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アイバシュラ狩りへ

 例えどんな正義を振りかざそうと、隊員が副隊長に武器を向けた行為は反逆行為として扱われてしまう。

 どんな軍隊でもそれは避けられない。

 それを否定すれば、軍は組織として機能しなくなる。

 秩序ある組織を維持するためには、こんな隊員達には処罰が必要となるのだが―――。


「ちぇっ」

 亜紀は営倉のベッドの上でひっくり返った。

 営倉は、基本的に一人一部屋だ。

 ところが、トイレ以外の設備がまるで準備出来ていないことを理由に、4人全員が一つの部屋に押し込められた。

 男性がいなくてよかったと、床に座った美由紀は思った。

 トイレの時、どうしろというんだ?

 その先は考えたくなかった。

「あのババア、チクったな?」

「ま、そういうことだね」

 亜紀の横に腰を下ろした亜夜が壁にもたれかかった。

「私達の経歴、ガッタガタってヤツ?」

「心配する経歴なんて最初からないよ。亜夜ちゃん」

「そっか―――ならよかった」

「私にとっては、決してよいことじゃないけどねぇ……」

 苦笑しながら美柚姫は突っ込みを入れた。

「何で?」

「何でって……」

 亜夜の質問に、美柚姫は戸惑った。

 今回のことは、一生残る汚点だろう。

 一生?

 この組織の中で、一生を過ごすの?

「……さて、どうなんだろうね」

「でしょう?」

 亜紀は我が意を得たりという顔をしてベッドから起き上がった。

「どうせ私達、一生、近衛に飼い殺しにされるわけないもん。私達ほどカワイかったら、寿退職は絶対出来る!」

「そうそう。美柚姫っちも。そんなにおっぱい大きければ大丈夫!」

「ははっ……私、おっぱいに価値があるのかなぁ」

「はるかちんも結構、でっかいよね」

「……89のC」

「うわっ。何食べたら、そんなにでっかくなるの?」

「というわけで、美柚姫っちは?」

「い、言わないよ!」

「言えっ!夏川のババアが聞いていたら悔しさで悶え死ぬ、そのでっかいおっぱいのサイズは!?」

「やだぁぁっ!」




「―――肩書きは」

 直立不動で立つ夏川と大月に、美夜は冷たく言い放った。

「部下を従わせるための道具ではない」

「……お言葉ですが」

「なら黙れ。貴様の意見なぞ」

「服務規程違反を犯したのは明白であります。厳正な処罰を」

「―――貴様に対してか?」

「自分は指揮官として何の手落ちもありません。命令違反を咎め、部隊の規律を維持しようとしただけと、軍法会議でも証明できます」

「無能な奴に限って、そんなセリフを吐くものだ」

 美夜は何かを吐き出すようか顔で言った。

「部下が抗議に来るわけでもない。まぁ、肝心の部下は一人残らず営倉行き……私も軍隊生活は短くないが」

 その視線ははっきり鋭い。

「貴様のように部下全員から銃を向けられたなんて指揮官は初めてだ」

「私も」

 夏川は顔色一つ変えずに頷いた。

「あれほど反抗的な、問題児だらけの部隊を見たのは初めてです」

「―――救いようがないな」

「全くです」

「……」

 少しの間、夏川の顔を眺めていた美夜は、不意に興味が失せた。という顔で視線をそらせた。

「―――下がれ。もう貴様に用はない」




 ガチャ

 不意に営倉のドアが開かれたのは、そろそろ寝るか。という頃だった。

「出ろ」

 銃を手にした憲兵がドアの前に立っていた。

「艦長命令……って」

 憲兵があきれ顔になったのも無理はない。

 後ろから亜夜に羽交い締めにされた美柚姫のブラウスはほぼ全てのボタンが外され、その豊かな胸が露わになっている。

 そして、さっきまで美柚姫の胸を覆っていたブラジャーを、亜紀が頭巾の様に頭に被っている。

「―――何してるんだ」




 ふぇぇぇぇん!

「もう泣き止みなよぉ」

「悪かったってぇ」

 営倉から出された後、ブリーフィングルームに集められた面々の中、ブラジャーを外されて露出した胸を、憲兵にモロに見られ号泣する美柚姫の横で、亜紀と亜夜がバツが悪そうな顔をしていた。


 まさか泣き出すとは思っていなかった。


 二人とも、そんな顔だ。

「こんなところで泣いていたら、オトナの世界は渡っていけないよ?」

「そうそう」

「……こら」

 はるかの突っ込みを入れる。

「……反省が足りない」

「アメあげるから、機嫌直して?」

「っていうか、もう艦長来るよぉ?」

「ぐすっ……セクハラされたって、艦長に訴えてやるぅ……」

「そんなことしたら、友情が崩壊するからね!?」

「そうだよ!そんなことしたら、私達がどんな目にあわせてやるか考えろ!」


「―――何の話だ?」


 ブリーフィングルームに入って来た美夜に、全員が立ち上がって敬礼した。


「ご苦労―――夏川から上がっている反逆罪については、私の権限で不問とするから心配するな」


「えっ?」

 思わず全員が互いの顔を見合ってしまった。

「そ、それは?」

「あんなバカの言うことに一々従っていたら、死ななくて良い奴まで死ぬことになる。貴様等に殺されなかっただけでも奇跡というものだ」

「い、いいんですか?」

「かまわん」

 美夜は断言した。

「上官侮辱罪、反抗罪の適用ならアイツこそが避けられないし、職権乱用だって加わる」

「……はぁ」

 不承不承、頷く美由紀達が立ったままなのに気付いた美夜は手で着席を促した。

「下らないことに無駄な時間を割くつもりはないし、私達には、そんな悠長なことをしているヒマはない。後藤中佐から許可はとった。貴様等は現刻をもって私の直轄とする」

「……」

「残念なことに今、この“鈴谷すずや”にお前達以外に使える戦力は」

 はあっ。

 美夜はため息をついた。

「―――ない」

「あの……勘違いだといいんですけど……艦長?それ、ものすごい不本意ってお顔に見えるんですけど」

「……不本意そのものだ」

「えっ」

「この人手不足だ。たった1騎でも、使えるなら鍋の蓋どころか取っ手まで武器にしたいところなのに、2騎も使い物にならんと来た」

「……それ」

 はるかが無表情なまま言った。

「……夏川大尉達?」

「他に誰がいる」

「……」

 フルフルとはるかは首を横に振った。

「ったく、和泉大尉達がいた頃なら、私はたった2騎でも枕を高くして寝ていられたんだぞ……ったく、後藤さんも何を考えてあんなのを……」

「あの?」

「ああ、すまん」

 部下の前でグチが出たことを恥じた美夜はわざとらしい咳払いの後、言った。

「状況を説明する」

 美夜は壇上の端末にカードを差し込んでデータをロードした。

 美夜の背後、ホワイトボードにプロジェクターの映像が映し出された。

「二週間程前に、陸軍が福井奪還を目指して反攻作戦を実施したのは知っているな?」

「でも、あれって」

 美柚姫が答えた。

「作戦としては失敗したと」

「そうだ。魔族軍の抵抗が強固であること、さらに派遣した部隊が一度全滅したことで当初の作戦は失敗した」

 美夜は頷いた。

「しかし、やられっぱなしが許されるほど、軍隊は甘くない」

「またやるのぉ!?」

 亜夜がびっくりした顔で言った。

「あんだけ死んで!?」

「万だよ!?万で死んだんだよ!?」

「それでもやらなければ、福井も富山も奪還出来ない」

「いいじゃん。カニ嫌いだし」

「私、サカナ嫌い」

「そう言うな」

 美夜は口を尖らせる亜紀達に苦笑を漏らしながら言った。

「富山や福井から逃げてきた連中に、住処を取り戻してやらなければならん。あそこは人類の、そして日本人の土地だぞ?お前達よりずっと小さい子供達が家に帰りたいと泣いているんだ」

「……うん」

「そ、そうだね」

 亜紀と亜夜は、互いの顔を見合わせると頷いた。

「が、頑張んなきゃ」

「……うん」


 ―――へぇ?

 美柚姫は不思議なものを見る目で亜紀達を見た。

 殺戮の人形と呼ばれた二人が、まるで借りてきた猫のように大人しい。

 夏川には銃やナイフを向けたというのに、艦長が相手だと、どうしてこんなに素直なんだろう。

 階級?

 違うだろう。

 人徳?

 ……それを知るには、まだ早い気がするんだけど。


「……政治的事情」

 ぽつりと、そう言ったのははるかだ。

「……作戦が長引くと、大臣の責任、問われる」


「……実情はそんな所だろう」

 美夜は答えた。

「北陸奪還も、蓮川大臣の思いつきに近いと聞いている。思いつきだけで何万の将兵を殺すつもりなのかは知らないが」


「殺すなら」

 グルカナイフを弄びながら、亜紀が言った。

「その大臣さん殺しちゃったほうがよくない?」

「同感」


「私も出来るならそうしてやりたい。皇居前広場に吊したらさぞ気分が良いだろうと。だが、そういかんのが、世の中のイヤな所でな」


「……だね」

 亜紀はナイフをしまった。

「陸軍の露払いがお仕事なの?」


「そうだ。話が早くて助かる」


「えへへっ」

「あーっ。ズルイ。お姉ちゃんだけ褒めてもらったぁ!」


「作戦に成功したら二人とも、もっと褒めてやる」


「ホント!?」


「ああ」


「よおっし!頑張るっ!」


「―――よし」

 美夜は笑顔で頷いたが、その肝心の笑顔は、すぐに曇った。

「それを―――ここにいるたった4人に任せるのは、正直、心苦しい」


「……」

 美柚姫は何かを言おうと思ったが、言葉が出てこない。

 艦長は、私達に何をさせようとしているのか?

 それがわからない。

 露払いなら、広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを使って、前進する機甲部隊の前に立つ?

 そんな簡単なことで、こうはなるとは思えないけど―――?


「……アイバシュラの」

 その答えを言ったのははるかだ。

「……巣を叩けと?」


「―――そうだ」

 美夜は頷いた。

「こんな戦力で、そこまでの戦果を上げろと言うことは、不可能を可能にしろと命じるに等しい。しかし、やらなければ、さらに何万の陸軍将兵が無駄に死ぬかわからん」

 

「……どんな、案があるんですか?」

 美柚姫は訊ねた。

「ここにこうして集めて下さった以上、何か案があると思いますけど?」


「後藤さんからの情報を元にした作戦……いや、作戦とは言えぬな」

 美夜は一瞬だけ自嘲気味に笑うと、すぐに真顔になった。

「―――これはバクチだ」


「バクチ?」


「そうだ。伸るか反るか。勝つか負けるかを遥かに通り越したロシアン・ルーレット並みの危険なバクチだ」


「―――説明して」

 亜夜は言った。

「私達、やるだけやるよ」

 その横では亜紀が無言で頷いた。


「アイバシュラには、奇妙な、しかし、考えてみれば納得のいく習性がある」

 美夜は端末を操作しながら言った。

「蜂と一緒だ。やつらは基本が昼行性ちゅうこうせいだ」


「ちゅーこーせー?」


「昼間に動くという意味だ」

 美夜は不思議がる亜紀に教えた。

「奴らは、夜が苦手らしい」


「じゃあっ!」

 はっとなったのは亜夜だ。

「夜に攻め込めば!」


「そういうことだ。夜間なら、少なくとも奴らの縄張りに飛び込んでも奴らは大人しい。そこを叩けばかなりのところまで行けるだろう」


「それなら、私達だけでも何とかなるかも!」


「そう。だからこそ、念入りな事前調査が必要になる」


「事前調査?」


「そうだ。相手が寝ているからといって、悪戯に近づいても殺されにいくようなものだ」


「事前の偵察を指していますか?」

 

「そうだ。陸軍の爆撃機による高高度偵察ではさすがにわからん。メサイアのセンサー以上の存在が必要だ」


「そんな仕事」

 亜紀が足をぷらぷらさせながら言った。

「あのババアと口先オトコにさせておけばいいんだよ」


「口先オトコ?」


「大月大尉。部下より保身を選んだヘタレ野郎のことだよ」

「最低だよ。口先であんなカッコイイこといっておいて、後になったら政治ショーコー殿の後ろに金魚のフンみたいにくっついてるだけじゃん!あんなのないよ!」


「まぁ……なぁ」

 そう言われてみれば、大月がどうしてああも夏川に遠慮しているのか、それは知っておく必要があるな。と、美夜は思った。

「最初から信望がないのより、信望を失ったのとは、違うからな」


「……あの二人は無視」

 はるかは言った。

「……何しても、背中、任せられない」


「そう……か。4騎でやってもらうことになるが、いいのか?霧島中尉」


 こくり。

 はるかは頷いた。


「よし。“鈴谷すずや”はこれより北陸方面へむけて移動を開始する。明日の日没をもって、貴様等には巣の偵察に向かってもらう。目的は、巣の位置の把握と、巣の構造を調査すること―――それともう一つ」


「?」


「以前、あの巣については一度、偵察は行われている」


「へ?」


「しかし、その時よりも約1.5倍に巣は拡大している。あの頃は、我々はあの巣をタケノコと呼んでいた」


「巣が……成長している?」


「後藤中佐の副官である涼宮中尉、第三眼サード・アイの持ち主である彼女によると、巣は単なる施設ではなく、生命体だという。しかも、動物系の」


「……へ?」


「つまり、何が言いたいかといえば、巣の構造をもう一度調べるのに協力してくれと、そう言いたいんだ。そのために現在、涼宮中尉をもう一度調査に借り受けたいと要請を出している。本人は相当渋ったが、何とか引き受けてもらった。明日の夕方には“鈴谷すずや”に入るから、誰か彼女を乗せて飛んでくれ」


「えっと……」

 少し考えてから、美柚姫が訊ねた。

「その人乗せている限り、その騎は戦闘が」


「出来ない」


「……」


「前任者は出来たんだ。何とかやってくれ」

 美夜はそう言って、少しだけ笑って見せた。


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