第30話 それでも絶対、諦めない
(私は、このまま消えるのかな……まぁ、それでも良いか。どうせもう……)
体内に埋め込まれていたディセイバーを抜き取られた後、鏡華は掠れた意識の中でただ諦念しつづけていた。
鶴来に真実を知られてしまい絶望した後の事はよく覚えていない。
感じていたのは体の中を暴れまわる暴力的な『力』と全身を掻き毟られる様な痛みだけだった。
No.9に何をされたのかはよく分からないが、それでも何と無く自分がもうじき世界から消滅するのだと言うのは感覚的に理解できる。
今はもう『力』も痛みを感じない。その代わりに感じている、全身が溶ける様に熱く火照り外界と肉体との境目が曖昧になる、そんなまるで熱に浮かされた時みたいな浮遊感は存外心地の悪く無い物で、この感覚の中で消えていけるならまだマシなのかもしれない。そんな事を鏡華が自嘲気味に考えた時、鶴来の声が遠くから聞こえた気がした。
「――俺はまだ諦めないから、だからお前も諦めるな!お前はまだこんな所で終わる奴じゃないだろ!だって、俺の『ライバル』なんだから!」
「ぇ……?」
聴覚すら碌に機能せずそもそも周囲の声に耳を傾けられる程の気力も無かった鏡華には鶴来とNo.9の声も殆ど聞こえていなかったはずだが、それでも何の因果か奇跡的に捉えたその声は、鏡華の心にほんの僅かな光をもたらした。
(今、鶴来の……声……?……諦めるなって……『ライバル』だって……)
その小さな光に縋る様に鏡華の心は少しずつ、息を吹き返していく。
(……私は、もう許されないのかもしれない……だけど、それでも……それでももし、鶴来とまだ一緒に居られる可能性が有るのなら……)
『俺は頑張るお前の姿が好きだ、お前はいつも何かに一生懸命で、そんなお前の姿を見てると俺も「負けてられない」って思えるからさ。鏡夜のとはまたちょっと違うかもしんないけど……多分、そういうのも『ライバル』って奴なんじゃないかって、俺は思う』
かつて鶴来が、どうしようも無くなった自分にかけてくれた言葉。
もう鶴来から同じ言葉を聞ける事は二度と無いのかもしれない。それでも、それでもあの時鶴来が認めてくれたから。諦めず頑張る自分を『ライバル』だって言ってくれたから。
「ぁ……諦め……たくない……だって……側に、居たいから……心だけでも『ライバル』で、在りたいから……私は……私だって――!」
その時、きららに貰った腕輪から僅かだが何か暖かい、不思議な力の様な物が体に流れ込むのを感じた鏡華は、不意にきららの言葉を思い出した。
『それと、もし何か辛い事があったらこれに祈りなさい。ちょっとは力になれるかもしれないから』
あの時はただの気休めかと思っていたが、もしかしたら本当に力になってくれるのかもしれない。
鏡華はそんな直感にも似た、藁にも縋る思いでその腕輪に祈りを込める。
(頼む……もし本当に力になれるって言うのなら……少しでも、ほんの一歩踏み出せるだけの力で良いから……私に――!)
ギンッ、と指輪が大きく光を放ち始めた。
光が鏡華を覆いつくす程になって漸くその輝きに気づいたNo.9は、鏡華へと振り向いてその現象を目の当たりにすると、驚いて声を荒げた。
「っ……何が起こった!あの腕輪は、ただの精神安定用の物じゃなかったのか!?」
「今だっ!」
しかし鶴来はこれが好機と言わんばかりに地面を蹴り上げ、床に落ちていたこぶし大の鉄くずをNo.9の顔面目掛けて蹴り飛ばす。
「ちぃ!」
「鏡華――――!」
飛来する鉄くずをNo.9がディセイバーで反射的に防いだ隙に、鶴来はNo.9の横を急いで通り抜けて行くと鏡華が囚われている鉄くずの山の頂まで一直線に駆けていった。
(なんだ――!?)
突然腕輪から放たれた光の眩しさに思わず目を瞑った鏡華。
光が収まった後、目を開いた彼女はその右手に先ほどまでは無かった感触を感じた為、視線を向けた。
するとその手にはいつの間にか一丁の、殆ど白一色のボディで構成されたハンドガンの様な物体が握られていた。腕輪は、いつの間にか何処かへと消えうせている。
「これは……?」
もしやあの腕輪が変化したものなのだろうか。右手の中に収まった銃の様な物の正体について考え始めた鏡華は、不意に先ほどまで感じていた浮遊感が綺麗さっぱり消え失せている事に気づいた。
(この銃が……セイバーの様に私を反転世界から守ってくれているのか?)
これが何なのかは腕輪を作ったきららに聞いて見なければ分からないだろう。しかしこれが何にせよ、今の自分が持てる唯一の力だというのは確かな事だった。
穢れ無き純白の輝きを放つハンドガンを、その小さな手で握り締める。
「私は……まだ……」
「鏡華――――!!」
鏡華は自分の名を呼ぶ声に導かれて眼下へと、鉄くずの山の麓へと視線を落とせば、鶴来が鉄くずの山を今にも登ろうとしているのが見える。
しかし鏡華の視界の中では鶴来の後ろにいるNo.9が、鶴来に向けてその銃口を向けようとしていた。
不意打ちで出来た隙は恐らくそう長くないだろう、今すぐにでも背後から撃たれてもおかしく無い。
それを理解してて尚、鶴来は振り向こうとすらせずに鉄くずの山へと足をかけた。そして駆ける速度を殆ど緩めずに軽く屈むと、足元にあった適当な鉄くずを急いで拾い上げた。
面を上げると鏡華と目があった。
僅かに揺れる鏡華の瞳から読み取れたのは僅かな恐れと不安、しかしそれらを塗り潰す様な意思の炎。
(信じるぞ、鏡華……いや、鏡夜!)
『ライバル』として信じてる。だから鶴来は迷わなかった。
「いっけぇぇ!」
先ほど拾い上げた細長く先の尖ったナイフの様な形状の鉄くずを、鶴来は鏡華の方へとあらん限りの力で投げつけた。
鉄くずは鏡華の、縄で縛られた右手首……その下を掠める様に通り過ぎて、丁度縄だけを千切っていった。
「――今だっ!」
すると鏡華は自由になった右腕を即座に持ち上げてハンドガンの銃口を、地面のNo.9へと合わせると同時にトリガーを引いた。
銃口からは一切の反動も無しに光弾が1発放たれた。
「何っ――チッ!」
今にも鶴来の背中に向けて標準を合わせてトリガーを引くところだったNo.9だったが、鏡華の放った弾丸に気づくと舌打ちをしながら咄嗟に横に転がり回避。
それが鶴来にとって絶好のチャンスとなった。
鶴来は足場の悪い鉄くずの山を何とか速度を緩めず駆け上がると、鏡華の左手首と両足首をそれぞれ縛る縄を自身のセイバーで器用にかつ素早く切断してみせた。
鉄骨の十字架から開放された鏡華は地面に着地しようとするも足場である鉄くずの山は凹凸が多く、また先ほどまで縛られていた状態だった為に体勢も若干崩れており、その為に思わず躓いてよろけてしまう。
「わっ……!」
転げ落ちれば待っているのは尖った鉄くずによる針地獄だ。
これから走るであろう痛みを覚悟して目を瞑った瞬間――。
「よっ……と。――信じてたぜ。流石、俺のライバルだな」
「あ――。つる……ぎ……」
感じたのは鉄くずの冷たく、刺さる様な硬さでは無い。若干の柔らかさを伴う硬さと安心する暖かさを感じるそこは、鶴来の胸の中だった。
鏡華が顔を上げると、安心した様な微笑みで彼女を見下ろす鶴来と目が合った。
「その……あの、鶴来……」
思わず目を逸らしてしまった鏡華に、鶴来は優しく話しかける。
「あのさ、色々言いたい事お互いにあるかもしんないけど……とりあえず、俺はお前の事嫌いになんてならないし、お前だってそうなんだろ?」
「……うん」
鏡華が小さく頷くと、鶴来は鏡華から体を離して眼下へと視線を向けた。
鉄くずの山からみえる地面には、No.9が憎憎しげな視線を向けているのが窺える。
「抜け殻如きが、やってくれたな……!」
「積もる話もこれからの事も全部、まずはここを切り抜けてからだ。鏡華……あー、鏡夜?まぁうん、とりあえず下がっててくれ」
「あ……」
どうやらNo.9が体から抜き取った物が原因だったのか、胸の中に渦巻く正体不明の恐怖は消えていた。だがそれでも今の非力な体で戦いに臨むのは怖くて、どうしても足が竦みそうになり鶴来の言葉に甘えたくなる。
(それでも、決めたんだ。頑張るって……!)
息を吸って、吐く。
気持ちを落ち着かせたら一歩だけ踏み出して、そうして鏡華は鶴来の側に並び立った。
「お、おいさっき危ないって――」
「全く、馬鹿の癖にかっこつけるなよ」
「なっ」
驚く鶴来もこの会話そのものも、何だか懐かしく思えて鏡華はふっ、と笑みを作る。
まだ怖いが、それでも少しは気が楽になった。今なら少しは、前に進める。
銃を構えて前を向き、見せるのは戦う意思だ。
「お前一人に任せてなんておけるか。全く……俺を誰だと思っているんだ。お前の……『ライバル』なんだろ?」
「……ああ!そうだったな、悪い!それじゃあ二人でいっちょやるか!」
鏡華の意を汲んだ鶴来も威勢良く、改めてセイバーを構えなおした。
だが一方、それまで黙っていたNo.9は突如として笑い声を上げた。
「……く、くくくく……ははははは!たかが玩具の様な銃を1丁持った程度で、抜け殻如きが随分と言ってくれるじゃないか!この強靭な肉体を失った今のお前に一体何が出来るって言うんだ、ええ!?」
「舐めるなよ、パクリ野郎。……鶴来、俺がフォローするからとりあえず全力で突っ込め」
「よっしゃ。それじゃ頼むぜ、鏡…………ところで、どっちで呼べば良いんだ?」
そう聞かれると今の自分はどっちなのだろう、と鏡華も首を傾げた。
鏡夜として生きた人生も鏡華として過ごした日々も、今ではどちらも捨てられない物だ。
そういう意味ではどちらも自分自身なのだから、鏡華としてはどちらでも良かったが、しかし呼び名を考えるととりあえずでも、はっきりさせておいた方が良いのかもしれない。
「……正直、自分でもよく分からない。だけど今は『鏡夜』として――お前のライバルとして、扱ってくれるとありがたい……かな」
「分かった。それじゃあ行くぜ、鏡夜!」
戦意を全身に漲らせてNo.9に向き直った鶴来と鏡華。
だが対峙するNo.9はそんな鶴来達の様子が癪に触ったのか、苛立ちを隠そうともせず吐き捨てる様に言った。
「――そういうところが、苛立たせるんだよ……前に進むとか、諦めないとか……!遊びは終わりだ。そんなものはもう意味が無いって事を、今から分からせてやるよ……」
No.9の気迫が……否、純然たる殺気と呼ぶべき禍々しい気配が、大きく膨れ上がる。
漆黒の剣――ディセイバーを右手だけで持ち上げてその先端を鶴来達に突きつけた……次の瞬間、その先端が裂けて、持ち手から分岐する幾つもの触手の様な形状に分かれた。
「やべぇ……!」
「きゃっ」
いつか海水浴場でも見た攻撃に似ているそれを見た瞬間、鶴来は咄嗟に鏡華を横抱きで抱きかかえると一気に鉄くずの山から飛び降りた。
その直後、触手状となったディセイバーが纏めて山へと殺到して、鉄くずの山は一瞬にして崩壊。哀れバラバラになったただの鉄くずと成り果てて地上に降り注いだ。
けたたましい音を立てて辺り一帯に散らばる鉄くず達から急いで距離を取った鶴来は、丁度近くにドラム缶が連なって置かれていたので、そこに隠れてから鏡華を下ろした。
「に、逃げるなら先に言え馬鹿!」
「しょうがないだろ急いでたんだから!」
「それは分かるがだからってあんな抱え方……私にだって心の準備とかだな……」
「心の準備って……まぁ無茶な事したのは謝るけどさ」
「そういう問題じゃなくて……もう良い!兎に角、お前は今まで通りアイツに突っ込め。俺は後ろからフォローする。大丈夫だ、お前の戦い方はよく知っているから合わせてみせる。その……ライバル、だからな」
「鏡夜……よし、だったら俺はお前を信じるだけだな……っと!」
「ちょっ――」
言うやいなや、鶴来は再び鏡華を横抱きで抱えるとその場から勢い良く走り出した。直後に物陰に使っていたドラム缶がベコンッ!と激しい打撃音を奏でながら吹き飛んでいった。
それを尻目に今度は雑多な、何に使うのかよく分からない工作機械が放置されている一角で、鏡華を下ろす。
「だからな……!」
「ごめんって。でも今はそれよりも――」
鶴来が、ばら撒かれた鉄くずを挟んで向かい側にいるNo.9に向かって走り出した。
その直後、鶴来が先ほどまで居た鉄板の敷かれている地面に上から降ってきた光弾が着弾して、弾痕を鉄板に描いた。
「ちっ」
No.9は舌打ちをしながらも鏡華から奪った銃型セイバーのトリガーを、銃口も碌に合わせず連続で引く。
果たして10発程放たれた光弾は右へ左へ上へと四方八方、滅茶苦茶な方向へと飛んでいった……と思いきや、全てが途中で方向を変えて、逆に四方八方から鶴来へと襲い掛かってきた。
しかし鶴来は動じない、それどころか何故か笑みすらも浮かべていた。
右から左へ、左から右へ、上から下へと鶴来の進路を埋め尽くす様に広がる光弾の雨を目の前に、鶴来が取った選択は――。
「――ここだ!」
速度を緩めずに思い切り斜め左へ。左方向から向かって来る光弾へと自分から突撃していく形だ。
だが左から向かってくる光弾は10発中たったの2発、決して捌ききれない量では無い。
1発は剣腹で受け止められ、もう1発は肩を掠めて地面に着弾。
「何!?」
No.9はその光景を見て思わず驚愕してしまった。あれだけの弾幕の中で、正確に弾幕の薄い所を判断されたからだ。
剣で受け止めたせいで一瞬勢いを殺がれたが、鶴来はブレーキ代わりには丁度良いといわんばかりに即座の方向転換、再びNo.9の下へと走る。
慌ててトリガーを引こうとしたNo.9だったが、動揺のせいか銃口を合わせるのが一瞬遅れた。
その一瞬は小さくとも大きな隙だ、少なくとも鶴来がNo.9の懐に飛び込むのに十分な程度には。
No.9と距離を詰めた鶴来がセイバーを思い切り突き出して、しかしその一撃をNo.9がディセイバーで下から掬い上げる様に弾く。
だがディセイバーによる一撃は咄嗟のものだった為か威力は殆ど無く、逆に鶴来は両手でセイバーを握りなおしつつ弾かれた勢いを利用してセイバーを上へと持ち上げると、今度は下に叩きつける様に振りかぶった。
大振りの一撃だった為に何とか大きく後ろに飛んで躱したNo.9だったが、鶴来はその動きに追従して前に出ると、なぎ払う様な横振りの斬撃を放った。
体勢が崩れて今度こそ躱せないと悟ったNo.9がディセイバーで受け止めると、つばせりあう二人の剣が火花を散らした。
「弾幕の薄い所へ飛び込むとは、悪運が強い奴だな……!」
「左方向の弾幕が薄かったのは悪運じゃなくて鏡夜の癖って奴だ。お前が俺の戦い方を知っている様に、俺だってお前がコピーした鏡夜の戦い方をよく知っている!人の戦法をそっくりそのまま真似たのが、仇になったな!」
「はっ、なるほどな。だがな――こいつはお前のよく知っている鏡夜の物じゃない、俺だけの武器なんだよ!」
つばせりあっていたディセイバーの刀身が突然伸びると、その先端が突き刺す様に鶴来へと向かってきた。
「なっ……そんなのも出来るのかよそれ!?」
鶴来は向かってくるディセイバーを弾いてからすぐに距離を取る。
一方No.9の手の内にあるディセイバーは、再びその刀身を触手状へと変えていた。
No.9は左手にディセイバーを、右手に長銃型のセイバーを構えて鶴来に宣言する。
「言ったはずだ、お前じゃ俺には勝てないと――なっ!」
しかし突然、何かに弾かれたかの様な衝撃を右手の甲に感じ、そのせいでセイバーを手から落としてしまった。
No.9が衝撃の原因を探して右を見ると、そこには両手でハンドガンをしっかりと構えた鏡華が立っていた。
鏡華は堂々とそこに立ち、強い意志の篭った瞳で真っ直ぐNo.9を見つめて言った。
「確かに鶴来だけじゃお前に勝てないかも知れない、だが――今は俺もいるのを忘れるな」
「ちっ、抜け殻如きが……だがその程度の威力で――」
「隙さえ出来りゃ十分どころか十二分だ!」
「くっ、性懲りも無くまた……!」
鏡華に気を取られたNo.9の隙をついて、再び鶴来がセイバーで切りかかる。
いい加減業を煮やしてきたのか苛立ち混じりの表情を見せながら、No.9は触手状となったディセイバーで鶴来のセイバーを受け止めると今度は即座に触手となった刀身を伸ばそうとする。
だが、その右目の辺りに再び鏡華の光弾が着弾した。
No.9は被弾した右目を抑えながら痛みに呻き、よろめいて後退した。
「がっ……この、抜け殻が、よくも……!」
「さすがだ鏡夜――ここだぁぁぁ!」
当然廻ってきた絶好の機会を鶴来が逃すはずも無く、あらん限りの力で袈裟懸けの一撃をNo.9に向かって放つ。
だが次の瞬間には、セイバーに大きな衝撃を受けてその体を弾き飛ばされた。
「ふざっ……けるなぁぁぁぁ!!」
視界が半分塞がれたNo.9は、激昂の叫びと共に狙いも定めずディセイバーの触手で辺り一帯を滅茶苦茶になぎ払い始めたのだ。
彼の怒りを表す様に荒れ狂うディセイバーが、工場内のあらゆる物を打ち付ける。
ガコンッ!バコンッ!ベコンッ!と破壊的な打撃音があちらこちらに鳴り響く中、何とか触手の範囲から無傷で逃れた鏡華が、同じく範囲から逃れた鶴来と人一人分ぐらいは直径がありそうな巨大なパイプの裏で合流する。しかし鶴来の服は所々裂けており、幾らかダメージを受けた様な様子が見られる。
「鶴来、大丈夫か!?」
「そんな心配するなって。流石にあの至近距離じゃ幾らかは貰っちまったがまぁ、何とかまだ動けるし」
「そうか、それなら……もう少しだけ、無理してもらっても良いか?」
「って言う事は、何か考えがあるんだな?言っただろ、お前を信じるって。今の俺の役割は動く事だ、お前が言うなら幾らだって無理してやる!」
胸を張ってそう言ってみせた鶴来に、鏡華は少しの申し訳なさと大きな頼もしさを感じた。
だから鏡華はその言葉を、微笑みながら自然と口に出していた。
「そうか……ありがとう、鶴来」
「えっ――あ、ああいや……別に、どうってこと無いって、はは!」
「?」
何やら頬を若干赤くしながら慌てて目を逸らした鶴来。
その不可思議な行動に、鏡華の頭には疑問符が浮かぶ……が、それは先ほどまで響いていた打撃音が漸く収まった事に意識を向けたせいですぐに霧散してしまった。
「鶴来……兎に角、少しでも良いからアイツを引き付けて……それと、あの場からあまり動かさないでくれ……出来るか?」
「任せろ、死ぬ気でやってみせる!」
「……死ぬ気なのは良いが、死ぬのは駄目だからな!」
「んじゃ死ぬ気で死なない……だから、行ってくるぜ!――おい、パクリ野郎!そこ動くなよ、今から来てやるから!」
自信満々にそう言った鶴来は、パイプをよじ登るとわざとNo.9に気づかれる様に大声で叫びながら駆け出した。
「全く……死ぬ気で死なないとか、あの馬鹿らしい……」
鏡華は一人で悪態をつくが、しかし頬の緩み具合からして意外とまんざらでも無いらしい。
しかしすぐにハッと気づいて頬を叩くと真剣な顔で呟いた。
「……鶴来も頑張ってくれているんだ、私も……俺も、出来る限りの事をやらないとな」
そう言いながら鏡華は頭だけをパイプの影からこっそり出して、No.9の暴れていたところから少し離れた、鏡華から見てNo.9の左の地点。ディセイバーの攻撃をぎりぎり受けていないそこへと視点を向けた。
そこには紐で括られた補足長い鉄パイプの束が、無造作に置かれている。
すぐにパイプの後ろに戻り、少し離れたら次に見るのは天井だ。
廃工場の天井には、工場のそれらしく多くのパイプやダクトがあちらこちらに張り巡らされている。だが約15メートルは有りそうな天井にまでもNo.9の攻撃が届いていたのかそれらもあちこちが破壊された形跡がある。
そして鏡華の視線の先……丁度No.9の頭上であろうそこには、攻撃の余波で今にも引き千切れそうな捻じ曲がり方をしたダクトが一本、不安定にぶら下がって揺れていた。
鶴来が大声を上げながらパイプをよじ登って飛び降りると、まるで台風でも通り過ぎたかの様に一定の範囲内のあらゆる機械やドラム缶等が無残に砕け、引き裂かれていた。
その蹂躙の跡の中心で、No.9はさすがに暴れすぎたのか少し疲弊した様子を見せていた。
鏡華の一撃が効いたのか、未だに右目は閉ざされている。しかし残った左目が、右目の分も一つに集めたかの様に強烈な殺意を持って、鶴来を睨みつけていた。
「はぁ、はぁ……よくもやってくれたな、赤金、鶴来ぃ……!」
「お前に傷を与えたのは、俺じゃなくて鏡夜だろ。お前はお前が抜け殻って馬鹿にした鏡夜にやられたんだ……そして、今度は俺の番だ!」
『鶴来……兎に角、少しでも良いからアイツを引き付けて……それと、あの場からあまり動かさないでくれ……出来るか?』
「あいつをひきつけるのも、あの場から動かさないのも、とりあえず接近戦で縫い付ければ話は早い……行くぜ!」
変幻自在の形状変化を持つディセイバーに対して、接近戦は分が悪いと言うのは既に嫌と言うほど知っている。だが鏡夜のセイバーを有していて広範囲にも攻撃可能なディセイバーを持つNo.9に対して、中・遠距離はもっと分が悪い。
どのみち自分のセイバーは遠距離に攻撃できる代物では無いし、鏡華からの頼みもある。選択肢は無いに等しかった。
だから迷わずNo.9へと再び接近戦を挑もうとした鶴来だったが、しかし憤怒の表情を浮かべたNo.9は鶴来が近づくよりも早く、ディセイバーをかざすように振り上げる。
「はは、最初からこうすれば良かったんだ……もう竜胆鏡夜の、借り物のセイバーなんて必要無い。俺だけの力で、全て滅ぼしてやるよぉぉぉ!」
「なっ……んなの有りかよ!?」
また触手や刀身を伸ばした攻撃が来るかと思い身構えながらも走るのを止めなかった鶴来だったが、しかし直後に広がるあまりにも異様な光景を見て、思わず足が止まってしまった。
No.9の頭上に5メートルは超えるであろう巨大な球状の、無機質的な質感の表面でありながら有機的に禍々しい鼓動を放つ『何か』が出現したのだ。
その正体は、ディセイバーだった。
No.9の頭上で突然膨れ上がり始めたディセイバーは今までとは比にならない速度と規模で、まるで風船でも膨らましているかの様にあっという間に膨張すると、巨大な球状になってしまったのだ。
「よく成長しているだろう?何故ならこれは抜け殻の絶望と恐怖の他に、今の俺の怒りまでも喰っているからな……」
「これが、お前の怒りだって言うのか……!?」
「ああそうさ。これならお前の攻撃も、そこら辺にいるだろう抜け殻の妨害も関係無い……これで本当に、終わりだぁぁぁ!」
No.9の叫びと共に、球状のディセイバーから雨あられの様に幾つもの触手の群が縦横無尽に、鶴来だけでは無くその周囲全てに降り注ぐ。
逃げ場の無い波状攻撃。鶴来が最初に思ったのは、背後にいるはずの鏡華の心配だった。
(鏡華っ……)
一瞬危険を冒してでも鏡華の事を助けに行こうかと思った鶴来だったが、その時脳裏に鏡華の声とその時の、心の底から心配してたであろう彼女の表情が蘇った。
『……死ぬ気なのは良いが、死ぬのは駄目だからな!』
(――そうだ、アイツなら大丈夫、なんせ俺のライバルなんだから。俺は信じるって決めたんだ……!)
「今出来る事は……絶対にこれを耐えて、アイツを心配させない事だ!そうだよな、鏡夜!」
「今出来る事は……絶対にこれを耐えて、アイツを心配させない事だ!そうだよな、鏡夜!」
鶴来の声が聞こえた後、すぐに轟音の嵐が鏡華の耳朶を叩いた。
(鶴来……お前が俺を信じてくれるなら、俺もお前を信じる……だから、絶対に生き残ってくれ!)
鏡華はそう祈りながら、物陰として使っていた巨大なパイプの表面に張り付いて、かつ低姿勢で移動していた。
恐らくこのパイプもディセイバーの攻撃の雨に晒されているのだろう。しかし存外丈夫なのか、強烈な振動を感じるが壊れる気配はまだ無く、一先ずは安心と言ったところだ。
しかし迂闊にこのパイプの壁から離れれば即座に、今も頭上を越えて目と鼻の先の地面に何度も突き刺さっては離れてを繰り返す触手の餌食になってしまうだろう。
そんな訳で緩やかなカーブを描くパイプの壁を慎重に、かつ出来る限り急いで進み存外早く、パイプの切れ目から一瞬だけ頭を覗かせる事が出来た鏡華は目的の物を視界に入れた。
それは先ほども鏡華がチラリと窺った、鉄パイプの束だ。No.9のディセイバーの攻撃範囲は彼の正面から扇状に広がっている。おかげでNo.9の左方向に置いてあった鉄パイプの束は、紐で括られた状態のまま置かれていた。
ここまでは狙い通り、しかし問題が一つあった。それは鉄パイプまでの距離の長さだ。
鉄パイプの下までたどり着くには、幾度となく降り注ぐ触手郡を潜り抜けて行かなければならないが、そこまでには遮蔽物が一切無い。
とは言え今のところは攻撃範囲の都合上、約半分を抜けたらその範囲から逃れられる……が、そこから鉄パイプの下まで辿り着くのに、No.9が気づかない保障も無い。
そしてNo.9の頭上に鎮座する巨大なディセイバーは球体状だ。今は鶴来とその周辺に攻撃が集中しているが、その攻撃範囲が一定とは限らず、No.9の意思次第で球体のあらゆる面から即座に攻撃出来る可能性もある。そうなれば気づかれた時点でアウトである。
つまるところ、これは非常に危険な賭けだという事だった。
だかそれでも鏡華の決意は変わらなかった。
「だがそれでも……行くしか無い。俺は、俺に出来ることをするんだ、あいつの……ライバルとして!」
さすがに多すぎる触手の制御が効かないのかそれとも怒りに任せて攻撃している為か、それぞれの触手が不規則なタイミングかつ毎回違った場所に攻撃している様で法則性などまるで皆無なので、選ぶルートは鉄パイプまで最短の、真っ直ぐ一直線だ。巨大パイプの壁が鉄パイプの束の方向へと緩やかにカーブしていた為、少しは距離が近くなっているのが幸いと言えば幸いだった。
(女の直感という物はよく当たるらしいが……この体のおかげで散々苦労してきたんだ、せめて今くらいは役に立ってくれよ!)
必要なのは勘と度胸、それとうっかりこけたりしない事。
なんとなく、ここだ!と思った瞬間、鏡華は意を決して障壁となっている巨大なパイプの影から飛び出した。
飛び出してすぐ、一瞬だけ鶴来の方を向いた。2、30メートル程離れたところで彼は、鏡華の信じた通りに何とか触手の雨に耐えていた。
触手の連続攻撃は鶴来がその場から動けなくなる程に厄介ではあるが、しかし出せる触手の数に制限があるのか攻撃の密度と頻度そのものはそこまで高くない上に命中精度もあまり無い。
人一人分の位置に同時に降ってくる触手の数は精々1~3本であり、触手が伸び縮みするのも数秒のタイムラグが生じる。その為鶴来は自分に降りかかってくる触手を捌くことのみに集中する事で、なんとかしのぎ続けていた。とは言えそれでも全てを捌ききれるわけではない、一部の触手が彼の体を掠めるのが鏡華からは見えていた。反転世界でのダメージは基本的に外傷として残らないが、それでも痛い物は痛いのだろう。鶴来の苦悶の表情も鏡華には見えている。
だが鶴来も鏡華を見つけたのか、首だけでちらりと鏡華の方を向くと二人の視線が合った。
しかし鶴来はすぐに前に向きなおし、あろう事か触手を払いながら前へと進みだしたのだ。
一方のNo.9は近づいてきた鶴来を見て、チャンスだと言わんばかりにニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべると攻撃範囲を狭めて更に触手の雨を鶴来に集中させた。
そのおかげで予想よりもかなり早く触手の危険から逃れられた鏡華だったが、逆により苛烈な攻撃に晒される事になった鶴来の事がつい心配になってしまう。
(鶴来っ……駄目だ!アイツが命を張ってくれた好機を無駄にするわけには行かない!)
No.9は鶴来しか視界に入っていない様で、全く鏡華に気づく素振りを見せない。
今自分の存在を知らせれば、No.9が気づいて触手の攻撃範囲がこちらまで広がるかも知れない。だがそれでは鶴来の決意を無駄にする事になってしまう。
(……俺は、鶴来を信じる!だから絶対に死ぬなよ……馬鹿!)
果たして鏡華は、目的だった鉄パイプの束へとすぐにたどり着いた。
束はビニール紐で運良く綺麗な蝶々結びにされていた為にこんがらがる事も無く、あっさりと外れた。
「せりゃ!」
開放されたパイプの束を鏡華はすかさず、力任せに蹴っ飛ばす。
カランカランカラン!と軽い金属同士がぶつかる音を鳴らしながら鉄パイプの群が転がっていく先は、鶴来しか見ていなかったNo.9の足元だ。
だが派手な音を鳴らすそれに気づいたのか、No.9が鶴来への攻撃を続けたまま転がってくる鉄パイプに顔を向けて視線を落とし、次に顔を上げて鏡華を見た。
「おいおいそんなとこにいたのか鏡華ちゃんよぉ。しかし悪あがきとは言え随分可愛いやり方を使うじゃないか……まさか、こんな物で俺をこかそうとでも思ってるのか?」
そう言いながらNo.9は再び地面を転がる鉄パイプに視線を落とすと、ディセイバーから一本だけ触手を生やしてそれを全部なぎ払った。
――そう。鏡華の狙い通りに、彼女とついでに天井からも視線を逸らして。
バコッ!と何かが千切れ落ちてくる音がNo.9の耳に届いた時には、既に彼の頭上の天井にあったダクトはその中ほどから完全に千切れて落ちて来ていた。
「がっ、なんだ……!?」
No.9には直接ぶつからなかったものの、彼の頭上には巨大な球状となったディセイバーがある。
落ちたダクトはそのディセイバーにぶつかって、それによりディセイバーは潰れこそしなかったものの大きくその巨体を傾かせた。それによりNo.9の体も思い切り引っ張られる。
「このっ……どけぇ!」
しかしダクトは幾つかの触手によりあっけなく弾き飛ばされ、No.9も何とかその場に踏ん張り留まった……が、しかしそれまでに彼は致命的とも言える時間を使いすぎていた。
「おおおおおお!!」
何故ならば体勢を立て直したその時には、既に鏡華が銃を構えて懐まで突っ込んできていたのだ。
「しまっ――」
「喰らえ!」
大胆にもNo.9の胸元まで飛び込んだ鏡華が狙うのは、ディセイバーの柄を握りしめたNo.9の左手だ。
威力の低さから相手が手を離さない可能性を考慮しての、超至近距離からの一撃。
左手首を的確に捉えて放たれた鏡華の銃撃は、狙い通りに着弾して強烈な衝撃をNo.9に与えた。
「っ!」
No.9は思わず手を離してしまい、ディセイバーはその背後へと自重で傾いて倒れていく。
しかしNo.9は空いた右手に長銃型のセイバーを出現させ、鏡華へと狙いを合わせ――。
「――はぁぁぁぁぁ!」
視界の外から襲い掛かってきた真紅の一閃により、銃身を真っ二つに叩き切られた。
勿論その一撃を放ったのは鶴来だ。彼は全身に少なくないダメージを負い満身創痍の状態ではあったが、まだ何とか気合と根性で動ける程度の気力と体力は残っていたのだ。
「がっ、はぁ……!」
当然セイバーが大きく破損した事によるダメージが発生し、それにより一瞬痙攣を起こしてその場にうつ伏せで倒れたNo.9。彼はすぐに地面に手をついて体を持ち上げようとしたが、鶴来に背中を上から押さえ込まれた上で両腕を纏めてホールドされ、完全に身動きの取れない状態になった。
「勝負はもう終わりだ……これ以上やるってんなら、気絶させてでもRWGに連れて行く!」
鶴来がNo.9にそう勧告するのを、鏡華はハンドガンの標準をNo.9の額に合わせたまま見守っている。
彼が何か妙な動きを起こしたら即座に衝撃を加えて無力化する為だ。
だがNo.9は地面と視線を合わせる様に深く項垂れると、しばらくの間そのまま微動だにすらしなかった。
もしかしたら漸く観念したのか。そう思って鏡華の気が緩みかけたその時、No.9は静かに体を震わせると……何故か不気味な笑い声を発し始めた。
「くっ……くくくく……くはははは……」
「何だ……何がおかしい!」
鶴来が剣呑な声で問うが、追い詰められているはずのNo.9は笑いながら話しはじめた。
「終わりだよ。ああそうだ、確かに終わりだ……何もかも、な」
(何も、かも……?)
自分が詰みである事を漸く自覚してやけになった、そう捉えるのが妥当なNo.9の発言。その証拠に地面に伏すNo.9の体の力は既に抜けており、それを見る限りは抵抗の意思も感じられない。鶴来も警戒こそしている物の、そんなNo.9の様子を見てか先ほどよりかは表情から険しさが薄れている。
だが鏡華はNo.9の物言いに何処か得体の知れない引っ掛かりの様な物を感じた。
No.9との戦い自体は目に見えて決着がついたはずなのに、まだ何か嫌な予感がしてならない。
(女の直感は良く当たる……なんてのが本当かは分からないがなまじさっきそれで助かった分、気のせいとは言い切れないのがな……何だ、まだ何か見落としている物があるのか?)
鏡華は極力No.9を視界から外さない様にしつつ、予感の原因を探ろうとNo.9の周辺を見回してみる。
するとある一つの物体に目が留まった。それはNo.9の背後に鎮座する、未だ巨大な球状を保ったままのディセイバーだ。
そのディセイバーは今、所有者の手から離れた為か触手が飛び出てくる様子も無く、ただ不規則な鼓動を繰り返しているだけだった。
(それにしても馬鹿みたいに大きいな……どうせこの後あれはRWGが処理するんだろうが……どうやってやるんだろう――ん?そういえば、何だろう。何か思い出しそうな……)
つい暢気な事を考えてしまった鏡華だったが、ふと何か重要な事を思い出しそうになりしかし喉まで出かかったところで思い出せずに、内心で首を傾げる。
そんな鏡華の耳に、不意にNo.9の声が届いた。
「……せっかくだから、お前らに一つ良い事を教えてやるよ――おっと、そう力を強めるなよ鶴来。別に俺はもう何も出来ないさ……ただの冥土の土産って奴だ」
「冥土の土産って、まるで今から死ぬみたいな言い方を……」
「……物の例えって奴だよ。それで良い事ってのはだな、お前らも知っているとは思うがセイバーの原材料ってのは特殊な方法で捕獲、浄化したディザイアの核が使われている。ディザイアの構成物の殆どを占める恐怖や怒りと言った負の精神エネルギーを綺麗さっぱり抜いた無害な状態だ」
「……セイバーってそう出来てたのか」
「おい馬鹿鶴来、こんな時に気の抜ける頭の悪い発言するんじゃない」
「しょ、しょうがないだろ勉強は苦手なんだから!」
RWGの所員なら常識レベルの知識だと言うのに。全くもって、馬鹿はいつだって馬鹿だった。
しかしそれはそれとして、やはり未だに嫌な予感は消えない。まさかこの局面でネームレスが増援にでも来てしまうのだろうか。その可能性は大いに有り得たが、しかし彼が現れるならもっと早く現れるのでは無いかとも鏡華は思った。何故ならばネームレスなら自分達が疲弊する前に堂々と乱入しても、自分達二人を制圧する事なんて訳の無い事だからだ。
それなのに姿どころか気配の一つすら感じられないのは、もしやNo.9曰く『マッドサイエンティスト』であるネームレスが研究対象だったNo.9に対して既に興味を失っている為既に見放したのでは無いか。そんな憶測を鏡華は立てた。
それが実際合っているかどうかは分からないが、今この場にネームレスが来ないと仮定して、それならばこの嫌な予感はなんなのだろうと鏡華は考える。
「くくく……それでだ、ディセイバーってのは製造過程上セイバーと似ている部分も多いが、しかし決定的に違う部分がある。それはな……ディザイアの核をまだ生きたまま、負の精神エネルギーを浄化せずにそのまま武器として加工している事だよ」
「そんな事が……てかそれに何の意味があるんだ……?」
鶴来はNo.9の言動の意味がイマイチ理解出来ずに首を傾げるが、同じ様に話を聞いていた鏡華はある事を思い出していた。
(生きたまま……あれ?そういえば、この前ネームレスが襲ってきた時、最後出していたディザイアはどうやって出てきたんだ?確かあの時も、最初はディセイバーの様な武器を――)
鏡華が考察している間もNo.9は語り続ける。
「一つは負の精神エネルギーをそのまま動力として利用できる事。竜胆鏡夜の肉体に埋め込んで恐怖の感情を吸わせたのは、その機能があったからこそだ。俺が怒りによってあれの力を増幅させたのも、な。そして二つ目は――いざという時に『暴走』させる事が出来るから、だ」
「ぼう、そう……?」
(暴走……それじゃあまさかネームレスがやったあれは!?)
暴走。
突然出てきた物騒なワードに眉を顰める鶴来だが、鏡華はその言葉を聞いて自分の予感が正しかった事と、その予感の『正体』を確信した。
咄嗟にその『正体』へと顔を向けた鏡華。
彼女の眼に映ったのは鳴動しながらさながら卵の様に表面が罅割れていく、巨大なディセイバーの姿だった。
「なんせあいつらはまだ核のみではあるが、生きているんだ。ディセイバーはある意味では新しい肉体の様な物。制御が利いている間は武器として機能しているが、故意にその制御を外したらどうなるか――」
「鶴来ぃぃぃ!!」
「え、鏡――」
鏡華が鶴来の懐へ飛び込み、非力を補う為なのか体全体で半ばタックルするかの様にして彼を突き飛ばした。
No.9の体を飛び越えて勢い良く地面へと倒れこんだ鏡華がすぐに顔を上げると同時、ディセイバーの表面が完全に砕けてその中から生まれる様にディザイアが顔を突き出して吼え猛った。
『ガァァァァァァァ!!』
巨大かつ捻くれた二本の角が生えた額と、血の様に赤く染まった凶悪な瞳。人外なのに人と同じ様に生え揃った歯からは犬歯だけが異様な大きさで口から飛び出しているその顔は、正しく鬼そのものだ。
「これ、が……!」
「だから言っただろ!何もかも、終わりだって!ハハハハハハ!」
驚愕に慄く鏡華の側で、No.9が倒れたまま狂った様に笑い声を上げる。
突然鏡華に突き飛ばされて仰向けに地面に倒れこんだ鶴来も、ディザイアの咆哮を聞いてその存在に気づくと急いで体を起こした。
「鏡夜ぁぁぁぁ!ぐっ……!」
慌てて鏡華を助けようとして立ち上がろうとした鶴来だったが、先ほどまでの戦いでのダメージが今になって彼の体を襲ったせいでその場に膝をついてしまう。
その鬼の様なディザイアは真っ赤な瞳に鏡華を捉えると、丸太の様な2本の腕を使い抜け殻となったディセイバーを砕いて這い出てきながら、生まれたてだと言うのにも関わらず何の躊躇も無く鏡華へと襲い掛かった。
「やめろぉぉぉぉ!!」
「――――っ!!」
鶴来の悲痛な叫び声が遠くから聞こえてくるが、鏡華は体勢が崩れていたせいでそこからすぐには動けない。
顎を大きく開いて鋭い歯と真っ黒な口内を覗かせて、ディザイアが鏡華の眼前に迫る。
咄嗟に目を瞑った鏡華だったが、しかし彼女の体には何時までたっても予想した様な痛みは襲ってこず代わりにその耳に届いたのは、No.9が驚愕する声だった。
「な、に……!?」
「……え?」
鏡華が目を開くと視界に映ったのは何かに貫かれたかの様に、その胸に大穴を開けて動きを止めたディザイアの姿だった。
呆然とする鏡華の目の前でずぅぅぅん……!と激しい音を立ててその場に倒れこんだディザイアは、自らの殻となっていたディセイバーごとあっけなく光の粒子となって消えていく。
その光景をただ見つめることしか出来ない鏡華の後ろから、よく聞きなれた声が聞こえた。
「言わばディザイアそのものの武装化……ま、そんなところじゃないかと思ってたけど……それはそれとして良く頑張ったわね、二人とも」
「この声……きららさん!?」
「はは、そういやそうだった……にしたってギリギリ過ぎじゃないっすか?心臓に悪かったですよ……」
「ネームレスが出てくる可能性も考えての事だからね。……どうやら、アイツはこの場に居ないみたいだけど」
鏡華達の下に歩いてきたきららに話しかけられた鶴来は、突然の闖入者に驚く鏡華やNo.9と違い、特に驚いた様子も見せずに応対した。
そんな鶴来の様子を見て鏡華はある事に感付いた。
「……もしかして、最初からずっと居たのか?」
「じ、つ、は、鶴来君と一緒にね。私はもしもの為にずっと隠れてたんだけど……どうやら効を奏したって感じだったかしら?」
「くっ……!」
きららはちらりとNo.9の方を見やる。
するとNo.9はぎりっ、と歯軋りをして……ダメージの残る体を無理矢理起こし逃げ出そうとした。
だが直後、どこからか放たれた光弾がNo.9の後頭部に直撃して彼の体は再び地に倒れた。
「がっ……くそっ……どうして、俺が、お前なんかに……!」
No.9が憎しみの篭った視線と共に呪詛の様な言葉を向けた先は、純白のハンドガンを構えた鏡華だった。
鏡華はどこか寂しそうな、悲しそうな目をしながらNo.9に言う。
「……ごめん、こんな止め方しか出来なくて。それでもお前は俺の唯一血の繋がった兄妹だから、多分俺が止めなきゃいけないんだ」
「ち、くしょ……」
がくりと首を落として気を失うNo.9。その様子を確認すると鏡華は漸く銃を下ろすと、何を思っているのか暫くの間無言でNo.9を見つめ続ける。
そんな鏡華に後ろから鶴来が声をかけた。
「あのさ……何て言ったら良いかわかんないけど、とりあえずお前は悪くないよ」
「ありがとう。……だけどもしかしたら俺とこいつは、何か一つが違ったら立場が入れ替わっていたかもしれないって、そう思うとなんとなくやりきれなくてな……」
「はいはい湿っぽい話はそのくらいにして!」
きららがパンパンと、空気を散らす様に手を叩いて鏡華達の注目を集める。
そして二人の視線が集まったのを確認すると、元気良く言って見せた。
「とりあえず二人とも、これで一旦事は終わったんだから……帰りましょ、巻波支部に!」




