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中華帝國軍、転進開始

●シャウニー国立森林公園付近 最前線


 戦線の状況は一言で語れる。


 最悪


 もう、タコツボに潜んでいることさえ出来なかった。

 この時点で、両軍の戦いは、土地を1メートル単位で奪い合う戦いに陥っている。

 兵士達は、ちょっとした地形の起伏を塹壕の代わりにして、相変わらず泥にまみれて戦っていた。

 その日は、夜のうちに増援を確保した中華帝国軍が、夜明けと同時に前進を開始。

 対する米軍は、夜の内に空中投下された物資にまじっていた対空機関砲をやっと組み上げ、陣地に据え付け待ちかまえていた。

 兵士達から“ファンファーレ”とバカにされる程、いい加減で散発的な砲撃戦が数回行われた後、何も知らずに前進を開始し、対空機関砲の洗礼を受けた中華帝国軍歩兵部隊は壊滅的打撃を受け、一時的に撃退されたのは事実だ。

 

 中華帝国軍の逆襲は、夜の雨の中、開始された。


 塹壕に据え付けられた機関銃になぎ倒されてなお、中華兵達は、友軍の死体を乗り越え米軍に肉薄。

 機関銃と共に逃げることが出来なかった米兵達は、中華兵の銃剣にメッタ刺しにされて息絶えていく。

 米軍は、死を恐れぬ中華兵を前に、散弾銃と火炎放射器を大量に投入。中華兵のそれ以上の浸透を食い止めようと躍起だ。

 日付変更までに、陣地半ばまで浸透した中華兵は、迫撃砲と歩兵携帯型のグレネードランチャーを駆使して米軍陣地を攻略する。

 互いの距離が手を伸ばせば届きそうな距離になった途端、それは銃撃戦から肉弾戦へと表現が変わった。

 乱戦となり、銃が満足な意味を為さない戦いが始まったのだ。

 マガジンが空になった銃を逆手にもって相手をぶん殴る。

 倒れた所を馬乗りなって何度も殴りつけ、息の根を止める。

 戦いというにはあまりに生々しい、残虐な、人間がむき出しの殺意だけを理由に互いを喰い合う、殺しあいの世界。


 その戦いでライアンが知ったことは、戦場で一番役に立つ武器はスコップだという真実だ。


 国旗や部隊章のモチーフに剣や銃をあしらう話はよくあるがとんでもない。俺なら断然、スコップを押す。


 ライアンは本気でそう思う。

 泥まみれの自動小銃には、先が曲がった細い槍が取り付けられている。

 正式な銃剣、M9バヨネットではない。

 M9は腰のホルスターに差し込んで、いつでも抜けるようになっている。

 では?

 バーベキューの串だ。

 空中投下された物資の中に何故か混じっていた40センチ程の串の束。

 イベント用の物資が何かの間違いで混じったのだろう。

 指揮官は廃棄を命じたが、兵士達は、それをこっそり束から抜き取ると、夜通し石と水で先端を研ぎ、小銃に針金やテープなど、思い思いの方法で銃にくくりつけた。

 兵士達が気にしたのは、その長さだ。

 中華帝国軍兵士の持つ小銃は、米軍兵士達のほとんどが有するM4カービンと比較しても10センチ以上長い。

 銃剣戦闘で長さの違いが、実際の殺傷力云々に影響することは少ないとはいえ、長さが違う。その見た目が、兵士達に明白なまでの心理的不安を引き起こしたのは事実だ。

 中華帝国軍兵士の死体の側に転がっている、彼らの銃や銃剣を後生大事にしている兵士も少なくないのはその為だ。

 そんな銃を入手出来なかった者。もしくは、敵の銃を使用することを拒絶した者は、現状に従うが、或いは自らの発想で工夫することを余儀なくされた。


 ライアン達がやったのは、そんな工夫だ。


 幸い、米兵と違って中華帝国軍兵士はボディアーマーを着用していない。

 相手の銃剣が突き刺さっても、最悪なことがなければ死ぬまではいかない米軍兵士達に対して、中華帝国軍歩兵はその一突きが致命傷となる。

 

 バーベキューの串を2、3本束にして殺傷力を上げる工夫をしている者もいたが、ライアンはやっていない。

 彼が手に出来た串が1本しかないからだ。


「クソがっ!」

「来いっ!来やがれグーク!俺様が相手だっ!」

 耳障りなほど、甲高い雄叫びをあげて突撃してきた兵士へ向けてM4のトリガーを引く。

 もんどり打って倒れた敵に意識をとられている余裕はない。ちらと横を向けば、そこに別な敵がいるのだ。

 敵がどこから来るかわからない。

 別な死角から襲ってきた中華兵達が、塹壕の中に躍り込んできた。

「おらぁっ!」

 別な兵士の背中に銃剣を突き立てた中華帝国軍の兵士に背後から襲いかかり、スコップを振り下ろした。

 頭があり得ない位にベッシャリと潰れ、兵士が米兵の死体の上に倒れた。

「ライアンッ!」

 ガンッ

 鈍い音がして、ライアンが背後を振り返ろうとした。何かが背中に覆い被さってきた。

 中華帝国軍の兵士だった。

 慌てて突き飛ばしたが、完全に死んでいた。しかも、目玉が飛び出している。

「だ、大丈夫?」

 見ると、トミーが大きな石を両手で持ってこちらを心配そうに見つめていた。

「やったのか?」

「う、うん」

 トミーは石をその場に落として、兵士の死体から銃を奪った。

「とっさにやったんだ」

「サンキュ」

 ライアン達は近くに開いた穴に身を潜めた。

 敵と味方が入り交じっている上に、皆が泥まみれだから敵味方の区別が付きづらい。

 下手にウロチョロしていたら味方に殺されかねない。

 トミーは、どこからか機関銃を取りだした。

「どうしたんだ?」

「チンクの死体から奪ったんだ。弾薬もあるよ」

 トミーは、自慢げに弾薬箱からベルトリンクにはまった弾薬を取りだして見せた。

「よし」

 ライアンは、トミーから銃を受け取った。

 新たな敵がこちらにむかって殺到しつつあるのが見えた。

「機関銃は得意だったな」

「任せて!」

 トミーは、そう叫ぶと機関銃のトリガーを引いた。




●米国 ヒューストン 中華帝国軍北米討伐軍総司令部第一作戦会議室

「どういうことですか!」

 参謀の一人が目を剥いた。

「やっとここまで持ち込んだんですよ!?」

 その通りだと、他の参謀達も思う。


 突然、本国から命じられたのは、五大湖方面攻略作戦《北進作戦》の中止と、その代わりとしてのテキサス州攻略命令《西進作戦》の発動だった。

 西への方針転換。

 その本当の狙いが何か、理解している者は、ここにはいない。

「ハリケーンの影響による進撃速度の低下に加え、テキサス方面での小競り合いのせいで、兵力の補充率はガタ落ちです!」

「わかっている」

 煩わしい。という顔でそっぽを向いたのは、北米討伐軍総司令の銭大将。

 載賢の腰巾着の一人で、軍内部の政治力だけで出世したような男だ。

 軍事的な知識は、その立場からすれば信じられないほど浅い。

「本国からの命令だ。貴様は私の命令にしたがっていればいい」

「しかし!」

「本国からの補充兵は手配したんだろう?なら来るはずだ」

「教えて下さい。閣下」

 参謀は訊ねた。

「テキサス方面への侵攻の目的は?」

「テキサスを占領した後に明らかにされるだろう」

「そんな無責任な!」

「うるさいっ!」

 銭大将は怒鳴った。

「四の五の言わずに戦果をあげろ!戦果を上げない者がこの場で発言するな!」



●同施設 喫煙室

「まぁ、気にするな。マオ

 先程の参謀に、同僚が言った。

「お前が戦果を上げられないのも、機甲部隊をテキサスに根こそぎ運んだ司令の責任だ。まあ、実際の運用は俺達の仕事で、あのアホが口出しさえしなければ万事上手くいくんだがな」

「司令はなんだってテキサスに拘るんだ?」

「そりゃお前」

 ホウッ。

 同僚の江参謀は紫煙を吐き出しながら言った。

「中央のウケのためさ」

「ウケ?」

「ご命令を粉骨砕身の思いで遂行中です!この一言を報告書に書き込むためさ」

 江参謀は笑って肩をすくめた。

「ま、お陰でアメリカ軍はテキサスを放棄。兵力はニューメキシコとの州境に下げた」

「やけにあっさりと手放したな」

「メサイア部隊の強襲作戦が功を奏した。テキサス州スウィートウォーター付近に陣取っていた米軍部隊は、ビックスプリングスを占領されたことで補給線を断たれ、昨日の包囲突破作戦を敢行しメキシコ州境にあるシエラブランカへ後退。この戦いで敵に与えた損害はハンパではないぞ」

「ウチの受けた損害がハンパではない。の間違いだろう」

 毛参謀は床に落ちたタバコの灰を軍靴でもみ消した。

「言え。どれくらいの損害を受けた」

「……北部から回した機甲部隊は全滅。歩兵は最低でも4割が使い物にならん。メサイア部隊は3割弱だ」

「そんなに……か」

「米軍のエース部隊“ソルティドッグ”達を相手に善戦したと褒めるべきさ。

 実際、ソルティドッグ達の半数近くを撃破した。敵はエース部隊を失い、志気はがた落ち。米軍の防衛能力はかなりそぎ落としたはずだ」

「だと良いがな」

 毛はポケットから新しいタバコを取りだした。

「本国からメサイアがいつ届くか知っているか?」

「あのばからしい騎士動員令が解除されてそろそろ1ヶ月。メサイアに騎士が戻って訓練して」

「ああ。あのアホな法令、解除になったのか?」

「当然だ。皇帝陛下は最初からあの動員令には反対の立場だ。騎士達をメサイアに戻させて、動員令作った部署は家族もろとも―――」

 江参謀は、楽しげに自らの首を絞めるフリをした。

「当然だな」

 タバコにジッポの火が移り、ジッポ独特の匂いが微かに匂う。

「騎士不足に泣かされていたメサイア部隊は、戦力のかなりを復旧させた。そして一般騎士向けの飛鼠ひそも大量増産が進んでいる」

「問題は、その大量増産の結果が、ウチにどれだけの恩恵を与えてくれるかだ」

「あのバカ司令」

 江はテーブルに置いてあったコーラの缶に手を伸ばした。

「一つだけ評価出来ることがある」

「あるのか?」

「あるさ」江参謀は楽しげに頷いた。

「仕事を全部、部下に丸投げすることと、戦果さえ上げれば何も言わないってことだ」

「それ、いいことなのか?アイツは無能な上司の典型例だぞ」

「そのおかげで、俺達参謀は、勝てる作戦を立てることが出来る。皇帝陛下とのパイプが太いあのバカに配慮して、軍司令部も大きくは出てこないしな」

「……成る程。それで?」

「明日からの便でメサイア部隊が大量導入される」

「おいおい。本国は大丈夫なのか?」

「ロシアは動かない」

 江参謀は言った。

「動けない。とも言う」

「何?」

「ラムリアースとカザフ周辺の国境問題が再燃した。アフガニスタンでは英国軍と睨み合い。日本海では、日本領内に展開した魔族軍のバケモノ城を警戒して、うかうか我が国に攻め込むようなことは出来ないのだ」

「EU軍だっているぞ?」

「あいつらはもっと動けない。東南アジアの所有権を巡って水面下で激しい外交合戦の真っ最中だ。軍事行動なんてとろうものなら、足並みが揃わなくて自滅することは、あいつら自身が理解していることだ」

「……はぁっ」

 毛参謀は軍帽を脱ぐと、すっかり薄くなった頭を撫でた。

「難しい世界になったな……俺の頭はいつまで耐えられるんだ?」





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