仲直りしたい
●翌日 マラネリ王国軍所属 飛行艦エトランジュ 飛行デッキ
くわぁぁぁっ。
レルヒェの口から大きなあくびが出た。
「不作法だぞ」
横に立つ殿下が窘める。
「仕方ないだろう?寝不足なんだ」
「ゲームのやり過ぎか?」
「ケンカした」
「ケンカ?」
ぶすっ。とした顔のレルヒェが頷いた。
目のあたりが腫れぼったい。
「誰と」
「アイネ以外にいるか」
「珍しい」
「アイネが、私の買いに行かせた本をいかがわしい本呼ばわりするから悪いんだ!」
「……で、中身は?」
「知るか」
「知るかって……中身も読まずにいかがわしいか、そうじゃないかなんて、わかるわけないだろう?」
「そう思うだろう!?」
レルヒェは興奮した口調で言った。
「そうだよな!?私もそう思う!でも、アイネは頑としてみせないんだ!」
「ふぅん?あのアイネがねぇ……」
殿下は少し考えたが、
「本当にいかがわしかったんじゃないのか?」
「そ、そんなこと―――私が買いに行かせたんだぞ?」
「どこへ」
「秋葉原だ。私のゲームと一緒に買ってこいと命じた」
「買いに行かせたのは日本通か?」
「さぁ?ただ、私用とはいえ、皇帝の依頼に対して、大使館が使うとしたら、それなりだろう」
「……レシートか何かないのか?」
「……あっ」
レルヒェは何故か、ポケットに手を突っ込んだ。
「ゲームの取説に挟んでおいた」
「なんで」
「後で大使館から宮殿に請求が来るんだ。お小遣い帳にはレシートがないとアイネから不正経理だと指摘されて、次のお小遣いから同額が引かれてしまう」
「いい部下を持っているなぁ」
「皇帝に本の一冊も見せない奴のどこがだ―――ああ、これだ。Bookと書いてあるから間違いない」
「どれどれ?……おい」
「ん?」
「アイネに謝っておけ」
何故か殿下はレシートを握りつぶした。
「何でだ!」
「これは見せられない」
「なんでだ」
「いや……だってお前」
「ん?」
「……これ」
「はっきりしろっ!国際問題にされたいのか!?」
「……耳を貸せ」
殿下は、皇帝と国王が何事か言い合いになっていることに驚く周囲を見回し、レルヒェの小さな耳元で囁くように、何かを言った。
「……何だと?18禁?
男と男が愛し合う?
そんなコトできるわけないだろう。
第一、男がどうやって男相手に生殖行為を?
……女の妄想?
……美少年を女性に見立てて……ああ、そう言ってくれればわかる。
成る程?
生殖行為が記述に含まれているから、アイネはそれを私の年齢から閲覧に不適切だと判断したんだな?
そうか、アイネもアイネだ。
素直にそう教えてくれればよいものを」
「……君が、そっち側の面では年頃で助かったよ」
「何だ!人を子供扱いして!」
「とにかく……あれ?」
「どうした?キョロキョロして」
「肝心のアイネは?」
「朝から口を利いていない。多分、ナハトガルの中だろう」
「泣いていなければいいけどな……」
「誰が」
「とにかく、悪いのは君だ。アイネに謝れ」
「イヤだ」
「……不器用」
「何だと?」
「不器用だ―――そう言ったんだ」
「私は皇帝だぞ!?」
「アイネとは皇帝とMCじゃなくて、頼れる姉のように接したいと、いつか言っていたじゃないか」
「うっ」
「よくある姉妹喧嘩。あるいは友達同士の喧嘩かな?」
「ど、どっちにしても」
「謝らないんじゃなくて、謝り方がわからないの間違いだろう」
「……」
「……」
「……ど」
レルヒェは赤面して、そっぽを向いたまま訊ねた。
「どうしたら、いいと思う?」
「素直に、やり過ぎました。ごめんなさいと、そう言うことだ。怖かったら、眼をつむって言えばいい。言えばそれで終わる。アイネは、レルヒェの気持ちがわからないほど無能でも子供でもない」
「ど、どうせ私が子供だと言いたいんだろう?」
「謝ることもしなかったら、幼稚というより愚か者というべきだろうがな」
「そこまで堕とすな」
「言われたなければ―――というか、この程度で勇気が奮えないとなれば、皇帝を名乗る資格もないし、何より」
「な、何より?」
「アイネを傷つけたままになる。それでいいのか?レルヒェ」
「……あ」
「あ?」
「謝る……ちゃんと、謝る」
「約束だぞ?」
「……」
無言でレルヒェはコクリと頷いた。
「よし」
勝ち誇ったような顔で頷いた殿下の前で、ハッチが開かれ始めた。
気流が乱れ、ごうごうとした風の流れがデッキに乱入してくる。
「殿下!」
武官が風の音に負けないように大声で耳打ちした。
「TAC、着艦します!」
「わかった!」
頷き、怒鳴り返す。
開放されたハッチに現れたのは、一隻のTAC。
HAS.6“スーパーリンクス”と呼ばれる英仏軍が採用しているタイプだ。
灰色に塗装された機体には、英国の識別マークが描かれている。
「捧げ―――剣っ!」
通信装置、そしてスピーカー一杯の号令と同時に、デッキに居並ぶシュツルム・ディアス達が一斉に戦斧を掲げた。
一瞬の無駄もないその統率された動きは見事としか言い様がない。
シュツルム・ディアス達の歓迎を受けた“スーパーリンクス”は、その操縦者の意地を示すかのように、静かに、そして正確に着艦した。
“どうだ!”と言わんばかりに操縦者の口元が笑ったのを殿下は見た。
「……褒めてやろう。給料分の仕事はしているとな」
殿下がそう呟いた。
「お、おい!」
その殿下の脇を小突いたのは、驚いた顔のレルヒェだ。
無理もない。
“スーパーリンクス”のドアが開かれ、キャビンから飛び降りたのは、殿下達が予想していた背の高い年上の男ではなかった。
「よっと!」
甲板に降りた途端、両手を羽のように広げ、「10点満点!」と言ってのけたのは、レルヒェ達とほとんど年の変わらない女の子だった。
二人よりやや年上、それでも12か13という所だろう。
くりっ。とした優しい目と、茶色のウェーブのかかった長い髪を持つその子は、満足そうに頷き、戦闘服姿で殿下達相手に優雅に膝を折って見せた。
「え、エマ王女っ!?」
「―――お久しぶりです。殿下、それに陛下」
「ち、ちょっと!」
ハッチが閉じられ、風の流入音が止んだ。
驚く殿下とレルヒェの声がデッキによく響く。
「ジェームズなら」
エマ王女。
そう呼ばれた少女は髪を手で梳くと、意味ありげに微笑んだ。
「“戦争が怖い怖い”言ってベッドで震えていたから、シーツごとリネン室に放り込んできた」
「……」
「……」
唖然とする殿下とレルヒェが互いの顔を見合う前で、エマは続けた。
「レルヒェちゃんがメサイアをぶった切ったのは、英国でも話題になったわ。すごいわね。レルヒェちゃん」
「あ、ありがとう……」
レルヒェは突然の賞賛に戸惑い、赤面しつつも頷いてみせた。
「ジェームズったら、陛下から“お前も騎士で、しかも王室の一員なんだから、当然出来るな?”とか聞かれてガタガタ震えだして……」
「あの“モヤシ”らしい……」
「でしょ?お漏らしてたんじゃないかしら?」
ウププッ。
エマは悪戯っぽく笑った。
「女の子の前では、騎士だとかメサイアがどうのって、いつもカッコいいこと言ってるクセに、ホント、男ってダメね……あ、殿下、ごめんなさいね?殿下は例外」
「……喋ると」
はあっ。
殿下はあきれ顔で言った。
「君が一体、誰の娘かよくわかる」
「ふふっ。女官長にはよく怒られるわ。ジェームズも口に機関銃が仕掛けられているって、それで私のこと、“マシンガン”って呼ぶの」
「……さもありなん」
「それにしても」
エマはシュツルム・ディアス達を見回すと、不意に、きっ。とした顔になり、腰に手を回した。
そしてきょとん。とするレルヒェの顔をのぞき込むようにして言った。
「レルヒェ!?あんた、アイネとケンカしたんですって!?」
「な、なんで知ってる!」
「やっぱり!私の情報網を舐めないの!」
「アイネが告げ口したのか!?」
「まさか」
エマは肩をすくめた。
「あの子がそんなマネするはずないでしょう?グラナトよ」
「レルヒェ?誰だ?」
「グラナトはアイネの年の離れたお姉さんだ。英国に留学中の……そうか。アイネが」
「そうよ。グラナトがびっくりしていたわ。アイネが泣いたの見たの久しぶりだって」
「……っ」
「随分、ヒドいケンカしたみたいじゃない。アイネはアイネで悪いことしたと思ってるみたいだけど」
「大丈夫だ」
詰問気味になってきたエマを遮るように殿下が言った。
「レルヒェは、自分から謝ると、そう約束した」
「―――本当?レルヒェ」
「……」
レルヒェは無言で頷いた。
「―――そう」
その顔をじっと見つめたあと、エマは満足そうに答えた。
「なら、私も立ち会わせてもらうわよ?その場に」
「そ、そんな!」
「言わないの?」
「……は、恥ずかしい」
「ふふっ。レルヒェったら可愛いっ♪」
「こ、こらっ!抱きつくなっ!」
「だってぇ。やっぱり、女の子って可愛い♪」
「お前、危険過ぎるっ!」
「あらぁ?年頃の女の子はいつだって、どんな爆発物より危険な存在なのよ?そうでしょう?」
「艦内に置けないような発言するな……で?」
「で、って?」
「何しにきたんだ?」
「そりゃ当然」
エマは胸を張った。
年頃からすればかなり発達している胸をこれ見よがしに反らされ、レルヒェは少し悔しそうな顔になった。
「王族の義務を果たしに」
「それ、王子の仕事だろう?」
「あんなのが果たせる王子の義務なんて、種馬の代わりだけよ」
「で、王室随一のおてんば……じゃなくて、アクティブな君が来たと?」
「もうじれったくって仕方なかったんだもの。ガールフレンドには“戦場であげた武勲は君に捧げる”とかたらし込んでたクセに、戻ってきた途端にベッドに潜り込んで、“いやだ!死にたくない!”じゃぁ、妹の気持ちわかるでしょう?」
「……まぁ」
「陛下が激怒して、ロンドン塔に幽閉するって言い出しているもんだからね?私が代わりに来てあげたのよ」
「でも、君は」
「メサイアの操縦のシミュレーションは受けているわ。結構、自信あるのよ?」
「そうか?」
「……まぁ」
エマは少し、寂しそうに笑った。
「私が死んでも、ジェームズが死ぬわけじゃないし、それに妹達もいるし」
「そういうのは」
レルヒェが咎めるような口調で言った。
「好かん言い方だぞ?」
「ごめんなさい」
「……で?」
殿下が訊ねた。
「で。って?」
「騎体は?」
「テンペストを持ってきたけど」
「あんなので?」
「し、仕方ないでしょう?」
エマはぷうっ。と頬を膨らませた。
「ウチの国、お金ないんだから!」
「……わかった」
渋々。という顔で殿下は頷いた。
「細かいことはその都度、考えよう」
「お、おいっ!」
「仕方ないだろう?レルヒェ。対機甲部隊戦闘用メサイアを対メース戦に投入するなんて、騎兵戦闘車で戦車を相手にするようなものだ。結論は先に出ている」
「な、何よ!英国製をバカにするつもり!?」
「テンペストのベースとなったロンギヌス開発には、僕の父上も参加している。僕もあの騎の改装に関与しているからわかるんだ」
殿下は、胸につけられた六本線を指で弾いた。
「僕は騎士と同時に“見通者”だぞ」
「あ、そ、そうか……」
はぁっ。
エマは悔しそうに肩を落とした。
「やっぱ、無理かなぁ」
「英国軍がかなり苦戦しているのは知っているだろう?」
「うん。だから、ラムリアースからパーツ都合してもらって、それを組み付けた改良型だけど」
「テンペスト自体が、先のアフリカ戦線での教訓を活かしたロンゴミアント……ロンギヌスの英国版の改良版だから、それは可能だな」
「でしょ?まぁ、パワーや装甲はともかく、武装だけは一端のモノ用意しているのよ?」
「それでも、君は初陣だぞ?エマ王女」
「なによ。レルヒェだって―――殿下だってつい最近でしょう?私だけのけ者にするつもり?」
「……むぅ」
「第一、それ言ったらノイシア使っているはずのレルヒェが、あんなスゴいメサイア、どこから手に入れたのよ。ウチの情報部からだって、ドイツ軍があんなの開発していたなんて聞いてないわよ?」
「あれは」
レルヒェがちらりと殿下を見た。
「―――ああ」
すると、エマは意味ありげに頷いた。
「成る程?」
「な、何か誤解してないか?」
「彼氏に頼んだんだぁ」
「な、なっ!?」
レルヒェの顔が一瞬にして真っ赤になった。
「だ、誰が!?」
「え?違うの?だから、殿下に“お願い、ダーリン♪”ってしたんじゃないの?」
「ま、まさかっ!」
レルヒェは慌てて手をパタパタ振って否定した。
「こんな潰れ肉まんを好きになる奇特な女なんて、ドクター・ツシマ位なものだ!」
「ああ……そう言えば」
「な、何だ?」
「聞きたい?ドクター・ツシマが殿下のこと、何て言っていたか」
「……何が望みだ」
「ちょっとでいいから、持ってきたテンペストを改良してほしいなぁって」
「何だ、安いな。そんなのでいいのか?」
「……おい」
あきれ顔のレルヒェが殿下の袖を引っ張った。
「ドクター・ツシマに逃げられるなよ?殿下は、女で人生狂いそうだから」
「男なんて、誰も同じよ。お願いね?殿下」
「報酬の支払いは?」
「まぁ、先払いでもいいわ?―――“理想の君主”だって」
「そ、そうか」
ぽわん。とした、上気しきった顔で、殿下は何度も頷いた。
「も、紅葉さんが、僕のことを……」
「あらら」
脚が数十センチ甲板から浮いた殿下の様子を見て、エマはぽつりと言った。
「後払いのほうがよかったわね……こりゃ」
「理想の……僕が……理想……」
「現実に戻ってきなさい、殿下。ドクター・ツシマに嫌われるわよ?」
「そ、そうか!」
「うん……」
「……なぁ、エマ」
レルヒェは、エマに訊ねた。
「戦争は、本当に危険なことだぞ?」
「ええ。私も何度も考えた。危ないし、顔に傷でもついたら、お婿さんの来てもなくなるし、パーティでドレスも着ることが出来なくなるし、それはつまり、私が女の子として、女として恋愛も出来ないってことなのね?それって怖いじゃない?」
「だったら」
「だけど!」
エマははっきりと言った。
「私しか、いないんだもん。世界のどこでも、帝国中のどこさがしても、王室の一人として、戦争に出られるのが!」
「ジェームズ王子は」
「あれこそ、死んだら困るのよ。あんな口先だけのヘタレでも、子作りは出来るからね!あーあ。男に生まれてくればよかった」
「だったら、ジェームズ王子のケツを蹴飛ばしてでも」
「世界中に英国王室の恥をさらせと?」
「……」
「ロクな兄を持つことが出来なかったのは、私の不運なんだけどさ」
エマは自嘲気味に、しかし明るく肩をすくめた。
「嘆いてもしかたないじゃない?だからね?狂ってるって、そう思うかもしれないけど、私はこう考えた」
「……」
「人生はゲーム。どうあってもね?人は自分って駒に全財産を賭けるしかない存在だって」
殿下の見たその顔は、自信に満ちあふれていた。
自分を信じている者の顔をしていた。
世界中で一番、自分を頼りにしている。
その顔は、はっきりとそう語っていた。
「そして、この世界は、この戦場は大きなチェスの盤」
エマは手で空に大きな四角を描いた。
「そうよ!今、世界は戦争っていう、偉大なチェスをやっているの!
世界中総がかりよ!?
それっておもしろいじゃない!
今、時代が、世界が、そして歴史が大きく雄叫びを上げて動いているのよ!?
そんなの、悲劇じゃない!
これは素晴らしいチャンスなの!
プレイヤーとして、歴史に名を刻む事の出来る、古今東西、たった一度のチャンスなの!
なら、わたしも仲間入りしたいわ!
仲間入りさえできたら、歩だってかまわない!
もちろん、一番なりたいのは女王だけどね!?」




