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英雄の末路


●北米大陸 アメリカ合衆国 ワシントンD.C


 正義の為に戦い、

 国威を示す尖兵として、

 陸軍は勇敢に前進する。

 成し遂げた全てを誇りとし、

 勝利するまで戦い続ける。

 そして陸軍は前進する。


 近くのハイスクールのブラスバンドが演奏するのは アメリカ陸軍の公式軍歌である『陸軍は進んでいく』だ。

 演奏に送られ、隊列を組んで進むのは、地元ワシントンD.Cで集められた志願兵達。

 男女の性別を問わず、軍服に身を包んだ若者達が市民に見送られ、ぎこちない笑みを浮かべながら胸を張って進んでいく。


 祖国の危機を救え!

 祖国には君たちが必要だ!


 そう書かれたプラカードを掲げる人々が歓声をあげている。

 家族が出征するのだろう。幼い娘を抱いた母親らしい女性が、何も分からない子供の手を握り、“こうやるのよ”と言わんばかりに振っている。その足下では、国旗を持った子供が一生懸命に旗を振っている。

 街の中心ストリートは今や黒山の人だかり。ティッカーテープが宙を舞い、まるで戦勝パレードのような騒ぎだ。


「……バカだねぇ」


 その様子を、ストリートの物陰から見ていたのは、ボロボロの服に身を包んだ黒人の老婆。見るからにホームレスとわかる。


「何が?」


 パレードを一目見ようとストリートに向かったものの、人混みに邪魔された中学生のジョニーは、老婆のつぶやきを聞いてしまった。

 振り返った先にいたのが汚らしいホームレスだと知ったが、何故かジョニーは老婆が気になった。


「……あいつらをここまでのさばらせたのは、自分達だろ?その後始末を、偉い連中は誰一人とろうとしない。あんな若い連中にばかりとらせようとする」


 中学生に過ぎないジョニーには、老婆の言いたいことがわからない。

 ただ、老婆は片足が義足だということは、すぐにわかった。


「難しいことはわかんないけどさ」

 ジョニーは大人びた仕草で、胸を張って見せた。

「せっかく、みんなが祖国の危機を救いに行くんだ。格好良く、戦争で勝利するんだぜ?勲章ぶら下げて帰ってくるんだ。そんなこと言ってると、敵性国民ってことになるぜ?」


「ははっ」

 老婆は煤に汚れた顔をくしゃくしゃにして笑った。

「私がかい?」


「そうさ」

 ジョニーは頷いた。

「ホームレスだって、誰も容赦しないぜ?」


「……ぼうや」

 老婆は、ポケットを漁って、掌に何かを載せた。

「これが何だかわかるかい?」


 ジョニーが見たそれは、星の形と、ハート形をした、共にくすんだ金色をした二つのメダルだった。

「何?これ」


「シルバースターとパープルハート章だよ」

 シルバースターは、戦闘において勇敢な行為をした者に授与される勲章。

 そしてパープルハートは戦傷軍人に与えられる勲章。

 共に授与されることが大変な名誉であることは、子供であるジョニーですら知っている。


「どこで拾ったの!?」


「馬鹿な」

 老婆はゴソゴソとポケットにそれを戻した。

「こりゃ、私んだ」


「あんたの?」


「そうさ」

 老婆は頷いた。

「若気の至りさ。祖国の正義ってのを信じて、中東で地雷にやられたんだ。同期の仲間はみんな死んじまった。炎に焼かれ、狙撃に頭を砕かれ、苦しみながら、みんな死んでいった」


「……」

 戦争なんてマンガか、都合よく作られた戦争映画でしか知らないジョニーは、目の前にいるのが戦傷軍人のなれの果てだと、初めて知った。


「中東であんなもめ事を起こしたのは、石油欲しさのメジャーのせいだ。

 政府はその落とし前を私達に押しつけ、メジャー連中にはお咎めなしだ。

 ……いいかい、坊や?

 私達のいた戦場じゃ、あの辺で旗振ってる、あんな子供が、火のついたダイナマイト背負って私達に向かってきたもんだ。

 私達ゃね?そんな子供ですら撃ったよ。

 ―――生き残るためにね」


「うそだ!」

 ジョニーは叫んだが、その声はスピーカーから流れるブラスバンドの音と、街路を埋め尽くす市民の歓声とにかき消された。


「チンク共だって、あいつらがどんな卑劣な方法をとって安く人をコキ使っているか知った上で、人件費が安いって建前振り回して、私達から仕事を奪った挙げ句、奴らにいい顔した挙げ句が、大金と技術を奪われた。資源も奪われた!何もかも、全てが―――全てが奪われた!

 そして、奪われたって発想すら、偉い連中にはない!

 そこのストリートで英雄気取りしてるバカ共が何人死のうと、資本家の偉いさん達ゃ、金勘定の方が大切だ。

 覚えておきな?

 アカデミーのセンセイ達ですら教えてくれない真実ってのがある。

 今、ここにチンク共が攻め込めるほどの力を与えたのは、この国の、そんなお偉いさん達だってことさ!

 本当の敵はチンクなんかじゃない!

 この国の偉い金持ち連中だってことさ!

 それがのうのうと生き延びて、若い連中がまた苦しめられる!

 こんなバカな話があるかい?

 国家は国民を護ってくれるなんてウソだよ。

 よく見てな坊や。

 この国はもう終わりだよ。

 もう、この国にゃ、何もない。

 あいつらに勝るものって、何がある?

 今、この国にあってあいつらに勝るものがあったら言ってご覧?

 偉いさんがバカだって事と、借金以外に私ゃ思いつかないけどね」


「この薄汚い敵性国民め!」


 ジョニーは再び怒鳴った。

 反戦を唱える者は敵性国民という。テレビでそう言っていた。

 ジョニーは、薄汚い老婆をそう罵った。


「―――坊や」


 老婆は、まるで孫をなだめるかのような、穏やかな目をしながら言った。


「私もね?これでも精一杯のおめかししてきたのさ。私が持っている服の中じゃ、こいつは一番上等な服でね」

 パタパタと、老婆はジョニーの目から見ればボロ布にしか見えないスカートについた塵を払った。


「私が敵性国民だというなら、言っても良いさ。だがね?よく見ておくれ。私を、私の身体を」


 老婆はそう言ってスカートをめくって見せた。

 ジョニーは、悲鳴が出てこなかった。

 スカートの中。

 そこにあるはずの、老婆の足ではなく、靴がついた二本のさび付いた鉄の棒だけだった。


「地雷に吹っ飛ばされて、子宮まで失ったよ。

 挙げ句が退役を強要されて、路頭に放り出された。

 人の身体がこんなメダル一個だなんて笑うしかないさね。

 いいかい坊や。

 事故なら数万ドルはする人の身体が、戦争なら数ドルのメダルに化けちまう。

 未来を奪われた退役傷病兵が塗炭の苦しみを味わい続けても、政府は何もしてくれない。

 資本家の顔色ばかりうかがって、海の向こうじゃ敵ばかり作り続ける。

 傷病兵のことなんておかまいなしさ。

 連中が欲しいのは、金儲け出来る新しい兵隊だけ。

 そして、戦争が始まりゃ、新しい兵隊が、死んだ方がマシな、こんな身体になって帰ってくる」


 老婆は器用そうに義足をギシギシと鳴らしてみせた。


 人間の身体が、こんな風になること。

 それが信じられないジョニーは、硬直したままで老婆の話を聞くしかない。


「ぼうや?これがね?名誉な勲章二個ももらった英雄の末路さ」

 その時、初めて老婆はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「あんたも兵隊になりゃ、いずれはこんな身体になるんだよ?」


 そう言って、ジョニーに突き出されたのはキャンベルの缶詰の空き缶。

 缶のペイントはすでに色あせ、何のスープが入っていたのかわからない。

 そして、その空き缶を掴んでいるはずの手は、金属製のフックだった。


「哀れな退役軍人にお恵みを―――」


 老婆にそう言われ、ジョニーは一目散にその場から逃げ出した。

 恐かった。

 それは、老婆の哀れな姿を恐れたからではない。

 ジョニーが恐れたのは、兵隊になったら、自分もあんな身体になるんだという、未来への恐怖だった。


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