児童虐待の産物 / 涼宮中尉
“白雷改”が4騎編隊を組んで飛ぶ。
そのうちの一騎のコクピットに収まった美柚姫が、不意に訊ねた。
「ねぇ、亜紀ちゃん、聞いていい?」
「なぁに?」
「あのさ」
「うん?」
「夏川大尉には滅茶苦茶反発してるのに、なんで艦長の言うことには素直に従うのかなぁって」
「ヘン?」
「う、ううん!?ヘンじゃないけど、ちょっとびっくりして」
「ははっ……」
亜紀は通信モニターの向こうで苦笑した後、言った。
「私と亜夜ちゃんは施設で育ったんだよ」
「施設?」
「そう。児童保護施設」
親から虐待されるなどした子供達を保護して育てる施設のことだと、美柚姫はすぐに悟った。
「そこにいた保護司の沼田先生にそっくりなんだ。あの艦長」
「優しかった?」
「うん!」
亜紀は満面の笑みで頷いた。
「怒るととっても怖かったけどね?先生はいつだって私達のことを一番に考えてくれた。大人達がどんなズルしても、先生は私達にズルしなかった」
「そうそう!」
亜夜が言った。
「先生は、私達を“悪魔”から守ってくれたんだもん!」
「悪魔?」
「うん。ギロッてすっごいおっかないんだよ?ぶったり蹴ったり、痛いことするの」
「……」
保護施設で育った子供達。
その子供達が“悪魔”と呼ぶ。
蹴ったり殴ったり。
その意味するところは、すぐに察することが出来た。
「先生は、私達が“悪魔”にいじめられたら、すぐに助けてくれたの。ぎゅって抱きしめてくれたんだ」
「もう怖くないわ。先生がいるからって。先生、柔らかくていい匂いがして、大好きだったよ?」
「そう……なんだ」
「……だから」
不意に、はるかが言った。
「夏川大尉……嫌いなんだ」
「えっ?どういうこと、霧島中尉」
「……はるかでいい。私も、美柚姫って呼びたい」
「う、うん……どういうこと?はるか」
「“悪魔”の眼が」
はるかは答えた。
「夏川大尉そっくり?」
「そう!」
はっとなった感のある亜夜がコクピットで身を乗り出して興奮気味に大声で言った。
「そうなんだよ!はるかちん!あの人の眼は、“悪魔”にそっくりなんだ!」
「だから私達、あいつが大嫌いなんだ!」
「すごい、私達だって気付かなかったこと、はるかちんはきづいた!」
「これはもう、はるかちんをはるかちん大明神と呼ぶしかないですなぁ」
「……やめて」
「……」
そう、か。
美柚姫は悟った。
佐野姉妹が武器を向けたのは夏川大尉というより、大尉の姿を借りた“悪魔”―――虐待した親たちだ。
夏川大尉の、あの人を見下したような眼光が、佐野姉妹にとっては上官のそれではなく、自分達を苦しめ続けた親たちの眼として写ったんだろう。
だからこそ、夏川大尉を殺そうとすることにああもためらいはなかったんだろう。
でも―――
「はるか?」
「……何?」
「あなたは何故、あの時、夏川大尉に武器を向けたの?」
「……雰囲気に飲まれた」
「冗談でしょ?」
「美柚姫は?」
「……いや、実は」
美柚姫は、ばつが悪そうにポリポリと頬を掻いた。
「私が―――それなんだよね」
「……雰囲気に弱い」
「お互いね」
「……それでいい」
キャラクターが団結すれば、いかなる難問でも解決する。
するのだ!
するったらする!
……。
……本当に?
んなわけあるか。
そんな妄言が通用するほど、世の中は甘くない。
連携がとれないキャラクター達が、「これから連携をとるんだ!」「そうね!」「えいえいおーっ!」「さぁっ、みんなで夕日に向かってダッシュよ!」―――それで連携がとれるならやってみろ。
出来るはずがないし、実際にそうなった。
夕方まで何度も訓練、補給、訓練を繰り返した、その結果は散々なもの。
連携は全くとれず、訓練で振り回した武器は、仲間に命中してばかりだった。
帰還した騎体は、互いの武器がぶつかったおかげで塗装ははげるし凹むしと散々だ。
「凹む程度ならまだしも」
ハンガーデッキから出撃体勢に入る“白雷改”達を腕組みしながら見守る坂城整備班長の口元には苦みが走っている。
「たかがフォーメーション編成だけで部品交換引き起こしやがったら、海へ叩き込んでいる所だ」
「まぁ、そうっすねぇ」
弟子のシゲがその横で担当する騎体を心配そうに眺めていた。
「ちょっと、頼りないにもほどが……」
「前の連中がデキすぎたってことか」
「まぁ、あれはあれで、苦労させられましたけどねぇ……」
二人の頭上で鈍い重低音が響く。
カタパルトが使用された音。
すでに一番騎が発艦したことを、その音が教えてくれる。
「偵察任務です。壊しはしないでしょう」
「ふん……そう願おうか」
太平洋上空で編隊を組んだ美柚姫達は、美柚姫騎を護衛するように三角形のフォーメーションを組んだ。
戦闘行為が出来ない美柚姫騎を他の三騎が護衛するためだ。
「あーあ」
MCRから、あからさまに不機嫌なボヤきが聞こえた。
背伸びをした涼宮中尉が、MCRの予備シートにふんぞり返るようにして座っている。
騎士でもMCでもない彼女を乗せている理由はともかく、肉体的には一般人と同じため、万一の際の戦闘機動に耐えられない彼女の存在が、美柚姫騎が戦闘に参加出来ない原因ではある。
「何で今晩なのよぉ……」
「あ、あの……何か、あったんですか?」
MCRで恐る恐るという声で訊ねたのは、美柚姫の妹、朝倉瑞穂少尉だ。
日焼けしたようなやや浅黒い肌にツインテールにしたヘアスタイル故に、どうひいき目に見ても実年齢より3つは若くに見える。
おずおずとした態度をしているが、普段はかなり勝ち気な娘だ。
その彼女が心配しているのは、少尉である自分が、中尉、つまりは上官である涼宮に何か不愉快な思いをさせたのではないかという、士官らしい配慮からだ。
「―――合コン」
それに対して、ぶすっ。とした顔で頬杖をついた涼宮中尉は、腹の中の不愉快さを吐き出すかのような口調で、ぶっきらぼうに言った。
「せっかく、オトコゲット出来ると思ったのに」
「ご、合コン……ですか?」
この非常時に?
その言葉を瑞穂は口の中で噛み殺した。
「そうよ―――このご時世じゃなくても、オトコとオンナよ?」
ニヤリと涼宮中尉は底意地の悪い笑みを浮かべた。
「だいたい、アンタもおマタに穴があるならわかるでしょ?顔が良くて、お金持っていて、気前が良くて、お金持ちで、金払いがよくて、お金くれて、後腐れなく捨てることの出来るオトコなんて貴重なのよ?そうでしょう?」
「あ、あの、私……男の人ってよくわからないんですけど」
「あーあ。いいわねぇ。そういうセリフが似合う年頃って。あとですりつぶしてやろ」
「あ……あの……中尉にとって、お金が大切なんですか?それとも男の人が」
「お金とオトコはイコールなのよ。金づると書いてオトコと読むの。義務教育で習わなかった?」
「だ、男女平等なら」
「ふん。戦争で男が死にすぎたから、女を代役に駆り出したい。その口実でしょ?」
涼宮中尉は意地悪く瑞穂を見た。
「あなただって、憧れのお姉ちゃんの近くにいたいからって、志願卒業した」
「な、なんで知っているんですか!?」




