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聖ゲオルク

「補充兵にもならん」

 ジョニーが駆けだしていったブロックの一角にそびえる高層ビル。

 その最上階の一室で、軍服姿の男達が顔をしかめて座っていた。

 窓の外の騒ぎも、この階にはほとんど聞こえてこない。

「状況が見えているのか?8週間の訓練なんてやってるヒマがあると思うのか?」

 陸軍の軍服に身を包んだ男が、ソファーから立ち上がると、窓際からパレードをしているストリートをのぞき込み、すぐに窓から顔を遠ざけた。

 高い所はどうにも好きになれない。

 だから自分は陸軍に入ったんだ。

 彼はそう思った。


「仕方ないだろう?」

 ソファーにふんぞり返り、足を組む将校が言った。


「ライフルマンは一人でも欲しいんだ。えり好みしている余裕なんてない。俺達は、国家と国民に、この戦いに勝利する義務がある」


「義務―――か」

 窓際に立った将校、アメリカ北方陸軍参謀長のオーウェル少将はアメリカ人らしいオーバーアクションで首を左右に振ると、肩をすくめた。

「チンク連中に資本を注入しすぎた挙げ句が、ここまでに育て上げた資本家の偉いさん達にゃ、どういう責任があるんだ?マーカス」


「スポンサーにケンカを売るな」

 マーカス海軍大佐は顔をしかめ、オーウェルを睨み付けるような顔をした。

「第一、経済は俺達には関係のないことだ」


「金と神以外で、この国が戦争に荷担するはめになった事態を、俺は知らんぞ」


「義務を果たすことだけ考えろ。オーウェル。同じジュニア・ハイ出のよしみで警告しているんだ」


「俺は貴様程の優等生じゃなかったよ」


「なら聞こう。お前の果たすべき義務とは何だ?」


「哲学の問題ならウェストポイントにでも行ってくれ。講堂の電球の数さえ知ってる神様みたいな脳みそした連中が明確に答えてくれるだろう。

 あいにくだが、俺はそんなくだらない質問にゃ答えたくない」


「戦争に勝つこと。違うか?」


「名言だ。来年あたりに、どこかの出版社から出す名言集に掲載してもらうといい。

 あいにくだが、そいつはな、マーカス。

 義務以前の、生き物が空気を呼吸をするのと同じレベルの問題だ」


「そこまでわかっているなら」


「ただ、俺は納得していないだけだ」


「何に?」


「この戦いは、元を正せばあのチンク共をのさばらせた政府と経済界の失態が原因だ。

 お前はそれを考えるなというが、その態度が次から次へとこの国が敵を作る元凶だ。

 俺はそれが気に入らん。

 敵が生まれたら次から次へと殺せというだけじゃ、死んでいった連中の意味すらわからない」


「戦うこと。勝利することが軍人の義務だ」


「違う」

 オーウェルは首を左右に強く振った。

「違うんだ。マーカス。お前は一つ、忘れている」


「忘れている?」

 マーカスは、その細い眉をひそめた。

「何を?」


「死んでいった連中に果たすべき義務だ」


「勝利を」

 マーカスは言った。

「死に値する栄光、勝利を勝ち取ること以外に、軍人が戦死者の英霊に果たすべき義務は他に何がある」



「トミー、ウィル、アーサー……ディブにラナ」

 しばしの沈黙の後、オーウェルは言った。

「……覚えているか?」


「……いい奴らだった」

 昔に比べて張り出した腹の上で、マーカスは手を組んだ。

「トミーとアーサーは、俺と一緒にバスケット。ディブにラナはお前と一緒にフットボール。ウィルは」


「あいつはホットドッグ食いと女の子に熱中していた」


「……ああ」

 かつての友人達の顔を思い出し、マーカスは噴き出したように小さく笑ったが、すぐに深いため息をついた。

「今や、オリバーストーンでしか会うことの出来ない連中だがな」


「……貴様に聞こう」

 オーウェルはマーカスに訊ねた。

「この事態が起きる前。あのチンク共が世界中でのさばりはじめた頃から、聞こうと思っていたことだ」


「……なんだ?」


「今の状況を、あいつらに何て説明する?」


「……」

 マーカスの目が驚いたように見開かれた。


「あいつらが死んでいったベトナム戦争。俺達が地獄を見たあの戦いは、ベトコンと俺達の戦いじゃない。ベトコンの陰に隠れたチンク共との戦いだった。よもや、あの地面から沸いてきたようなチンクの集団突撃を忘れたわけではないだろうな」


 ベトナムはかねてよりわが中華帝国の領土である。


 故に、中華帝国はベトナムにおける米国軍の横暴を許すことは出来ない。


 ベトナムが負けたら次は自分達だという恐怖故に、中華帝国軍は建前上、志願兵の形をとってベトナムへ大軍を送り込み、単なる反政府ゲリラの掃討作戦に過ぎなかった“ベトナム紛争”を“ベトナム戦争”へとエスカレートさせた。

 東南アジアでの友好国を作りたかったアメリカは、中華帝国によって組織され、援助を受けていた反政府民族ゲリラに手を焼いていたベトナムフエ王朝の要請に基づき、軍事顧問団を派遣。

 アメリカの指導と支援の元、生まれ変わったベトナム正規軍は、瞬く間に反政府ゲリラの掃討を完了させようとしていた。

 ベトナムは平和になるはずだった。

 少なくとも、欧米の侵略を受けたことのないベトナム王朝は、メコンデルタの雄大にして美しい景色同様に、豊かな国として、アメリカの支援の元、発展するはずだった。

 それを踏みにじったのは中華帝国だ。

 あのメコンデルタを焼き尽くし、反応弾まで使用させたのは中華帝国軍であり、彼等にそそのかされ、尻馬に乗ったロシアだ。


 ベトナムでパイロットとして戦ったマーカスが知らないはずはない。


 ベトナムは中国人との戦いだった。


 目の前の戦友は、そう言っているのだ。


「犠牲になったのは何のためだった?アーサー達に聞かれたら、俺は何て答えればいい?

 北京を征服したわけじゃない。

 いいか?

 俺達は、奴らと和平すら結んでいない。

 本質的には敵なんだぞ?

 それが今やどうだ?

 連中の作ったジーンズを履いて、連中の作ったテレビを見て、連中の作ったベッドで、連中の作った布団にくるまって眠る。

 労働は奪われ、経済はあいつらに握られ、俺達ゃあいつらのお下がりにありつくのが精一杯だ。

 殺された敵に依存して生きるとは、敵のお情けでしか生きられないとは、一体、何の冗談だ!?

 今、連中が手にしている兵器は何だ?

 あれはほとんどが俺達の技術だぞ?

 それで俺達が殺されるなんて、どういう冗談だ!?

 俺は、死んでいった連中に、国の今の状況を、どう説明したらいいんだ!」


「死んでいった意味」

 マーカスは目をつむると首を左右に振った。

 まるで、その言葉を頭から追い出そうとしているように見えた。

「そんなこと一々考えていたら、生きられないぞ?」


「こんな状況で、俺達ゃ生きていると言えるのか!?」

 顔を真っ赤にしたオーウェルが、マーカスの胸ぐらを掴み上げ、乱暴にソファーから立たせた。

「豊かな国アメリカ!

 世界に冠たる国アメリカ!

 我が祖国アメリカ!

 その国を護るために死んでいった連中に、お前達の死後、国民はこんな屈辱的な生活をしているなんて、言うことが出来るのか!?」


「俺達は軍人だ!」

 マーカスはオーウェルを突き飛ばし、その手を払いのけた。

「相手は合衆国が決める!個人の感情で戦争していいはずがないだろう!

 現実を見ろスコット!軍人が問題として良いのは、生きている人間だけだ!死者に囚われるな!」


 力強くオーウェルの肩を掴んだマーカスは、ジッとオーウェルの目を見ながら言った。


「お前が、何を言いたいのかはわかる。俺だっていずれは神の元に召され、あの連中と顔を合わせることになる。その時、俺は奴らに罵られる覚悟は出来ている。この裏切り者と殴られる覚悟も、地獄にさえ堕ちる覚悟さえ出来ている」


「……カイン」


「だがな?」

 マーカスはオーウェルの肩を掴む手に力を込めた。

「頼む。せめて、そんな俺でも、軍人としての義務だけは果たしたと、そう言わせてくれ」


「……俺だって、チンクの作ったものなんて御免被る。世界の工場、世界のリーダー、世界の盟主。それは、あんな黄色いサルに名乗らせていい代物じゃない」

 マーカスは、はっりとした決意を持った者の目で、オーウェルを見た。

「それは、俺達アメリカ人のものだ」


「……」


「かつて、俺がアナポリスで学んだ教官に叩き込まれたことがある」


「何だ?」


「戦争で負けることの何が悪いか?」


「……教官は、何と?」


「戦争に負けることそのものは悪くない」


「敗北主義者か?」


「黙って聞け。

 教官は言っていた。

 敗北が悪いことは一つ。

 祖国の勝利を信じ、命と財産を投げ出した犠牲の意味を失わせるからだ。

 国家は犠牲者とその遺族の補償をし、かつ、その犠牲が無意味でなかったことを証明する義務を負う。

 その義務を果たすためには勝利が必要だ。

 敗北の中に、その義務を果たす方法はない。

 義務を果たすことが勝利だというのは、つまる所、そういう意味だと」


「……いい教官だったんだな」


「今はペルー沖で眠っているよ。“レディ・サラ”の艦長席に座って」


「……そうか」


「お前が、どういう組織に加わっているかは知っている。スコット・オーウェル」

 オーウェルの肩から手を離したマーカスは、制服の襟を正した。

「その組織が、中華帝国軍相手に―――いや」

 マーカスは、じっとオーウェルの顔を見た。

「中華帝国に、何をしようとしているか」


「……ウチも意外とザルな組織だ」


「やりたいことはわかる。だが、俺は黙っている。関わりたくない」


「……そうか」


「俺は俺なりに死んでいった連中に、軍人として誇りを持った人生を捧げたい。少なくとも、大量虐殺の片棒を担いだとは思われたくない」


「……ブッ!」

 突然、オーウェルは噴き出した。

 アハハハハハハハハッッッ!

 口元を抑え、その場で腹を抱えて笑い出した。

 ジッポライターの異名を取る程の気短で、人前で滅多に笑ったことのない男が、こうも笑い出した姿を見たのは、果たして何年前だったか、マーカスはとっさには思い出せなかった。

「違う!違うんだよ。カイン・マーカス」


「?」


「お前が言ってるのは、中華帝国に対するミサイル攻撃のことだろう?」


「―――そうだ」


「その弾頭は、反応弾だと?」


「通常弾頭に何の意味がある」


「問題はそこだ」

 ビシッと、オーウェルはマーカスを指さした。

「我々が極秘にやろうとしているのは、反応弾による大量虐殺じゃない」


「では?」


「作戦は極秘だ。秘密に出来るか?」


「死んでいった連中に誓って」


「よし」

 オーウェルは、マーカスの胸ぐらを掴むと、そっと顔を近づけた。

 かつて、ブロンクスのビルの物陰で悪事を働く時にやった子供ながらの儀式の姿勢だ。

 マーカスは不意に、あの時見た夕日が目に染みるほど赤かったことを思い出した。


「―――ということだ」

 マーカスが目を見開いたのは無理もないと、自分でも思う。

 話し終えたオーウェルは、ガキ大将がイタズラの方法を手下に教えた後、反応を伺うような自信にあふれた、緊張を隠した顔でマーカスの顔をのぞき込んでいる。


「……成る程」

 マーカスは、自分が呼ばれた意味がようやくわかった。

「同窓会には面子が少ないと思ったが」


「連中の監視衛星だって太平洋上空に多数確認されている」


「大型輸送機を使えば、グアムまで一日の行程だ。敵からすれば、定期便くらいにしか思えないだろう」

 マーカスはハンカチを取り出すと、すっかりはげ上がった額を拭った。

「成る程?私を呼びだしたのはそういう意味があるのか?」


「我が薔薇十字ローゼンクロイツは」

 どうだ?と言わんばかりのオーウェルは言った。

「空想上の組織じゃない。組織は既に、叩かれすぎたアメリカに怒りすら覚えている」


「……オカルトに狂ったかと思ったよ」


「龍を殺し、その地を正しく導き、浄化することを決定した。黒いサルをアフリカから吐き出し、黄色いサルを南米から放逐した功績ある我々だ。後に残された大陸は」


「……KKKにでも入信したのか?」


「白人こそが世界を導く唯一の人種であることに否定の余地はない。白人あってのアメリカ、そして世界だ。お前も白人なら否定するな」


「……具体的な作戦内容が知りたい」

 秘密結社に人種差別。

 一体、この男はどういう人生を歩んできたんだろう。

 マーカスは少しながら気の毒にさえ思った。

「利害が一致する範囲でやらせてもらう」


「心配するな。大統領の承諾は取り付けてある。ただ、作戦決行まで全てが表に出ることは望ましくない」


「無駄死になく、龍を殺す……それが作戦か」


「作戦名“聖ゲオルク ”……失敗は許されない」


「もう一度言う」

 マーカスは深く息を吸い込んだ。

「作戦内容を教えてくれ」





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