リゼ
俺の首に手を伸ばそうとした彼女は、突然苦痛に呻き始め自分の首を抑える。
「おい、突然殺そうとするなよ。そして、お前は俺の奴隷だ。奴隷が主人を殺そうとしたら魔法によって苦痛を受けるのは知っていただろ?それに、俺はお前の正体を知ったからと言って特に何をするわけでもないぞ」
そう言って、俺は彼女をなだめようとする。
痛みが止まった彼女は、まだ警戒している素振りを見せながらこちらへ質問をする。
「それは、本当なの?嘘をついて私を売り払ったりとか⋯」
奴隷制度について、何も知らないんだな。
「基本的に、奴隷の売買取引は免許を持っている奴隷商しか出来ないんだ。それに、俺がお前を買うとき紙にサインしたのをお前も見ただろう?あれを書かないと、奴隷の所有権は移動しないし、その紙自体も勝手に製造することは出来ない。そして、さっきも言ったが俺はお前の戦闘能力を見込んで買った。全財産の殆どを使ったんだ。そうやすやすと売り飛ばすわけなんてないだろ?」
彼女には言わなかったが、ヴァンパイアだと言って売ろうとしてもまともに取り合ってもらえるわけがない。鑑定スキルを持っている人は少なく、それをいちいち俺のために呼ぶことはないだろう。
「いいわ。ひとまずは、貴方の言うことを信用してあげる。ただ、怪しい動きをしたら、私は痛みを我慢してでも貴方を殺すわ。良いわね?」
まあ、最初から完全に信じてもらえるなんて思ってない。少しずつ積み立てるのが信用ってもんだ。
「そしたら、名前をつけよう。鑑定したときに気付いたが、お前、名前ないんだろう?ずっとお前って呼ぶのも何だし、名前を考えてやる」
ずっと不便に思ってたんだよな。会話するときもお前としか呼べないし、このあと冒険者登録させるつもりだが、名前がないと無理だ。
「名前?これまでそんな物無くても困らなかったのだけど、つけないといけないの?」
こいつ、奴隷になる前は洞窟にいたんだっけ。どんな生活をしていたのかはわからないが、名前がなくても困らなかったのか。
「これから、名前がないと不都合が多くなるんだ。まず、日銭を稼ぐために冒険者登録するわけだが、そのときに名前が必要になる。ほかにも、お前は一人で行動することがあると思うから名前がないと不便なんだ」
簡単に、名前がないことの不便さを説明する。すると、彼女はすんなりと名前をつけることを受け入れた。
「そんな事情があるのね。わかったわ、名前をつけてちょうだい」
素直に受け入れてくれたので、こちらとしてもやりやすい。どんな名前にしようか、レーナ、アリス、エレナ色々な案が浮かんでは沈んでいく。しばらく悩んでいると、海の中を泳いでいた魚がぴょんっと飛び出てきたかのように一つの名前が思い浮かんだ。
リゼ、いい名前じゃないか?シンプルだが、その印象は彼女にぴったりだ。本人に聞いてみるか。
「リゼって名前はどうだ?俺は良いと思うんだが」
すると、彼女はボソボソとリゼという名前を繰り返しつぶやき始めた。
「リゼ、リゼ、リゼ⋯⋯いい響きね、気に入ったわ。ありがとう!」
どうやら、とても気に入ってくれたようだ。名前をつけてもらったことに喜んでいる彼女の笑顔は、とても可愛らしい。試しに鑑定してみると、ステータスにはリゼという名前がしっかり反映されていた。
「そうしたら、今度は冒険者ギルドに行こうか。冒険者登録して、二人だけだと厳しいから臨時パーティーを募集しよう」
予定を共有すると、俺達は宿を出て冒険者ギルドに向かった。
◆◇◆◇◆◇
「ここが冒険者ギルドなのね。」
冒険者ギルドに到着すると、リゼはその外観に圧倒されたのか、正面に立って眺めている。
「ほら、早く入るぞ。これから嫌というほど見る羽目になるんだから」
ギルドの建物を眺めているリゼに通行人の視線が集まっているので、俺は少々強引にリゼを冒険者ギルドの中に連れ込んだ。
ここまでの道のりも大変だった。銀髪は比較的珍しいのでただでさえ人目を引くというのに、物珍しさからかあっちへふらふら、こっちへふらふらと動き回るので注目されっぱなしだった。彼女の首を見れば奴隷だと分かるので、主人である俺に痛い視線がいくつも飛んできた。
冒険者ギルドに入ると、なにやら様子がおかしい。具体的に言うと他の冒険者から俺への視線が厳しいのだ。冒険者の中には、奴隷を持っているものはよくいる。パーティーを組めなかった者が奴隷と一緒に活動するのはなんらおかしいことじゃない。
そのはずなのに、どうしてか俺への視線がとても厳しい。
「おう、お前か。ケインのパーティーを追放されたっていうバッファーは」
ギルドの奥で酒を飲んでいた大柄な男が一人、突然俺に絡んできた。ていうか、どうして俺が追放されたことを知っているんだ?俺は何も言っていないから十中八九あいつらが原因だろうが、意味がわからない。あの手切れ金は口止め料じゃなかったのか?
「たしか⋯パーティーの女を襲ったんだっけか?しかも、ケインの女を。ガハハ!!バカだな。それで、のこのこギルドへやってきたというわけか。あの奴隷も、どうせお前にいやいやヤラされてんだろ?」
なんだその話は。全く心当たりがないぞ。あいつら、追放するだけでなく俺を貶めようとするなんて、どこまで堕ちれば気が済むんだ。
「事実無根だ。俺は、代わりに新しいバッファーを雇う代わりにパーティーから抜けただけだ。そんなことはしていないし、リゼは戦闘要員として買っただけだ」
男の言う話を、バッサリ切り捨てる。そんな噂が流れていたら、思うように活動できないじゃないか。
「ああ?事実じゃないってのか。だが、ケイン本人がそう言ってたんだぞ。どう見てもそっちが事実だろうが」
やっぱり、ケインの仕業か。そうなると、修正するのが難しいぞ。いっそのこと、この街を出て俺のことを知らないところで活動しようか。
「あーもう勝手にほざいてろ。誰がなんて言おうが、俺はそんな事やってない」
「は?おい、ちょまてよ。無視すんじゃねえ」
会話を諦めた俺は、 引き留めようとする男を無視して受付へと向かった。
「リゼの冒険者登録を頼む。書類は、俺が代筆する」
受付に用事を伝えると、受付嬢は黙って書類をこちらに差し出した。はあ、仕方ないとは言え、俺は1日で何度書類を書かないといけないんだろうか。
必要事項をパパっと書き、受付嬢に紙を渡すと、受付嬢は奥へと消えていった。




