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仲間割れ 第二話


●“鈴谷すずや”ブリーフィングルーム

「作戦は簡単だ」

 夏川は居並ぶ美柚姫達の前で言った。

広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムをもって、妖魔の巣を焼却する。それだけだ」

「それだけって……」

 美柚姫達がぎょっとした表情で互いの顔を見合った。

「あの……簡単におっしゃいますけど」

「朝倉大尉、何か不満か?」

「ちょっと待ってください」

 この中では最も階級が高い美柚姫が立ち上がった。

「今度の作戦は、掃討が目的なんですか?それとも」

「妖魔を皆殺しにして、巣を焼き払えばそれでいい」

「たった4騎で?」

「不満か?」

「だ、だって……」

 美柚姫が口をパクパクとさせた後、やっとのことで言った。

「数不明の中型妖魔、しかも新種。そしてそれが航空機を追い回すほどの機動力とML(マジックレーザー)を持っていることもわかった上で、たった4騎で巣ごそぎ殲滅しろと言うんですか?」

「……無茶」

 はるかのぽつりとした声は、誰の耳にも聞こえた。

「ねぇねぇ」と亜紀。

「私達、勝てないケンカするの?」

 はるかはコクリと頷いた。

「……絶対、生きて帰れない」

「何それぇ」と、亜夜は口を尖らせた。

「死なないために頑張ろうって言ってたくせにぃ」

「“白雷改”があれば、絶対に勝てる!」

「―――なら、代わってあげるよ」

 亜紀は言った。

「私、死にたくないもん」

「あ、私でもいいよ?」

「……立候補」

「ガ●ダムじゃないんですよ?私達の乗っているのはぁ」

「……●ク?」

「うーん。赤く塗ってツノつけておけば、途中までは何とかなるかもね」

「貴様らっ!」

 夏川は怒鳴った。

「畏れ多くも陛下から騎体をお預かりしておきながら、何だその敗北主義者的な発言は!」

「壊さなきゃいいんでしょ?」

「預かってるんだから、壊しちゃいけないもん」

「……」

 こくこく。とはるかも頷く。

「夏川大尉」

 美柚姫がたまりかねたという顔で言った。

「騎体の性能が戦術や戦略の決定打となるはずが」

「これは命令だ!」

 バンッ!

 夏川は手にしていたバインダーを床にたたきつけた。

 プラスチック製のバインダーが合成樹脂の床にぶつかって割れた。

「私が下した命令を、かくも消極的に受け取るとは、それは指揮官としての私の素質を否定すると、そういうことか!」

「誰もそんなこと!」

「ここは軍隊だ!指揮官がクソを喰えといったら喰うのが兵隊の務めだろうが!」

「む……無茶苦茶」

「何だと!?」

「―――むぅ」

 夏川が抗議する美柚姫に掴みかかる前に、亜紀が口を開いた。

「やればいいんでしょ?やれば」

「当然だ!」

「お、お姉ちゃん!?」

 びっくりする亜夜の横で、亜紀は言った。

「あんたも行くんだよね?」

「“幻龍改げんりゅうかい”で“白雷はくらい”に作戦行動上、追随出来ると思うか?」

「“幻龍改げんりゅうかい”は“幻龍改げんりゅうかい”で動くってこと?」

「そうだ」

「……後ろで指揮するってこと?」

「そうなるな」

「ずっるーいっ!」

 亜夜が顔を真っ赤にして抗議する。

「自分達だけ、安全なところで何するんだよぉっ!」

「指揮官が潰れたら、お前達の指揮は誰が執るんだっ!?バカかお前っ!」

「誰かに命令されなかったら人殺しも出来ないほど、私はバカじゃないもんっ!」

「何だとっ!?」

「だからぁ!」

 亜紀が割って入った。

「“白雷改”を駆る私達は私達で何とかしろってことでしょう?」

「そうなるな」

「ならね?少しはフリーハンド認めてほしいな。この前みたいだと、4騎の連携が難しい」

「……」

「いいでしょ?戦果は指揮官のアンタのもんでいいからさ。取引としては悪くないと思うけど?」

「……いいだろう」

 夏川は頷いた。

「“ある程度”の自由は認めてやろう」




●福井県市郊外

「で、どうするの?」

 広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを装備した“白雷改”のコクピットで、美柚姫が部隊内回線を開いた。

 出撃前に、4騎の間だけで通じる極秘回線を用意するように整備兵に頼んでいたのは亜紀だ。

 夏川達の“幻龍改げんりゅうかい”2騎はかなり後方。肉眼で見たら30メートルの巨体が小さなオモチャに見える程、距離をとった所にいる。

 自分達が何かあっても安全に逃げることも出来るほど、距離を取っている。

 それはつまり、こっちに何かあっても助けないという態度だと、そうとるしかない。

 ―――言うだけ言っておいて!

 美柚姫は夏川達の方が敵として相応しいとさえ思えてならない。

「亜紀ちゃん?」

「ふふん?」

 亜紀は自信満々な顔をほころばせた。

「とぉっても、いい案があるから任せて」

「う、うん」

「お姉ちゃん?」

「……興味ある」

「アイバシュラって、要するに蜂みたく巣や縄張りに近づく奴らに攻撃するんでしょ?」

「う、うん」

 美柚姫は自信なさげに答えた。

「そう、みたいだって―――話だよ?」

「昔ね?蜂の巣ひっぱたいていたい目にあったことあるんだよねぇ」

「あっ、それ小学校の時だよね?あの遠足で」

「そうそう。スズメバチの巣が道沿いにあってね?トイレだってわざと遅れたフリして、先回りしてパチンコで巣に石ぶつけたんだよ」

「懐かしいっ!あの時、確か40人くらい、病院に運ばれたんだよねぇ!?」

「そうそう♪アナフィラキシーで意識不明までいったのが何人いたっけ?」

「私の方が勝ったんだよ?あの賭け」

「何人か忘れちゃったぁ」

「懐かしいねぇ」

「あ、あの……それが?」

「つまり、逃げる方が勝ちで、しかも、逃げる時に別なターゲットを用意してあげると相手が喜ぶってこと」

「へっ?」

「……ああ」

 きょとん。とする美柚姫と、無表情に頷くはるか。

「……それで、あの二人があんな所にいても文句言わなかった」

「そう」

 ケホン。ケホン。

 不意に、はるかが咳き込んだ。

「大丈夫?」

「うん……。長いセリフ喋ったから、辛い」

「あのね……って?」

 ピーッ!

 コクピットに警報が響く。

「反応が出た!」

 各MCRメサイア・コントローラー・ルームで警戒を続けていたMCメサイア・コントローラー達が一斉に報告した。

「かなりの数!現状、40以上、増大中!」

「こっち見つけている?」

「まだ―――この動きからして、まだ気付いていないのでは?」

「よしよし―――エリちゃん?後ろのブタ共は、敵に気付いている?」

「“白雷はくらい”とはセンサーが違いますから」

 亜紀騎のMCメサイア・コントローラー、加藤エリ少尉が答えた。

「あと、30秒はラグが」

「最高っ!」

 亜紀は言った。

「全騎、この通信が終わったら、通常回線に戻して。いい?今から敵を引き寄せる。

 敵と本気で交戦する必要はないから。

 接触する直前で後方へブーストジャンプで後退。

 後退ポイントは、あの2騎のいる所。

 着地次第、さらにもう一度、ブーストジャンプして、3キロ後退する。

 あいつらは無視」

「そ、それじゃ―――」

「以上、通信終わり!」


「何をしているかっ!」

 夏川の怒鳴り声がスピーカー一杯に響くのと、亜紀騎がビームライフルを発砲するのは、ほぼ同時だった。

「貴様等っ!戦闘行動中に指揮官と通信を切るなっ!今の発砲は何だ!?」


 それに答える者は誰もいない。

 広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムのノズルを皆が格納して、武装をビームライフルや散弾砲へと切り替える方が忙しい。


「どう?当たった?」

「さすがに当てずっぽうですから」

 エリはポリポリと頬を掻きながら答えた。

「でも、敵はこっちに気付きましたよ?接触まであと15秒」

「各MCメサイア・コントローラーは予想針路へ向けて阻止砲撃開始。発砲タイミングは任意。全騎―――用意」

 亜紀のテキパキとした号令と同時に、シールドを構えた“白雷改”達が、思い思いにターゲットとしたアイバシュラ達めがけて空にビームライフルを放つ。

 ポツリとした点にすぎなかったアイバシュラ達は、その針路めがけて放たれた光の弾丸を避けることが出来ずに粉砕されていく。

 しかし、数が違いすぎる。

 砕かれたアイバシュラの数より、現れる数の方が圧倒的に多い。

 妖魔との戦いで何が一番怖いかといえば、この数にモノを言わせた集団攻撃だ。

 一匹や二匹を倒しても、十匹で穴を埋めて襲いかかってくる。

 襲い来る水を相手に戦っているようなものだ。

 ビームライフルが如何に一発の破壊力が高かろうと、それで足を止めるほど、妖魔は甘くない。

 アイバシュラにあるのは、縄張りを侵した、あるいは自分達に危害を加えたという本能的な怒りのみだ。

 本能故に、その意思は強い。

 命令で動く人間に、その意思をくじく力は無い。

 三匹を仕留めたところで、残骸を突き抜けて飛び込んできた一体のアイバシュラの頭を左手に持った散弾砲で吹き飛ばした亜紀が叫んだ。

「全騎―――っ!」

 グンッ!

 舌を噛みそうなGが体をシートに押しつける。

 アイバシュラの爪が迫り来るのがはっきりとわかる。

 だが、その爪がどうなったかを知る前に、亜紀達は空中の住人となっていた。



「なっ!?」

 驚いたのは夏川だ。

 これから白兵戦になる。

 近接戦でとにかく片端から倒していけば、妖魔もその犠牲に恐れをなして引くだろう。

 それが夏川の読みだった。


 どんな兵隊でも、周りに多くの犠牲が出れば逃げることを考える。


 敵より先に、恐怖に負ける。

 理性ある限り、恐怖は絶対に強い。

 その強さは、時に死ですら勝る。

 なら、その恐怖に打ち勝てば、真の強者と呼んでいいだろうか?

 そうだろう。

 しかし、そんな者は極めて希であり、恐怖に勝利したと宣言する者の多くは、恐怖によりその感覚を麻痺させられた、単なる狂者でしかない。

 強者と名乗る狂者。

 それが戦場で強いとされる存在の正体だと、夏川は思っている。

 少なくとも、味方はそれでいいし、その狂者に恐れをなして逃げるのは敵でいい。

 ここで痛い目にあって、巣に逃げ帰った所で、巣ごと焼き払えばそれでいいのだ。


 ほんの少しの恐怖に耐えれば、そこに勝機があると、どうしてわからないのだろう。


 正気を失わないと勝機がこないとでも?


 うん。

 上手いことを言ったな、私。

 これは記録しておこう。

 何かに使える。


 夏川はポケットからメモを取り出した所で、突然出現したアイバシュラ隊と“白雷改”達が交戦を開始―――したかと思ったところで、いきなり後退してきた。

 しかも、もの凄いスピードで、よりによって自分達の方向へ!

「ばっ、ばかなっ!?」

 どうしていいか、一瞬判断が出来ず、辺りを見回した夏川だったが、メモを取るべくSTRシステムから手を離していたのが運の尽きだった。

 “白雷改”達の巨体が周囲に派手に着地した。

 そのショックは縦揺れの地震となって、夏川を即席のシェーカーに放り込んだのと同じ状態に追い込んだ。

「ぐっ!?」

 舌を噛まなかっただけでも奇跡に近い状態の中、夏川はショックに耐えるべく、目を閉じて全身の筋肉を強ばらせた。

 掴むものを、何かを掴めば安心できる。

 手がそう叫び、掴むものを探して空をうろつく。

 STRシステムの存在に気付いた手が、勝手にシステムを掴む。

 夏川の神経がようやくマトモに戻ったのはそれからだった。


 はっきり―――遅すぎた。


 既に“白雷改”達は、再度の跳躍でさらに後ろに下がっている。


 そして―――目の前には……。






●“鈴谷すずや”ハンガーデッキ

「貴様等ぁぁぁっ!」

 顔を真っ赤にした夏川がコクピットから飛び出してくるなり、亜紀達に殴りかかった。

 その剣幕の凄まじさは、メサイア使いどころか、整備兵まで出て暴れる夏川を羽交い締めにして止めるしかなかった程だ。

「よ、よくも―――よくもこの私に恥をかかせた!」

 どれ程怒ろうとも多勢に無勢か、周囲に押さえつけられた夏川は体をよじらせるのがやっとだ。

 それでも夏川は怒りを静めようとなどしない。

「恥って何?」

 冷たい顔で亜紀は訊ねた。

「誰が許可なく後退していいと言った!後退の許可を誰から取った!?」

「……後退?あんたに許可求めたけど、泣いてウルサくて、アンタはそれどころの騒ぎじゃなかったんだもん。“鈴谷すずや”の艦長からは許可もらったよ?」

「それは撤収の許可だろう!私が言っているのは、一番最初の後退だ!」

「あれ、後退じゃないもん」

 亜紀は堂々と答えた。

「あれは―――戦闘機動。間合いをとるまで禁止されていないでしょ?間合いを取る間にあんた達がいただけ。それの何が問題なの?」

「―――っ!!」

「撤収までに、私達は接触したアイバシュラの3分の1を撃破したよ?戦果として足りなかった?」

「十分だよね?」亜夜がニコニコしながら姉の肩を撫でた。

「……大戦果」

「戦果に問題があると思えませんがね……大尉?」

「大問題だ!」

「戦果が?」

「命令違反だ!」

「誰が?」

 わかんない。と言う顔で亜紀が訊ねた。

「誰か、命令受けた?後退するなって」

「ううん?」

 亜夜が首を横に振った。

「戦闘機動禁止なんて命令は?」

「……知らない」

 はるかも言った。

「ログ……調べたら?」

「ということは、私達は誰も後退するなとも、戦闘機動を禁止するとかいう命令も受けていない。命令違反はない!」

「―――っ!!」

 何事かわからない叫び声を上げた夏川が周囲を振り解き、亜紀に襲いかかった。

 ガッ!

 その足をすくったのが亜夜。

 勢いに負けてバランスを失った夏川は、何とか踏ん張って踏みとどまったと思った。

 だが、その時には遅すぎた。

「っ!?」

 悲鳴が上がらなかったのではない。

 悲鳴すら、上げられなかったのだ。

 いつの間にか背後に回り、腕をねじ上げる亜紀が夏川の首に突きつけているのは、グルカナイフ。

 そして、亜夜の持つ拳銃の銃口が側頭部に押しつけられている。

「……」

 助けを求めて周囲を見回したが、額に拳銃を突きつけているのははるかだし、ホルスターから銃を抜こうと四苦八苦しているのは美柚姫。

 大月はどうしているか知らないが、役に立つとは思えない。

「どうしようかな」

 耳元で、亜紀が囁くように言った。

「知ってる?一度抜いたグルカナイフってね?血を吸わせてからでなければ、鞘に戻しちゃいけないって掟があるんだけど」

「……上官殺しは死刑だぞ」

「被害者として証言台に立てると思ってるわけだぁ」

 クスクス。

 生理的レベルで恐怖を感じる笑いが夏川の神経を逆撫でする。

「それだけでも褒めてあげる」

「……離せ。私は大尉で、前線副指揮官だぞ」

「誰がそんなこと認めているのかなぁ」

 クイッ。

 喉に突きつけられた冷たい感触に力が加わった。

「そんな肩書きが、命を守ってくれるとでも?」

「……くっ」

「好き勝手言ってくれているけど、ここではっきり言っておく」

 亜紀はナイフを鞘にしまった。

 亜夜とはるかも、拳銃を夏川から離した。

「あんた、殺す価値もないし」

「……」

「覚えておいて?私みたいな変態フリークスにとっても正しい事は正しい事なんだよ?」

「……ふん」

 喉をさすりながら夏川は訊ねた。

「少尉の分際で、私にご意見するとはな」

「“白雷改”を誰が動かすのかな?私達がいなくなった後」

「……」

「責任問題になるのは、あんたの方だよ。部下に反乱寸前の行為までさせて、経歴に傷つかないはずないし。あの後藤って人も黙っていると思えない」

 亜紀の目は冷たい。

「あんただって―――所詮は狗なんだってこと、いい加減気付いたら?」

「……」

「これ以上、あんたの無能につきあうつもりは私にはないよ?今度、ふざけた命令下したら、相応の態度はとるからね。命令したければ、命をかけてよね」

「相応の態度?」

「弾は前からだけじゃなくて、後ろからも飛ぶのよ?それくらいのことも察することが出来ない?あんた、バカじゃないの?」


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