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エレナの戦場

●ドイツ ベルリン 宰相官邸

 ヨーロッパの双璧と呼ばれる男達がいる。

 

 二人の共通した肩書きは宰相。

 

 ヒース首相が、左前だった英国を立て直した名宰相なら、ドイツを復興させた名宰相がシックルグルーバー帝国宰相だ。


 ヴォルフ・シックルグルーバー。


 ヒース同様、魔族との戦争を推進し、見返りとしてアフリカの少なくない土地を植民地とすることに成功した男だ。

 かつての植民地時代の倍近い領土を手に入れただけではない。

 莫大な兵力と戦費を犠牲にして、祖国に未開発の油田と炭坑をはじめとして、多くの地下資源をもたらした。

 ヒースが莫大な土地を手にしたなら、シックルグルーバーは莫大な地下資源を手にした。

 二人をそう評価する者もいる。


「新大陸軍はそこまで追いつめられたか」

 去年、建て替えられたばかりの真新しい官邸の一室に、低い笑い声が響く。

「黄色いサル共め。なかなかやるではないか」


「はっ」

 ドイツ軍参謀長のフォンテーン将軍がバインダーを脇に挟みながら頷いた。

「ハリケーンの影響もあります。サル共は雨を喜んでいるようです」


「泥まみれになることをか?」


「本能的に好きなのでしょう。そういうのが」


「そういうセリフを平然と言ってのける君が好きだ。フォンテーン」


「……どうも」

 稀代の才能を持ちながら口が災いして左遷や罷免を幾度となく経験した彼を、ここまで重用してくれたのは、シックルグルーバーが初めてだった。

 魔族軍との国家レベルでの戦闘を、初戦からずっと支え続けたのは彼の功績だが、フォンテーンからすれば、自分を拾ったシックルグルーバーの功績となる。自分から功績を誇ったことは一度もないのはそのためだ。


「我が軍の派遣状況は」


「五大湖方面の防衛にノイシアで編成された第601メサイア大隊を派遣」


「他国の派遣は?」


「フランスは静観の模様。本日0800時点で、新たに派兵を公式宣言した国はありません」


「英国もか?」


「英国は連邦としてカナダ軍に対する支援は表明していますが……東南アジア方面で手一杯と見るべきでしょうな」


「まぁ、よい」

 シックルグルーバーは執務椅子から立ち上がると、窓の外を見た。

 20メートルに達する高い天井を持つ広大な執務室。

 それはかつて建築家を目指したシックルグルーバーの趣味丸出しの部屋であり、その窓からはベルリンの美しい町並みが見て取れる。

「北米大陸におけるいいデータがとれるだろう?」


「ノイシアは最新バージョン騎が送り込まれます。北米大陸での運用データをとるだけでなく、中華帝国軍のデータもとれればベストです」


「だが」

 シックルグルーバーは意地悪く訊ねた。

「新大陸軍は歩兵達も要求してきたはずだが?」


「資金も資源も豊富な分際で、贅沢言うなと言っておきました」

 フォンテーンは興味もないという顔で答えた。

「騎士部隊に対メサイア戦の経験は?」

「メサイア戦、もしくは魔族軍メサイア、呼称メースとの交戦経験がある騎士は我が国どころか欧州でもそう多くはありません。少なくとも、部隊には皆無です」

「……素人判断に過ぎぬが……実戦を迎えるには厳しくないか?」

「最新鋭の斧型兵器“リジル”及び槍型兵器“グングニル”を配備しています。中華帝国軍の装備なら十分以上にやれます」


「怠りなし……そういうことか」


「然り」


「賢明だ」

 シックルグルーバーは満足そうに頷いた。

「麗しの皇帝陛下への上奏の時間が近い。近頃、陛下は食事より戦争をお望みなようで困る」


「閣下」

 フォンテーンは不意に訊ねた。

「ヴァチカンに不穏な動き有りと聞き及びましたが」


「……」

 シックルグルーバーは一瞬、動きを止めた。

「あのイカレた連中のことは放っておけ」


 主君が放っておけという命令を発している以上、彼の狗であるフォンテーンは動くことは許されない。

「了解です」

 フォンテーンは頷くと敬礼した。

 そして、ヴァチカンのことは忘れた。




 ●シャウニー国立森林公園 アメリカ軍呼称アラモ防衛線

「うわぁ」

 メインモニターに映し出される光景に、コクピットに座る騎士が呆れとも歓声ともつかない声を上げた。

 爆撃孔がボコボコ開いた後に泥水が貯まり、無数の池が出来ている。

 木々が爆撃と嵐になぎ倒され、戦車や車両の残骸が泥の海に半ば沈んでいる。

 まだ20歳そこそこの若い騎士は、見慣れない光景が珍しくてしかたない。

 金髪を大きなリボンで束ねた少女が、年頃の好奇心に目を輝かせ、パネルを操作してモニターに映る光景を記録しようとするが、


「……こら」

 MCRメサイア・コントローラー・ルームからの声に、ハッとなって手を止めた。

「マジメにやりなさい。観光に来てるんじゃないのよ?エレナ」


「だけどぉ」

 エレナと呼ばれた少女は、パネルを叩こうとした指でSTRシステムの上で、のの字を書き始めた。

「ち、ちょっと位……わ、私、ベルリンから外出たことほとんど」


「作戦中って何度言わせる気?」


「はぁい」

 エレナは口を尖らせながら言った。


「……ヘルガのケチ」


「何か?」


 何でもないです!


 エレナは、舌の一つも出して言い返してやろうかしら。と思った。

 だが、それは出来なかった。

 おかげで助かった。


 ズンッ!

 目の前で土砂が跳ね上げられ、濛々とした土煙が高々と立ち上る。


 砲撃だ。


 しかも、一発や二発じゃない。


「な、何っ!?」

 騎体を襲った震動。

 とっさにSTRシステムを掴まなければ、シェイカーに変貌を遂げたコクピット内でとんでもないことになっていただろう。

 少なくとも、舌を出していたら噛み切っていた所だ。


「砲撃飛来っ!」

 MCRメサイア・コントローラー・ルームからの声に、


「何で気付かなかったのよ!」

 エレナは驚いて噛み付いた格好になった。


「砲撃地点に対する熱源反応及びレーダー反応なし」

 MCRメサイア・コントローラー・ルームでは、ヘルガと呼ばれた妙齢のMCメサイア・コントローラーが情報分析に必死だ。


「三次元レーダーの異常反応?これは」


「司令部よりエルフ小隊全騎」

 不意に司令部の通信が入った。

「敵は強力なECMを展開している。こちらの電子戦部隊がカウンターをかけているが勝ち目がない」


「どうしろと!?」


「前方10キロにメサイア部隊出現。数12。増大中、騎種不明」




「カナダ軍のうそつき!」

 エレナが怒鳴った。


「敵はしばらく出てこないから、代わりに行っても大丈夫って言ってたじゃない!」


「言わないの!司令部、こちらシュヴァルツ騎。そこまで入り込まれた理由は、レーダーの攪乱のせいですか?」

「バカ抜かせ!」

 レシーバーの向こうで怒鳴り声が上がった。

「こっちのレーダーシステムだって組み立て中だ!体勢が整ってないんだ!」


「観測機は、衛星監視は!?」


「言ってる場合か!?全騎迎撃フォーメーション・ドライ。ツェーン小隊が狙撃支援を行う。備えろ!」


「―――こちらシュヴアルツ騎、了解」

 エレナはSTRシステムをコンバットモードに引き上げた。

 甲高いエンジン音がコクピット一杯に響き渡った。


「ヘルガ、“グングニル”装備」


「戦斧じゃなくて?」


「この泥濘の中だから、間合いを取りたいの。足場が悪すぎる。力押しなんてやったらコケて終わりよ?」


「賢明な判断ね」

 エレナ騎は、背中に折り畳んでマウントされていた槍を引き抜いた。

 槍にパワーが入ると、自動的に伸展。30メートル近い槍が形成された。


「“グングニル”パワー正常」

 穂先に青白い光が走る。


「後方でツェーン小隊が狙撃準備をしてくれている」


「砲撃支援は?」


「米軍の砲兵部隊は準備すら終わってないわ。今頃コーヒーでも飲んでいるんじゃなくて?」


「だから新大陸の連中は嫌いなのよ。ルーズでいい加減で!」

 ズンッ!

 ズズンッ!

 効力射がエレナ騎の間近で炸裂した。

 騎体が激しく揺れ、空中に巻き上げられた泥濘が雨のように降ってくる。

「きゃっ!?」


「命中しても」

 キーンとなる耳に、ヘルガの声が響く。

「この口径なら装甲で何とかなると……」

 祈って。

 その最後の言葉は聞こえなかったことにした。


「……最低」」

 エレナは、唇を噛み締めながら前方を凝視した。

 巨大な人が、近づきつつあった。

「負けたら、はいさようならなんて……」


 メサイアだ。


敵騎視認エネミー・インサイト!」

 見えたからには仕方ない。

 エレナは規定通りに、敵の目視を宣言した。

「騎種は……」

 何だっけ?


「司令部。こちらシュヴァルツ騎。敵騎視認エネミー・インサイトを宣言。騎種、赤兎型、主要武装は戦斧。数15。増大中!……大盤振る舞いじゃない」

 心なしか。ヘルガの声は震えていた。

 こちらは別小隊を足しても数12。

 数ではあっちの方が勝っている。


「こちらツェーン小隊。司令部、牽制の砲撃位出来ないのか!?」

「飛行艦の位置を晒せと言うのか?」


「ヤンキーはどうしたんだよ!」


「泥濘に動きを阻まれている。続報。メサイア部隊の後ろに歩兵戦闘車及びトラック多数。機械化歩兵部隊と思われる」


「サルの方が熱心じゃねぇか!ヤンキー共はやる気があるのか!?」


「連中もやることはやっている。砲撃可能になり次第、お前達を巻き込んでやらせよう」


「地獄に堕ちろ、ヴェルナー!エルフ小隊、突撃タイミングは一任する。それに会わせてこちらから牽制射撃を10秒かける」


「こちらエルフ小隊パラスケ騎。突撃もやってくれたら感謝するわよ?」


「心底お断りだ。武運を祈る。通信終わり」


 仕方ない。

 STRシステムが生み出す槍を掴む疑似感覚を掌に感じながら、エレナは覚悟を決めた。

「こちらエレナ。エルフ小隊、突撃準備」


 小隊所属6騎が槍とシールドを構えた。

 各騎のエンジン音が甲高く響き渡る。


「敵、接近速度緩めず。距離、1500」

 これ以上、近づけたら戦域が混乱する。乱戦になればどさくさ紛れに防衛線に入り込まれる。

 阻止できるか否かのライン上ギリギリの距離だ。


「エルフ小隊全騎、これより迎撃に出る。まだ終わってません、は聞かないわよ?」

 槍を強く握りながら、エレナは怒鳴った。

「皇帝と神の加護を信じて!」

 エレナは騎体を駆った。


「突撃っ!」




 目の前の赤兎が、こちら側の突撃に狼狽しているのは間違いない。

 ちょっとだけ後ろにのけぞったのがはっきりわかる!

 リーチに入った!

「そこっ!」

 エレナは槍を突きだした。

 ラムリアース帝国からの技術供与でようやく完成した特殊貫通魔法付与済槍式兵器“グングニル”。

 メースの頑強な装甲を貫くための穂先に、赤兎の薄い装甲が耐えれるはずもない。


 ザクッ!


「えっ!?」


 エレナは、自分に起きたことが信じられなかった。

 目を疑った。

 STRシステムを操作する自分の感覚を疑った。


 チーズにナイフを入れるような。


 “グングニル”の貫通力を教官達がそう褒めていたのは確かだ。

 だが、訓練で使った時だって、もっと―――


「こんなに手応えがないなんて!」


 突き出した覚えはあるが、敵に突き刺さった槍に、重みがない。

 空を突いたのと、たいして変わるところはない。


 おかげで、


 ピーッ!

「9時方向!距離40!」

「チイッ!」

 エレナは敵を貫通した槍を乱暴に引き抜くと、接近する新たな敵に突き出した。

 最初に突き刺された赤兎はコクピットブロックを直撃されたらしい。動きを完全に止め、その場に倒れ伏した。

 エレナの初スコアだというのに、エレナは歓声を上げるヒマさえ与えてもらえなかった。

 あんまりだと抗議するヒマなんてなかった。

 突き出した槍を、赤兎は乱暴に払いのけ、槍の間合いに飛び込んできた。

「しまっ!」

 槍から手を離すと、エレナは騎体をスピン機動に入れた。

 2回転目で戦斧抜刀。

 3回転目で戦斧を振り上げた赤兎のがら空きの胴体にエレナ騎の戦斧がめり込んだ。


 狙撃部隊の一撃が、計ったように、その赤兎の頭部を吹き飛ばした。

 頭を失った赤兎は、爆発の衝撃に押されて、大の字になって後ろに倒れた。


「二騎目」

 念願のスコアを手に入れたというのに、嬉しくも何ともない。

 スコアを稼ぐということは、こういうものなのか。エレナは誰かに聞いてみたかった。

 そんなエレナの頭上で、

「エースの誕生に立ち会えそうね」

 ヘルガは荒い息の元、そんな事を言った。




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