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泥濘の戦場

●アメリカ軍呼称“アラモ”防衛線 前縁2キロ地点

 ドーン

 ズーン

 遠くでプレス機の動くような音がする。

 メサイア同士の戦闘音だ。さっきより音の数は減っているが、まだ騎士達の戦いが続いていることは、その音が教えてくれる。

 早く戦いが終わってくれればいい。

 騎士達が戦うだけで十分じゃないか。

 そう思う。

 多分、陣地で俺達を待ちかまえる米兵だって、同じ気持ちだろう。

 少なくとも、中華帝国軍の歩兵達は、口にこそださないにしても、内心ではそんな考えを共有していた。


 今の最前線は、砲撃もなく、兵士達の叫びもない。

 ただ、雨音と時折聞こえてくるメサイア同士の戦闘音だけが耳に届く静かな世界だ。

 平地に開いたクレーターを塹壕として、その中で手持ち無沙汰に銃を点検していた歩兵の一人が空を見上げた。


 長い雨が、ずっと降り続いている。


 彼が覚えている限り、昨日の朝からずっとだ。


 よく降りやがる。と、口の中で呟く。別に不満として呟いたわけでもないのだが、神がどういう判断を下したのか、不意に鉛色の空に薄日が差してきた。

「……まずいな」

 雨は嫌いだが、この雨ばかりは止むと困る。

 歩兵達の指揮官は、晴れたら攻撃を開始すると事前に宣告している。

 この雨は、戦争を止めてくれる“恵みの雨”なのだ。

 歩兵は、狙撃兵に気をつけながら周囲を見回した。

 砲撃戦によって開いたクレーターに雨水が染みこんで無数の池だらけになった大地。

 かつては観光向け写真にも使われた美しき平原だと聞かされていた場所。

 どこから仕入れてきた情報かは知らないが、乾燥した大地を道路が一本だけ通っている。身を隠すことも出来ないような真っ平らな世界が地平線の向こうまで広がっている。

 偉大なる我が祖国のそれとは勝負にならないにしろ、一見の価値はある。

 そんな所だったはずだ。

 それが、今では忌々しい湿地帯、泥の地獄として彼等を出迎えていた。


「―――くそっ!」

 塹壕と呼ぶにはあまりに酷い砲撃孔の中で、指揮官が伝令相手に毒づいた。

 歩兵には、その毒づく意味がすぐにわかった。

 ―――ああ、神様。

 北米大陸で、中華帝国の神様がどれ程役に立つのかわからないが、それでも歩兵は天を仰いだ。

「弾薬装填!」

 彼が天を罵る前に、指揮官が号令を発した。

「砲撃が開始され次第、地獄に突っ込むぞ!」




「中華帝国軍歩兵部隊、前進を開始!」

「そんなこと言われたって!」

 エレナは怒鳴った。

「こっちだって大忙しよ!」

 エレナ達エルフ小隊は赤兎で編成される中華帝国軍メサイア部隊との交戦の真っ最中だ。

 対メサイア戦装備のまま歩兵掃討任務に就くなんて、人が素手で毒アリの群れを殺せと言われたようなもので出来るはずがない。出来たとしても、無傷ではすまない。

 ここ数日の戦闘で、エルフ小隊は戦力をほとんど失っていた。

 配備されるはずだったゼックス小隊、ノイン小隊が指揮官騎の故障を理由に到着が大幅に遅れているせいだ。

 ツェーン小隊と合わせても一個小隊の頭数を維持していない。


 喪失したわけではなく、ほとんどの騎が自力移動できるし、死傷者も出ていない。

 しかし、それぞれに損傷を理由に戦闘不能と判断され、後退させるしかない状況に追い込まれたのだ。


 メサイアは戦車のように前線で整備や修理が出来る代物ではない。

 整備したければ後方に下げて行う必要がある。

 敵は、そんなメサイアの事情を逆手に取った戦術、属に“半殺し”と呼ばれる手法をとってきた。

 敵が狙うのは、メサイアの撃破ではない。敵の狙いはメサイアの右腕と股関節だ。

 冗談みたいな話だが、構造が人間と同じである以上、ここを破壊されると、メサイアは全く使い物にならなくなる。


 赤兎達はそれを狙っている。

 

 それが、ヘルガの意見だが、エレナはその意見を認めていない。

 そんなことをしなくても、敵は十分に厄介だ。

 武器の性格からして、大破させることが困難で、擱座程度で済んでいるだけだ。

 それがエレナの意見だ。


 赤兎の武器とは何か?


 エレナに言わせると、生身の人間なら死ぬ程度のダメージは与えられる系の武器。

 六節棍。

 柔軟に鞭のようにしなるが、必要な時には棒としても機能する。

 棒系武器のため、どうしても打撃力は低いが、鞭のように曲がる特性によって、予想外の方向からの攻撃が可能で、遠心力を簡単に加えられる分、スピードも速い。攻守共に使える万能に近い武器だ。


 赤兎が何回目かの横薙ぎの攻撃をしかけてきた。

 後退した大半の騎が、この一撃を戦斧で受け止め、折れ曲がった複数の節を腕に喰らった。

「―――そこっ!」

 エレナは騎体をひねってその一撃を回避。敵の脚めがけて“グングニル”を突き出した。

 中華系武術が基本動作となる中華帝国軍メサイアの動きは恐ろしく速い。

 そして、彼等と対峙した多くの騎士が、その動きに翻弄され、本質的なことを見落として、倒されていく。

 エレナは、本能的なレベルで、その本質的なことを理解し、そしてそこを攻めた。


 本質的なこと。


 それは、如何に中華帝国軍が駆ろうとも、それがメサイアである以上、どうしても脚を軸に動くということだ。

 中国人の演舞でよく見かけるあの回転運動や地面を転がる動作を、自重数百トンのメサイアにやれというのは、関節を自ら破壊しようとするのと同じだ。

 また、騎士が駆る以上、メサイアの特性である加速は脚で産む。

 そうである以上、メサイアの一切の動作は、脚が軸になる。

 上半身がどれだけ派手に動こうとも、脚はそうは動かないのだ。


 だからこそ、エレナは脚を狙った。


 ガンッ!

 “グングニル”が右足の付け根に命中し、右足が根本から切断された。

 六節棍を振り下ろそうとした姿勢のまま、赤兎が後ろに倒れた。

 ほんに一瞬、動きを止めた赤兎だったが、右足を失ったまま起きあがると、六節棍を振り回し始めた。

「大人しくしていればよかったのに!」

 “グングニル”が赤兎の頭部を貫通した。

 六節棍が赤兎の手から放れ、あさっての方角へ飛んでいった。

MCRメサイア・コントローラー・ルームを狙ったのは」

 ヘルガが冷たい声で言った。

「私に対する当てつけ?」

「そんなことないです!」

 エレナは、新たな敵をみつけようと、周囲を見回した。

「マリア!ルナ!状況は!?」

「ルナよりエレナ騎!マリアがやられました!」

 ルナ騎からせっぱ詰まった声で通信が入った。

「コクピット大破!危険な状態、後退を申請中!」

「場所は!?」

「エレナからみて4時方向、距離500ちょい!敵1騎接近中!」

「そっちへ向かう!持たせて!」

 エレナは騎体を4時方向に前進させつつ、苛立った声を上げた。

 戦況モニターがブラックアウトして彼我の状況がまるでわからない。

 司令部からのデータリンクが使い物になっていない証拠のようなものだ。

 おかげで戦況どころか、味方がどこにいるかさえ判然としない。

 戦況さえ把握出来れば、こんなことにはならなかったのに!

「ルナよりエレナ!司令部から許可が出ました!マリア騎、後退します!」

「ヘルガ、司令部に増援を要請して!戦況は最悪だって!」

「司令部に増援に回せる戦力があると思う?」

 ヘルガは冷静に言った。

「修復に回された騎は300キロの彼方よ?」

「ハァ……私達も、どっかで破損して後ろへ下がる?」

「そうしたいのは山々だけど」

 ヘルガは言った。

「ここにいる歩兵部隊を見殺しにしたって言われそうで嫌ね」

「……同感」




●“アラモ”防衛線最前縁

「メサイアがまだ踏ん張ってくれているから」

「クラウツにしては根性のあるようで」

「ああ」

 最も前縁にあたるAラインの塹壕で、C中隊を率いるロバート中佐は双眼鏡から目を離した。

「子供を連れてくれば喜んだろうがな」

「教育上問題です」と、副官のホーバーズ軍曹は言った。

「俺が親なら、あんなのは見せません」

「お前の子供達がこんなところでうずくまっているのは、その教育方針のせいか」

「……なんとでも」

 建設途中でハリケーンに遭い、水浸しになったままの塹壕と、砲撃孔を利用したタコツボの中に潜む兵士達は、その多くが下半身を泥水につけたまま、穴の中でじっとしていた。

 下手に動くだけで体温が奪われることを知っているからだ。

「中佐」

 ロバート中佐の横にいた通信兵が言った。

「師団司令部より連絡。中華帝国軍歩兵部隊が前進を開始」

「中隊に戦闘準備命令。バルカンに電源入れろ。近接防御用の火炎放射器用意」

「了解」


 キュイッ


 背筋がヒヤリとする音がした。


「来るぞっ!」

 誰が叫んだ途端、


 ズンッ!


 破裂音が炸裂して、小さな爆発が発生した。


 それが始まりだった。


 ズンッ!


 ズンッ!


 爆発は段々と近づいてくる。


 塹壕だろうとタコツボだろうとお構いなしに降り注ぐ。


 迫撃砲なのか砲撃なのかさえはっきりしないし、前線の兵士達にとってたいした問題ではない。

 一発の破壊力が高かろうが低かろうが、それに襲われる兵士達にとって、それはどうでもいい問題なのだ。


 タコツボから顔を出せば命はない。

 それはわかっているが、穴の中で泥だけ見ているのは逆に不安になる。

 兵士達は、恐る恐る縁から顔を出しては爆発音に首をすくめた。


 銃を握る手が震えるが、どうしようもない。

 緊張の余り胃液を吐き出す兵士が続出する。

 砲撃に巻き上げられた泥と泥水が空から容赦なく兵士達に降り注ぐ。


 砲撃がついに陣地全体を捉えた。

 塹壕やタコツボに飛び込んだ砲撃の爆発が、兵士達を引きちぎり、出来の悪い玩具のように宙へ巻き上げた。

 その間、兵士達に出来ることは、神様にお祈りするか、罵るか程度だった。


 永遠とも感じるが、それでも実際の砲撃時間は3分程度。

 地獄の嵐か終わった。


 静寂が再びあたりを包み始めた。

 せいぜい聞こえてくるのは、衛生兵を求める声か、うめき声だけだ。



「敵が来るぞ!」

 メガホンがキーキー割れた音を立てる。

 狩野粒子によって無線が使えない状況。兵士達は伝令がメガホンによる情報伝達か頼りだ。


「銃を構えろ!」

 別なタコツボに陣取る小隊指揮官の命令に、兵士達は塹壕から顔を出して銃を敵が来るだろう方向へ向けた。

「こりゃ、地獄になるぞ」

「今だって十分な地獄だよ」

「違いない」

 兵士達は震えながら銃を握る。

「……あ」

 砲撃の煙の向こうに動くものを見た。

 目を凝らして、それが人間であることを知った。

 こちらに向かってくる人間。

 つまり―――敵だ。

「あ、あいつらを撃てばいいのか?」

「そういうことだと思うよ?多分」

 間抜けな話に聞こえるかもしれない。

 だが、彼等はつい先日まで町中でハンバーガーをかじってバカ騒ぎに興じていた若者達、つまり、志願兵に過ぎない。

 銃を握ったこと自体が、訓練を開始して初めてなのだ。

「俺……チビっちゃった」

「勘弁してくれ」

「はやくこのタコツボから出なくちゃ、ションベンまみれになる」

「少し黙れよ。トミー」

「ライアンはよく冷静でいられるね」

「冷静なら」

 彼は何故か尻のあたりを撫でた。

「……クソもらしたりなんてするもんか」



 中華帝国軍歩兵部隊の動きは鈍い。

 足場が悪い上に、どこに地雷が埋められているか。不発弾があるかわからないのだ。


「クレイモア用意!」

 小隊指揮官の怒鳴り声に、トミーは塹壕の縁においてあった対人地雷を設置した。

「訓練通り」

 自分に言い聞かせるように、トミーは教えられた手順に従って起爆装置をセットする。

「訓練通りにやれば大丈夫なんだから」

「そうだ」

 銃を構えながら、ライアンは言った。

「訓練通りにやって、生きて帰るんだ。勲章もらえば就職だって出来る」

「そう……だね」

 起爆装置を握りしめながら、トミーは小隊指揮官の命令を待った。

 すでに顔がはっきりわかる程、敵は近くにいる。黄色人種はサルに似ていると言うが、サルよりゴリラに似ているな。と、ライアンは思った。

「まだだ!」

 小隊指揮官は叫ぶ。

「よく引きつけろ!無駄弾は―――」


 ズンッ!


 ギャァッ!?


 小隊指揮官のタコツボからそんな音がした。

 驚いたトミーがタコツボから半ば身を乗り出して見たものは、もうもうと煙を上げるタコツボと、そこからはみ出た格好で転がっている得体の知れない黒い物体―――小隊指揮官の死体だった。


「グレネードが飛び込んだんだ」

 ライアンにベルトを引っ張られ、タコツボに引き戻されたトミーにライアンは言った。

「やれ!」

 トミーは何度も頷くと、手にした起爆装置を手順通り三回、握りしめた。




 何が幸運で、何が不幸かわかったもんじゃない。

 中華帝国軍歩兵部隊に所属する丁二等兵はその時、泥に足を取られて転んだ。

 顔面を泥水に突っ込み。メガネが泥まみれになって何も見えない。

「何やってんだ!」

 後ろを歩いていた若い兵士が怒鳴る。

「トロトロしてんな、クソオヤジ!」

 中年の坂をかなり上ったところで軍隊から徴兵された彼は、若い兵士からすれば確かにオヤジと呼ばれる年頃だ。

 高級指揮官達は丁とほとんど同じ年頃。そんな年頃で二等兵となれば、若い兵士でなくても軽蔑される。

 やり場のない怒りを胸に秘めながら起きあがろうとした丁だったが、


 ドンッ!

 

 突然の爆発音に驚いて、身を伏せたまま固まったように動かなくなった。


「?」

 爆発の音からしばらくの時間が過ぎた。

 恐る恐る辺りを見回すと、目の前を歩いていたはずの兵士達の姿がない。

「……あ、あれ?」

 味方は、どこへ行ったんだ?




「やったぜ!」

 ライアンが歓声をあげた。

「敵はふっとんだ!」

 まるでお気に入りの野球チームがリーグ優勝したかのようにガッツポーズまでとるライアン。

 その横で、新しいクレイモアを用意しながら、トミーは言った。

「まだ……来るよ」



「第一波、全滅!」

「だからどうした!」

 前を進む部隊がクレイモアに吹き飛ばされた光景に悲鳴をあげた兵士を、指揮官は怒鳴りつけた。

「数ではこっちが勝ってるんだ!ツベコベ言わずに前に出ろ!」




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