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第29話 絶望の中で『闇』は目覚める

「その願い、かなえてやろうか?」


 そう言った男は、竜胆鏡夜の姿をした誰か・・は、暗闇が支配する夢の世界に在りながらも不敵な笑みを浮かべて、そこに立っていた。

 竜胆鏡夜と同じ姿をしているが彼ならば絶対にしない、人を食った様な笑い方に本来の竜胆鏡夜である少女、竜胆鏡華は奇妙な違和感と背筋が泡立つ様な嫌悪感を覚えた。


「……お前は……誰だ」

「前も言わなかったか?俺は竜胆鏡夜だ」

「違う!竜胆鏡夜はっ……鏡夜、は……」


『――嘘つき』

『――――好きだ!』


 夢で見たぞっとする様な冷たい意識をした鶴来と、今日告白された時の真剣な表情だった鶴来の両方の顔が鏡華の脳裏を過ぎる。

 自分だと言い張れば良いだけのはずなのに、鏡華はどうしても口に出せなかった。どうしても、自分が鏡華だと言い出せなかった。

 葛藤する鏡華を目の前の男は大きく嘲笑う。その表情も、かつての鏡夜なら絶対にしないものだった。


「……くくくく、ははははは!」

「っ……笑うな!私の夢の分際で!」

「……ああそうさ、ここはお前の夢だ。だが……同時に、俺の夢でもある」

「俺の……?何を言っているんだ……お前が竜胆鏡夜だと言うなら、お前は私だろう!」


 鏡夜の姿をした何者かは、鏡華の言葉に大げさに首を振り否定のポーズを取ってみせた。


「ちょっと違うなぁ……確かにお前は俺だった。そして俺はお前だった。だが、今は違う……知りたいか?俺が何者だったのかを、そしてお前が本当はどういう存在になったのかを……」

「……お前は……何を、知っている……」


 本当にこれはただの夢なのか。ただの夢なら妄想と変わらないが、目の前にいる自分……の姿をした誰かからは、何か得体の知れない物を感じる。

 真実を知りたい。その気持ちが鏡華の足を無意識のうちに一歩だけ、進ませてしまっていた。


「え――」


 足場さえ闇に包まれた世界に、段差なんて無いはずだった。

 だが一歩踏み出した左足に、段差を踏み外したかの様な感覚を感じると共に鏡華の体は傾き、闇の中を落下していった。そして無限に続く闇の奈落の中で、鏡華の意識までもがいつの間にか、深い闇へと飲まれていった……。






「鏡華……」


 夜も大分更けてきた頃、赤金家の自室で布団も敷かずに無造作にねっころがった鶴来は、昼にきららから聞いた事について考えていた。そして、鏡華と過ごしたこれまでの事や……自称ライバルであったはずの、鏡夜の事も。

 しかし色々な事が頭を無造作にグルグルと回ってしまい、中々思考が纏まらない。

 今日は色々な事が有りすぎたし、一旦寝ようかと思った時、不意に手元に置いてあった……というか適当に放り投げていたスマホの着信音が鳴った。


「なんだよ……え――鏡華!?」


 画面を見るまでは気だるそうにしていたのに、発信者の名前を見た途端飛び起きてスマホを手に取る。

 そして暫く悩んだ後……結局、着信を受け取ることにした。


「も、もしもし……」


 おずおずと着信に答える鶴来。しかし電話口の向こうから聞こえてきた声は、彼が予想だにしなかった人物のものだった。


「――妹のものからで悪いが、久しぶりだな……赤金」

「なっ、その声って…………鏡、夜……!?」


 嫌と言うほど聞き覚えがあるが、しかしここ1ヶ月程は一切聞けなかった為か懐かしさすら感じるその声がいきなり電話口から、しかも鏡華の携帯を経由して届いた事に驚きを隠せない鶴来。

 『鏡夜』はそんな鶴来を気遣いながら話を始めた。


「驚かせてしまったか?すまないな……それとどうやら、うちの妹が世話になった様だ。助かったよ、ありがとう」

「……いや、別に良いけど……どうしたんだ、いきなりこんな連絡してきて。それにその電話、鏡華の……」

「いきなりで悪いが少し、話がある。巻波市の東の方にある廃工場、分かるか?分からないなら地図を送る。今からそこに来てくれ。ただし……反転世界の方だ」


 そこまで切羽詰っているのか、鶴来の疑問を言わせないとばかりに言葉を被せて用件を伝えてきた『鏡夜』。

 しかし鶴来は素直にその用件に答えた。


「……分かった」

「それと……すまないが、この事は内密に頼む。少々込み入った話でな」

「……今から、向かうよ」

「そうか、助かる。それではな」

「ああ……」


 互いに久々の再開だと言うのに会話は何処か淡々としたまま、ぶつりとあっけなく通話が切れる。

 しかし鶴来はスマホを握り締めたまま、それをじっと見つめていた。

 その鶴来の瞳には、何かを決意したかの様な強い意思が篭っていた……。





 最早真夜中と言っても過言では無い夜更け。鶴来は鏡夜に言われた通り、巻波町の東の方にある廃工場へと足を踏み入れた。ただし、反転世界の方のだ。

 既に使われていない廃工場である事と反転世界である事の二つの理由で人気の感じられない工場内だったが、色彩鮮やかな事から現実世界から持ちこまれたという事が分かる、宙に吊り下げられた照明が放つ朱色の光が工場内を淡く怪しく照らしていた。

 そして光源の下の鉄くずの山。その頂上付近には、誰かが腰掛けている様なシルエットが一つあった。更にその後ろには十字架の様な物が、墓標の様に立っている。

 なんとなく不吉な匂いの感じられるその光景に、鶴来は眉を顰めながらも鉄くずの山へと近づいていく。

 するとすぐにその山の上にある者達の正体に気づいた。

 普通に座れば傷だらけになりそうな鉄くずの山から突き出した、ドラム缶の様な広い足場に悠々と腰をかけて不敵な笑みを浮かべているのは、鶴来に電話をかけてきた相手であり彼のライバルである、竜胆鏡夜だった。

 そして彼の背後に聳え立つ、鉄骨と紐で適当に組まれた簡素で歪な十字架。

 そこには――鶴来のよく知る、少女が括りつけられていた。

 一つに結わえられた長い黒髪と、小さく細い体躯の彼女の名は――。


「鏡華!」


 見せしめにされるかの様に鉄骨の十字架に縛られた鏡華は気を失っているらしく、目を閉じてぐったりとしていた。シンプルな寝巻き姿な辺り、気を失っているというよりかは眠ったまま連れて来られた可能性もある。

 その鏡華を背にして、鏡夜は歪んだ笑いを浮かべた。


「よぉ鶴来……こうして会うのは久しぶりだなぁ。大体1ヶ月ぐらいか?」

「鏡夜……!しばらく見ない内に、随分悪趣味になったみたいだな……」


 敵意が篭った鶴来の視線を、しかし鏡夜はどこか楽しげな笑みを薄ら浮かべて受け流す。その表情に冷静だったが実直でもあったかつての竜胆鏡夜の面影は無い。


「おいおい、そんな怖い目をしてみるなよ。傷つくだろ?なぁ鏡華」

「ん……あ、あれ。ここは…………え、なんで、お前が――」

「鏡華!大丈夫か!?」


 鶴来の呼び声に、鏡華の意識が一気に覚醒していく。


「っ……鶴来!?何が、どうなって……えっ、縛られてる!?」

「悪いなぁ、我が妹よ。でもお前には逃げられたり耳を塞がれると困るからな」

「何でお前が、どういうつもりで……そもそもお前がいるならこれは夢じゃ――っ!」


 体を動かそうとすれば、手足を縛りつける縄が食い込んで痛みを感じる。それに背中には鉄骨の冷たい感触。

 今の状況が正しく現実である事は火を見るより明らかだった。

 何故夢の中にしか存在しなかったはずのもう一人の自分がそこにいるのかは分からない。だがアレの中身は間違いなく竜胆鏡夜では無い。

 その事実を知らない鶴来に一刻も早くそれを伝えようと、鏡華は大きく口を開いた。


「鶴来、こいつは――!」


『――嘘つき』


「っ……!」

「どうした、大丈夫か鏡華!?」


 駄目だ、彼が竜胆鏡夜では無いと言ったら自分がその本人である事がばれてしまうかも知れない。

 その事実を思うと、途端に喉が絞まる様な錯覚を起こして声が出せなくなってしまう。

 真実を伝えられずに歯噛みする鏡華と、苦しそうな鏡華の表情を見て何があったのだろうと心配そうな顔をした鶴来。

 そんな二人を嘲笑うかの様に、鏡夜は機嫌良く立ち上がった。


「どうしたぁ?言えないのか?そりゃあ、言えないよなぁ!今まで愛しの鶴来君の事を騙していましたなんてよぉ!」

「――――!!」

「鏡、華……」


 一体そこに何の感情が篭っていたのだろうか。

 ぽつりと消え入るような声で鏡華の名前を呼ぶ鶴来に、鏡華は首を横に振りながらたどたどしく鏡夜の言葉を否定しようとする。


「違う。私は……」

「違わないだろ?なぁ鏡華、いや今は被検体No.10と言っておこうか。お前が拾われた研究所、実はあそこにはRWGの摘発が入る直前まで、もう一人の被検体がいたんだ。被検体No.9。そして連番であるNo.9と10は双子だった……この意味が分かるか?」

「研究所に被検体って……一体何の話を……」

「ああそうか、鶴来には分からないだろうな……だが鏡華、ある程度事情を知っているお前は薄々理解しているんじゃないのか?」


 何の事だ。と鏡華は一瞬思ったが、直後にかつてきららに聞いた話を思い出した。

 かつて自分は研究所の実験台にされていて、その時の被検体の番号が10番であった事。自分以外の被検体についてはその安否や身元すらも殆ど不明だったという事も。

 だというのに何故目の前の男は『被検体No.9』というRWGですら知りえなかった存在を知っているのか。更にその彼が言った、被検体No.10……つまり鏡華には被検体No.9という双子がいたという発言。

 そして自分の目の前に立つ、竜胆鏡夜と瓜二つの外見を持った男。

 それらの情報が、鏡華にある一つの結論を導き出させてしまった。


「まさ、か……お前が、被検体No.9……」

「そういう事さ、生き別れていた双子の感動の再会だ。どうした、もっと喜んでいいんだぞ?」

「私の、双子……」


 今度は鏡華が困惑する番だった。

 たしかに目の前の男は、姿だけならかつての自分そのものと言っても良い位に似ている。という事はつまり自分と彼は本当に、瓜二つの男同士・・・の双子だったのか?そんな可能性が鏡華の頭を過ぎった。

 まだ混乱の最中にいる鏡華を尻目に、竜胆鏡夜の姿をした男……No.9は話を続ける。


「それで、だ。あそこで研究されていた魂を繋げる『リンク』の技術、これには一つの前提条件があってな。魂の形が似ている者同士……つまりより血の繋がりが濃く、遺伝子そのものが似た者同士の方がより繋がりが強くなる傾向にあった。そして、そういう意味で俺達二人は適任だった、なんせ俺達は血の繋がった双子だったからな。たまに聞くだろ?双子には奇妙な行動の一致があったり、互いの感覚を共有したりって言う話。あれがリンク技術の原型になっているんだよ」

「リンク……」

「お前だって居た研究室で研究されていた事だ。さすがに名前くらいは聞いた事あるはずだろ?竜胆きららからな」


 確かに一度、そんな技術があった事をきららに聞いた事はあった。さすがにその詳細までは教えて貰えなかったが。

 しかし、それを何故No.9は知っているのだろうか。ただの憶測で言った可能性は勿論あるが、鏡華は男の言い方からなんとなく、憶測とは別の確信的な何かを持っているのを感じてぞっとした。この男に自分の過去を覗き見られているのでは無いか、そんな荒唐無稽な可能性が頭を過ぎったのだ。


「なんで、お前がそれを知っている……」

「なんでだろうなぁ、はは。それじゃあ話を戻すぜ……そしてリンク技術により繋がれた魂はその繋がりが強くなると、意思の疎通だけでなく記憶や感情の共有までも行える様になる。そうやって様々な物を共有していった先に、何があるか……聡明な鏡華ちゃんなら分かるんじゃないか?」


 他人の記憶や感情をそっくりそのまま知るなんて、たとえどれだけ互いが親しい仲だとしても普通の人間には不可能だ。心なんてものは本来一人に一つしかなく、その一つの心が感じられる感情も得られる記憶もその心だけのものだからだ。だが本当に同じ記憶、同じ感情を共有できる二人の人間がいたとすれば、本来知りえない自分以外の記憶や感情まで知りえたとすれば、互いの心は、人格はどうなってしまうだろうか。


「……そんな事したら、人格が無茶苦茶になるかもしれない」

「そう……互いの結びつきが強まるとその果てには、人格そのものの境が曖昧になるのさ。そして幼かった俺達は繰り返された実験の末、一度はその領域に達した……って言っても実験の弊害からか俺に、恐らくお前にもその時の記憶は無いがな。これはお前らの言う『ネームレス』に聞いた話だ。……そして俺達がその領域に達した辺りで、RWGの奴らの摘発が行われ、かくして双子は悲しくもその仲を引き裂かれてお前はRWGの元へ、俺は……予めRWGの摘発を予期していたネームレスに拾われた、という訳だ」


 自分が拾われる前の記憶が無かった理由が漸く判明したが、鏡華にはそれよりも気になっている事が一つあった。


(互いの人格が、曖昧になる……?)


 No.9が自分との双子だと知った時、鏡華はてっきりNo.9がかつての自分と似ているから双子なのだと思っていた。しかしまだ自分の体が女性の物になっている理由が分からない。

 だが『何かが違う』、そう鏡華は感じた。自分の思考には何かまだ抜け落ちている部分があると。

 だがそれはすぐにNo.9の手によって補完される事になる。


「そしてそれからは、ただ生きる為に必要な知識とある程度の戦闘技術を叩き込まれては強制的に泥の様に眠らされる日々が始まった……何故眠らされていたかって?それも実験だよ、お前の夢や感覚に一方的に干渉出来る様になる為の、な。だから俺はお前が幸せな生活を送っていた事を、その殆どを知っているんだよ。……憎かったさ、どうして同じ双子なのにお前だけがそんな人並みの幸せを手に入れているのかって。……ああそうそう、一つ言い忘れていた事がある。どうやら鏡華ちゃんは勘違いしている様だが、俺達は双子だったが男同士じゃない、男女の双子だったんだ」

「男女の、双子……それじゃあ、まさか、この体は……」


 リンク技術によって曖昧になる人格、男女の双子。鏡華の中でパズルのピースが嵌る様に、矛盾が消えてしまった。まだ矛盾の一つでもあれば、何かの間違いだと思えたのに。

 一方、蚊帳の外で話を聞くしかない鶴来は何を考えているのか、No.9が話している間、ただひたすらに眉を顰めて黙っていた。そして、今も黙ったままだ。


「どうした鶴来?そんなしかめっ面して。まぁそりゃそうだよなぁ、お前からしてみれば訳の分からない話だ。だったら教えてやるよ。俺が誰で、この妹が本当は何者かで……お前が本当は誰に告白なんてしちゃったのかをさぁ!」


 鶴来の告白まで知っているのか、No.9は本当に自分の全てを覗き見していたのか。

 リンク技術の力を知った鏡華は、彼の言葉が全て正しいであろう事もまた理解してしまった。

 鏡華はNo.9が告げる真実を一片たりとも否定できず、ただ懇願する事しか出来なかった。


「やめて……」


 しかしそれをNo.9は実に愉快そうに笑って切り捨てる。


「やだねぇ!そうだよ、その顔だ、それが見たかった!それがこの実験の成功の証で、俺が最も見たかった物でもある!」

「やめて、お願いだからっ――」


 鏡華はNo.9にパンッと、無造作に顔をはたかれた。叩かれた痛みと、それを凌駕する様々な恐怖で途端に声が出なくなる。

 優しい鶴来の事だ。今はまだ、叩かれた自分の事を心配してくれているはずだ。

 だがこれから真実を知った彼は、夢の様に冷たい目で自分を罵るのだろう。

 もうこれ以上何も見たくないし聞きたくも無かったが、鏡華には目を塞ぐ事が出来ても手足が縛られている為、耳を塞ぐ事は出来なかった。

 硬く閉ざされた瞳が写す暗闇の世界で、No.9の声が鏡華の頭に響く。

 

「少し黙ってろ、ドッキリってのはネタ晴らしの瞬間が最高に気持ち良いんだからよ。という事でネタ晴らしだ!かつて一度、曖昧になりかけた二人の人格は、実験の中止とその身が離れた事で再び互いが個としての人格を取り戻した。だがしかし、まだ結びつきそのものが消えたわけじゃあない!故にさっき言った様な実験も出来た」

「や、嫌……」

「そして時は流れて今年の7月。ネームレスがお前の元に現れた後、意識を失ったお前をあいつは拉致して再び俺の元に連れてきた。そしてある二つの『処置』を施した。その内の一つが――人格の交換。そう、今この体には竜胆鏡夜の人格ではなく、ただ一つの名さえ付けられなかった被検体No.9が!そしてこの竜胆鏡華と呼ばれる少女の肉体の中には、かつてこの体の持ち主だった竜胆鏡夜の人格が入っているのさ!」

「あ――――」


 知られた。何があっても知られたくないものを、鶴来に知られてしまった。

 頑なに閉じてた目が自然と、力無く見開かれる。眼下の鶴来が思わず視界に入ってしまう。

 鶴来は今、何を思っているのだろう。彼は俯いている為に鏡華からはその表情が見えない。だが何かを後悔する様に硬く絞られた口元だけは見えた。見えてしまった。


「あーっはっはっはっはぁ!どうだぁ竜胆鏡華……いや鏡夜ぁ!大切な人間を裏切ってしまった気分はぁ!そして赤金鶴来!大切な人間に裏切られたお前もぉ、さぞ愉快な気分になってるだろう!?」


『――嘘つき』


「いや……」


 真実を知った今、鶴来の口はまるで何かを後悔するかの様に硬く閉ざされている。違う、彼は後悔しているんだ。まがい物の自分を好きになってしまった事、竜胆鏡夜なんかをライバルだったと思っていた事。今の鏡華には最早そうとしか思えなかった。


「いやぁ……!」


 終わってしまった、鶴来との何もかもが。もう鏡華としても、鏡夜としての関係にも戻る事は出来ない。

 ただこれからは鶴来から憎悪の対象として、永遠に憎まれるだけの存在になってしまった。

 それを自覚した時、鏡華の心臓がどくんっ、と大きく跳ねた。




『――嘘つき』




「い――――いやあぁぁぁぁ!!」


 一切合財の現実を否定する様に、鏡華は悲痛な叫び声を上げる。

 しかしそれを引き金にするかの如く、鏡華の全身に突如強烈な痛みが走った。


「が、あぅ……っああああ!」

「始まったか……そうだ、その絶望が欲しかったぁ!」


 鏡華の胸から唐突に、正体不明の黒い粒子が大量に吹き上がる。

 それを待っていたのか、No.9はこれ以上は無いと言わんばかりの歓喜の声を上げると粒子が噴出す鏡華の胸へと何の躊躇も無く左手を突っ込んだ。


「あああああ!!」


 一体何がどうなっているのか。鏡華の胸の中へとNo.9の手が沈んでいき、鏡華が苦悶の叫びを上げる。

 そうして手首まで黒い粒子が噴出す胸の中へと埋めるとNo.9は実に楽しそうに歪んだ笑みを浮かべて、苦しむ鏡華へと話しかけた。


「鏡華ちゃんにはもう聞こえてないかも知れないがぁ、さっき言ったよなぁ。お前に施された処置は二つだって!ネームレスは純粋な実験狂、マッドサイエンティストだ!あいつは裏の組織に関わってリンク技術の他に幾つかの、反転世界に関する技術を入手していた!その一つがディザイアそのものを核として、セイバーよりもより強力な武器を生成すると言う物だ!お前らを海で襲ったあのガキが使っていたのがその武器さ!だがアレの核は生きているディザイアで、しかも所有者に直接寄生する!故に使えば使うほどディザイアが持つ負の感情エネルギーが流れ込み、所有者はやがてそのエネルギーに飲み込まれて暴走を始める……あのガキも途中から理性がすっとんでいただろう?だが!これはその欠点を克服した結果だ!」


 話し終えた後No.9が鏡華の胸から手を引き抜く。

 引き抜いた手の先には、ディザイアの様に無機質ながら生き物の様な鼓動を放つ不気味な大剣が握られていた。

 大剣の姿は正体不明の例の武装とも酷似していたが、一つだけ違う事があった。それは例の武装が腕から直接生えていたのと違い、大剣はセイバーと同じ様に所有者と分離していたのだ。

 大剣を引き抜かれた鏡華は糸が切れた人形の様にぐったりとしていたが、No.9は最早鏡華の事などどうでも良いと思っているのか、満足そうに大剣だけを見つめて歪んだ笑みを浮かべた。

 そして眼下の鶴来へと体を向けると、新品の玩具を見せびらかす様に大剣を翳してみせる。


「どうだ、鶴来……性別すら異なる他人の肉体にされた事によって発生する感情の揺らぎ、そして外部から恐怖と言う名の刺激を与えられた結果、ネームレスによってセイバーに偽造されてこいつの中に埋め込まれたこれが目覚めた。そしてこれは内部から鏡華の恐怖を煽りつつ、その恐怖を自らのエネルギーとして喰らい続けた。そして今!極上の絶望を味わったことでこいつは漸く宿主の殻を破る事が出来たんだ!更にリンク技術による竜胆鏡華との繋がりも、この瞬間全てこれへと委譲させた。セイバーと魂との関係にも似たその繋がりを利用することで俺が、俺だけがこれを制御できるのさ!」

「…………」


 しかし鶴来は未だ俯いて口を閉じたまま、一切微動だにしない。


「驚きのあまり声も出ないか鶴来ぃ!だが呆然としている暇は無いぞ?お前にはまだこいつの――『ディセイバー』の試し切りの相手っていう大事な役割が残っているんだ。望んでいたんだろう、竜胆鏡夜との戦いを。さぁお望み通り、ライバルとの熱い戦いを始めようじゃないか!」

「……んで……」

「おいおいどうした。漸く自分の滑稽さが飲み込めたか?」


 漸く鶴来の口が開かれた。

 だが彼の口から出たのは鏡華を謗る言葉でも無ければNo.9に対する物でも無く――。


「……なんで……そんな大事な事隠して、一人で抱えていたんだ、この馬鹿野郎……!」

「ははっ、本当だよなぁ。好きになった相手が実はライバルでしたーなんて傑作だよなぁ!」

「でも……ずっとお前が側にいて、一人で頑張っていたのに気づかなかった俺はそれ以上の大馬鹿だ……!」

「は?おいおい何言ってんだお前……?」


 鶴来の発言が全く理解出来ず、まるで狂人でも見るかの様な表情をしたNo.9に向けて鶴来は面を上げた。

 漸くNo.9にも見える様になった鶴来の瞳。その瞳に写るのは、後悔でも無ければましてや憎悪なんかじゃない。強い信念と決意だった。

 その瞳が癪に触ったのか眉を顰めるNo.9に向かって、鶴来は力強い声で言い放つ。


「――黙れ」

「あん?」

「それ以上、鏡夜の……俺のライバルの顔と声で喋るなって言ってんだ。このクソ野郎!」


 鶴来の言葉に、No.9は「はぁ……」とわざとらしいため息を吐くと、呆れた様な目で鶴来を見やった。


「なんだその詰まらない反応は。全く……馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、ここまで馬鹿だったとはな」

「お前なんかに馬鹿って言われると虫唾が走るんだよ……鏡華を、鏡夜を――返してもらうぞ!」

「ははっ、どっちかはっきりしろよ……まぁどの道お前はこいつの的になる運命だ。今この一帯には、ネームレスがこの間仕掛けた通信妨害と同じ類のものがしかけられている。この間はそれでも予め居場所を知られていたから妨害にあったみたいだが……似てただろう?電話での俺。お前の事だからどうせ信じて誰にも話してないんだろう?こんな何処にでもある様な廃工場にまで、果たして誰が助けに来てくれるのか――」


 鶴来の行動は速かった。

 No.9が語っている最中に、相手に悟られないよう初動を極力消す動きで一気に踏み込むとそのまま一気に鉄くずの山を、足を取られない様飛ぶように駆けつつセイバーを前方に出現させる。

 刀身が前になる様に現れたセイバーを右手で掴むとほんの少し腕を引いて眼前に迫っていたNo.9へと一突きした。

 だがNo.9は鶴来の行動が分かっていたかの様に、最低限の動作だけでそれを躱す。


「おっと、話している途中に切りかかるのは正義の味方としてどうなんだ?」

「うるせぇっ!……ぐっ!」


 それどころか逆にディセイバーを下から掬い上げる様に振るいあげ、鶴来の懐を狙いにまできた。

 咄嗟にバックステップを取って下がりギリギリのところでその斬撃を躱した鶴来だったが、しかし鉄くずの山に足を取られかけてしまい、たたらを踏みながら斜面を背中から駆け下りる羽目になってしまった。


「うぉぉぉ!?……っとぉ、あっぶな……っ!!」


 一応こける事無く地面にたどり着いた鶴来だったが、直後に上空からの殺気を感じて、体制の整いきってない体で更に無理矢理バックステップ。

 這うような姿勢で手もついて、土煙を巻き上げながらなんとか着地に成功した鶴来が立ち上がりながら前を見ると、先ほどまで自分が居た位置ではNo.9がディセイバーを振り下ろした状態で着地していた。

 No.9は斬撃を躱した鶴来を一瞥するとふん、と鼻を鳴らしてゆったりと立ち上がる。


「ま、素直に当たるとは思ってなかったがな……まぁ良い。俺はかつて鏡夜だったあいつを通してこの体のスペックを知り尽くし、戦闘技術までもコピーしている。勿論、お前との戦いもその殆どを見てきたしその戦闘能力も、お前がこの肉体に一度も勝った事が無いことも知っている。ついでに言うとな……こういうのもあるんだ」


 No.9前方に手を翳すと虚空から青白い粒子が幾つも現れる。それは一瞬で収束、一つの武器を形作った。

 氷の如き冷静さを形にした様な、クリアブルーの長銃。

 それはかつて鏡夜が持っていたセイバーと瓜二つ……いや、どう見ても同一としか思えない物だった。


「何でお前がそれを……体が入れ替わっているって言っても、セイバーが繋がっているのは魂の方のはずじゃ!」

「これも双子だからこそ、って奴だ。魂の性質が似通っていればリンク技術の応用でセイバーの譲渡すら可能になる。もう鏡夜の全てはこの俺が頂いた。あそこにあるのはただの抜け殻だ」

「何が鏡夜の全てだ……ただ外側パクッただけの癖に偉そうな事を言うな!それとお前が電話してきた時に思ったんだけどな――鏡夜は俺に一々「悪い」だの「ありがとう」だの、そんなご丁寧な事は絶対に言わねぇんだよ!」


 鶴来は叫びながら再び地を蹴ってNo.9に接近、刃を振りかざす。

 だがNo.9は続く一閃を完全に見切ったかの様に悠々と回避。そのまま数歩下がって長銃型のセイバーを一発、鶴来に向けて発射した。

 銃声も無しに吐かれた光の弾丸を咄嗟に避けようとした鶴来だったが――。


(――いや、駄目だ!)


 そう判断すると避けるのを止めて手に持った大剣を引き上げて、その腹で銃撃を受け止めた。

 鏡夜のセイバーはその能力により自らの放った弾丸の軌道を1度だけ変化させる事が出来るので、下手に回避しても逆に背後等から再び向かってくる可能性があるからだ。それならば叩き落した方がよっぽど良い。

 その判断は鏡夜と何度も戦ってきた鶴来だったからこそ出来た物だった……だが。


「さすが、よく知ってるじゃないかぁ……が、いつも詰めが甘いなお前は!」

「ぐっ――!」


 鶴来が弾丸を受け止めるのを予測していたのか、発砲直後に踏み込んで鶴来との距離を一気に詰めたNo.9は鶴来が弾丸を受け止めた隙を突いて、ディセイバーを斜め下から掬い上げる様に薙いで鶴来の腹を狙う。

 しかし鶴来も咄嗟にセイバーを下に構え直してギリギリのところで何とか受け止めた……が、妙な手応えの軽さを感じ、次の瞬間には頬への強烈な打撃と共にその体が宙に浮いた。

 鶴来がNo.9に殴られたという事に彼が気づいたのは、背中が地につき僅かに擦れた直後の事だった。

 No.9は自身のディセイバーと鶴来のセイバーが接触した直後にディセイバーを離して、空いた左手で殴りかかっていたのだ。


「くっそ……まだまだ……!」

「相変わらず威勢だけは一丁前だなぁ、お前は」


 床に落としたディセイバーを悠々と拾い上げながらNo.9は呆れたように言う。

 対する鶴来は先ほどの一撃で口を切ったらしく、血の混じった唾をぺっと吐き捨てながら立ち上がった。


「さっきから、ただ遠くから眺めていただけの癖に知ったような口聞きやがって……お前なんて、本物の鏡夜に比べたら屁でもねぇよ……!」

「そうかい。まぁ強がりも良いが……いいのかな、そんな悠長にしていて。そのお前が言う本物さんがもうすぐ消えちまうぞ?」

「なっ……」


 突然告げられたタイムリミットに驚愕する鶴来へと、No.9は愉快そうに笑いながら説明する。


「こいつの体の中に埋め込まれていたディセイバーは、RWGに悟られない様にセイバーと同じ反応を返す様に偽造されていてな……だがそれと同時に、セイバーと同じ様に所有者を反転世界の影響から守る機能もあったんだよ。だからここまでその存在がばれなかったわけだが……それを抜かれた今のこいつには、反転世界の影響から逃れる術は無い。そして今、ディセイバーを抜かれた事によりこいつは魂に大きなダメージも負っている。既にこいつの肉体の崩壊は始まっているんだよ、だがもうこんな抜け殻に用は無い。言っただろう、俺はこいつの全てを奪ったと!それでもお姫様が消えるまで、精々あがいてみるかぁ?」


 鶴来には絶望的とも言える宣告。だがそれでも鶴来はギリッと歯を噛み締めて、意思の篭った瞳で前を見据えた。

 まだ、諦めるわけにはいかない。


「俺はっ……それでも俺は絶対に諦めない!一度は気づいてやれなかったけど、それでもまだやり直せないなんてそんな事俺はこれっぽっちも思ってない!鏡っ……ええいどっちでも良いさ!俺はまだ諦めないから、だからお前も勝手に諦めるな!お前はまだこんな所で終わる奴じゃないだろ!だって、俺の『ライバル』なんだから!」

「くくく……お前は本当に馬鹿だなぁ、ついさっき魂に大きなダメージを負ったって言わなかったか?しかもこのディセイバーを目覚めさせる程の絶望に今あいつは覆われている。お前の声なんざ聞こえるわけないだろうに」


 からかう様にそう言ったNo.9。

 だがNo.9は知らなかった。鶴来が叫んだ直後、No.9の後ろで張り付けにされた鏡華の指がぴくりと、僅かにだが動いた事を。

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