人間の盾
●東京都葉月市 近衛軍ラボ
「戦線はほぼ膠着状態」
美奈代達を前に、紅葉は言った。
「本来なら、私達が襲うべきは前衛でチマチマやってる連中じゃない。ヒューストンにある門を狙った強襲が最も相応しい」
「どうしてやらないのですか?精密誘導ミサイルでも十分」
祷子が首を傾げる。
なんでもない、そんな仕草でさえ、気品があふれている。
正直、美奈代は祷子の横にいて、いろいろ惨めだった。
「もし許されるなら」
紅葉は肩をすくめた。
「反応弾撃ち込んではい終わり……でも、それはマズいのよ」
「?」
「見る?」
紅葉は美奈代と祷子の前で端末を開いた。
「ハリケーン被害でもしかして、って、期待はしてたんだけど……無理だったのよね」
意味不明のことを呟いた紅葉がモニターに映し出したのは、港の写真だった。
「ヒューストン港ですね?ハリケーンの影響は……かなり」
「姫さん。その通り。高潮の影響で港湾施設に深刻な影響が出ている。でもね?米軍が本気で門を叩けない、最大の理由は―――これ」
紅葉が指さしたのは、洋上、門の裏側に浮かぶ数隻のタンカー及びコンテナ船。まるで門を護るように、並んで浮かんでいるのが気になった。
「ハリケーンの時にどさくさ紛れにやっちゃうのが良かったのかもしれないけど」
「?」
「これ……そんな!」
美奈代は怪訝そうな顔をしたが、祷子はすぐに顔色を変えた。
「……ず、ずるい!」
「天儀?」
説明を求める美奈代に気付くこともなく、祷子は絞り出すような声で言った。
「人間の楯……ですか」
「そうよ」
紅葉は頷いた。
「コンテナ船に市民を……FBIの調査が正確なら、一隻当たり100人前後。合計で1200人が収容されている」
「そんな……」
「まぁ、コンテナ船って下手なビルより広いから、浮かぶ収容所としては使い勝手がいいでしょうけどね」
「収容されている人達の生活は」
「港から伸びるパイプは、電気と上下水道を引いている証拠」
「そんなに悪くないと?」
「どっちにしても下手な攻撃は出来ない」
「門だけを狙撃するとか」
「FBIが興味深い報告している。っていうか、中華帝国軍が警告がわりに情報をリークしたというのが正しいでしょうけど―――見て」
紅葉は、門の写真を拡大した。
門のあちこちに設置されていてる箱状の物体。
「―――センサーよ。これみよがしに取り付けている」
「門に対する攻撃を受けたら、自爆させるとか」
「そう」
驚愕する美奈代に、紅葉は頷いた。
「センサー一個一個が、収容所となったコンテナ船の独房コンテナに設置された爆発物の起爆装置。下手な攻撃一個で、どこかの独房が……ドン」
「……」
「攻撃を受けたら殺すんじゃない。攻撃した者が殺すことになる。しかも」
紅葉がため息混じりに指で突いたのは、タンカーだ。
「中に原油を満載している。この規模のタンカーが爆発して原油が流出したら、メキシコ湾の生態系は壊滅するわ」
「……」
美奈代は額に手を当てて、天井を仰ぎ見た。
「精密攻撃なんて意味はない。門の動力源切断も無理。動力が切れた時点で起爆装置は全部作動する可能性―――ううん。確実に千人が吹き飛んで、メキシコ湾の魚介類が死滅して……」
ハァッ。
紅葉は肩を落とした。
「攻撃者は、中華帝国軍顔負けの悪役になるわ。折り紙付きのね」
「それが攻撃出来ない理由……ですか」
「そう。対空防衛部隊にミサイル護衛艦、そしてメサイア。十重二十重の鉄壁の防御を誇る中華帝国軍を突破して陸戦部隊をヒューストンに叩き込んで、港を制圧するしかない」
「開放したければ、確かに総力戦しかないですけど……」
祷子は訊ねた。
「そんな余力があるのですか?」
「ない」
紅葉は即答した。
「海外展開中の部隊を呼び戻しつつあるけど、まず無理ね。間に合わない」
「間に合わない?」
「姫さん。忘れないで、私達に残された時間はもう1ヶ月ないのよ。一ヶ月が終わるまでに、中華帝国軍を海に叩き込んで、余った兵力を日本へ向けてもらわなければ、意味が無くなる」
「私達に、どうしろと?」
「―――ま、派手に日本を売り込んで頂戴」
「売り込む?」
「そうよ?」
紅葉は嫌な笑みを浮かべた。
「米軍はね?市ヶ谷のバカ共よりは現実的で、しかも有能なのよ。同類の有能は大好きなの……わかるでしょう?そんな連中が今、腹の中で何考えているか。本土を奪還すれば終わり?アメリカ人は、そんなにお行儀よくないし、日本人の大好きな大人の対応ってヤツは大嫌いなタイプ。目には目を。殴られれば数倍返しが相場―――私はそういうの、大好きだけどね」
「……本土奪還の後、ユーラシア大陸に攻め込むというのですか?」
美奈代は、脳裏に浮かんだ光景を、素直には受け入れられなかった。
「我々は、魔族という共通の敵がいるのです。それを」
「米軍にとっちゃ」
紅葉は美奈代の言葉を遮った。
「魔族だろうが誰だろうが、立ちふさがる敵なだけ。北京への道を邪魔するなら倒す。それだけよ。下手な人道話を軍人の身で語りなさんな」
「……っ」
「海外展開部隊のうち、日本や東南アジア派遣部隊の中核をほとんど動かしていないのがその証拠。彼奴等は、絶対に北京を石器時代に戻して」
紅葉の視線が、壁に貼り付けられていた世界地図に向かった。
「……南米の次の開拓地を手に入れるつもりよ」
「南米の二の舞になりますよ」
不意に、祷子が心配そうな顔になった。
「南米は、放射能汚染がひどくて……旧ブラジルなんて」
「南米の耕作可能地域の45%が人体の生存すら適さない……耕作可能地域でよ?アメリカ人にしてみたら、大損だったわけよ。開拓地だなんて言って、他人の土地横取りしてみたら、不毛の大地だったわけだし」
「それでも―――戦後の経済発展では」
「地下資源を手に出来ただけ。工業生産力は、ご多分に漏れずにチンク共の計略にそって」
「……」
「土足で自分の家を踏みにじられた恨み晴らした挙げ句、分捕られたって怒りを晴らす絶好の機会―――大尉?もし、あんたが今のアメリカ人だったら、どうする?牧師さんみたく、無意味な平和を解く?」
「……」
「アメリカは動く」
紅葉は力強く言った。
「仮は数倍返し―――それが連中の相場だから」
●鈴谷艦内 ブリーフィングルーム
「現状、ヨーロッパ・中東方面担当の第4から第6までの全艦隊が大西洋に展開する。目的は、フロリダ半島の奪還及び、フロリダ海峡の確保。
……まぁ、黄海からヒューストンまでの航路は完全確保されているから?海峡の制海権を確保することにどの程度の意味があるんだろうねぇ」
皆の前で後藤が言葉を続ける。
「……空軍は、敵主要陣地に対してB-32による中華支配地域への大規模戦略爆撃を実施する予定。これに先だって、沿岸部は艦艇及びP-51マスタングとA-1スカイレーダーにより構成される航空爆撃をかけるが……」
後藤はここで言葉を止めた。
「こんな半世紀も前の武器で戦えるのは、せいぜいそこまで。後の主力はメサイアだ」
「……」
皆が、沈黙したまま話を聞く。
「米軍は狩野粒子影響下での戦闘を今までほとんど想定していなかった。
だからM1なんて電子装備満載の戦車を未だに作り続けていた。買い手もないのによくやるよ……まぁ、ぶっちゃけ言うとさ?戦車造るよりゃ、メサイアに金かけてたワケだ。ウチと同じでね。
とにかく、おかげで陸軍が使える兵器が全然足りない。
民間の中古業者から買いあさった大型トラックやSUV改造したテクニカルが米軍の主力兵器といってもいい。
どっちにしても、今さら血道を上げてライン構築しても間に合わないさ」
「それでも航空機は潤沢なんでしょう?」
「元は海外輸出用」
「……ああ」
芳が納得した顔になった。
「そういうことですか」
「ちなみにA-1の買い手は日本だった。それを全部、メーカーが勝手に米軍に転売って寸法」
後藤は指示棒で肩を軽く叩いた。
「続けるよ?俺達近衛は派遣部隊が3つ。
主要任務は、後方の攪乱。
独立駆逐中隊とラグエル隊、そして電子戦小隊で編成される混成部隊として機能する。中核部隊はラグエル隊……だったんだけど」
後藤は少しだけ、顔をしかめた。
「ラグエル隊の北米派遣は中止。電子戦闘小隊は、機器補充が消耗に追いつかず、作戦参加不能……まぁ、本音で言えば、整備ミスが原因で動けない。ついでに、あのヘッポコの騎は、未だ届かない……」
どうしろってんだ。と、後藤がめずらしくぼやいた。
「都築達は、無事なんですか?」
「元より急造品だからねぇ……みんな元気だとさ」
「中佐。ラグエル隊の派遣中止とは?」
「一度にいろいろと聞くなよ。……月城さん。そいつぁ、俺にもわからん。他の作戦に参加させるというが、ラグエル隊が必要な作戦なんて、日本であるとは思えないしなぁ……どう思う?」
「それこそ、私に聞かれても困りますが」
月城も首を傾げるしかない。
「本国での戦闘は停止と聞いていますし……今、敵がいるとは」
「だよねぇ……おかげで、電子戦小隊による情報収集、弾着観測支援を受けながら、Fly ruler及び狙撃部隊の火力攻撃により敵部隊を叩くって作戦は全部水の泡。
それでも、ここで油売っててもしかたないワケだ。
送り込まれた以上、戦果は挙げにゃならん。
そんなワケで、明日、鈴谷はこの港を出港する。
目的地はミズーリ州だ」
「ミズーリ?テキサスやイリノイじゃ」
「最前線で他国軍と仲良く肩並べてってのは、俺達の仕事じゃないよ」
「いえ……そうじゃなくて」
宗像は言った。
「シャウニー国立森林公園辺りで、大きな前線が構築されつつあると聞いたので」
「そこまで知っていれは話は早い。だけど、もっと大きな視点に立ってごらん?別なものが見えてくる」
「……」
しばらく考えた宗像は、不意にギョッという顔になった。
「まさか!」
「そういうことさ」
後藤はニヤリと楽しげに微笑んだ。
「さすが和泉のダンナと褒めるにゃ、少し遅いな。和泉なら目的地聞いただけで悟っていたはずだ」
「……し、正気ですか?この頭数で!?」
「想定外の場所で甚大な損害を受けたとなれば、その対応に兵力をどうしても割かなければならない。俺達の仕事はそういう仕事だ」
「我々が」
ちらりと周囲を見回した後、
「我々5騎の前衛が、敵メサイアを引きつける間に、狙撃部隊が補給施設や他部隊を破壊……そんな所ですか?」
「そいつはケースバイケースだ。和泉と天儀を数えていなかった所は褒めてあげるけど」
「元々、天儀は」
宗像はやや早口で言った。
「我々の中でも単独行動が目立つ存在です。勘定入れづらいですし、和泉の新型ってのが、どんな性格のものかわかりませんからね」
「素直に忘れてたって言って良いよ?」
「……っ」
「あいつらは」
後藤は言った。
「勘定に入れなくて良い。あいつらは、こっちに来ても別部隊。斬り込み専門だ。敵地奥深くに強行侵入。敵を攪乱するのはあいつらの仕事。メサイア徹底的に引きつけてきた所にお前達が待ちかまえていて―――始末するってのが、和泉の基本方針らしい。つーかさ」
後藤は不敵に笑った。
「特に天儀は集団戦には向いていない。その傾向は和泉も強い。騎体の性格も違う。なら、あの二人組で行動させた方が分がいい」
「集団戦において、単独行動をとる者は邪魔だと?」
「そうとも言う。宗像ぁ。いろいろあるけど、そろそろ諦めて指揮官としての経験積めや。下手なプライド捨てて。生まれ変われ」
「……」
「簡単に言うなって顔してるけどな?宗像。お前にゃ、今回の作戦でいろいろ頑張ってもらうよ?」
「はっ?」
「まず、訓練兼ねて、お前に指揮権任せるからね」
「そんな!」
「言いたいことはわかったな?前衛指揮官はお前だ」
「月城大尉がいるじゃないですか!何で中尉の私が!?」
「大尉はお前のご意見番兼監視。お前の下で動いてもらうけど、基本的に口出し無用」
「そんな!無理です!出来ません!」
珍しく、宗像が青くなって席を蹴った。
「泣き言は聞かないよ。こりゃ、もう決定事項だ」
後藤は書類を小脇に挟んだ。
「―――まぁ、やるだけやってみろや。お前なら何とかなるさ」
「……」
「恐い顔すんなよ―――あの和泉でもやれたんだ。お前なら余裕だよ」
●東京都葉月市 近衛軍ラボ
「長丁場ですねぇ」
「8時間ちょっとの旅ね」
ラボに付属する滑走路からTACが1機、離陸していった。
紅葉と開発局のスタッフが乗っている。
その離陸を見送った後、滑走路の脇に並ぶD-SEEDと“死乃天使”が発進の許可を待つ。
コクピットの中でちらりと時計を見た祷子が言った。
「今頃、花のサンフランシスコでおいしいもの食べてるんでしょうね。みんな」
キュゥ
祷子はお腹を押さえながらぼやいた。
「お腹すきました……」
「あれだけ食べて……ね」
美奈代は、搭乗前に、食堂で祷子が積み上げたドンブリの数を思い出した。
「こちら飛行管制。X606及びX639」
管制塔から通信が入った。
「こちらX639」
「X639、離陸を許可する。規定プログラム通りの飛行を心がけよ。高度3600にて飛行管制を東京統合管制、バンド361に変更―――」
「X639了解」
美奈代は返事をしつつ、つくづく思った。
「……生きて帰ってこられるかしら。これって」




