応に似てる」
「そうね」
少しだけ、涼宮中尉の口元か笑った。
「魔法のソナーみたいなものよ」
「マジックレーダーとは違うんですか?」
「似ているけど違うんだって」
「どう?」
「知らない。私は使い手だけど、理論家じゃないから」
「……ごめんなさい」
確かにそうだろう。
MCとしての才能は自分にはあるが、それがどんなものか理論を根本から説明出来る自信は瑞穂にはない。
「……よし」
しばらくの沈黙の後、涼宮中尉は言った。
「ギリギリで止まったわね」
「えっ?」
「全騎へ。前方300メートルに空間的な障害。直進したら墜落してた所よ」
「空間的な障害?」
「……うーん。何て説明すればいいのかしら。こんなもの、ノリで理解してくれればいいのに」
頭をぽりぽりと掻いた涼宮中尉は答えた。
「障害の存在する空間に入り込むと、一切の魔力エネルギーが中和されて、ゼロになるのよ。メサイアのエンジンがストール状態になる」
「まさか!」
瑞穂が驚いたのも無理はない。
「魔晶石エンジンシステムは半永久機関ですよ!?」
「そんなこと言ったって」
中尉は口元を尖らせた。
「本当だもん」
「……」
「信じてない?」
「……千里眼のあたなが言うんです」
瑞穂は答えた。
「私の素人判断よりは信じられます」
「正解♪全騎へ、私の誘導でこれから朝倉大尉騎を先頭にして障害を突破―――というか、障害の綻びを抜けます。瑞穂ちゃん?精密誘導でよろしく。失敗したら」
「はい?」
「とっても素敵で淫靡な世界へ叩き込むわよ?」
「……了解」
何だか考えたくないというか、聞くだけで本能的な恐怖を感じた瑞穂は事務的に頷いた。
「誘導をお願いします」
「了解。いい?幅30メートル。高さ45メートルの不可視のトンネルを潜ることになる。トンネルの壁に触れたら障害に捕まって、地面に墜落してお釈迦様だからね?全騎MCは、高度、速度、左右の位置まで完璧に朝倉騎の動きをトレースして」
「こちら朝倉騎MC、瑞穂です。全MCへ、データリンクシステムのデータ転送開始します。リンクの状況を確認して下さい―――お姉ちゃん」
「うん」
コクピットで緊張した顔の美柚姫が頷いた。
「信じてるから、お願いね?」
「……わかった」
瑞穂は頷いた。
「全騎、大丈夫ですね?これから移動を開始します。中尉、誘導願います」
「了解―――位置そのまま、高度、135上げ。右、43……そう。ここをゼロ・ポイント軸に固定します。見えないだろうけど、この先300―――正確には297.32メートル先にトンネルがある。行きも帰りもこのトンネルをくぐる。各騎MCは最悪の状況に備え、単独でもこのトンネルをくぐれるようにデータを記録しておくように」
「了解」
必要なシステムを操作して、瑞穂は答えた。
「システムデータ収集開始」
「よろし。速度ゆっくり、大事なトコ撫でるように」
「……こんな感じですか?」
「いいわよ。とっても上手。蟻の谷渡って感じね」
「あの……もうちょっと、普通に会話出来ません?」
「知ってるじゃない。お姉ちゃんオカズに練習してるのかしら?」
苦笑する涼宮中尉の頬を汗が流れた。
美柚姫騎を先頭にして、4騎のメサイアが漆黒のトンネルに入り込もうとしていた。




