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マラネリ王国

●アメリカ合衆国 シカゴ ドイツ軍宿舎

 エレナ達の部隊は、ほぼ全滅に近い損害を出したことでようやく後退が認められた。

 シカゴ付近に展開する飛行艦に収容されたエレナ達と入れ替えに、ゼックス小隊、ノイン小隊が前線に向かった。

 騎体の整備が開始され、騎体を整備部隊に引き渡したエレナ達は、宿舎に指定されたホテルに入った。

 数日ぶりのシャワーを浴びたエレナは、それだけでホクホク顔だ。

 ヘルガにより、部屋で食事を済ませるように強く命じられたエレナは、鼻歌を歌いながら、注文したピザトーストにトッピングをしている。

 薄くスライスされたトーストにトマトソースをかけてサラミやチーズをふりかけるまではいい。

 問題はそこからだ。

「……ねぇ」

 ヘルガは努めて平静さを維持しながら訊ねた。

「それ、何?」

「キムチ。白菜って野菜を漬けたものよ?」

「……へえ?」

「これに、マヨネーズをたっぷり塗って」

 次にエレナがトーストに乗せたのは、ピンク色をした得体の知れない物体だった。

「それは?」

「塩辛。イカの漬け物。これにオイルサーディンをのせて蜂蜜かけて完璧よ」

 ガタッ

 不意にヘルガが席を立った。

「どうしたの?」

「ちょっと……トイレ」


「白兵戦は一段落ついたそうよ」

 ヘルガが戻った時には、エレナは食事を終えていた。

 ヘルガ用にも作ったというピザトーストをヘルガは固辞したのは当然だ。

 ヘルガはホテル自慢のコーヒーを楽しみながら言った。

「凄まじいことになったそうよ?」

「白兵戦なんて、そんなものでしょう?」

「互いに銃がスコップに変わって殴り合いになって、スコップがナイフや石、そして拳に代わり……」

「……」

「お定まりの血まみれ地獄の出来上がり」

「……神様」

 エレナは祈るように膝の上で手を組むと瞑目した。

「私達に阻止が出来たとはいわない。乱戦になれば、メサイアに出来ることはない。なにより、人海戦術に対抗できる装備は、あの時点では前線に配備されていなかったから」

「戦線の状況は?」

「前線は何とか維持している。でも、補給線が空爆で寸断されて、補充が思うようにいかないらしくて。飛行艦隊が危険を冒して物資の輸送を試みているそうよ」

「あの泥濘は悪夢よ。日差しも強いし」

「別部隊がM40火炎放射装置を装備して前線で動いているから、少しは変わるわよ」

「敵の掃討に?」

「いえ」

 コーヒーカップを握るヘルガの手が止まった。

「前線の焼却が必要なの」

「焼……却……?」

「疫病よ」

「まさか!」

「詳しくは知らないけど、病原菌を持った中華兵の死体から発生したらしい。媒体は蚊や蠅。そしてネズミ。感染した場合の致死率は30%程。脳みそやられるって。前線ではすでに数百人が感染している。さらに後方に下げられた負傷兵が市民に対する媒介になったケースも」

「何で……そんなことに……」

「泥濘に半ば埋まったままの死体が腐敗を始めている。

 死体に蠅がたかって、ひどい所は異臭が立ちこめて息が出来ない程。

 ところが、回収作業は、互いの狙撃兵を恐れて思うように行っていない。

 そこに病原菌が繁殖する仕組みね。

 とどのつまり、この厄介者をまとめて始末したいから、衛生上の理由から、戦場を焼き払うって寸法よ。広大な前線全てに消毒液や殺虫剤ってわけにもいかないからね」

「護衛はゼックス小隊が?」

「ヴェラ中尉は無能ではないわ。フォイルナー少佐の下に無能はいない」

 そこまで言って、気がついたようにヘルガは小さく言った。

「味音痴のバカ一人をのぞいて」

「何よ!」

 エレナは言った。

「私はおいしい食べ方知ってるだけよ!」

「少佐にそれを出してご覧なさいよ。少佐からどんな評価受けるか知れたもんじゃない」

「ううっ……って?」

 あれっ?という顔でエレナは訊ねた。

「少佐が来るの?だって、少佐は今」

「マラネリがデュミナスの引き渡しにようやく応じたのよ。少佐とクレッチマー中尉がテストに派遣されていたけど、騎体と共に、最終評価のために前線に入る」

「いつ?」

「明後日には来るはずよ?」

「ど、どうしよう!」

 エレナが真っ青になって立ち上がった。

「何の準備もしてない!化粧品とか香水とか!」

「あんたって、変な所でマトモなのよねぇ」

 ヘルガは呆れた様子で言った。

「落ち着きなさい。出会うのは前線。しかも、エレナが面と向かって二人きりになる機会は、ありえない」

「そんなことない!」エレナは力説した。

「何かの間違いってことだってあるでしょう!?」

「その言葉が出てくるあたりは、どうなのかしらねぇ……とりあえず、クレッチマー中尉とあんたじゃ、最初から勝負になってないことは確かね」




●大西洋上 マラネリ王国

 大西洋上に存在するとある島に、ダイヤモンドを基幹産業に据える王国がある。


 名をマラネリ王国という。


 小国でありながらも高い経済力と科学力を持つこの国は、この混迷の状況において、世界の注目を集める国となっている。


 メサイアの開発と輸出において世界最大手の一つに数えられているためだ。



 マラネリ王国軍基地。

 そこには、2騎のメサイアが並んで立っていた。

 漆黒の黒と、純白の二色に塗り分けられた2騎の肩は、テスト騎を示すオレンジに塗られ、国籍マークは、マラネリ王国軍となっている。

 まるで西洋の塔を思わせる高いホーン・マストが特徴的なメサイア。

 名をデュミナスという。

「貴国のご協力に感謝します。陛下」

 その足下で、独軍の軍服を身にまとう男が敬礼した。

 銀髪に褐色に日焼けした肌を持つ男。孤高に生きる野生の狼さながらの印象さえ受けるその男は、ヴォルフガング・フォン・フォイルナー少佐という。

 独軍のアフリカ奪還作戦の最も初期から一貫して戦闘に参加。“黒狼”の異名を世界にとどろかせた男だ。

「陛下はやめて欲しい」

 敬礼を受けたのは、彼の前に立つ少年。

 いや、少年という言葉自体が不釣り合いなほど幼い、ほんの10歳くらいの小太り気味の男の子。

「僕は殿下と呼ばれたいのでね」

「……失礼。殿下」

 10歳の子供とは思えないほど、しっかりとした物言いは、かなり堂に入っている。

 それも当然だ。

 フォイルナー少佐の目の前に立つのは、この国の少年王だ。

 他国の一介の軍人に過ぎない少佐に非礼は許されない。

 少佐は、戦場育ちの無粋さを感じさせない、軍人らしい動作で非礼を詫びた。

「いい。よく間違われるんだ。殿下という呼び名自体、僕のワガママに近い」

「……」

「フランスもロンギヌスを改修させる所だし、この騎がドイツの役に立ってくれることを願うとしよう」

「フランスがロンギヌスを、ですか?」

「初耳か?」

「はい」

「そうか……フランスも日本戦線で魔族軍のメース相手に大敗を喫し続けている。戦線の状態は大変興味深い。僕も知り合いの“見通者シーカー”仲間を通じてデータを手に入れるため、近々、戦線に向かう予定だった」

 殿下は、その時、おや?という顔になった。

「少佐達は日本には?」

「いえ」

「ということは、メース相手の戦闘はまだ、か」

「はい」

「魔族軍のメースについてはどう思う?」

「未知数……としか言い様がありません」

 少佐はよどみなく答えた。

「かなりの性能とは聞きますが」

「“見通者シーカー”仲間では、僕に次ぐ実力者が日本にいてね?彼女の分析ではロンギヌスやグレイファントム、スターリンといった平均的メサイア相手では、比較にもならないそうだ。興味深いだろう?」

 ピクリ。と、少佐の眉が動いた。

「戦斧で割れる装甲はどこにも装備していないバケモノ。それがメースだ」

「……」

「フランスはロンギヌスの改良版、アジュールで対メース用兵器の運用を可能にした。

 後で見ておくといい。

 フランスからは、他国に見せるなとは言われていない」

「……感謝します」

「うん。さて」

 チラリと、目の前に立つメサイアを見上げ、殿下は言った。

「こいつの感想は?」

「語る言葉が思いつかない」

 少佐は、はっきりと言葉を選ぶ様子で言った。

「それほど、優れた騎です」

 少佐の横に立つ副官、ブリュンヒルデ・クレッチマー中尉は、彼が興奮していることをそれで知った。

「パワー、機動性、共に……その」

 普段からは考えられないほど、少佐は興奮し、それだけに言葉を上手く舌に乗せられずにいるのがはっきりわかる。

「……君は」

 フンッ。

 殿下は悪戯っぽく言った。

「女の子を口説くのは苦手そうだな」

「……」

 少佐が絶句した顔になった。

「気にしなくて言い。褒めているのだ。僕は多弁なヤツより、君のような木訥な方が好きだ」

「……はっ」

「カイザーには、この騎をノイシアの後継騎として正式に採用して欲しいという願いがあるし、僕にも僕で意地がある」

 殿下は少佐を見た。

「僕は君が気に入っている。

 君のような英雄には、平凡な騎に乗って欲しくない。

 何より、この僕が、君達のような英雄の座乗騎を生み出したとなれば、それはそれで名誉なことだ」

「……面はゆいお言葉です」

「事実だよ。デュミナスは、僕達マラネリがドイツ軍に引き渡すことの出来る最高傑作と言って良い。その言葉に偽りはない。信じてくれ」

「……はっ」

 フォイルナー少佐は、姿勢を正して敬礼した。

「皇帝陛下と独国民に代わり、デュミナスをいただけることを感謝いたします」




 数時間後―――

 少佐達の乗ったTACタクティカル・エア・カーゴが基地を離陸した。

「行きましたね。殿下」

「うん」

 遠ざかっていくTACタクティカル・エア・カーゴを見送りながら、殿下は小さく頷いた。

「僕は僕でやるべきことはやっているはずだ。後は、あの二人がどれ程派手に扱ってくれるかにかかっている」

「それにしても殿下」

 お付きの武官が不思議そうな顔をして訊ねた。

「今回は、随分と大盤振る舞いですね」

「何が」

「デュミナスですよ。少佐達は知らないでしょうけど、採用通知を受けるより量産を先行させているし、騎体価格も抑えている。既に第一ロット分、12騎がロールアウト寸前ですよ?」

「当然だ」

 殿下は言った。

「この先、メサイアはどんどん足りなくなる。消耗に補充が追いつかなくなるのは目に見えている。ドイツが買わなくても、他が買ってくれるだろうさ」

「成る程?」

「少佐達の先行量産型と違い、冗談でつけた可変収納装置をオミットした分、生産単価も整備性も格段に改善されている。パワーはまぁ……僕の読みが正しければ、エンジンがエンジンだから」

「絶対無敵、常勝無敗―――そんなところですか?」

「莫迦な」

 絶対無敵

 常勝無敗

 騎士達なら誰もが憧れる言葉を、殿下は鼻で笑った。

「そんなもの造ったら、商売あがったりだ。適当な所で倒れて、次の注文が来るようでなければならない。一回商えば次がない。それじゃ、投資が回収できるか。馬鹿者」

「目標は、量産数の確保ですか」

「当然だろう?僕達は、ビジネスでメサイアを建造しているんだぞ?」







----キャラクター紹介----------


少年王

・マラネリ王国国王。

・ルーク・フォン・クリスタル・ウマント・ド・マラネール23世が正式名。

・即位はしているので陛下が正しい尊称のはずだが、周りには殿下と呼ばせている。

・“見通者”にして“魔法騎士”。

・自尊心と責任感は人一倍強い。

・当初は金儲けのつもりだったが、メサイアを建造する理由は次第に紅葉にオトコとして認めてほしい欲望へと変わっていく。

・ちなみに、後に紅葉と結婚する。

【ネタバレ】

・無論、わかる人にはすぐわかる、「あの人」がイメージ。

・潰れ肉まんと見るか、とろろあおいと見るかはお任せします。

・作者が大ファンのため、ついに抑えられずに出演!

・かつて全巻所有していた天才キャラはそのままです。



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