アイネの性癖
●太平洋上空 “鈴谷”艦橋
「第88任務部隊、後藤中佐以下着任」
後藤の敬礼をきっかけとして、居並ぶ面々が敬礼する。
「ご苦労」
艦長席から立ち上がった美夜が答礼した。
「また、お世話になりますよ。艦長」
「―――不本意だがな」
ため息一つ、美夜は後藤の後ろに居並ぶ面々を一瞥した。
「前のを最初に受け入れた時より、圧倒的に不安が増しているが」
「そりゃ、どうも」
「使い物にならなければ出て行ってもらうぞ?そう簡単に艦を沈めてもらっては困る」
「……ですな」
「自信はあるのか?」
「……まぁ」後藤はニヤリと笑った。
「クセのある連中ですけど、古参も後で合流することですし」
「……」
美夜は、無言で肩をすくめた。
●釜石湾上空 ドイツ皇帝親衛軍 飛行艦“ヴィッテルスバッハ”ハンガーデッキ
「……あっ」
ヴィッテルスバッハのハンガーデッキはメサイアを固定するハンガーベッドがコの字型に配置されている。
その一番奥に収容されているのがナハトガル。
レルヒェは、その前で立ち止まった。
見上げたナハトガルのコクピットハッチは開いている。
しかし、MCRのハッチが閉まっている。
無人の場合、ハッチは必ず開放される規定になっている。
それが閉じているということは、つまりは中に人がいる証拠だ。
ドイツ皇帝座乗騎であるナハトガルのMCRに入れるのは、世界でたった一人だ。
「へえ?」
無重力空間を流れてきて、レルヒェに捕まることで止まったのは、後ろを付いてきたエマだ。
「これかぁ―――綺麗な騎体」
ナハトガルを見上げるその目には、羨望の色がまざまざと浮かんでいる。
「線が細くて、まるで工芸品みたいっていうか。でも、装甲は薄そう。テンペストよりは軽いっていうか、耐久力は低そうね」
「そんなことはない」
二人よりやや後ろに立った殿下が頷いた。
「装甲に付与した防御系魔法は最新バージョンだ。
テンペストに施してある欧州系のDMEU規格と比較して単純計算で倍の耐久力があるし、装甲素材そのものも新開発の魔法金属を使った。僕の自信作だ」
「へぇ?」
エマがポケットからカメラを取り出そうとして、ストラップに裾をひっかけてしまった。
「わ、わわっ!?」
エマがカメラをお手玉するように捕まえようと足掻くが、カメラはその動きに反するように宙をピンボールの玉のように動き回る。
「ち、ちょっ!?」
「―――無重力空間には慣れていないのか?」
レルヒェは横から手を伸ばして、カメラを捕まえた。
「当然でしょ?こっちは宮殿暮らしが長いんだから。っていうか、境遇は同じなのに、何で二人とも、泳ぐみたいにスイスイと進めるのよ」
カメラを受け取ったエマがバツが悪そうに頷いた。
「慣れだ慣れ」
「じゃ、私が上手く進めないのは当然よね」
「……なら、しばらく」
レルヒェはエマの体をしげしげと眺めながら言った。
「艦内ではスカートをはくなよ?」
「なんで?」
「ひっくり返ったまま、パンツ丸見えで皆の前を流れていくことになるかも」
「……やめておくことにする。というか」
「というか?」
「戦闘服の方が圧倒的に多いと思うわ?部下の手前、ドレスなんて着ている余裕もないでしょうし。レルヒェちゃんだってそうでしょう?」
幼い体に騎士用の戦闘服を纏ったレルヒェに、エマは楽しげに微笑んだ。
「今、軍服や私服を着ていないのは、そういうアピールもあるんじゃなくて?皇帝として」
「部下は長旅に慣れない戦地で苦労しているんだ。皇帝たる者が享楽にふけっていて、誰が付いて来ようか」
「そうよ?」
エマは頷いた。
「だから、私も当分はこの格好。ほしい服はたくさんあるから、祖国に生きて帰ったら、ジェームズに買ってもらうことにするわ」
「ジェームズ王子も気の毒に……」
「何よ。あんなボンクラに代わってこんな所に来ている私は気の毒じゃないの?」
「私だっているさ」
「……むぅ。それでも、こんないいメサイアがあるんだからいいじゃない。部下だって恵まれているし。何よ、フォイルナー少佐にクラッチマー中尉も……えっと、何だっけ?何だっけ?二人専用の」
「ヴィーグリーズのことか?そこに並んでいるぞ?」
「えっ?うそっ!?」
エマはびっくりした顔で周囲を見回した。
「よ、よく見たら、このデッキにあるのって、ノイシアじゃない!な、なにこれっ!?」
「ナハトガルの両脇に立っているのがヴィークリーズ。その他がデュミナスだ」
「ヴィークリーズに……デュミナス?」
「すべて精霊体搭載型。悪いが、いや、もうここまで来ると悪いのは僕じゃないけど、とにかく、エンジンやフレームのレベルで既にテンペストでは勝負にならないというか、一緒に作戦行動をとること自体が無理に近い騎体達だ」
「な、なんでよ?」
「性能差が大きすぎて、テンペストではデュミナスをフォロー出来ない。対等の数で―――10対10でコンビを組んで魔族軍のメース20騎と交戦したら、生き残っているのはデュミナスだけだろうな」
「そんな無茶苦茶な!」
「中華帝国軍の飛鼠相手に英国軍のテンペストが惨敗したことは知っているだろう?」
「そ、それ!」
エマは目を見張った。
「どこで聞いたのよ!あの一件は情報管制が敷かれているってのに!」
「そんなもの、各国の諜報機関には筒抜けだ」
「まぁ、怒るな」
レルヒェがそっけない顔で答えた。
「あの飛鼠に負けたところで、むしろ当然だ。あのフォイルナー少佐達率いるグリュックシュヴァインですら冗談抜きで大損害を被ったのだからな」
「……救いになってない気がするけど。それなら、私達にどうしろと?殿下、何かいい策があるの?」
「はっきり言って無いに等しい」
「なっ!?」
「射撃系としてエルプスシステムを採用したビームライフルシステム、それから、白兵戦用に同じくエルプスシステムを使った槍と戦斧のより強力なものを供与するのが精一杯だな……」
「むぅ……それって」
エマが疑わしそうに頬を膨らませた。
「使えるの?」
「メースに対抗できる武装を与えるんだ。当たればメースでも倒せる。使える武器であることは、すでに証明済みだよ。ただ、命中させることが出来るか否かは、騎士の腕だ」
「……ウチの連中に出来るのかしら」
「王立騎士団はアフリカ戦線で武名を誇った精鋭だろう?」
「腕の立つのはすでに戦線に送り込んでいるわ。私のお守りにつく連中に大したのはいない。どうせ、私がどんなに頑張っても、司令部ではまともに戦うことなんて想定されていないもん」
「……おいおい」
「だって!」
「だってもへったくれもあるか。どうせテンペストで十分メース戦で相手になると、そう判断していたんだろう?」
「と、当然でしょ?ヨーロッパでメースってのがそんなに厄介だなんて、知ってる方が少ないんだから」
「まぁなぁ」
殿下はため息をついた。
「アフリカや南米で妖魔は撃破出来たから、今度の戦いも、“多少の損害”は出してもいずれは勝てるというのが、ヨーロッパ諸国の大勢の見方だ。メースもメサイアとほとんど同じか、それ以下っていう理屈は確かにまかり通っているというし」
「ああ」
レルヒェは真顔で頷いた。
「アイバシュラ達の存在は、ほとんどヨーロッパでは報道されていない。
ドイツを始め、ヨーロッパ諸国は国民に楽観論を求めているからな。
自分達が相手にしているのは、勝てる相手だと思わせなければ、アフリカで支払った損害にトラウマを持っている国民がどんな反応を示すか、考えたくもない。
どうあっても、国民は楽観論者でいてもらわねばならん。
そうでなければ、ヨーロッパからわざわざ極東まで軍を派遣して犠牲を支払うことに誰が同意しようものか」
「真実をヨーロッパの一般の人達が知ったら」
ゴクリ。
それを想像したエマは唾を飲み込んだ。
「……大パニックよ?」
「そうだ。誰も極東で戦う事なんて求めなくなる。すぐに軍を引き揚げて、ヨーロッパに防衛線を張るべきだと―――そうなる」
「それじゃ、どうしようもないんだけどね。災いの鍋に蓋をしなくちゃ、いつまでたっても何も変わらない」
「それがわかるから、ここに来たんだろう?エマ」
「……チェスの相手はね?ちょっと手強いくらいが丁度良いのよ」
「ふん……英国にメサイアを供与出来る力がマラネリにないのが残念だ」
「武器の供与を約束してくれただけでも感謝するわ。ありがとう、殿下」
「何。運用でカバーしてくれ―――さて、閉じこもりのお姫様を起こしに行くか」
ナハトガルのMCRは、左側頭部にある装甲ハッチから出入りする設計になっている。
別にナハトガルの限ったことではなく、メサイア全体に言えることだが、頭部に重大な損傷を受けた場合に備え、そのハッチは爆破開放も出来るし、或いは頭部を解体して開くことも出来るようになっている。
また、騎体の損傷がなくても、MCが人事不省に陥った場合など、人為的な理由でハッチの開閉が出来ないこともあり得るので、MCRの装甲ハッチは外部から強制開放する仕組みがきちんと設計段階で組み込まれている。
当然、その中にはナハトガルも含まれている。
ナハトガルの場合、後頭部よりの首の付け根付近の装甲に隠れてハッチ開放用のパネルが設置されており、殿下はそのパネルを操作して、最後のボタンを押す前にハッチ前にいるレルヒェ達に言った。
「開くぞ!?」
「了解っ!」
「わかったわ!」
二人がハッチの開放に巻き込まれないようにナハトガルの左肩の装甲の上へと移動する。
無重力空間の移動に慣れないエマは、まるで這うような情けない姿だが、怪我をしたくなければ、そんな格好もやむを得ない。
ピーッ!
甲高い電子音が辺りに響く。
「MCRハッチ強制開放モード作動、ハッチ周辺各員、注意!
MCRハッチ強制開放モード作動、ハッチ周辺各員、注意!
MCRハッチ強制開放モード作動、ハッチ周辺各員、注意!」
電子合成された声が警告を三回唱えると、
バシュッ!
空気が抜けたような音がして、分厚いハッチが上下に開いた。
「アイネっ!」
その隙間めがけてレルヒェがMCRの中へと飛び込んでいき、肩装甲にしがみつきながらエマがその後を追う。
「アイネっ!?」
セーブモードで作動する室内の機器類が薄ぼんやりとした光を灯す中に、やや寝かせ気味にリクライニングされたシートに座った小柄な人影があった。
アイネだ。
ハッチが大きく開くにつれ、ハンガーを照らす照明の光が室内に入り込んでくると、人影ははっきりとしたアイネの姿となった。
なぜか、アイネはびっくりした顔をしてレルヒェを見ている。
というか、何かを読んでいる姿勢のまま、凍り付いていた。
「へ……へいか?」
発音に感情が込められておらず、ほぼ棒読みだ。
「……あっ」
とっさに、何を言うべきか迷ったレルヒェが息を止めた。
「……あの」
次に吐き出された呼吸と共に、そんな言葉にならないモノは出てくるが、肝心の謝罪が出てこない。
もどかしい気持ちがレルヒェの心を駆け回る。
しかし―――
バッ!
アイネは慌てて手にして、そして読んでいた何かを背中に隠した。
「な……なっ!?」
顔は真っ赤になったり真っ青になったり、まるで故障した信号のように変化が忙しい。
「な、何ですかっ!?」
その声は怒っていない。
むしろ、泣きそうな程慌てている。
「な、なんでここに殿下が!?っていうか、どうしたんですか!?」
「い、いや」
その剣幕に押されたレルヒェがどもりながら答えた。
「さ、昨晩の件、あ、謝ろうと……そう思って……」
「い、いいんですっ!」
「よ、よくはないだろう!?お前は―――」
MCRの中に入ろうと、レルヒェが一歩を踏み出すのと、まるでエモノに襲いかかる猫の様な敏捷さで、アイネが室内から飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。
「い、いえっ!」
アイネはMCRに入ろうとするレルヒェを押しとどめるかのように、その両肩を押さえつけた。
「臣下として、あのような穢らわしい本を殿下に触れさせたのは、家庭教師を任じられた私の落ち度です!陛下がご心配されることなんてございませんっ!ええっ!これっぽっちも!」
あまりの気迫に、一瞬、完全に押されたレルヒェだったが、
「お、おい?アイネ!?」
アイネの変化に気付かないワケにはいかなかった。
むしろ仰天した顔で怒鳴った。
「お前、その鼻はどうした!?」
レルヒェが驚くのも無理はない。
アイネの両方の鼻には、小さく丸められたティッシュペーパーが押し込まれているのだ。
しかも、少し赤い。
「け、怪我をしたのか!?」
「ち、違いますっ!」
ハッとなったアイネが鼻を両手で覆い、レルヒェの前で顔を背ける。
「違うも何も!」
レルヒェは真っ青になってアイネに縋り付く。
「お前に何かあったら、私はどうしたらいい!?で、殿下っ!」
「見せろ。“見通者”の僕ならすぐに」
「け、結構ですっ!」
「結構も結婚もあるか!出血してるんだろう!?」
「ち、ちょっと―――のぼせた、そうっ!のぼせただけですっ!」
「それはそれで大変だ!殿下、アイネを安静に」
「お願いですから、私を一人にさせて下さいませっ!」
「アイネっ!」
「お慈悲を!」
「何がおジヒだ!お前、ワケのわからんこと言うな!殿下、どうにかしてくれ!アイネが壊れた!」
ジタバタ暴れ出したアイネを二人がかりで止めようとするレルヒェと殿下。そしてアイネがハッチの前で三つどもえになって宙に浮いている。
「―――彼はすばらしいテクニシャンだった。僕は襲い来る快感の波に身を震わせもだえ」
そんな三人組を無視するかのようにMCRから顔を出したエマが、本を手に朗読を始めた。レルヒェは、その本のカバーに見覚えがあった。
「彼は、その逞しい尻を僕の前に突き出した」
エマが朗読しているのは、間違いなく、騒ぎの原因となった本だ。
「だ、ダメぇっ!」
アイネが身も蓋もないかのような声を上げるが、エマは朗読をやめようとしない。
「いいぞ。よくしまって吸い付いてきやがる。そうだ、俺のをしっかりと味わってくれ……ああ。お、俺はもう……」
「やぁぁぁぁっ!」
「愛してるぞ忍。おれもだ……光流……中に、出すぞ。ああ。俺の中でいってくれ」
「やめてぇぇぇっ!」
「ちょっと、アイネ?」
絶叫するアイネに、エマはあきれ顔で言った。
「この手の本をアンタの歳で手にすること自体が問題だってのに、何よ。MCRの戦略統合システムをインターネットに繋いでこの手の本発注するのって、あんた何考えてるのよ」
「み、見たんですか!?」
「メインモニターにばっちり映ってるんだもん。見るなって方が無理でしょう?」
「―――おい、アイネ」
うわぁぁぁぁんっ!
ついに泣き出したアイネ。
まだ幼いとはいえ、レルヒェもさすがにエマの朗読の意味はわかったらしい。
心底呆れかえった。という顔で言った。
「お前―――私が心配している間に、何してたんだ」
●太平洋上空
曇りがちの空の元では、高速で移動する、わずか1メートル足らずのターゲットを見つけること自体が困難きわまりない作業なのが普通だ。
360度、自分の周囲全ての世界に神経を使い、わずかな変化をも見逃さない集中力と、一瞬の異常に気付く鋭い勘の双方が備わっている者なんてそうザラにはいない。
さらに言えば、電波式のレーダーが満足に使えない、或いは、使えてさえその発見が困難なターゲットを一々追い回すのは、余程のヒマ人でなければ、物好きでしかない。
そう思うのは、何も夏川だけではない。
もし、自分が戦闘機パイロットで、これが実戦だったら、自分は躊躇わずにターゲットをロストしたと断定して母艦に帰投しているだろう。
夏川はそう思った。
しかし、残念ながら操っているのは単なる戦闘機ではない。世界最高水準の感覚器を備えた悪夢の巨人だ。
自分が見つけなくても、この巨人の感覚器と、それを操作するMC達から逃れることは出来ない。
まったく。
夏川はターゲットの動きに合わせ、騎体を上昇に入れた。
慣性制御システムがほとんどのGを殺してくれるおかげで、Gは感じない。
それがむしろ、移動する世界で自分だけが取り残されているような不思議な錯覚を夏川に与えてくれる。
厄介な仕事だ。
夏川は、小さな雲に隠れていたターゲットをついにモニター上に捉えた。
ピピピッ!
“幻龍改”のFCSがターゲットを固定、ビームライフルの筒先に光が集まり、その光はすぐに圧倒的な破壊となって放たれた。
●“鈴谷”ブリーフィングルーム
「――みんな、それなりに射撃能力はあるみたいね」
帰艦した夏川に冷たくそう言い放ったのは紅葉だ。
本来、固定されているはずの椅子も、壁に取り付けられているのはずのホワイトボードもこの部屋にはない。
無機質な合成樹脂の壁には壁紙も貼られておらず、配線をカバーするモールが申し訳程度に壁を張っているのがわかる。
床にガムテープで固定されたパイプ椅子に座る夏川達は、ガムテープを剥がして椅子をひっくり返さないように大人しく座っているしかない。
同じようにガムテープでベタベタと壁と床に固定されたホワイトボードを前に立つ紅葉は手にしたバインダーに挟んだ書類を捲った。
「まぁ、私から言わせれば、FCSとMCの補正能力のおかげってのが、ほとんどだけど」
「そうなの?」
椅子の上で足をプラプラさせていた亜夜が訊ねた。
「上手く当たったと思ったんだけど」
「当てさせてくれたのよ。MCに感謝しておきなさい?」
「えーっ?私達の腕じゃないの?」
亜紀が不満げに言った。
「私、夜店の射的は上手いんだよ?」
「そうそう」
亜夜が姉をフォローするように頷くが、
「メサイアのビームライフルと夜店の射的を一緒にするな!」
紅葉を怒らせただけだった。
「あんな5発で100円の屁みたいなコルク弾と、一発何百万のエネルギーの塊を一緒にすんな!このキチガイ共っ!」
「むぅ……ヒドぉ」
「なんだよぉ……ナマイキ」
「私の方が上官だっての!とにかく、これであんた達が狙撃部隊としては使い物にならないことだけははっきりした!本来なら、“白雷改”を与えるのに値する射撃能力を持っているのは、この中に一人もいない!」
「そ、そんな!」
隊長である大月が驚きと焦りを隠せない顔で抗議した。
「み、みんな、懸命になって―――」
「懸命だろうが何だろうが、数値は全てを物語っている」
紅葉はパンッと書類を綴じたバインダーを叩いた。
「あんただって、この数値は、“幻龍改”を駆る上では下から数えた方が早い成績よ!?訓練、ちゃんとやってたの!?」
「―――っ!」
「前任の前線隊長は、襲ってくるミサイル10発を、FCSなしでたたき落としたバケモノよ!?文句言うなら、同じ程度のことはやってから言って!」
「そんな無茶な!」
「この中隊に配属されて、“白雷改”を任せる以上、そんなことは普通にやってのけて当然!」
「私の子だってぇ……」
クスクスと亜紀が含み笑いをする。
「やだぁ。この子、誰と子作りしたんだろ」
「どんな体位で孕んだんだろうね?正常位かなぁ」
「バックかなぁ」
「松葉崩しだったりしてぇ」
「やだぁ」
クスクス
「私は子供なんて産んだことはないわよっ!ついでに私が妊娠したとしても、体位がどう関係あるのよ!」
「うーん」
亜夜は少し考えてから答えた。
「大月大尉がパパなんだ」
「はぁ?」
「だって、たいいが関係してるんでしょ?」
「関係ないって言ったの!」
「わかってるわよ―――すぐマジになるから面白いね。あんた」
「後で“遊ぼう”ね?」
「そうそう♪私達のテクの前じゃ、どんなカタブツでも、どんな不感症でもイチコロよ?」
「私達、自信あるんだぁ♪」
「寄るなっ!寄ったら殺すっ!」
「脅えちゃってかわいいねぇ。この子」
「うん。お姉ちゃん」
「大月大尉っ!」
襲う気満々の佐野姉妹を前に脅えきった紅葉は怒鳴った。
「この二人を私の38万キロ以内に近づけるな!近づけたら、貴様、銃殺だ!」
「あ、あのぉ……」
「何っ!?」
「38万キロって、確か、月と地球の距離だったかと」
「だからどうした!?上官命令が聞けないのか!?」
「48手だったら、知ってるよ?」
「うん♪」
「わ、私はまだ子供だっ!」
「私達もだけどね」
「―――っ!と、とにかくっ!着座したままでいろっ!そうしたら、少なくとも話は続けられるっ!」
「座位がいいのね?覚えておこうね?亜夜ちゃん」
「うん。お姉ちゃん」
「と、とにかく、完全無視……完全無視。この変態は、私の目の前にはいない。私の目の前にはいない……」
「―――津島中佐」
夏川がじれた様子で手を挙げ、発言を求めた。
「お話の続きを」
「な、何よ」
胸元を押さえ、鼓動を沈めながら紅葉が抗議した。
「あんた達の部下への教育がなってないから、私がこんな目に」
「続きを」
「……ビームライフルは基本的に全部隊へ配備されているから、今更においてレクチャーすることはないけど、FCSの性能は“白雷改”において格段に上がってる。それを使って、この程度ってのは情けないと思って。悔しいと思えばさらによし。私が求めるのは、使用者として相応しいだけの実績を数値と戦果で示してほしい。そういう事よ」
「しかし」
「何?」
「このビームライフルには、根本的な欠陥があります」
「はっ?」
夏川の突然の発言に、紅葉は眉間に皺を寄せた。
「ビームライフルに欠陥?」
「はい」
「……今までの運用上、騎士がビームライフルの欠陥について指摘してきたのは初めてだわ。そこまで自信満々に言うなら聞くわ。何?」
「光線がまっすぐ走ります」
「……は?」
「ですから、光線がまっすぐに走るのです」
「……」
「あれでは、遠距離からの射撃では弾道を先読みされかねません。やはり、テレビドラマなどであるように、光線はジグザクに走るべきではないかと」
「……」
「―――何か」
「……」
「……」
夏川は、自分に注がれている視線が、決して紅葉のそれだけでないことに気付いた。
居合わせたほぼ全員の視線が、自分に語りかけていることは一つだと、夏川は悟った。
「な、何よ」
あまりの居心地の悪さから、夏川は周囲に抗議した。
「何よ、その私の年を疑ってるような冷たい視線は!」




