第28話 告白する者、出来なかった者
ここから最終話まで纏めて投稿してます。
ブクマの最新話から飛ばれた方は注意をば。
「どうしよう……」
鏡華は悩んでいた。RWG特有の、縦に長い開閉用のスイッチが付いた銀色の自動ドアの前で、それを押すべきか否かで悩んでいた。その理由は明白だった。
今日見た夢のせいで鶴来に嘘をついている事を自覚してしまった鏡華は、今更後ろめたくなってしまった為に鶴来に会いづらくなってしまったのだ。
かと言って今の自分には事実を伝える勇気は無く、結果立ち往生してしまっているわけだが……。
「どうしたの鏡ちゃん、そんなところで」
「うひゃあ!き、きららさん!?」
いきなり背後からかけられた声に鏡華が肩を跳ね上げさせながら振り返ると、そこに立っていたのはきららだった。
今は昼前でしかも平日なのになんで……と少し思いかけたが、そういえばここはRWG巻波支部の中。つまりきららの仕事場でもあるのだからむしろ不思議でもなんでも無い。
そう納得すると鏡華は少しためらった後に、せっかくだからときららに相談してみた。
「いや、その……何ていうか、会うのが少し後ろめたくて……」
「……あ、もしかして正体隠してるところ?」
あっさり当てられた鏡華は、バツが悪そうに小さく頷く。
その様子を見たきららは、何か思うところがあるのか首を傾げて軽く唸る。
「うーん、なんていうか今更って言えば今更な気も……まぁ、案外鶴来君なら怒ったりしないと思うんだけどねぇ」
「でも……」
「……ま、とりあえずそんなところにいてもしょうがないし。えい!」
「わっ、ちょっ――」
軽い掛け声と共に、無理矢理病室へと押し込まれた鏡華は直後に一瞬、ベッドの上で上半身だけを起こしていた鶴来と目が合うが、すぐについ目を逸らしてしまった。
だが鶴来はそれをいつもの照れ隠しの様な物だろうと思ったのか、特に気にせず挨拶をした。
「よっ、鏡華。あ、きららさんもおはようございます」
「つ、鶴来……」
「元気そうね、鶴来君」
「まぁ、反転世界の怪我は傷に残りませんし。余程の重症なら話は別っすけど」
「ま、それもそうね。それじゃあ私は行くから、後は若いお二人でごゆっくり~」
「ちょっ、ちょっときららさん!?」
鏡華の静止も聞かずに、きららはいきなり病室を出て行ってしまった。
自分が鶴来と顔を合わせずらい事を知っているのだから、少しはフォローとかして欲しかった……そう思い鏡華は義母を心の中で恨むが、そうしたところで鶴来と二人きりのこの状況は変わるはずも無く。
「ははは、そういやあの人も忙しい人なんだよな」
鶴来の言葉に、鏡華はびくりと肩を震わせてあらぬ方向に視線をさ迷わせてしまった。
どう見ても挙動不審である。勿論鶴来も目を細めて怪しいものを見るかの様な反応を見せた。
「なんだよその反応ー、まるで怖い物でも見るかの様な……」
「え、い、いや。別にそういうわけでは無いのだが……」
『…………』
二人して黙ってしまった為に若干気まずい沈黙がしばらく続く。
先に口を開いたのは鶴来だった。
しかし彼の顔つきは先ほどまでとは違い、何故か随分と真剣なものになっていた。
「そういえばさ、俺明日にはもう退院して良いって言われてるんだ」
「そ、そうか。良かったな」
「……明日からは俺、もっと頑張るから。お前を守れる様に、もっと強くなって見せるから」
「な、なんだいきなり……」
突然真面目に話し始めた鶴来に困惑してたじろぐ鏡華に、鶴来は一瞬だけ躊躇うかの様に口を結び、そして鏡華の目を真っ直ぐ見てから言った。
「鏡華、大事な話があるんだ」
「つる、ぎ……?」
鏡華は今まで鶴来と目を合わせる事が出来ずについ視線を逸らし気味にしていたが、あまりにも真っ直ぐで真剣な鶴来の声音のせいか、つい彼の顔へと目を向けてしまった。
そして直後に、鏡華は息を飲んだ。鶴来の目が、その物言い以上に真剣なものだったからだ。鏡華が気圧されて、言葉を失ってしまうくらいには。
彼が話したい事は分からないが、それがとても大事なことだと言うのは何と無く分かった。
……少なくとも、今の後ろめたさを抱えている自分がそれを聞くのに不相応だと思ってしまうくらいには。
(……そうだ。まだ本当の事を言う勇気は無いけど、せめて……このくらいは……)
心だけはライバルとして在りたい。たとえ嘘をついている自分がそれに相応しくなくても、せめて少しでも鶴来には正直でありたかった。
「鶴来……その……すまないが、話の前に一つ、私からいいか?」
「え?あ、ああ……」
「……私も……お前に実は一つだけ、言わなければいけない事があるんだ」
「言わなきゃ、いけない……?」
不思議そうな顔をする鶴来に、鏡華は絞り出す様に言葉を紡ぐ。
「うん……その、今はまだ言えないけど、いつか……絶対にいつか、お前にちゃんと伝えるから!だから、だから……」
だから、なんだろう。言いたい事があるはずなのに、それがなんなのか自分でも分からない。
口を噤み黙ってしまった鏡華の頭に突然ぽんっ、と軽く手が乗せられた。鶴来の手だ。
「あ……」
「……ありがとな。でも言いたい事があれば言えば良いけど、言いたくない事なら無理して言わなくても良いんだぞ。お前が何を抱えてたって、言えない事があったって、お前はお前なんだから」
「……ありがとう」
鶴来は本当に優しいから、今の自分ではその優しさについ甘えてしまう。
だがだからこそ、いつか絶対に本当の事を話さなきゃいけない。そう鏡華は思った。
そう、思っていた。
「それじゃあ次は俺の番だな」
「……分かった」
余程大事な話なのか。鶴来は大きく深呼吸を一つ入れてから、話し出した。
「……俺、お前と一緒に居て楽しかったよ。それでお前の事守りたいとか、もっと一緒に居たいとか思って……それであの大鎌の男。あいつと戦って、ぼろ負けして気を失いかけてさ……そん時、一瞬見えたんだ。鏡夜の背中が」
「っ……!」
突然出た鏡夜の名につい反応しかけてしまった鏡華。
しかし彼女の内心を知らないであろう鶴来はそのまま話を続ける。
「……って一瞬思ったんだけど、実はそれお前の背中だったんだよ。あん時さ……鏡華が俺の事守ろうとしてくれたんだよな」
「知って……るのか?」
ネームレスが自分の事を鏡夜と呼んだあの時の会話ももしかしたら聞かれていたのかと、鏡華は内心で冷や汗をかいた。
「いや、薄らとした記憶しか無かったし、お前らの話し声も聞こえない程だったんだけど、後で親父からそんな感じの事を聞いてさ……だから、ありがとうな。鏡華」
だがどうやらその心配は杞憂だったらしい。
しかしほっとしながらも、もったいぶられたわりにあっさりと話が終わってしまいそうな為に、鏡華は謙遜しながら話の続きを促してみる。
「結局、私は何も出来なかったし……でも、話したい事はそれか?」
「いや。本当に言いたい事は今からなんだ」
やはりまだ言う事があったらしい。先ほどにも増して真剣な顔つきになった鶴来を見て、鏡華も再び息を飲む。
すると、鶴来はほんの少しの間躊躇う様な素振りを見せたがすぐにキッと面を上げて話し始めた。
「……その、昨日の夜、実はずっとお前の事考えててさ……今までの、二人での事をずっと考えてて……それで、これから俺はどうしたいのか、どうするべきなのかをずっと考えていた」
「つる、ぎ……?」
鶴来の言いたい事はまだ分からないが、妙な事に虫の知らせの様な妙な予感を鏡華は感じた。
言葉で言い表せないその予感。それは何故か鏡華の不安を煽っていた。
「それで……その……」
何故か顔を赤くして目を逸らす鶴来。
先ほどの真剣さとはうって変わったその様子に困惑する鏡華の前で、緊張をほぐす為か深呼吸を一つすると、再び真剣な顔で鏡華の方を向いた。
「……すぅー……よし、男は度胸だ!…………鏡華!」
今までにも幾度と無く見てきた真っ直ぐな瞳。見慣れているはずのそれに鏡華は今、引き込まれて目を離すことが出来なくなっていた。
何かに期待を膨らませるかの様に胸が高鳴っていく。しかしそれと同時に先ほど感じた妙な予感が、不安が膨れ上がっていって、鏡華は自分でも何が何だか分からなくなっていった。
ただ鶴来の事を黙って見つめる事しか出来ず、鶴来もこちらをじっと見つめて黙っている為に、病室には重い空気と沈黙が広がる。
胸の高鳴りと謎の不安とで鏡華の緊張が限界に達しようとしたその時、鶴来が一息吸い込んで――そして言った。
「――――好きだ!」
「え――――?」
まずは呆然として。
次に頭の中でその言葉を何度も何度も反芻して。
そして漸くその意味に気づいた。
頬が焼かれた様に一気に熱くなる。考えが纏まらず、ごちゃごちゃとした感情で目が回りそうになり、あちらこちらに視線が泳いだ。
「え、あ、あ……」
あわあわと、言葉にならない声を出すしか出来ない鏡華に、顔を真っ赤にしながら鶴来は畳み掛ける様にして口を開いた。
「その、お前はさっき言わなきゃいけない事があるって言ってたけど、それが何だって俺は良いんだ!俺はもっとお前と一緒に居たくて、お前の事守りたくて……でもまだ俺には力が足りないから、だからもっと強くなる!お前の側でずっとお前を守れる様に強くなるから!だからこれはけじめだ。だから俺がもし、お前の側にいるに相応しい男になったって思えたら、その時に返事をくれれば良い」
「つ、るぎ……わた、しは……」
『――嘘つき』
「――――っ!」
「鏡華……?」
突然目を見開いてショックを受けたかの様な表情を作る鏡華を、鶴来が心配そうに覗き込む。
しかし鏡華はその視線から逃れる様に顔を俯かせると、震えた声で口を開いた。
「……ご、めん……」
「あはは、そうだよな。いきなりこんな事言われてもな。でも、さっきも言ったけどもし俺が……」
鶴来はその場を和ませる為に笑いかけるが、鏡華はついに涙を零し始める。
「違う、違うんだ……!全部、私のせいなんだ……!」
「鏡華……もしかして、さっきの言わなきゃいけない事か?それが何かは分からないけど、別に俺気にしないから――」
「つる、ぎ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「あ――鏡華!?」
鶴来の話を最後まで聞く事無く、踵を返して部屋を出る鏡華。
咄嗟に手を伸ばした鶴来だったが、その手が鏡華に届く事は無かった……。
巻波支部の宿泊室に戻った鏡華は、力なくベッドに腰掛けると悲痛な顔で項垂れた。
「私は、最低だ……」
鶴来がまさか自分にそこまでの感情を持っていたなんて、思いもしなかった。
本当の自分は『鏡華』ではなく、そもそも女性ですらない。
それなのに、ただのまがい物に過ぎない自分にそこまでの深い感情を向けてしまった鶴来は、あまりにも報われなさすぎる。
全ては彼の気持ちに全く気づかなかった自分の責任だ、と鏡華は自身を責め立て続ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
いつかは話すつもりだった……なんて、そんな決意も塵と化して消えていく。
もし彼が事実を知ってしまったら、どんな顔をするのだろう。
ライバルだと信頼していた人間にも、好きになった人間にも同時に裏切られた彼は、その報われない思いの矛先を何処に向けるのだろう。
『――嘘つき』
鏡華の罪を責め立てるかの如く、脳裏でその言葉が反響する。
体を丸めて耳を塞いでも、その言葉からは逃れる事が出来なかった。
やがて力無くベッドに倒れこんだ鏡華は、不意に思った。
(もういっその事、このまま消えてしまえたら楽なのに――)
「その願い、かなえてやろうか?」
「え――?」
鏡華はいつの間にか、全てが黒に染まった空間に立っていた。夜闇よりも遥かに暗い、まるで灯りの無い箱に閉じ込められたかの様な暗闇だ。
だが鏡華はその景色に既視感を感じた。
「これは……夢?」
鏡華はすぐに思い出した、ここが最近何度か見た夢の空間である事を。
そして、その夢に決まって出てくる人物も――。
「よう。今度はちゃんと、思い出したみたいだな――竜胆、鏡華」
いつの間にか、そしていつぞやと同じ様に、鏡華の目の前には竜胆鏡夜が……もう一人の自分が立っていた。
時は少しだけ戻り、鏡華が鶴来の告白を聞いた直後。
巻波支部2階の廊下を歩いていたきららが見たのは、前方から勢い良く走ってくる鏡華だった。
きららのことが視界に入っていないのか俯き気味で勢いを落とさず向かってくる鏡華に対して、きららは思わず道を空けてしまう。
「あ、鏡ちゃ――わっ!今……泣いてた?」
鏡華はきららには目もくれずすぐに通り過ぎて行ったが、しかしすれ違った瞬間鏡華の目尻に涙が溜まっていた様にきららからは見えた。
一体何事かと思いながらとりあえず道の真ん中に戻ろうとした直後、今度は先ほど鏡華が走ってきた方向から鶴来の声が聞こえてきた。その声音を聞く限りはどうもかなり切羽詰っているらしい。
「待ってくれ、鏡華!」
「えっ、ちょっと鶴来君!?」
「うわっ、すみませんきららさん!今鏡華を追いかけてて――」
「……何があったの?」
明らかに焦りを見せる鶴来の前に、きららはあえて尋問するかの様に立ちはだかって問いかけた。
「いや、今そんな場合じゃ……」
「教えて、鏡ちゃん泣いてたわよ」
「っ……」
どうやら鶴来の反応を見る限り、何かがあったのは間違いない。
「あまり構ってはあげられてないけど……これでも、私あの子の親だから。幾ら若い二人の問題だからっていって、黙って見過ごす訳にはいかないでしょ」
冗談めいた言葉だったが、その裏にきららの確かな思いを感じた鶴来。彼は若干躊躇を見せたが、しかしすぐに意を決して話し出した。
「……実は、鏡華に告白したんです」
「こっ……告白ぅ!?」
予想の斜め上を行く鶴来の発言に、さすがに色んな意味で驚きを隠せないきらら。
主に鏡華の正体のせいで。
「はは、そりゃまぁ驚きますよね……」
「いや、まぁ、うん……」
恐らく鶴来の言う『驚き』ときららの『驚き』は結構ずれているのだが、それを知らない鶴来は変な汗を掻き始めたきららに気づかず、苦しそうな面持ちで話しだした。
「……まぁそれで、告白したら鏡華が急にごめんなさい、ごめんなさいって謝りだして、突然逃げ出しちゃって…………はぁ、俺、またあいつ傷つける事言っちゃったのかなぁ」
少し前、鏡華の精神が不安定だった時の事を思い出して項垂れる鶴来。
だが話を聞いているうちに何やら神妙な顔つきになっていたきららは、少し考え込んでから鶴来にある提案をした。
「……鶴来君、貴方には話しておきたい事があるわ。鏡ちゃんの事でね」
「えっ……それってもしかして、鏡華が隠している事ですか?……だったら聞けません。あいつに黙ってそんなの聞くなんて……」
道理に反する。そう思って断ろうとした鶴来の言葉を遮って、きららの声が鶴来に届く。
彼女の声音は、いつもの軽い雰囲気からは想像しがたい程に真剣な物だった。
「いいえ、それでも貴方は聞いとくべきだわ。それと……こんな事言うのは身勝手だけど……これからも、あの子を嫌わないであげてね?」
「きらら、さん……」
鶴来はきららの瞳を見た。その瞳も声に負けない程真剣な眼差しで、故に鶴来は目を逸らす事が出来なかった。そして「この話は聞かなければいけないのだろう」とも、直感的に思った。
「……分かりました。だったら聞きます、それと――大丈夫ですよ。あいつは何があっても俺の好きな、あいつですから」




