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療法魔導士 

 必要なモノを積み込み忘れると大変なことになる。


 先に“鈴谷すずや”の補給に関してそう言った。


 確かに言ったし、皆も神経を使っていた―――皆、少なくとも自分の部署だけは。

 問題が発覚したのは、艦内で初めてけが人が出てからだった。

 移動中にラッタルを踏み外しして足を痛めた乗組員が医務室を訊ねたが、普段なら常時誰かがいるはずの医務室に誰もいない。

 ミーティングでもやっているのかと待ち続けたが誰も来ない。

 疑問に思った乗組員が艦橋に問い合わせ、初めて医療要員が最初から手配されていないことが判明した。

 まぬけな話だが、これは事実だ。

 けが人や死人が出て当然の軍艦に医者がいない。

 これは大問題なのだ。

「司令部から、何と言ってきた」

 失態は失態なだけに、譴責程度は覚悟した美夜は、司令部に送った報告の返事を手にした高木の顔を見ようともしなかった。

「無茶苦茶です」

 高木は答えた。

「今までこれほど無茶な命令を聞いたことはありません」

「……読んでくれ。私が出来ることならしよう」

「なら―――医療要員を派遣するには、今から人材の選抜、本人の同意確認、書類上の手続き云々が必要で、全ての手続きが終わるまでに二週間は必要だそうです」

「二週間!?」

 美夜はぎょっ。として高木に振り返った。

「二週間も、どうしろというんだ!?」

「二週間の間、医者が必要なけが人、病人を出すな。死人が出た場合は、艦長が死亡診断書を書くようにと」

「それは本気で言ってるのか!?」

「さすがに問題だと思われたんでしょうな、ご主―――失礼」

 高木は表情を変えず、儀礼的なまでにわざとらしい咳払いをした。

「平野副司令あたりも」

「送ってくれるんだな?」

「魔導施療局と折衝して、療法魔導師を一人送るよう手配するそうです」

「療法魔導師を?」

 療法魔導師は、治癒系の魔法である療法魔法を使える魔導師だ。

 この世界において魔法を使えるのは、生まれつきの才能によるものであって、後天的にその力を得ることは出来ないとされている。

 生まれながらにして人を癒す力を持つ特殊能力者。それが療法魔導師であり、その希少性故、療法魔導師への攻撃は原則死刑が適用されるなど、国際的に完全な保護を受けられる。

 出産から赤チンを塗るまで、怪我だろうが病気だろうが、とにかくほとんどすべての患者を治すことが出来るので、人体に関して下手な医者より余程頼りになる。

 かつて死にかけたあげく、軍医からさじを投げられた美夜が今、こうして生きているのは、この療法魔導師の存在があってこそだ。

 だからこそ、軍医より療法魔導師を手配してくれたのはありがたいのだが……。

「魔導施療局の野々宮大佐に手配を依頼して下さったとか」

「……野々宮大佐か」

 女として何か引っかかるものを感じながらも、美夜は頷いた。

「なら、大丈夫か―――いつ来ると?」

「けが人がいるなら、今日中には」


 コンコン


 不意に、窓の辺りからそんな音がした。


「?」


 コンコン


 誰かが船窓を叩いている。

「何だ?」

 美夜と高木が思わず顔を見合わせた。


 コンコン


 まだ音が続いている。


 周りも音に気付いたらしい。

 操舵手の芥川中尉が右舷側の窓を向いた途端―――

「わっ!?」

 悲鳴に近い声を上げた。

「何だ!?」

「あ……あ……あれ、あれっ!」

 思わず艦長席から身を乗り出した美夜の前で、芥川は右舷を震える指で指さしたまま、顔を恐怖に引きつらせている。

「何?」

 美夜が艦長席から右舷の窓を見る。高木がその前に立ち、不測の事態に備える。

 もう既に日は落ちている。

 辺りは漆黒の闇の中で、遠く離れた陸地の灯りがぼんやりと浮かんでいるのがイヤに目立つ。

 窓の外で、間近に見えるものは航行灯程度で、窓から外に手を出したら手が真っ黒になるんじゃないかと錯覚する程、辺りは暗い。

 そんな窓の外から、じっとこっちを見ているのは、銀髪の少女だった。

 窓の外から中をじっと覗いている。

 ここが学校だったらまだよかったろう。

 だが、ここは作戦行動中の軍艦の中だ。

 オペレーターの女の子数名が悲鳴を上げて艦長席の後ろに逃げ込んだ。

「か、艦長ぉっ!お、お化けっ!」

「た、助けてくださぁい!」

「ち、ちょっと待て」

 自分より圧倒的に若い《美夜にとっては不本意だが》オペレーター達に頼られては、立場的に喉まで出かかった悲鳴を噛み殺すしかなかった。

「貴様等、私に何を期待してそういう行動に出る!?」

「お化けより怖い人が、何言ってるんですか!」

「そうですっ!怒鳴って下されば、きっとお化けだって逃げちゃいますよ!」

「艦長、お願いしますっ!」

「それはどういう意味だ貴様等っ!」

「いや、艦長」

 艦長席から立ち上がった美夜を止めたのは高木だった。

「―――どうやら、お捜しの人材が向こうから来たようですよ?」

「……何?」

 高木が指で何事かを示した後、言った。

「緊急用ハッチを開きます」

「副長?」

「野々村大佐に問い合わせてみます」

 高木は艦橋の壁にある緊急用ハンドルに手をかけた。

 そのハンドルをひねると、艦橋の外に出ることが出来るのはさすがに皆知っていた。

「療法魔導師ってのが、こんな子供でいいのかと」

 分厚いドアが開かれ、激しい風が艦橋に流れ込んだ。



「だってぇ」

 ぷうっ。とふくれた女の子は、美夜に言った。

「野々村のお姉さんから電話かかってきて、ヒマか?っていうから、もう寝るって、そう言ったんだよ?」

「それで?」

 美夜は手渡された書類と目の前の相手を交互に眺めた。

 艦橋に現れた珍客は、艦橋要員達の格好の注目の的だ。

 ジーパンにジャケット、そしてぶかぶかのウィンドブレーカーを羽織った小柄な女の子。年の頃は15より下だろう。

 銀髪をポニーテールにした、かなり可愛らしい顔をしてこちらを見ている。

 少なくとも、軍隊には似合わない存在だと百人いたら百人が認めるはずだ。

「寝るところ紹介してやるから、しばらくそこにいろ。お父さんの許可はとったって」

「お父さん?」

 美夜は、書類を少女に返した。

「この空白だらけの書類は何なんだ?野々村大佐のサインと君の名前しか書いていないじゃないか。こんなもの」

「それは僕に聞かないで」

 書類を受け取って、背負っていたリュックサックにしまった少女は答えた。

「都内のお店見つけて、野々村さんにサインもらうだけで大変だったんだよ?むしろ褒めてほしい」

「何を言ってるんだ?書類は不備だし、君の身分は療法魔導師だというが、それを証明する腕章だって」

 美夜は疑わしいという顔で少女の細い腕につけられた腕章を眺め、頬杖をついた。

「どこの玩具屋で買ったんだ?」

「むぅ……そんなことしないよ」

 少女はプウッと頬を膨らませると、胸ポケットから何かを取り出した。

「これもあるもん」

「……身分証明書?」

「これは偽造できないでしょ?」

「軍属……ねぇ?」

「うん」

「……で」

 美夜はそれを高木に渡したが、まだ信じていない。という顔だ。

「野々村大佐に命じられて、ここまで来たというのか?」

「うん。都内のベロリンチンチーノってお店に呼ばれた」

「……何?」

「ベロリンチンチーノ」

「どういう店だ?」

「正面から入ると、でっかいおっぱいした薬やってるお姉さん二人が、“いらっしゃ~い♪”って出迎えてくれた。

 お店の奥に4人くらい、拳銃チャカもったお兄さん達がいたけど」

 ちょっと考えてから、少女は答えた。

「でも、平野副司令も一緒にいたから、いいんじゃないの?」

「……副司令が?」

 ピクリ。

 美夜の頬が引きつった。

「その……何という店だ?」

「ベロリンチンチーノ。おしゃぶりサービスがどうのって」

「そこにいたのか」

「うん」

「……もう一度聞く」

 美夜の声は、重く、震えていた。

 その後ろに立っていた高木がいつの間にか数歩後ろに下がり、オペレーター達は決して美夜を見ようとしなかった。

「それは……どういう店だ?」

「完璧風俗だね。入ったら、綺麗なお姉さんがナース服とかセーラー服着て副司令におっぱいパフパフサービス中だったし」

「……証拠でもあるのか?」

「欲しい?」

 少女はポケットからデジカメを取りだした。

「んとね……パフパフの現場はコレで、口移しドリンクサービスがコレで……」

 美夜の手が無言で少女からデジカメをかっさらおうとしたが、少女の動きの方が速かった。

「ダメ。これは副司令相手の交渉材料なんだから」

「私は副司令の妻だぞ」

「ありゃ」

 少女は、あーあ。という顔になって、デジカメを美夜に手渡した。

「じゃ、お土産にあげる」

「……」

 受け取ったデジカメの液晶に映る映像を無言で眺める美夜。

 静まりかえった艦内に似合うのはターミネーターのBGMあたりだろうか。

「お、おい、君」

 肩を振るわせ、口に牙を生えさせ、髪を逆立てる、まさに怒髪天を衝くを地でいく美夜は、艦長席に不動明王でも座らせた方がまだ可愛らしく思えてしまう。

 そんな美夜を平然と眺める少女に、高木が声をかけた。

「君、どうやってそんな店に入り込んだんだね?」

「変装したから大丈夫」

「そういうもんじゃないと思うが……」

「得意」

「ま、まぁ、信じよう。そこに君は野々村大佐に呼び出されたわけだ」

「うん。人事の書類を持ってきてくれって。持って行ったら持って行ったで、お金貸してくれって」

「いくら」

「100万」

「100万!?」

「やっと嫁がいなくなったから、これから派手に繰り出すんだって」

「それは、野々村大佐の言葉か?」

「平野副司令は何も反論してなかったよ?っていうか、お姉ちゃんとイチャイチャする方が忙しかったみたいだけど」

「……酔っ払っていたのか?」

「うん。相当酔っ払ってたよ?“俺は美夜なんて怖くない”とか、“妻なんて女のうちに入るか”とか何とか」

「……まぁ、冗談はさておき」

「冗談なんて言ってないよ?そのデジカメに録音してあるもん」

「……」

 ピピッ

「俺はぁ!嫁も司令も怖くないぞぉぉっ!」

 相当出来上がってるだろう、あきらかに酔っている男の声が艦橋に響き渡った。

「さあ!今晩は派手にいくぞぉぉっ!」

「……」

「ね?」

 思わず頭を抱えた高木の前で、少女は自信満々に言った。

「他人の弱みにウソはつかない主義なんだよね。僕」

「いずれ殺されるぞ?そんな性格していると」

「でも、売りつけるのに失敗しちゃった」

「とにかく!」

 繰り返し夫の妄言を聞く美夜を振り切るように高木は声を上げた。

「君は療法魔導師なんだな!?」

「そう」

「療法魔導師を統括管理する宮内省魔導施療局局長である野々村大佐が、直々に、この“鈴谷すずや”へ行けと、そう命じたんだな?」

「うん。ハンコや細かいところは局に戻らないとわかんないっていうから。正式な書類は明日にでも送るって」

「……よし」

 メキメキメキ

 デジカメが美夜の手の中で悲鳴を上げ始めた。

「負傷者いるんだ。足をくじいたという。医務室へ案内しよう。すぐに診てほしい」

 高木はそれを懸命に無視して少女を促した。

「湿布で良いと思うけどなぁ」

「腫れが引かないそうだ。ところで、君の名前を聞いていなかったな」

「水瀬」

少女は答えた。

「水瀬悠理」

 グシャッ!

 艦橋のドアがしまった途端、響いたそんな音が二人を見送った。




 翌朝。


 当然だが美夜の機嫌は最悪だ。

 頬杖をついて艦長席に座っているが、周りは一秒単位で神経をすり減らされるような思いに耐えるしかない。

 その美夜達の前で発艦を繰り返しているのは、“白雷改はくらいかい”達だ。

 日没以降に行われる偵察任務の前に、自主的に訓練を行いたいという申し出を、美夜は認めるしかなかった。

 隊長は朝倉大尉を配置した。

 階級からは申し分ないだろうし、佐野姉妹や、

はるかからも同意は取り付けている。

 問題は、4人がどれほど戦場で連携がとれるか。

 それにかかっていた。

 佐野姉妹はさすがつーかーの連係プレイがとれるが、それはあくまで姉妹二人きりのことで、そこに誰かが入ると連携も何もなくなってしまう。

 シミュレーターが使えれば、その辺も含めて分析と対策もコンピューターで練ることが出来るが、そういう贅沢品を積み込めなかった“鈴谷すずや”では望むべくもない。


 メサイアは騎士の手足の延長線上の存在に過ぎない。


 陳腐な言葉だが、正論だ。

 メサイアが戦争するのではなく、メサイアを駆る騎士が戦争をするのだ。

 その単位はあくまで個。

 兵隊が集団で展開する銃撃戦とは違い、騎士は個として戦い、個を倒す。

 騎士の技量がそのまま戦力に直結し、基本的には集団の戦力差は問題とならない。

 個の技量が勝っていれば、原則として勝ち続けることが出来る仕組みだ。

 一騎が技量を駆使して迫り来る敵を右へ左へなぎ倒せば、それが勝ちだ。

 とはいえ、軍隊は、騎士達にそんな個人戦のオリンピックじみた行為をさせる程、ヒマでも酔狂でもない。

 軍隊が騎士にやらせるのは非道も何もない、単なる殺し合いだ。

 戦場の交戦にルールは一つ。

 生きるか、死ぬか。

 それだけだ。

 わずかな隙を見せれば背後から刺し殺されることもある。

 戦斧で交戦していたのに、気付けば速射砲で頭をぶち抜かれることだってある。

 それを卑怯と罵る者はいない。

 戦場で正しいのは生き残った者だ。

 そんな中で弱い者が生き残るにはどうすればいい?

 個と個をいかに連携させ、生き残るチャンスを作り上げるか。

 問われるのは、集団プレーを行うしかないだ。

 個として技術が劣るなら、集団でそれを補うしかない。

 戦斧を上手く使う相手なら、その動きを接近戦で食い止めている間に、死角から狙撃砲で撃ち殺せばいい。

 大切なのはいかに勝つかではなく、いかに生き残るかだ。

 連係プレーは部隊として生き残るために絶対に必要な技量であり、朝倉達が必死になって4騎の連携をとろうとするのはむしろ当然なのだ。

 別に美夜が何か言ったわけではない。

 朝倉達は、自発的に行動を起こした。

 自分達が何をすべきかを考えた上で、命じられるまでもなく、自らの義務とすべき行為を見つけ、果たそうとしている。

 軍隊はこんな人材によってこそ動くのだ。

 必要なことを見つけられず、命じられるだけの存在は消耗品でしかない。

 美夜は部下に消耗品を持つつもりはないし、朝倉達もそうなるつもりはない。

 それが、朝倉達の動きではっきりしたことは、美夜にとっては嬉しい。

「―――いざという時は」

 高木は、最後の発艦が終了し、カタパルトシャトルが戻るのを目で追いながら言った。

「攻城砲が役立ちそうですな」

「艦隊司令部にぶっ放していい?」

「とりあえず―――我々が関与しない所でお願いします」

「……」

 ぶすっ。とした美夜の目元は赤く、クマが出来ていた。

「―――ご主人は」

「本日は休暇中だそうよ―――光菱の重役とゴルフですって」

「出世しておけばよかったと、そういう話を聞く度に思いますな」

「腰のヘルニア直すのにいくらかかったと思ってるのかしら。あの時は“もうゴルフやめる”とか散々言っていたのに」

「趣味はそう簡単にはやめられません。私も釣りなんぞ、妻から散々やめろと文句を言われているクチですがね」

「釣れるのか?」

「ええ。釣果がいい時はさすがに妻も黙りますがね」

「ふん……土産は汗まみれのゴルフウェアと酔った亭主の世話だけなゴルフよりは余程いいな。奥様もやればよいものを」

「仕事でもあるまいに、朝寝を邪魔されるのがイヤなんだそうで」

「成る程な……攻城砲のテストをやっておくか」

「いいんですか?」

「かまうものか。いい当てつけだ。操舵手、針路変更―――公海上で攻城砲の射撃テストを行う」

「……司令部には報告しておきますよ」

「海軍と共同の訓練海域があったな。あそこでいい。前例が必要なら、作ればいいことだ」

「あなたらしい」





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