異動願い
●福島県二本松付近 近衛 内親王護衛隊本陣
「これ……何?」
「……」
デスクに座った麗菜は、冷たい視線を、目の前に立つ二宮に投げつけた。
「私のお目々がイカれてるか、日本語読み間違ってなければ、これは異動願いって読めるんだけど」
「……はい」
二宮は頷いた。
「……やつれたわね。ここん所、病人みたいじゃない」
「……」
「だから休みたいというお願いなら、考えてあげるけど?」
「……」
「―――ま、静養を求めているようにも見えないけどね」
麗菜は『異動願』と書かれた封筒を指の間で弄んだ。
「これでも心配してるのよ?私は私なりに」
「……ありがとうございます」
「心優しいでしょ?私って」
「……はい」
「その心のお優しい私の慈悲に縋りたいってあんたのお願いが、他の実戦部隊への異動を願うってなら」
ジロリ。
麗菜が二宮を睨み付けた。
「―――許さないわよ?」
「申し訳ありません」
「何が申し訳ないのかしら?願いそのものを出したこと?それとも、私が危惧するその通りだから?」
「……」
「―――はぁっ。あのねぇ」
ビリッ
麗菜は封筒を真っ二つに破るとくしゃくしゃと両手で丸め、後ろにあるゴミ箱に放り込んだ。
「自慢の娘一人死んだからって、アンタ尼にするほど世界は寛大じゃないし、近衛も人手が余っているわけじゃない」
「……ですが」
「私だって、何人の“妹”を亡くしたと思ってるのよ」
ふくれっ面で麗菜は視線をそらせた。
「……殿下」
「私だってね。一人残らず、死んでいった連中の仇はとってやりたい。でもね?そんなことは出来ない。あんた達が止めるから。私が出ようとしても、あんた達が先に出ちゃう。そして、私の仇はどこか遠くへ行っちゃう……。あんたが考えているより、私は惨めな立場なのよ?」
「……」
「その私を差し置いて、娘の仇討ちさせてくれ?私も人生、いろいろ経験してきたけど、これほどコケにされたのは初めてだわ」
「……お許しを」
「許さない。お許しはしない」
「……殿下。どうか、お慈悲を」
「私に慈悲を?この私に?」
「……」
「ふざけんな。今のあなたにくれてやる慈悲なんて、私にはない」
「……ですが」
「独立駆逐中隊は解散した。部隊は、あんたの教え子はちりじり。戻すことは出来ない。“情報”と引き替えに復隊を認めた麗央達みたく、都合良くはいかないわ。あんたの娘と息子はデキがよろしすぎて、異動先が手放そうとしないわ。そんな状況であんた一人で何するつもり?あんたは私の下を離れれば、単なる兵隊でしかない。あんたは私じゃない。私だって、単なる私個人ではどうしようも出来ないことを、あんたはやろうとしている。ねぇ、はっきり聞かせて。あんた、何様のつもり?」
「……」
「何様か―――そう聞いたのよ」
「殿下の……」
二宮は俯いたまま、乾いた、絞り出すような声で答えた。
「殿下の……狗です」
「狗?狗って言った?」
「……はい」
「狗が主人に代わって、棒を投げられると?」
「……」
「今更、言い過ぎましたは通じないわよ?私、聞かないから」
「どうか……私に、敵を」
「ふん。あんた、これまで何人の仲間と部下と教え子を殺してきたの?」
「……っ」
「五本?ううん?十本の指でも足りないでしょう?何人のお葬式に参列したの?何人の最後を看取ってきたの?何人を楽にさせてきたの?」
「殿下っ!」
「―――和泉大尉だけ、特別扱いにするほど、あんたはあの子にどういう情を通じさせていたのかしら?」
「……」
「わかんない?単に教え子じゃなくて、あんた、自分の後継者みたいに思っていたんでしょう?だから、手塩にかけて育ててやりたかった。そうね。和泉大尉は、あんたにとって」
麗菜はデスクの上で手を組んで、そこに顎を乗せた。
その顔は、まるで二宮の腹の底まで見透かしているかのように楽しげだった。
「あの子は―――あんたの分身みたいなものだって、そう思ってない?」
「そう……そこまでご承知でしたら……どうか」
「内親王護衛隊総隊長の地位と将来を棒に振って、私怨を晴らさせてくれ?私の側近という立場は、私怨と天秤にかけられる位、簡単なモノだったんだぁ」
「そ、そんなことは―――」
「―――あるの」
麗菜はつまらなそうに椅子の背もたれに背中を預け、椅子を動かし、体ごと二宮の前で横を向いた。
「女々しいこと言わないでよ。あんたは、そんなこと言える立場じゃないの。数十人を率いる部隊長なのよ?あいつらは生きている。あの子達の命と将来は、死んだ和泉大尉一人と天秤にかけられるほど、価値がないの?」
「……散々考えました。でも、どうしようもないのです」
「どうしようもないほど、私はアホでしたと」
「そう……何と言われても、結構です」
「バカ、アホ、マヌケ。役立たず」
「……」
「……悔しくないの?」
「……」
二宮は無言で首を横に振った。
「こりゃ、重症ね」
麗菜は肩をすくめた。
「―――後藤中佐から手配が来ていた欠員補充なら、もう満席よ?」
「えっ?」
「麗央を送った」
「……なっ」
「あのねぇ」
ギイッ
麗菜は再び椅子を動かすと、デスクに身を乗り出すようにして言った。
「敵を討つにしても、何するにしても、直接剣を交える以外にも方法はあるって、あんたの立場ならそういうべきよ?大体、誰が和泉大尉の敵なのか、どうやって知るつもりだったの?まさか、魔族軍一人残らす撫で切りにでもするつもりだった?」
「……」
「感情にまかせて戦場に出ることは禁忌。わかっているはずよ?そう教えていたんでしょう?二宮教官?」
「……」
「……知っているはずよ」
「えっ?」
「あの部隊の正体、そして、後藤中佐を通じて、陛下達が何をさせようとしているか」
「……殿下」
「あんたは知っているはずだ。あんたは、知りすぎた」
「……」
「本来なら、粛正するべき程、あんたは深入りしすぎた。もう、戻れないわよ?」
「……私」
「後藤中佐が、母上の狗であるように、あんたはあんたで、私の狗として動いてもらう。あんたは息をするのにも私の許可がいる。何故?あんた、さっき言ったわよね?私にとって何だって―――もう一回、言ってご覧なさい。あんたは、私の何?」
「……」
「言いなさい。二宮真理」
「……い」
二宮は言った。
その頬を流れる一筋の涙と共に。
「狗……です」
「その通り」
睨むような視線を突きつけながら、麗菜は頷いた。
「狗は主人の命令にのみ従えばいい。前線で他人の投げた棒きれを追いかけることなんて、いくらでも補充の効く麗央あたりにやらせておけばいい」
「彼女に……何を」
「天皇護衛隊でさえ、護衛を出したわ」
「……意味が分かりません」
「“D-SEED”は、戦果不十分と判断されて、再び赤城博士の下に戻された」
「……」
二宮の目が見開かれた。
「赤城博士の名前で反応するあたりが、あんたの危険性なのよ。あの騎に眠っている“眠り姫”を、どうあっても起こしたがってる愚者の群を、私達は本当なら第一の敵としなければならないのにね」
「……」
「でなければ、私はともかく、陛下……下手すれば確実に皇統とこの帝国を、我々日本人の自らの手で滅ぼすことになりかねない。こんなに危険だというのに、私は“彼女”を殺すどころか、接触することさえ出来ない。“D-SEED”を手中に収めることも、破壊することさえ出来ない。何も出来ずに私はこうして、前線にいるしかない」
ぎゅっ。
麗菜の拳が握りしめられた。
力が込められ、血の気を失う拳を二宮は見つめていた。
「……はぁっ。そんなお気の毒な御主人様を慰めるでもなく、尻尾を振るでもない薄情者の飼い犬は、何をしているのかしら?」
「……何をされたいのですか?私に、何をお命じになるのですか?」
「“敵”の出方を見たい」
麗菜は言った。
「私個人の依頼の形をとって新型の開発を赤城博士に命じてある。博士に接触して、可能な限りのデータ集めて」
「……博士は」
「責任がとれるなら」
きゅっ。
麗菜は手刀で自分の首を切るマネをした。
「―――でもいいけど。とりあえず、そこまでする時は別命を下すから」
「?」
「接触した後の報告次第ですべては動く。必要なら応援を送る」
「応援?」
「そういう“仕事”が得意な連中だって近衛にはいるのよ?」




