✝例のやつら✝
「ゆず……っ!!」
(これは…葉月の声、か?)
それにしてもいつもの穏やかな葉月の様子と違って、まるで何か迫りくるものがあるように俺の名前を何度も繰り返す葉月の声。
(一体…なに…が……)
「…ず、ゆーず! 遅刻するよー?」
夢と現実のあいまいな意識のなかに聞こえた葉月の声に
俺はゆっくりと、重いまぶたを開く。
「んー…。 なんだ、葉月か びっくりさせんなよ…」
「えー? もしかして、こわい夢でも見たの?」
「まぁ…な ふぁーあ」
「どんな夢だったの?」
「え…?」
(どん…な?)
確かについさっきまであんなに引っかかっていたのに
もうどうゆう夢だったのか忘れてしまった。
しかしどこかまだ引っ掛かりを覚えている。
そんな矛盾したもやもやを頭から追い出すように、話を切り替える。
「んー…忘れちゃった それよか、急ご」
「あ…!そうだった!もぅ柚が話ごまかすから~」
(え 今のって俺が悪いのか…?)
理不尽にも葉月に怒られて、内心そんな突っ込みを入れるけどとりあえず俺も学校に行く準備を始める。
ちなみに俺と葉月は櫻井さんが手配してくれた警察寮と呼ばれる部屋に住まわせてもらっていたりする。
「もー… せっかくの朝ごはんも冷めちゃったよ~」
そういいながら席につく食卓の上には、冷やし中華。
冷めている方がおいしいというか、むしろ冷めた、冷たいはずの料理だ。
(まぁ… どうでもいいんだけど)
「にしても 結局昨日はなーんも情報集まらなかったなぁ…」
「うん それに確かってわけじゃないから櫻井さんにもまだ何も報告してないんだけど…。やっぱり、言った方がいいのかなぁ?」
どうでもいいような俺のつぶやきにキッチンの向こうから、葉月が悩んだような声で俺に問いかける。
「それでいいさ
まだ不確かな情報を教えたりしたら捜査だって混乱しちまうだろ」
「そっか…そうだね よーしっ!!今日もがんばらなくちゃ!!
ほら柚っ いこーっ」
「おー」
俺の一言に葉月が声のトーンを一段階あげて、気合を入れる。
そうして俺たちは二人、足早に学校へと向かった。
――…ガラ。
相変わらず古臭い教室の扉を開くと、
俺はいつもと教室の空気が少し違うことに気づく。
(………なんだ? この空気は…)
『ねぇねぇ 聞いた?例のあの噂!』
『あぁ 知ってる知ってる ついにー…』
「おう 柚杞に葉月ちゃん」
「はよ 歩」
「おはよう 歩くん」
教室に入ってきた俺たちを見つけるなり歩が駆け寄ってくる。
「まぁまぁ そんなありきたりな挨拶なんか置いておいてよ…
大ニュースだぜ!!」
「は?大ニュース?」
「そうだよ ついに俺たち学年にも、やつらがよ!!」
「……?」
「はあぁ?大ニュースぅ?」
「そうさっ!ついに、だぜ!」
怪訝そうに歩を見つめる俺の横で葉月も、ハテナマークを引き出して小首をかしげる。
(まったく…。こいつは来るなり何をいってー…)
ー…そこで、俺は周りのこの異様なクラスの雰囲気と例の頭にひっかかる事件のことを思い出す。
(『例の』…。『やつら…』。『噂』…。 まさか…!)
無言のまま答えを求めるかのように顔をあげると、目があった歩の口の端がかすかにゆがむ。
「ああ 例の噂の ……”あいつら”だよ」
「まさか だって、そいつら神出鬼没なんだろ?」
「ああ そーだよ?」
俺の率直な疑問に、歩が当たり前のような顔で答える。
「そんなやつらが…。それに、そいつら一体、何したんだ?」
「それが…今朝部室にいったら野球部の部室がー…」
「荒らされてたのよ。それも窓ガラスも粉々に割られて、ね」
「うぉっ!?」
話始める歩の後ろから突如、捺が現れて話を続ける。
後ろからの突然の声に驚く歩に対して俺たちは、特に驚きもせず普通にあいさつを交わす。
「おう はよ、捺」
「おはよ なっちゃん」
「おはよう 柚杞、葉月」
「…ってぇー!お前ら、人の話を聞けーっ!」
「あぁ ごめんごめん。それでなんだっけ、捺?」
「こら!柚杞。俺の話はスルーなのか!?」
と、そばでなにやら歩が怒っている気もするがとりあえずは無視だ。
「それでね…、今朝きた警察が言うには犯行が行われたのはたぶん昨日の内だろうって…。」
「ふーん?でもまぁ…、そう考えるのが自然だよな。
朝は、普通の人より野球部の方が朝練で早く学校にいるわけだし…。」
それに加えて、この水上学園はこういった生徒たちのイタズラなどのトラブルを防ぐため門が開く時間は門の鍵を管理している校長先生がくる7:00以降だと決まっている。
それより後は、校長先生が防犯カメラを使って校長室から監視をかけているのだから当然、その後の犯行は失敗という結果に終わるだろう。
つまりは昨日校長先生が帰った後の部室を狙った犯行、ということになるのだ。
「しっかし 野球部って9時過ぎまで練習してんだよな?
そのときにゃなんともなかったのか?」
「ああ 昨日は11時過ぎまで部室にいたけどなんともなかったぜ」
(11時過ぎまでいたのか…。なーにやってんだか、こいつは…。)
何気なく聞いてみた質問の答えに思わず、俺は隣のその友人に対して小さくため息をこぼしてみる。
「でも、じゃあ犯行はその後に行われたってこと?
たかだかイタズラの為に12時過ぎから学校なんて。
はぁーっ…俺には分からないね」
「だーから いってんだろ?ついに、動き出したんだって。
今 一学年中この噂で持ちきりだぜ
たぶん今もうやつらを知らないやつはこの学園にはいない。
って、くらいにな」
「へぇー、その人たちってすっごく有名なんだねっ!」
「ゆ、有名っちゃ有名だけど…、あんまりほめられたもんじゃないのよ?葉月…。」
「え?そーなの?」
捺の指摘に、葉月がまたしてもハテナマークを引き出してくる。
それも、心の底から全くわかっていなそうな顔だ。
「そ、そーなのって葉月ちゃん…。
なんか俺、不安になってきたわ。
柚杞、お前ちゃんと葉月ちゃん見てろよ?」
「そうね、このコなら絶対に狙われるわね…。
あぁもう、なんでこのコこんなに天然かなぁーっ!?
柚杞がしっかり守ってあげるんだよ?いいね!?」
「わーってるての!!お前らは、親かっっ!」
「あはは~ みんなでおしゃべり、たのしーね」
もう突っ込んでしまう他ない二人の俺に対する注意に
歩たちとつっかかっていると葉月がそう笑ったところで教室の扉が開き先生が入ってくる。
「はーいはい。みんな席に着きなさーい!」
「「「はーい」」」
先生の指示にどこからというでもなく、そんな声が聞こえる。
「えー…では、まず出席を。矢野さんー…、水宮さんー…。」
先生が出席をとるという、よくある日常的な朝の風景も上の空。
(『やつらが動き出した』、か……。
どうせただのイタズラ好きのやつらなんだろうな…。)
俺はそう考えて、ただぼんやりと窓の外を眺めて見るのだった。




