仲間割れ 第一話
●葉月湾 “鈴谷”
葉月湾内の一角に広大な更地が広がっている。
かつては海だったここを埋め立てて、工場を誘致しようというプランが葉月市で持ち上がってのは10年ほど前のことだ。
計画から完成まで8年近くかかって一応の工事は完成したものの、計画時より悪化した景気のあおりを受け、埋め立て地に進出する企業もなく、紆余曲折の末、計画を推進した市長が辞任することで一応、その責任問題は終息を見たわけだが、とにかく時折、市から委託を受けた業者が除草のために訪れるのが関の山という無駄に広いこの土地に、自重数万トンの物体が着陸したのは、ちょっとした騒ぎになった。
“鈴谷”が補給のために着陸したのだ。
船舶、艦艇、呼び名はどうであろうと、フネが動く以上、そこには大量の物資が積み込まれるのが相場だ。
公試を終え、実戦配備の準備が進む“鈴谷”もまた例外ではない。
なら普通のフネと同じく、海上から補給を受ければよいのではと思うだろうが、そうはいかない。
“鈴谷”は構造上、水に浮かばせる事が出来ないのだ。
このため、戦時を楯にこの埋め立て地に無理矢理着陸した後、“鈴谷”とその乗組員は、トラックに満載した物資を艦内へと運び込む作業に追われていた。
人一人乗せるだけでも、食料、身の回りの道具、ベッド、布団―――トイレットペーパーやティッシュといった細々としたものまで全てを積み込むのだ。一々例を挙げていたらきりがない。
それを数百人分の規模で行うのだ。
一つの街がまとめて引っ越すような騒ぎになったとしても当然のこと。
たった一種類でも積み忘れると大変なことになる。
積み忘れがあればあったで、後々後悔するのは乗組員達と、それを管理する司令部だ。
責任は司令部にあっても苦労するのは乗組員達となれば、皆が冗談抜きで物品チェックに大わらわだ。
「それにしても」
その作業を眺めながら、暗然とした気持ちになるのは美夜だ。
「港湾で補給が受けられないのがこれほどキツいとはな」
美夜が見上げるのは、“鈴谷”の上空に浮かぶ補給艦“間宮”。
FGFの影響を受けないように艦から大きくせり出された補給用クレーンから垂れ下がり、“鈴谷”と接続されている。
真水用の補給管だ。
航海には絶対に水が必要だ。
航海がなくても、乗組員の生活用水だけでも数百リットルの水が一日に必要となる。
十分な水をタンクに確保しておかないと乗組員は戦う前に餓死してしまう。
“鈴谷”の真水タンクが1万トン近いとしても文句を言われる筋合いはどこにもない。
この後、燃料補給艦“摩周”が待機している。
そらにそれが終われば、特殊補給艦“十和田”による広域火焔掃射装置用のリキッドの補充が待っている。
すべて、艦と作戦のためなのだが、普通ならこんな補給はすべて港湾に接続された補給管を接続すれば簡単に終わる補給であって、本国の陸上で補給艦を何隻も使って行われる種類の行為ではない。
補給一つでここまで大がかりになると、先が思いやられるのが艦長という立場だ。
「まぁ、艦を使えるだけありがたいというべきでしょうか」
高木も複雑な顔で答えるしかない。
艦橋から見下ろした甲板上では、乗組員達がバケツリレー形式で食料の入った箱を艦内に送り込んでいる。
「それとも、物資があることに感謝すべきでしょうか?」
「両方だろう」
美夜は答えた。
「喰わねば勝てないというが、食い物を確保するだけで一苦労だ」
「……ですな」
「それで?」
「はっ?」
「ウチの無駄飯喰らいの穀潰し共は今、何をしているんだ?」
「全員、便所掃除です」
「……適職だな」
●翌日
“鈴谷”の甲板で離着艦訓練を続けるのは、“白雷改”達だ。
その数はたった4騎。
独立駆逐中隊時代の半分もいない。
「寂しいものだな」
「はい」
それを艦長席が眺める美夜の横で、夏川が答えた。
前線副指揮官でありながら、艦橋で指揮を執ることに違和感を覚えていない夏川と、彼女に従っている前線指揮官の大月大尉の顔を一瞥した美夜はため息をついた。
「……演習は順調か?」
「想定6まで終了。本日2100までに想定9の終了を予定しています」
「……“幻龍改”では不満か?」
「いえ」
大月は答えた。
「騎体が貴重な今の時点では、満足に動かせる騎体が与えて頂けるだけでも―――」
「津島博士の」
それを遮るように、夏川は言った。
「悪意のある妨害行為がなければ、我々も同様の、あるいはそれ以上の騎を駆ることが出来たでしょう」
「津島中佐の悪意……か」
美夜は喉で笑った。
「シミュレーションでは散々な目にあわされたそうだな」
「人間が操縦不可能なプログラムに立ち会わされたのです。あれが悪意でなければ何なのですか」
「……世界は広いんだがなぁ」
「は?」
「井の中の蛙は海を知らぬというだろう?」
「私は、それほど狭量だと?」
「そう聞こえたか?」
ムッとした顔になった美夜が答えた。
「……人間、謙虚な態度は必要だとは思わないか?」
少なくとも、目上の人間の前で。
その言葉だけは飲み込んだ。
そんな美夜に、夏川は鼻で笑って見下したような顔で答えた。
「人間に必要なのは、全てを乗り越えていく力だけです」
「シミュレーションを乗り越えることが出来なかったようだが?」
「いえ?」
夏川は断言した。
「私はある意味で勝ちました」
「勝った……だと?」
「ええ」
その頷きには力が籠もっていた。
「私は悪意のある洗礼に耐えたのです。耐えきることで、私は津島博士の悪意に打ち勝つことが出来たのです」
「……退役して」
頭の横で指をクルクルさせた美夜は、肩をすくめた。
「そのテの本でも書いたら売れるんじゃないのか?そのポジティブ・シンキングは大したものだ」
「前向きでなければ、世の中渡っていけませんから」
「……だな」
「残念なのは、配属される新入りとの連携訓練が延期されたことです」
「狙撃隊は狙撃隊で津島中佐の元、独自に訓練を続けている」
「独自―――それが問題なのです」
何を言っているんだ。という態度で夏川は眉間に皺を寄せた。
「指揮権は私にあります。それを」
「おい」
ぎょっとした顔の美夜が言葉を遮った。
「指揮権はあくまで後藤中隊長であって」
「前線での指揮官は私です」
「大月大尉だろうが」
「副隊長である以上、私も指揮官として扱われて当然でしょう?そのことを言ってるんです」
「……っ」
「何がご不満が?」
「……」
はぁっ。
美夜はシートに深く腰を下ろすと制帽の唾を沈めた。
もう知るか。
態度がそう語っていた。
「―――指揮権の問題ならば、一般的に考えても私の意見が正しいと判断します」
「……」
美夜は無視を続けている。
「部隊全体としての指揮の統一が出来ない限り、我々に勝利はありません。一日も早く、狙撃隊を私の指揮下に加えて頂きたい」
「艦長」
夏川を無視するように高木が割り込んだ。
美夜は目だけ高木にむけた。
「総司令部から、通信です」
「―――メインスクリーンに回せ」
美夜は背筋を伸ばすと、制帽を正した。
少なくとも、目の前のバカ相手にするよりマシだ。
美夜の態度はそう語っていた。
アイバシュラ。
少なくとも、美夜はその名前に聞き覚えはなかった。
新たに確認された妖魔。
そう呼ばれてはじめて合点がいった。
「大陸で大繁殖していたことは知っていたが」
モニターの向こうで作戦参謀が苦虫を噛み潰したような顔で唸った。
「まさか、貴様から報告のあった“正体不明の塔”の存在が、その巣だったとはなぁ」
「……塔?」
美夜は少し考えた後、
「あの、福井で遭遇した?」
「そうだ」
画面が切り替わった。
「数日前、陸軍の偵察機が正体不明の妖魔に遭遇した。その際の写真映像がこれだ」
そこに映されていたのは、伊勢エビとサソリをハーフにさせたらきっとこんな感じがするだろう的な、空飛ぶバケモノだった。
「空を飛ぶだけでは飽き足らず、ご丁寧なことにML砲まで用意していやがる」
「たった一匹が」
「冗談じゃない!」
「?……まさか」
「蜂の巣を突いたというが、まさにあの現象だ。
観測した奴らがウソを言っていないことは、撮影された写真から明らかだ。
この爆撃機、たった1機に数十匹が襲いかかってきた。
爆撃機がエンジン全部ぶっ壊したとはいえ、逃げ帰ってこれたのが奇跡というか、冗談みたいなものさ」
「本当に、よく……」
「ロートルとはいえ、頑丈さが売りの爆撃機でなかったらアウトだったろう」
「……次の偵察はメサイアが引き受けるべきですね」
「そうだな。我々も半殺しにした妖魔を捕獲して―――まぁ、それ以上は言う必要もないことだが」
「動物愛護団体が文句を言いそうな話ですね」
「あれが愛玩動物や希少動物と認められるならな」
「さすがに無理があるでしょう……」
美夜は訊ねた。
「詳しいところの情報ソースは?」
「……魔導兵団だ」
「信頼性は高そうですね」
「情報は転送する」
「我々に、何をしろと?」
「せっかくの最新鋭艦で、しかも補給も終わったばかり」
作戦参謀はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「活躍したくて、武者震いしていた頃だろう?」
「何匹ですって?」
美夜から話を聞いた大月は目を見開いた。
「メサイアとほぼ同サイズの中型妖魔が、群でって」
「話は聞いていただろうが」
美夜はそっけなかった。
というか、二人の顔を見ようともしなかった。
「アイバシュラの巣を潰してこい。そういう作戦だ。フリーハンドは与えてやる。好きにやれ」
「ご、後藤中隊長の意見は!?」
「さあな。補充の手配の他にも、いろいろあるんだろう。不在の際は、お前等の管理は私の権限になっている。煮て喰おうが焼いて喰おうが、お前等に文句を言う権限はない」
「たった4騎ですよ!?」
大月はくってかかった。
「たった4騎で、妖魔の群相手に何をしろと!?」
「6騎だろうが」
美夜は大月を睨み付けた。
「朱に交わればというが、染まる相手が悪すぎるぞ」
「い、いや、しかしっ!」
「やれと言われればやれ。それが軍隊だろうが」
「……ご協力、いただければ」
「送り届ける所まではやってやろう」
「どんな妖魔で、弱点が何で、何が有効なのか、何もわかってないに等しいんでしょう?」
「だから、それがどうした?いつだって、魔族や妖魔はそういう存在だ」
「そんな無責任な!」
「それ以上の発言は処罰の対象とするぞ?」
「―――っ!」
「夏川、貴様は普段なら指揮官だ何だと言っていたが、どうした?」
「……大隊規模の増援を要請します」
「そんな戦力、どこにあると思っている」
「……作戦は」
「遂行しろ。さもなければ」
「……」
「……それ以上を言わせるな、政治将校」




