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女子校の先生 第二話

●鈴谷 食堂

「噂には聞いてましたけど」

 足をさすりながら有珠ありすは言った。

「本当に説教長いんですね。坂城さんって」

「この程度ならまだ早い方だ」

 苦々しげな顔をして、宗像がコーヒーに口を付けた。

「だいたい、お前がビームライフルを海に放り投げるようなバカやったことが説教の大半だったろうが」

「後で拾えばいいかなって思ったんですけど……」

「メサイアで海に潜るつもりだったのか?お前」

「場所がどこか、忘れていたんですよぉ」

 心底情けない。といわんばかりの有珠ありすはコーラの缶を弄びながら言った。

「私だって始末書書くんですし」

「今日のデザート一つで手打ちだ」

「はぁい」

 頷きながら、有珠ありすは投げやりに言った。

「―――済みませんでした」

「それにしても鵜来少尉」

有珠ありすでいいですよ?」

 有珠ありすはイタズラっぽく笑った。

「私、ノーマルですけど」

「ふん……色々、聞いてみたいことはあったんだが、今はいいか?」

「はい?」

「騎体には随分慣れたようだな?」

「そりゃもう!」

 有珠ありすは笑って頷いた。

「あれだけ地獄みたんです。慣れるしかないですよ!」

「……前に乗っていたのは?」

「“幻龍げんりゅう”です。最後の任地は米沢の陣です」

「敵地で騎体を失い、数日後かけて敵陣突破。脱出に成功したと聞いたが?」

「……ああ」

 ポンッ。有珠ありすは手を叩いた。

「実は私、その記憶がないんです」

「記憶が―――ない?」

「ヘンだとか、ウソついているように聞こえるでしょう?

 でも、本当なんです。

 騎体をどうやって失ったか。

 同乗していたMCメサイア・コントローラーが誰で、騎体の番号が何番で、どこの部隊に所属していたかまで。

 私が覚えているのは、戦争が始まった頃。

 つまり、まだ前の所属、旭川の部隊にいた頃の記憶しかないんです。

 本当に、ごっそり記憶が抜け落ちていることが分かった途端、私、本当に精神病院に送られたんですから」

「それでも」

「そうです。かなり検査受けたんですけどね?私、余程恐い思いしたらしくて、脳が防衛本能働かせてかなりの記憶を壊したんだろうって」

「無意識に近い、その―――記憶喪失?」

「そうです。おかげでスパイ容疑までかけられて前線から離されて後方勤務。苦手な書類仕事がイヤだったから、補給倉庫で働いてました。定時には帰ることが出来ましたから、そこだけは助かりましたけどね」

 有珠ありすはコーラをあおるように飲んだ。

「プハァ……染みるなぁ!」

 本当に旨そうに口についたコーラを手の甲で拭った。

「まるで、ビール飲んだどこぞのオヤジみたいだな」

「むう……これでも私、中尉より年下なんですよ?」

「月城大尉」

「あんなオバさんと一緒にしないで下さい!」

 ドンッ!有珠ありすは乱暴にコーラの缶をテーブルに置いた。

「あの小姑っていうか、お局様というか、とにかくそんなタイプの人と私じゃ、赤ん坊と化石位、トシが違うんですから!」

「……」

 何故か宗像は気まずそうにそっぽを向いた。

「あんなビックバン以前の生命体と私が一緒の扱いを受けるのは、はっきり不愉快ですっ!」


 ―――こいつ、酔っぱらっているのか?


 宗像はそう思ったが、言葉には出さなかった。

 宗像がごくごく小声で言葉に出したのは、


 後ろ後ろ


 そんな言葉だ。


「―――志村?」


「いくつだ、お前」


「後ろって?」

 有珠ありすは、後ろを一度振り向くと、すぐに前に向き直って体を硬直させた。

 テーブルにしがみつかんばかりに体を固まらせている。

 額を冷や汗が滝のように流れていく。

 その姿は蛇に睨まれた、哀れなカエル同然だ。

 無論、心中はもっと悲惨だろうが……。


「―――お楽しみの所、悪いがな。二人とも」

 後々まで、どうやって声を出しているのかと、宗像が不思議がったという位のドスの利いた声。

 それは、地獄の底から響いてくる悪魔や死神の声が、愛らしいアニメ声に聞こえること請け合いだ。

 低く、黒い水のように心身に染み、そして全ての温度を奪う、まさに恐怖さえ通り越したこんな声なんて、誰だって聞きたくない。

 宗像は本気で逃げようかと思ったが、“二人とも”というからには、自分も巻き込まれたことは間違いない。

 ―――次の訓練で、事故に見せかけてコイツを殺そう。

 宗像は、卒倒寸前で有珠ありすを睨んだ。

「訓練中の事故でビームライフルを喪失したと聞いたから、仏心で艦長に弁護してやろうと思ったが」

 ポンッ

 月城大尉は、有珠ありすの肩に手を置いた。

 本当に、何気なくおいただけなのに、有珠ありすの体がビクッと動いた。

「老婆心の間違いだったようだな」

 有珠ありすの肩のあたりで何がメキメキという、およそ人体から聞こえてはいけないような音がし出して、有珠ありすが苦悶を通り越したような、表現が難しい顔になった。

「お、お気遣い感謝いたします。大尉」

 自分ではそう言ったつもりだが、舌が上手く回った自信はない。

 少なくとも、相手の顔を見ながら言うなんて無理だ。

「騎体の修理点検もすぐ終わる。模擬戦の相手を捜している」

 ガッ!

 肩におかれていた手が、有珠ありすの首ねっこを掴み上げた。

 指が首の血管を締め上げ、有珠ありすの顔が真っ青を通り越して白くなり始めた。

「二人とも、かなり派手をやったそうじゃないか。私に是非、実力を示して欲しいものだな」

「わ、私もですか?」

 勘弁してくれといわんばかりに宗像が月城を見るが、

「ビックバン以前の相手なら―――楽だろう?」

 月城は、不敵にそう笑った。



●深夜 鈴谷艦内

「痛たたっっ」

 医務室で湿布をもらった有珠ありすは、痛む足を引きずりながら深夜の通路を歩く。

 深夜、みんなが寝静まった艦内を歩いても、交代要員と何人かすれ違っただけ。

 それが逆にありがたい。

 こんな無様な歩き方してる所なんて見られたくない。

「さて……」

 有珠ありすは壁に寄りかかりながら周りを見回した。

「どこでやるかな?」

 手にあるのは小型の携帯電話。

「自室でやると、電波とか、いろいろ五月蝿そうだから―――あっ」

 そうだ。

 あそこがいい。

 居住区の一角。採光用の窓が大きく取られた休憩スペース。

 あそこなら。

 有珠ありすは携帯電話をパタパタと閉じたり開いたりしながら、歩き出した。

「携帯小説アップしてました。で、言い訳できるもんねぇ♪うん」

 有珠ありすは鼻歌交じりに呟いた。

「楽な仕事だ♪―――ん?」


 有珠ありすは、不意に足を止め、耳に手をやった。

 どこからか女の声がする。

 会話じゃない。

 歌だ。



「これって?」


 有珠ありすもどこかで聞いたような気がする歌だ。

 曲名は知らないけど、ここは軍艦の中。

 そんな所に響くべき声じゃない。

 女性士官が眠れずに廊下に出ているのか?

 そう思って、有珠ありすは通路の角に立った。

 声は、その先からしている。



 透き通るような美声が耳に心地よい。

 そっとのぞき見たその先。


 通路に天使が立っている。


 有珠ありすには、本気でそう見えた。

 青い月光に照らし出され、金髪を輝かせる美しい少女の後ろ姿。

 それは、有珠ありすが生涯の中で見たどんな光景よりも崇高で、そして荘厳な何かを秘めていた。

 有珠ありすは携帯を掴んだまま、惚けたようにその光景に見入っていた。


 歌が終わった。


 辺りには、単調な艦の推進音だけが響く。


 違う。


 ……ヒック。


 ……グスッ。


「?」

 怪訝そうな顔で、有珠ありすは目の前の少女を凝視した。

 うつむいた少女は、肩を振るわせていた。

 泣いているのだ。

「……誰?」


 自分では、小さな独り言だった。

 だが、思ったより声が大きかったらしい。少女が、ハッ!となってこちらを振り向いた。

 金髪の美少女が、驚いた顔でこちらを見ている。

 どうしていいのかわからない。

 そんな顔をしている。


 でも、それは有珠ありすも一緒だ。


「こ……今晩は」

 バカだ。

 自分でもそう思うが、出た言葉は仕方ない。

 有珠ありすは口から出た言葉通りに頭を下げた。

「綺麗な声だったんで」


「あ……あの」

 艦内着に指定されているトレーナー姿の少女は、あたりを見回すと懇願するように言った。

「黙っていて!」


「は?」


「私、艦長室から出るなって言われているの!ここにいるのがバレたら怒られるのよ!だから、お願い!」


 少女―――つまり、フィアはそう言い残してその場を走り去った。


「……」

 何が何だかわからない。

 困惑する有珠ありすだったが、

「まぁいいか」

 ため息一つ。携帯を開いた。

「報告するネタが出来たんだし」


 深夜の通路。

 有珠ありすは携帯電話のメールを書き込み始めた。

 月夜が美しく辺りを照らし出すのさえ、有珠ありすは構うことはない。

「……ん?」

 ただ、有珠ありすの、騎士としての何かが、船窓の外。遠くに浮かぶ雲に警告を発した。

「……何?」

 メールを打つ手を止めて、窓の外をしげしげと眺める。

 月夜に照らし出された雲の海の向こう。

 そこに……何かがいた。

 船のような……そんな気がした。

 船。

 飛行艦だ。

 銀色の、優美なデザインの船。

 有珠ありすには、そう見えた。

「あの……船」

 有珠ありすは、自分がどこかで、あの船を見たことがある。

 そう思った。

「どこだっけ?確か……」

 あれは……。

 有珠ありすが、その答えにたどり着こうとした途端だ―――

 ズキンッ!

「ぐっ!?」

 有珠ありすは、突然、脳天に走った、そこをカチ割られたような激痛に顔をしかめ、その場にうずくまってしまった。

 手から落ちた携帯が、床に落ちて転がった。

「……っ」

 痛くて悲鳴すら上げられない。

 自分の身に何が起きたかわからない。

 ただ―――

 痛みのせいで、自分が何を思い出そうとしたのか、それさえ忘れた。

「……な」

 忘れた。

 本当にそうなのか?

 それさえわからない程、頭の中で痛みが走り回る。

 頭皮と肉を引きちぎられ、頭の中に無数の針をつき込まれたような痛み。

 激痛が、鋭い刃の車輪となって脳みそを切り刻むような痛み。

 こんなの、二度と味わいたくなかったのに!

 ―――え?

 二度と?

 ……私、そう思ったよね?

 じゃ、私、こんなの、どこで味わってるの?

 有珠ありすは、再び激しく暴れ出した痛みを脳から追い出すように、激しく頭を左右に振った。

「考えない。考えない。考えちゃいけない」

 有珠ありすは、まるで呪文のようにそんな言葉を繰り返した。

「忘れる。忘れる。忘れろって、命じられている」

 口から出る言葉の意味さえ、有珠ありすは気にしさえしない。

 しゃべることが、痛みから逃げられる手段だと、そう思っているように、ひたすら言葉を呟き続ける。

「せっかくの命だ。もらった命だ。逆らうな。逆らうな」

 頭を抑える手に力が籠もる。

「―――あの方に、逆らうな」


 一体、何分が過ぎたのか。

 一分?

 一時間?

 長い時間だったようにも、短かったようにも思う。

 時間の感覚が狂う。

 ようやく痛みの引いた頭で、ふらつきながら有珠ありすは立ち上がった。

 髪はボサボサになり、顔はすっかりやつれ、病人のようにさえ見える。

 有珠ありすは床に転がっていた携帯を拾い上げた。

「……」

 もう寝よう。

 本気でそう思った。

 何だか、もう、窓の外を見たくなかった。

 ベッドに潜り込んで眠りたかった。

 だけど―――


「あの子のことは……」

 書かなければならない。

 誰かに報告しなくちゃいけない。

 有珠ありすは、先程出会った謎の少女のことを、メールで報告することで、痛みから逃れられると、そう思った。

 根拠はない。

 ただの盲信のはずだ。

 それでも―――

 有珠ありすは不思議な確信を、心の内に秘めながら、メールを打つ手を止めなかった。


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