第二章 第八話 加減を知れ
「……ほーん。あんたが澄田詩乃の本当の父親とは。ホンマかいな」
「そうや。娘が世話になったと聞いて、一言お礼を告げにな」
「いやぁ、それにしても参ったねこれは。事情を説明してくれるかい? 詩乃ちゃん」
「あの……ええと、私もまだ完全に理解できていなくて……」
畳の敷かれた大部屋で、神崎は一組の男女を前に真っ直ぐと目を合わせる。神崎の目的は、この半生を世話してもらったことに対してのお礼を申し伝えること。その為にこうして部屋と上がり込み、静かに座っている。
(それにしても、この男が詩乃ちゃんの親父さんとはねぇ……わしとタメか、少し下やろか?)
「べらんめい」という胡散臭いプリントがなされたシャツを着た女性が、怪訝そうな目つきで神崎を見つめる。ぼさぼさ髪で目の下にくまをつくっているその姿は、普通に考えればこのひなた荘という借家に住まう自堕落な女性だと思われがちであるが、彼女こそがこの家の大家であり、そして“元”Sランクの『破壊者』として名を馳せていた日向久須美その人である。
そしてまだ夏も過ぎたばかりであるというのにトレンチコートに袖を通している“自称”イケてるダンディを語る無精ひげの男、ヨハン=エイブラムスも同じく迎え入れるというよりは、警戒という意味合いで睨みつけている印象が強まっている。
「それで? 何の用や? ただお礼言いに来た訳ちゃうやろ?」
「話が早くて助かるわ。率直に言わせてもらう。詩乃を引き取りに来た」
「っ……!」
その瞬間、澄田の肩がわずかにびくついたのを、ヨハンは見逃さなかった。
「ふむ……どうやら本人にその気はなさそうだが?」
「それにホンマの父親なら、どうしてそない詩乃ちゃんをビビらしとるんや? わしにはただ誘拐宣言しに来た変態にしか見えんが?」
二人の挑発に対して、澄田は間に入って仲裁を試みようと身を乗り出そうとした。しかしその前を神崎の手が阻み、そしてあくまでまだ大人の話し合いとして済ませるべく、穏便に事を進めようと言葉を続ける。
「確かにワシが本当に父親かどうか、ここで証明しようにもどうしようもない。十六年も離れ離れにされよったからな」
「離れ離れ……あの魔人の仕業か」
事情全てをのみこんだわけではないものの、なんとなく察しがついた日向は立ち上がって首を横に振って神崎に外に出るよう促す。
「表でぇや。わしが直々に見極めたる。あんたが詩乃の父親かどうか、父親として詩乃の隣に立つ資格があるか、キッチリとな」
「だったら俺も出ない訳にはいかないねぇ。こう見えて、詩乃ちゃんを見守ってきた者の一人として、黙っている訳にもいかないからね」
「あんたは座っとき。どうせ飯当番が早なるのが嫌なだけやろ? ……と言いたいところやが、今回は手伝いを認めたる」
――『破壊者』と『冷血漢』。いずれもかつてはこの世界における測定不能の実力者、Sランクとして名を馳せている者。並大抵のものならこの時点で手合わせの辞退をしてもおかしくはない。
しかし神崎は眉一つ動かすこともなく、二人の後を追って立ち上がる。
「あっ、あの! 神崎、さん!」
「何や詩乃。よそよそしく言わんでも父親なんやからもっと気軽に話しかけてもらって構わんで」
「そうじゃなくて……あの、怪我とかそういうのはやめてっていいたいの!」
娘からの無理難題。Sランク二人を相手どって手加減を求めるという、力帝都市においては致命的な矛盾。
しかし父親として娘の望みをかなえるなど、神崎にとっては容易いもの。
「分かったわ。一応ここまで面倒を見て貰った恩人やしな。ワシも無意味に傷つけるつもりはない」
特に強い敵意を抱くまでもなく、あくまで力の証明だとしての立ち合の意味を強めて神崎は部屋を後にする。しかしその身に纏うサージ電流の走りが、澄田にとっては明らかにSランクという枠組みを常人の枠組みに納めてしまうような恐怖があった。
「日向さん、ヨハンさん……お願いだから、お父さんに本気を出させないで」
――あの人は、その気になれば人を簡単に殺せるような人なんだ。
◆ ◆ ◆
「おいしー! ここの定食屋ってこんなに前からあるんだー!」
「先輩、説明して貰えますか?」
「ぶっちゃけ俺もよく分からねぇ」
次の週休日を迎えるまでの間、意外にも穂村を取り巻く世界は平和なものだった。上等学院高校での落雷騒動や、高ランク者を中心に見えると噂される塔の存在についてなど、様々な出来事があれど、今の穂村にとって一番重要なのは、穂村ジュンを名乗る少女の正体についてだった。
この日はジュンの希望により二人での外出となっていた。イノとオウギを子乃坂に預けて、穂村は自分の娘を名乗る少女と二人で定食屋のテーブルに座っている。
「何をどうしたら、先輩の娘を名乗る年上の女の人が現れるんですか! 意味が分かりません!」
「それは俺も同じだっつぅの。意味わかんねぇよ」
いつもであれば飴玉を転がすような甘ったるい声での接客をする後輩が、この日は刺々しい態度で穂村に詰め寄る。
中学時代からの後輩であり、穂村の不良時代を知る存在。そして今は家族が経営する定食屋の手伝いを行っている少女、栗城杏子。当然子乃坂との関係も知らない訳ではなかったが、それを差し置いてもなお穂村に擦り寄る姿勢を崩すことはなかった。
「あーあ、子乃坂先輩まで出張ってきちゃって、ライバル増えちゃうなーなんて思ってた矢先にこれですよ。まったく、先輩って人たらしですよね」
口ではそう言いつつも接客はきちんとこなすあたりキチンと割り切っている様子であるが、穂村の前に差し出されたオムライスに描かれているケチャップの文字が強いメッセージ性を持ってしまっている。
「……なんだよ、この“何股ですか?”っていう回答を求めるようなケチャップ文字は」
「えぇー? 私はいつものように先輩への愛のメッセージを書いたつもりでしたけどぉ?」
「それにしてもママから聞いた通り、パパって本当に昔からモテてたのね」
「昔から……? ってことは、先輩は大人になってからも――」
「大体一人か二人、私も知らない女の人が混じっていることもあったわ」
「はぁー!? 先輩、どういうつもりですか!?」
未来の自分の行動の意図を、過去の己に聞かれたところで知ったところではない。穂村は何も言い返すこともできないまま、ただ栗城の手によって頭をガクガクと揺らされている。
「知らねぇよ! つーかなんだよそれ! 俺がそんなことをする訳が――」
「時田さんと子乃坂さん。あの時私の前で二人に対して曖昧な返事を返していた時点でパパに言い訳の機会があるとでも?」
「何ですかそれ!? ちょっと先輩!? あの二人になんて言ったんですかぁ!?」
「いや、それは……話は後にして、飯を食わせてくれないか――」
「駄目です! ちゃんと未来の花嫁候補である私にも報告してください!」
ちゃっかり未来の妻候補に名乗りをあげる栗城に対して、穂村はただ無力なままその身をガクンガクンと振り回されるほかなかったのだった。




