エレナの食事
●アメリカ合衆国 シャウニー国立森林公園 アメリカ軍呼称アラモ防衛線
赤兎達の残骸が泥の海に浮かび、兵士達が残骸を調べている。
戦闘を終え、ツェーン小隊との警戒任務の引継を終えたエレナ達は、思い思いに騎体から降りていた。
損傷した2騎を後方に移動させたので、エルフ小隊は現状、4騎しか存在しない。
2倍を超える敵を相手に善戦。敵を撃退したことは誇るべきだと思う。
ただ―――
「何で怒られなきゃいけないのよ」
エレナは憮然として、折りたたみ椅子の上に座った。
泥の上はなるべくなら歩きたくない。コクピットに入った時に散々なことになるからだ。
赤兎のショルダーシールドや装甲を地面に転がして通路を造り、その上にいたのは、そんな理由だ。
「歩兵部隊の増援阻止なんて、私達の仕事じゃないでしょう?」
「仕方ないでしょう?」
簡易コンロでお湯を沸かしたヘルガが、ドライフーズのコーヒーをマグに入れながら言った。
「欲は膨らむものよ」
「ったく」
コーヒーを受け取ると、エレナは戦闘用レーションの包みを開き、タバスコのパックを取りだすと、マグの中に何の躊躇いもなく一滴残らず注ぎ込んだ。
「……」
怪訝を通り越した顔をするヘルガの前で、パックを捨てたエレナがポケットから取りだしたのは、“WASABI”と書かれたチューブ。鼻歌を歌いながらたっぷりと緑色のペーストをマグカップに入れたエレナは、スプーンで念入りにコーヒーをかき混ぜ、一気に飲み干した。
「おいしいけど、やっぱり物足りないわ。カイエンペッパーが切れちゃったのが残念ね。」
「……あのね?」
「何?」
「エレナって、確か、貴族の出……よね?」
「それが?」
「その……貴族様ってのは、そんなコーヒーの飲み方するの?」
「砂糖やミルク入れるほうがどうかしてるのよ。そうでしょう?」
「……」
ヘルガは、それが貴族としての意見なのか、エレナ個人の意見なのか、判断しかねた。
「みんながヘンなのよ。こっちの方が絶対、絶っ対においしいのに!これにリンゴ酢いれた、一番ベストな状態で飲んだら、“この一族の恥さらしめ!”なんて怒るんだから」
どうやら、エレナの個人的な意見だったらしい。
よかった。
安堵しつつ、ヘルガはほんのちょっと試してみようかしらと思って、やめた。
コーヒーだって貴重な飲み物だ。
変なことして浪費したくない。
恐る恐る、マグに口を付けた。
口の中に苦みと酸味が走る。
普通だ。
これでいいんだ。
ヘルガは、常識が口一杯に広がったのを楽しんだ後、コーヒーを胃袋に流し込んだ。
「……それで」
ヘルガは訊ねた。
「こっちの増援は?」
「大隊司令部から通達があった。新大陸軍は東海岸の防衛にやっきになってるから、期待薄だって」
「他の大隊はどうしたのよ。師団で来ているはずよ?」
「知らない。どうせ、フォイルナー少佐に全部やらせて、手柄だけは師団で受けるつもりでしょ?」
「少佐も気の毒に……新大陸軍の西海岸の部隊は」
「前線が広すぎて、そう簡単に回すだけの余裕はどこの部隊にもないって」
「司令部の受け売り?」
「当然。私にそんなことわかるもんですか」
パイロット用レーションをかじりながらエレナは、あっけらかんと答えた。
「それでも米軍の予備中隊が前衛に回されるって。それと裏情報だけど」
「何それ」
ヘルガはため息一つ、手の中でレーションを弄んだ。
パイロット用レーションは、味は確かにいいが、カロリー表示を見ただけで、女なら絶対に食べたくないこと請け合いだ。
女性騎士の間では“豚製造器”と陰口を叩かれる原因、即ち、8000カロリーを超えるという、恐ろしいほどの高カロリーを誇る。
しかも、このレーションで太った場合、何故か普通のダイエットでは痩せない。
やっとの思いでダイエットに成功したばかりのヘルガにとって、これを食べるのは、それこそ大嫌いなトマトを食べるより覚悟がいる。
食べても太らないと評判の新型レーションをどこかで手に入らないか。ヘルガは補給部隊と次に接触するスケジュールを思い出しながら、気のない返事をした。
「司令部との通信で、他に耳寄りな情報でもあった?」
「攪乱専門の部隊も、予備中隊と同じタイミングで入るって」
「攪乱専門?」
「強襲部隊って聞いた。司令部もよく知らないみたい」
「航空兵力のこと?」
「まさか。メサイアよ。それは確認した」
「無理よ」
ヘルガは私物のバッグにレーションの残りを放り込むと、通信販売で手に入れた日本軍のレトルトを鍋に放り込んだ。
カロリーは低めで、味もあっさりしているヘルガ好みだ。
ドイツを立つ前に在庫を買い占めておいて正解だったと、ヘルガはそう思っている。
「メサイアの飛行機動性の低さは知っているはずよ?」
「そんなこと、私に言われても知るものですか。でも、大隊司令部は後方攪乱作戦の存在は把握している。それが日本軍だってこともね」
「それ、どこで知ったのよ?」
「極秘よ。ご・く・ひ」
●鈴谷 甲板
「上陸中止だって」
「せっかく着いたのにあんまりだよね」
折角、北米へ入港したというのに、憮然とした顔で外の景色を眺めるしかない。
港から出ればアメリカだというのに、上陸許可が下りないのだ。
「遊びに行きたかったなぁ……」
皆、それが本音だ。
「何をしているか」
振り向くと、月城大尉が苛立った顔で仁王立ちになっていた。
「戦争に来ているんだ。近衛はお前達を慰安旅行に連れてきたわけじゃないんだぞ?」
「そりゃそうですけど」
涼は不満たらたらで言った。
「大尉だって、出航前に観光ガイドしこたま買い込んでいたじゃないですか」
「……情報収集だ」
グウォォォォッッ
爆音と共に、上空を突き抜けていったは間違いなくメサイアだ。
見慣れないその姿が強い日差しの中に消えていく。
「米軍……ですか?」
「……私も生では初めて見た」
月城が驚いた。という顔で空を見上げた。
「ブラッティ・ファントムだ」
「米軍の新型という、あれですか?」
「ああ。強襲部隊向け可変メサイア。アラスカで開発が進んでいるとは聞いていたが」
「可変メサイア?そんなの、何の役に立つのですか?」
「メーカーに問い合わせてみることだ。分厚い提案書が送付されてくるだろうさ。空中機動性能を向上させることで、空中ピケットを強行突破。そういう意味では、Fly rulerに近い発想で」
月城はおや。という顔になった。
「現行のラグエル隊はお前達と同期だったな。宗像中尉」
「はっ」宗像は頷いた。
「神城三姉妹とは同期でした」
「そして、平野と小清水の古巣……」
「はい」涼が頷いた。
なぜか、その横では芳と有珠が逃げだそうとしていた。
「柏崎防衛戦までですけど」
「……そうか」
ガシッ!
目にも止まらぬ速さで芳と有珠の首根っこを掴み上げた。
「Fly ruler隊も出動待機命令が下ったという」
「神城達が来るんですか!?」
「恐らくな。詳しい説明は、司令部からの命令が下り次第、後藤隊長からなされるだろう。
連中の性能を考えれば、本来なら本土防衛のためにこそ最適の部隊だが、やむを得ない。
爆撃部隊、戦闘機部隊の掃討。飛行船の撃破……任務の広さは我々よりも厳しく、多岐に渡る。
我々も可能な限りの支援は惜しまない。
支援は主に狙撃部隊が担当することになるだろう」
「和泉達は?」
「最終組み上げが完了したと、つい先程、通信が入った」
「あの」
挙手をしたのは宗像だ。
「……何があるのですか?」
宗像は訊ねた。
「まるで総力戦だ」
「総力戦だ」
月城大尉は答えた。
「徹底的に短期で中華帝国軍を叩き、世界の目を日本へ固定させる。北米の平定で、この国の動きを止めるわけにはいかない。近衛は全力をもってこの北米で暴れまくる。アメリカ人が敵に対する憎悪の炎を自ら消してしまう前に、その憎悪を魔族への憎悪へと、どうあってでもつなげるために」
「……結局、我々近衛もアメリカ頼みなのですか?」
「しかたない」
月城は軽々と芳と有珠を持ち上げると言った。
「資金・資本共に、今や世界は中華、米国、欧米の三本柱だ。日本はそのうちの一本を賄うことさえ出来ない。他国の支援なしには戦争なぞ、例えそれが、祖国の防衛だとしても、出来るものではない。それが現実だ―――悲しいほど、情けないがな」
「……」
「ここで我々がどれ程の戦果を上げられるか。それが、後々の我が国の未来を決める。無様な戦いをすれば、その対価は我が国の、そして人類の、無辜の人々の犠牲という形で支払わされることになる」
「……和泉がここにいれば」
宗像は小さく苦笑した。
「何と言ったか。聞いてみたかったですね」
「懐疑的か?宗像中尉」
「お言葉は正しいと信じます。しかし」
「……」
「私は、アメリカ人をそれ程信じていません」
「賢明な判断だ」
月城は嬉しそうに頷いた。
「一般人や政治屋、そして経済人共がそれくらいの覚悟と愛国心があってくれれば、日本はここまで落ちぶれなかったろう」
「……」
宗像は、ハッとなって月城の言葉を聞いた。
「日本人の悪い癖の中でも最悪なのは、言葉に踊らされることだ。グローバル化。国際化……中国の経済発展にあって、日本になかったものの最たるモノは、自分がどこの国の国民か。その意思だったと思う」
「……」
「だが、アメリカ人もまた、日本人をそれほど信じていないだろう。とはいえ、私はここで貴官と政治思想について議論するつもりはない。私は、シミュレーターに定刻通り出てこなかったコイツ等を捕まえに来ただけだ」
ギリギリギリ
まるで万力で締め上げているような音が芳達の首のあたりから聞こえてくる。
「それと宗像中尉。一言言っておく」
「は?」
「そのロジックだと、アメリカ人は日本を助けに来ないぞ?」
「?」
「自分の国は自分で守れ―――それは、日本救援を拒む口実にもなる」
「あっ!」
「言葉は難しいぞ?中尉」
さぁ、来い。
徹底的にシゴき倒してやる。
敵より私の方が恐ろしかったと死ぬまで言わせてやろう。
悲鳴を上げる芳達を連れて行く月城の背中に、宗像はそっと敬礼した。




