デュミナス 第一話
●ペコス川防衛線C陣地
ニューメキシコ州内のサングレ・デ・クリスト山脈南部やサクラメント山脈に源を発し、同州の東部を南流してテキサス州に入り、リオ・グランデ川に合流する。本流の長さ約1000キロメートルに達する河川がペコス川だ。
中華帝国軍の物量に負ける形でテキサス州放棄を余儀なくされた米軍は、ここに防衛線を構築していた。
ブロロッ
活気のないディーゼル音を残して橋を超えたのはスクールバス。
中には疲れ切った人々がすし詰め状態で乗せられている。
テキサス州から脱出できた避難民達だ。
難民達を乗せた最後のトラックが川を超えた。
テキサスがアメリカの支配から離れたことを、如実に証明してくれる光景だった。
まるで彼等を見送ったように、太陽が地平線の彼方に沈んでいった。
漆黒の闇の中。
遠ざかっていくトラックを後目に、工兵隊が橋に爆薬を仕掛けている。
「ひでえもんだ」
肩を赤く塗ったメサイア達が、その光景を見守っている。
あのソルティドッグ部隊の残存部隊。
かつての隊長であるターナー中佐はすでに戦死。副長であるサイモン大尉が部隊を率いていた。
3倍の敵を道連れに半身を失ったビッグスプリング包囲網突破戦で、ターナー中佐は志願する部下と共に現地に喰いとどまり、市民の脱出を支援し続けた。
鬼神の如き戦いで敵をなぎ払い、機甲部隊を含めて4回に渡る波状攻撃をわずか8騎でくい止めたターナー中佐以下、決死隊の犠牲がなければ、部隊どころかテキサスの避難民達は誰一人としてここにいることはなかったろう。
その犠牲の元、不朽の栄誉を与えられた部隊を率いることは、サイモン大尉には少しばかり重荷だった。
「サイモン隊長」
MCのサントス少尉が言った。
「定時データ入ります。空軍の爆撃部隊がビッグスプリング付近の爆撃開始―――爆撃部隊護衛機より入電!“我、メサイアを発見せり”」
「場所は!」
「距離約50キロ!」
「そいつに敵の詳細を教えてくれるよう頼んでくれ!」
「……無線、途切れました」
●中華帝国軍先遣部隊
オレンジ色の炎を吐きながら戦闘機が墜落していく。
暗視カメラが捉えた映像を見る限り、あのパイロットは助からない。
ムスタングを含むプロペラ機は射出座席を装備していない。
錐もみ状態に陥ったパイロットはコクピットに張り付けられたまま、最後を迎えるしかない。
「派手な花火だ」
赤兎を駆る騎士の誰かが呟いた声が通信の中に入った。
「戦勝の前祝いさ」
「違いない」
米軍最強と言われたソルティドッグを撃破したことで、メサイア部隊の志気は最高潮に達している。
「全騎へ」
第452メサイア隊を率いる高大尉は、浮き足立つ部下を叱るような口調で言った。
「気を引き締めろ。遊びに来ているわけじゃないぞ!」
全く。
高大尉にとって、昨日の戦いは悪夢だった。
作戦に参加した449、451の二つのメサイア隊は壊滅。たった8機のピケットを突破するのにメサイア25騎、戦闘車両75両を喪失したなんて、勝ち戦とは言わない。
あれで勝ったと浮かれる事の出来る部下の神経が、高大尉には理解さえ出来ない。
しかも、これからの戦いは渡河作戦だ。
半端な犠牲で済むとは全く思っていない。
北部戦線は泥濘に足を取られて惨憺たる損害を被り続けているというが、それと同じような事態を一時的とはいえ余儀なくされるのだ。
それが、部下にはわかっていない。
―――まぁ、いい。
高大尉は首を軽くふった。
恐慌状態に陥られるより余程ましだ。脱走なんてされたら最悪だ。
●ペコス川防衛線C陣地
「増援?」
「メキシコ経由で接近するTACがあります」
「所属は」
「ドイツ軍です」
「クラウツが何の用だ」
「ですから、増援ですって」
サントス少尉は通信モニター上で呆れた。という顔をした。
「ドイツ軍のヴォルフガング・フォイルナー少佐です」
「何?」
サイモン大尉は動きを止めた。
「ヴォルフガング・フォイルナーっていえば、あの“アレキサンドリアの7英雄”の一人じゃないか」
「同姓同名の軍人が他にいるとも思えないのですが」
「騎数はどれくらいで来た?」
「2騎です」
「2騎?たったか!?」
「はい」
「―――よし」
サイモン大尉は言った。
「その数の少なさが逆に信じるに値する。伝えてくれ。英雄の到来に感謝すると」
●マラネリ軍TAC、ZC-456ハンガー
「よろしいのですか!?少佐!」
「調整は終了しているのだろう?」
「無論です」
天井と床に設置されたメサイア用ラックに、搬送モードで固定された2騎のデュミナスだ。
1騎が黒に、別な1騎が白に塗り分けられていたが、ハンガー内を照らし出すオレンジ色の照明のせいで色がはっきりとしない。
ただ、独軍を示す国家識別マークと、そして二人の所属する部隊章は規定の場所にくっきりと描かれている。
そのエンブレムを描き終えたばかりだという整備兵が、ムッとした顔で言った。
「今のままでも、妖魔の群れの中にだって飛び込めますよ!」
「なら、いいだろう」
フォイルナー少佐はコクピットに潜り込んだ。
「君たちはこのまま飛行を続けてシカゴへ向かい、我が軍へ荷物を届けてくれればいい」
「私もこの仕事、長いんですがねぇ!」
艦橋を出て、見送りに来た艇長が腰に手をやって言った。
銀髪に豊かな髭を蓄えた老年の紳士。
その外見と貫禄は、こんなちっぽけな艦の船長より、大型客船の船長が似合う海の男を彷彿とさせる。
存在するだけでベテランの船乗りと語る、そんな男だった。
「お客さんを空中で落としたなんて、初めてですよ!」
「飛び降りるお客を乗せたことが、ではありませんか?」と、ブリュンヒルデが楽しげに言った。
「失礼。隊長はもう、実戦を前にすると“ああなる”んです」
元々ぶっきらぼうな人物だったが、今やそれに輪がかかっている。
「何を言っても無駄。隊長の頭には、敵を撃破することしかないのですから」
「まぁ、お客様のワガママには慣れてますがねぇ」
戦いを前にした騎士達の邪魔をすることがどれ程の問題行動かを、艇長は軍人として知っている。
「後で文句言わないで下さいよ?」
「当然ですわ」
ブリュンヒルデは、開かれたハッチからしなやかな動きでコクピットに潜り込む。
「私がついてますから」
「ヨハンか?やるぞ!」
ハンガーの端に据えられた艦内通話を開くなり、艇長は怒鳴り声を上げた。
「後部ハッチ開け!」
「マジでやるんですか!?」
若いパイロットはギョッとした声を上げた。
「お、俺ぁ、知りませんよ!?」
「お客のご希望だ!お前の責任じゃない!」
「信じますよ!?」
TACの後部ハッチが開き、メサイアを固定していたメサイア用ラックの移動レールがハッチから外へと伸展する。
ハンガー内はメサイア2騎のエンジン起動音で鼓膜が破れそうな程の喧噪に包まれている。
「こちらZC-456艦橋。フォイルナー少佐騎。聞こえますか?」
「こちらフォイルナー。感度良好だ」
「射出準備完了。現在、本機は米軍ペコス川防衛線C陣地に向け、毎時550キロで接近中。現在距離108キロ。敵航空勢力は周辺に確認されていません。気象データ、MCRへ転送完了」
「……ヒルデ、そちらはどうだ?」
「準備完了。いつでもやれます」
「よし―――やってくれ」
「了解。最終確認。ハンガーロック解除後は空中投下となります。フォイルナー騎射出から5秒後にクレッチマー騎射出。よろしいか?」
「頼む」
「了解。フォイルナー騎、ハンガーロック解除!」
バンッ!
フォイルナー騎が凄まじい勢いでハンガーの外へと消えていった。
「続いてクレッチマー騎!」
しっかり五秒後にブリュンヒルデ騎が闇の中へと消えていく。
「射出完了。ハンガーロックを回収し、ハッチ閉めます」
「やれやれ……」
待避スペースでコクピットからの報告を聞いた艇長は肩をすくめてみせた。
「友軍は千キロ近く遠くだっていうのに……一体、ドイツ人ってのは、何を考えてるんだか」
常春の国と呼ばれる王国の国民は、その気候故か、おおらかだと言われる。
艇長も、船については細かいが、その民族性故か、リスクは回避する性質が身に染みついている。
何より、フォイルナー少佐のように、自ら火中に飛び込むようなマネは、普通の船乗りはしない。
物好きにも程がある。
やれやれ……。
ハッチが閉まったのを確認すると、艇長はもう一度、肩をすくめて艦橋に向かって歩き出した。
「厄介事に首を突っ込むのはバカだと思うがね……」
大西洋に存在するマネリラ王国からシカゴへ向かうなら、大西洋を北上して、カナダ経由で大きく迂回する方が利口だ。
だが、フォイルナー少佐は何故か、メキシコ湾経由で内陸部を通ることを求められた。
彼自身、その命令の意味を理解しかねていたが、今の事態を考えると、成る程と思う。
ジョージア方面は小競り合いが続いているものの、下手な軍事介入はむしろ政治的に厄介な事態が予想される。
ならば、苦境が伝えられる中西部方面の戦線を経由させる方が、介入の口実も得やすいし、文句を言われる筋合いもなくなる。
新型騎のテストなどというと、アメリカが素直に受け入れるとも思えない点も含めて、彼には異存はない。
実際、またとないチャンスを与えられた。
「騎体、姿勢制御ブースター作動。速力低下中」
MCRのイルフリーデ・シュヴァルツ中尉の声を耳に、フォイルナー少佐は五感を満たす満足感に浸りきっていた。
「……凄まじいな」
アイドリングに近い状態ですでにパワーはノイシアの戦闘出力と同等。
メサイアを馬に例えたら、ノイシアは農耕馬。デュミナスは戦闘馬だ。
新型のSTRシステムは、ノイシアでは諦めていた微妙な動きを寸分無くトレースしてくれる。
スクリーンの解像度も一桁違う。
デジタル処理されたスクリーンは、漆黒の闇夜を昼間同然のクリアな世界に切り替えてくれる。
ノイシアでは絶対これは無理だ。
「技術では」
それが、フォイルナー少佐は嬉しくもあり、どこか悲しくもあった。
「我が国は世界に冠たる国と信じたいが……」
そう。
これはドイツ製ではない。
マネリラ王国製だ。
「戦争なんてやってるヒマがあれば、産業振興と教育にこそ、金を費やすべきと信じたいのだが……」
MCによる飛行に身を任せながら、彼は呟いた。
「こいつの前では、口には出せんな」
--------キャラクター紹介----------
ヴォルフガング・フォイルナー
・ドイツ帝国軍少佐。
・先のアフリカ奪還戦争では、アレキサンドリアへの斬り込み隊に参加、“アレキサンドリアの7英雄”の一人として歴史に名を刻む人物(ちなみに、七英雄には、ブリュンヒルデ・クラッチマー少尉(当時)及び、二宮真理大尉(当時)、瀬音雄一中尉(当時)が含まれている)
・背が高く、銀髪、浅黒い肌の持ち主だが、顔はいい。
・仏頂面でぶっきらぼう、無愛想な人物。
・これは戦争の影響があまりに大きく、妖魔との戦いが彼の心にどれ程の傷を負わせたかを察する事が出来る。
・昔の彼を知るブリュンヒルデに言わせると「60秒しゃべらせたら59.9秒無駄口を叩いていた」程、多弁でひょうきん者として知られていた。
・アフリカでの功績から一個大隊を任されている。
・北米でデュミナスを駆り、“黒狼”の名を再び轟かす。
・無意識に女をたらしこむ悪癖があり、ことあるごとにブリュンヒルデをやきもきさせている。
ブリュンヒルデ・クラッチマー
・ドイツ帝国軍中尉
・フォイルナー少佐と共に“アレキサンドリアの七英雄”の一人に数えられている。
・彼とは幼なじみにして、その副官。愛騎はフォイルナー少佐騎の黒に対して純白。
・別名、“白い女狼”、“白狼”。
・二宮とは、女として凄まじい因縁の持ち主同士(ネタバレ:マジで二宮と殺し合ったこと有)。




