同人誌
●日本 静岡戦線 近衛兵団 メサイア陣地
「こういうの、何て言うか知ってる?」
夜、陣地に入ってから戦況報告を読み終えた後藤が、隊長室として割り当てられたプレハブの部屋で涼宮中尉に訊ねた。
「さぁ?」
缶ビール片手にノイズが強いテレビで野球中継を見ている涼宮は、スルメをかじりながら答えた。
「何て言うんです?」
「恥の上塗りっていうのさ」
「何でです?」
「“白雷改”なんて、他から見たら喉から手が出そうな高性能騎使ってるクセに、増援が来たら尻尾まいて逃げちゃった。しかも部隊の連携がまるでとれていない。命令、斬込、前衛、全部バラバラ」
「前の連中、そういう所は完璧でしたからねぇ……あちゃ、捕られた」
涼宮中尉は、テーブルにビールの缶を置いて報告書に手を伸ばした。
「斬込が敵中衛を混乱させ、その隙に前衛が侵攻。撃ち漏らしを狙撃が始末する。その間のユニット単位の連携、指揮命令系統も文句のつけようがなかった。ところが、今度の部隊は褒めるところがなかった」
「そういうことさ。紅葉ちゃん、今頃カンカンだろうなぁ……あーあ!ここで三振かよ!」
●日本 東京都葉月市 近衛兵団葉月実験センター
「私、何したのかしらね」
報告書をゴミ箱に放り込んだ紅葉は、コキコキと首を鳴らした。
「これから、こんな無能共の相手させられるなんて」
「そんなにヒドイ結果だったのですか?」
キーボードを叩く手を止めたのは千鶴だ。
「見る必要もないわ。っていうか、見るな。脱走したくなるから」
紅葉は保温庫に手を伸ばすと、中から缶入りのココアを取りだし、プルタブを開けた。
「そんな無茶な」
部屋の隅に置かれた長椅子に座ってドラマを見ていた麗央が立ち上がると、ゴミ箱から報告書を拾い上げた。
「これから私達の仲間になるんですよ?」
「こんな連中が仲間だなんて、言いたくなくなるわ。麗菜殿下に何言われて来たかしらないけど、絶対、今度の異動は栄転じゃなくて左遷だわ」
「……うわっ。納得!」
麗央が悲鳴に近い声をあげた。
「でしょ?」
「これ……どこの訓練生の練習結果ですか?ってか、こんな結果出したら訓練校でも無事じゃすみませんよ?」
「それがさぁ、実戦部隊。しかも、“白雷改”運用部隊でこのザマよ?」
「現地で何て言われているか……」
「考えたくもない。私が連中をまとめて“いらん子”中隊って、そう呼んでいる理由がわかったかしら?」
「不本意ですが」
頷くと、麗央は千鶴に書類を渡した。
「その名前の意味が、私がここに送られる時に麗菜殿下に、“あんたで十分すぎ”って言われた理由と一緒にわかりました」
「訓練校出たばかりの新兵の方がまだ立派に動くわよ」
「……個人プレーに頼っていると」
書類をペラペラと捲った千鶴が言った。
「部隊はこういう結果になる」
「そうじゃないわ」
紅葉はココアを飲みながら言った。
「指揮官が無能過ぎるのよ」
「えっ?」
「戦闘履歴の中で、指揮官命令は前進と後退の命令以外、目立つものがなになもない。隊長、副隊長共に、別に支援するでもなく、無駄に後方に突っ立っているだけ。見る奴が見たら、今回の責任の全部は指揮官二人にあるわ」
「そりゃ……戦闘の責任は」
麗央とパートナーを組む沢口少尉が訊ねた。
「指揮官がとるものでは?」
「そうなんだけどさぁ」
紅葉は苦笑した。
「指揮をしてないんだもん。見る人が見たら、職務放棄したって―――そう思われても文句言えないのよ。この状況は」
「……」
「第9中隊あがりって言っても所詮は狗。棒をくわえる芸は出来ても、棒をくわえさせる知恵はなかったみたいね」
「そんな奴らに、私達、使われるんですか?」
うぇっ。と、沢口が顔をしかめた。
「戦死しろって言われたみたい」
「そのものね」
「勘弁してくださいよぉ!」
「勘弁してほしいのは私も同じよ。連携しくじって騎体壊されたのよ?」
「……あの」
碧がそっと手を挙げた。
「指揮官の人だけ、入れ替えてもらう……とか」
「それが出来たら」
はあっ。
「苦労はしないわ。後藤さんも何考えてるんだか」
「というか」
千鶴が報告書から目を離した。
「何故、あんな人がメサイア部隊を率いているか―――それが不思議なのですが」
「それは聞かない方がいいわ。心身と人生、将来、いろいろとね……いっそ、粛正してもらおうかなぁ。そうしたら、二宮さんあたりが来てくれるかもしれないし……次の整備の時、コクピット周りのコネクタ、2、3本抜いておこうかなぁ」
「私達には、絶対やらないでくださいね」
●大島沖合 太平洋上空 “鈴谷”
「とどのつまり」
報告書を読んで憤慨する中には、いらん子中隊の母艦の艦長も含まれていた。
美夜だ。
「こんな無能共のお守りをするために私達は命をかけろというわけだ」
「―――まぁ、そういうことですな」
「私達は自殺願望があるとでも見られているのか?」
「処女航海と同時に」
高木がコツコツと軍靴の爪先で床を叩いた。
「罰ゲームがスタートとは。この艦も浮かばれない」
「飛行艦なのに浮かばれないとはこれ如何に……」
はぁっ。
艦長席で美夜は額を抑えた。
「笑えないわ」
「もう笑うしかありません―――ここまで来ると」
「何か世の中、狂ってるとは思ったことない?」
「先程、阪神がコールド勝ちしたとか」
「それよそれ。それが原因だわ。私達がこんな目にあうのも、新入りが使い物にならないのも、艦の主砲が一日一回しか使えないのも、その試射の許可が未だに出てこないのも」
「少なくとも、最後は違うような」
「なら、他は同意したわね」
「……あなたには勝てない。まぁ」
高木はため息をついた。
「我々のように、千葉ロッテのファンというのも珍しいのでしょうが」
「……そうね」
「ところで艦長?」
「何?」
「忘れているのか、それとも無視したいのかは存じませんが」
「……」
「先程から横を併走しているのは、イギリス艦隊ではありませんか?」
「忘れたいのよ」
「何故です―――相手はウォースパイト。王立艦隊の旗艦ではありませんか。他にも同タイプの飛行艦が2隻、それと輸送艦が4とは……」
「無視」
「はっ?」
「私にとって」
美夜は眉間に皺を寄せた。
「あの艦は“疫病神”なのよ」
●大島沖合 太平洋上空 英国海軍所属 飛行艦“ウォースパイト”艦橋
「日本の新型艦だな。艦尾に国籍マークを確認」
英国海軍の飛行艦で編成された艦隊。
その旗艦の艦橋に立って双眼鏡を目から離した副長が答えた。
「ほう?」
艦長席に座るのは、恐ろしく背の高い男だ。
オールバックになでつけられた髪。
中身を誇るように目立つ額。
鋭い目。
すべてが知的俳優のような男が、からかうような口調で副長に言った。
「本国が侵略されているというのに、新型艦を飛ばす余裕があるとはな。羨ましい経済環境だ。日本人は本当に、我々の救援を必要としているのか?」
「全てを我々に押しつけられても困るだろう」
と、やや小太りで、口ひげを蓄えた愛嬌のある副長、ジョン・ハードウィック少佐が振り向きもせずに答えた。
「それもそうか」
英国では、飛行艦は浮かぼうが沈もうが、とにかくフネである以上、扱いは軍艦。当然、管轄は海軍であるとして、全ての飛行艦の所属は海軍となる。
その中でも飛行艦だけで編成される“王立艦隊”の旗艦がこの“ウォースパイト”。その艦長を務めるのは、ピーター・ハギンズ大佐。
華奢で知的なその外見と異なり、かつてはアフリカ戦線で暴れ回り、立ち寄った港全てに愛人がいると囁かれるなど、軍人としても男としても武勇伝には事欠かない男だ。
「こちらの挨拶に対しては?」
「タカギという副長から、無事の航海を祈ると」
「ほう?こちらの“積荷”については言っていないのか」
「試験航海中の艦にそこまで語る必要が?」
「ふむ……まぁ、そうだな」
ハギンズ艦長は短く頷いた。
「別に親善の挨拶に来いというのも」
艦長は腕時計を見た後、
「時間的には失礼か」
「その通り……我々もそろそろ、一杯やりたいところだな」
「艦長」
ハギンズが頷こうとしたそのタイミングで、通信士官が踵を鳴らし、敬礼した。
「ドイツ帝国“ヴィッテルスバッハ”より通信です」
「“ヴィッテルスバッハ”だと?」
ハギンズとハードウィックは互いに顔を見合った。
「ハードウィック、確かその名はドイツ皇帝親衛軍所属の艦名だったな」
「ああ。今はドイツ皇帝の座乗艦だぞ。確か、艦長は」
「エデュアルト・バイ大佐……“ハンブルクの種馬”だ……で?ポール、我が親愛なるジャガイモ野郎は何と言ってきた?」
「はい。貴艦の艦長はピーター・ハギンズのクソ野郎かと」
「……ポール、返信しておけ。その通りだこの野郎。それで」
いい。
そう言葉を切ろうとして、ハギンズは思い出したように言った。
「……特上のワインを一本用意しておけ。そう付け加えておけ」
「そ、それでよろしいのですか?」
「あいつにはそれで通じる」
「は、はぁ……」
「ハードウィック。“積荷”に入港までの残り時間を伝えておけ。奴の朝飯までに目的地にはたどり着くとな」
「ああ」
ハードウィックは頷いた。
「もう少し、お上品な言葉に翻訳してな」
●釜石湾上空 ドイツ皇帝親衛軍 飛行艦“ヴィッテルスバッハ”艦内
「予定通りですか」
「はい」
メイド服を着た女官から報告を受けたアイネがレルヒェの元に近づくと言った。
「陛下。英国艦隊は予定通り、明日にはこの湾に入港いたします」
「そうか」
カリカリとペンを走らせながら、レルヒェは言った。
「アイネ」
「はい?」
「トイレに行きたい」
「あと100枚サインしたらいかせてあげます」
「漏れたらどうする!皇帝であるこの私に、この場で漏らせというのか!?」
「椅子を変えましょう。誰か、簡易便器を」
「アイネ、冗談だろうっ!?」
「私が冗談を言っているように思いますか?」
「……」
レルヒェは無言で首を横に振った。
「まったく、昼間、私が留守の間にサインしておくとお約束いただいたというのに、何ですか。ずっとゲームを続けているとは!」
「し、しかたないだろ!?あのゲームは日本先行発売なんだ!ファンとして発売当日にプレイするのは、むしろ義務というべき―――」
「殿下?椅子を変えますので、どうぞお気の済むまで、漏らすなりなんなりなさってくださいませ」
「わ、悪かったとは思っているのだ!だが、アイネっ、私も私で、お前にも配慮というものをだな―――!」
「まぁ、嬉しい」
アイネは恐ろしく冷たい声で言った。
顔も目も全然笑っていない。
どこが嬉しいのか全然分からないまま、メガネだけがきらりと光った。
「最後まで我慢していただけるなんて」
「違うっ!そうじゃなくて!」
かなり我慢しているらしい。
レルヒェが脚をジタバタさせながら叫んだ。
「お前が気に入るような本も仕入れてくるように命じてある!それで手を打て!」
「―――えっ」
レルヒェはピクリと反応した。
「もしかして―――私が知らない村上春樹の新作……とか?」
「よく知らないが」
「ま……まぁ、この混乱の時期ですから」
コホン。
アイネはわざとらしい咳払いの後、言った。
「さすがにお手洗いくらいは―――本を出していただければすぐにでも」
「トイレが先」
「本が先です」
レルヒェはカバーのついた本をデスクから引き出すと、無言で置いた。
「中は見ていない!というか、も、もぉ、私が大変なことに!」
「どうぞご自由に」
全力疾走でトイレへ走るレルヒェを無視するように本に手を伸ばした。
「今度のは随分、薄いんですね……エッセイかしら?」
半ばでページを開いた。
「えっと……“さぁ、受け入れろ。余のエクスカリバー”……」
「あーっ。すっきりした……って」
数分後、トイレから戻ってきたレルヒェは部屋の入り口で思わず立ち止まった。
「あ、アイネ?」
「間に合いましたか?」
「う……うん」
「それは結構」
「あ、あの」
「何か?」
「私の椅子のあった所にある……“それ”なんだけど」
「ああ」
何故か冷たい目のアイネが、爪先で軽く蹴ったのは、どう考えても椅子ではなかった。
椅子の形をした、別なものだった。
「―――お気に召していただけたようで」
「誰がどうやったらお気に召すのか知らないが」
レルヒェは震えながら言った。
「わ、私に、それに座れと?」
「ここは陛下の執務室でございますから」
「ち、ちょっと待て!それは椅子じゃない!絶対、椅子じゃないっ!」
「―――まぁ。何を妙なことを。立派な木製の椅子でございますよ?ご覧下さいませ。この高い背もたれ。がっちりとした造り。申し分のない椅子でございます」
「普通の椅子が!」
レルヒェはそれを指さして怒鳴った。
「そんな針だらけなワケないだろう!?」
「東洋では針が健康のために用いられるとか」
「私は健康そのものだ!というか、それ、絶対、拷問用だろうが!」
そう。
木製のがっちりとした椅子には、座面といい背もたれといい、座る者が接するだろう全ての面に五寸釘ほどの太い釘がびっちりと植え付けられていた。
アイネが椅子と言い張っても当然、これは拷問椅子という。
「とも言いますわね」
「としか言わないっ!」
「仕方ありません」
アイネが残念そうに女官に命じて拷問椅子を下げさせた。
「電気ショック付きの方がお望みだったとは」
「それ……死刑台」
「一体、陛下は、読書に関して、私の嗜好をどのようにお考えだったのか、たっぷりと本音を伺いたかったのですが……」
「あ……あの」
「何です?」
「ただ、人気の本を買ってこいと言っただけなんだが……」
「それで?」
「絶対、女の子が喜びそうな奴という注文がマズかったのか。それとも秋葉原という地理が拙かったのか……なんだろう。アイネ、せめて私にも見せてくれ。私は中身を読んでいない」
「ダメです」
「何でだ!皇帝の私に見せられないというのか!」
「当然、これは陛下が読んで良いものではございませんっ!」
アイネは慌てて本を抱きかかえると、
「こ、こんないかがわしいものは、ダメですっ!」
そう怒鳴った。
「いかがわしいとは何だ!この私が、お前のためにと思って買いに行かせたというのに、その努力をいかがわしいというのか!」




