写真部のカメラ
夏休みに入った。
柳の通っている学校は全生徒強制的に何かしらの部活に入部しなければいけないので、柳も科学部に入っているもののほぼ幽霊である。夏休みの活動は実質的にない。やる気のあるものは自主的に科学系大会に参加していたり、夏休みの自由研究をしているらしい。柳も宿題の際には学校で理科室を借りようかな、と思っている。
サッカー部の小野は早々に地区予選あたりで大会敗退しているが、夏休みは合宿が決まっていると聞いている。大野は写真部で秋のコンテスト用の写真を夏休みの間に撮りまくるようだった。三人の予定はその程度のもので、それ以外の時間はやっぱり大野の家をたまり場にしがちだった。
そのため柳は、ふと見たスマホの通知が溜まっていることを不審に思った。実際に会っていることもあり、三人のメッセージのやり取りはそう多くない。大体が今から行く、OK、といった短い連絡事項だ。
大野伊織:やーなぎくーん!
柳透:はぁい
小野竜司:俺は?
大野伊織:小野は別にどっちでも
大野伊織:いやまてお前も来い
柳透:何、大野の家?今から?
大野伊織:早ければ早いほど俺は嬉しい。なんなら泊っていけ。
小野竜司:お泊り会ええやん思ったけど嫌な予感がする
柳透:奇遇。俺もする。
大野伊織:お察しがよろしいようで、ホラー案件です。助けてくれぇ~
「・・・とても嫌です」
スマホの画面から顔を上げて柳は呟いた。はっきりとホラー案件と言い切っている大野に渋い顔をしてしまう。呟いた言葉をそのまま返信してもよかったが、大野にはホラー案件だという確信があるのだろう。九字の結印も完璧になったと忍者ごっこをしていた大野が助力を求めているのだから、それなりに大事になっている気がする。
柳はため息を一つついて出掛ける準備を始めた。
◆
「レンズを向けるな、捨てろ」
「早い早い早い!一目見てわかるレベルなんかコイツ!」
勝手知ったる様子で大野宅の玄関へ立った柳は、出迎えた大野の手にある物を見て嫌悪感で一歩後ずさった。めったにない強い物言いに大野は余程危ないものか、と持っていたカメラをどうするべきか慌てふためいた。捨てろと言われても、カメラは大野のものではない。
迷った末に目の前の靴箱の上へ一旦カメラを置くと、二人はカメラから視線を外さずに、最大限距離をとりつつ壁に沿いながらリビングへ移動した。リビングの扉を閉めて視界からカメラが消えるとホッと安堵のため息が出た。
テレビ前のローテーブルを挟んで向かい合い、大野はとりあえずとペットボトルのお茶とコップだけを用意した。だが柳は無視して単刀直入に、アレは何と切り込んだ。
「・・・部活の、カメラやねん」
落ち着かぬ様子で手遊びをしてそう言うが、柳は追及を緩め気はないようで黙ったまま見つめる。そのプレッシャーに、大野は待って待って、と言って柳の視線を散らすように大げさな身振りをした。
「説明はするけど!その前に聞かせてぇや、柳にはアレどう見えてるん?!」
大野にそう聞き返されて、柳は難しい顔をした。なんといえば良いか言葉を選んでいる様子で、唸るように首を傾げた。その時間が長引くほどに大野の恐怖心が膨れ上がり、伝染するように今度は大野が唸り声をあげた。
「あ~!なし、今の質問なしや。めっちゃ恐ろしいこと言われそう」
「そうでもない、カメラを持つお前の手を覆うように手があって離せなくなっているんじゃないか思ったんだけど・・・」
「あーあーあー!!言うなやぁああ!!」
寝ぐせのついた頭を掻きむしって大野は仰け反った。
暴れる大野が大人しくなるまで柳はカメラが置かれた玄関の方向を見つめ、嫌な感じだなと思った。そんな神妙な様子に、大野が顔を青くさせつつも起き上がり、正座で深呼吸を一つ。
「・・・で、あのカメラやねんけど」
「うん」
「俺が写真部なんは知っとるやろ、あそこ一応活動実績として秋のコンテストに作品提出ってのがあってな、この夏休みの間にみんな写真撮るっていうて・・・」
「それは聞いたけど、じゃあ、あのカメラ学校の備品?」
「まぁ、そうや。でも台数は限られとるから、借りるんは早いもん勝ちでな」
大野は口をへの字にさせて一拍おいた。
「出遅れた俺に残ってたがあのカメラ。でも、残ってたっていうよりどうも避けられてたカメラらしくってな」
「誰からの情報?」
「一年の部員、俺はそんな真面目に部活参加してへんから知らんやろうけどって態々嫌味いうてきよった」
「何それ、あのカメラ変な噂あるんですよって?」
「そう。絶対心霊写真が撮れるカメラとして部員は知ってたみたいや。先輩が使わへんから一年が使うやろ、そんで心霊写真撮ってもうて騒ぎになる、っていうの繰り返して代々噂になってるらしい。俺は二年からの途中入部やさかいハミゴになってたっちゅうことや」
ハミゴ?と首を傾げれば、仲間外れってことやと注釈を入れてくれた。大野曰く真剣に部活をしている部員はその内自前のカメラを購入することが多いので件のカメラは新入生が一瞬使う以外では埃を被っているらしい。
「代々ってどれくらい?そんなの顧問の先生が把握してるでしょ」
「正直わからん、三年の先輩らが一年の時にはもうあったって話や」
先生は古いカメラだから汚れやライトで心霊写真に見えるだけ、と笑っているそうだ。さもありなん、と柳は頷いた。机をじっと見つめて顔を青くさせている大野は、既に写真を撮ってみたのだろうか。
「学校の備品だっていうなら普通に返却しなよ、それで解決だろ」
そう柳が言うと、大野が学校の鞄から出したのは行事予定表。夏休みの部分も体育館の開放日、登校日、部活についても記入されている。指を差す日付は今日、そして下でなぞっていく。
「・・・金曜日まで学校開いてないな」
「そうやねん!!俺も返却したいんやけどな?!ぶっ壊してええかな?!弁償したないんやけど!」
半分涙目で大野は予定表を振り回して、頭を抱えた。その混乱っぷりに柳は金曜日まで待てない何かがあるのだと、眉間に皺を寄せた。それが今回呼び出された面倒ごとのはずだ。
「心霊写真がなんぼのもんやねんって思ってたんやけどさ・・・」
見て欲しいんやけど、と大野は立ち上がってカメラを取りに行こうとした。それはそうだ、写真データはカメラに入っているのだろう。一見しただけでカメラの種類などはわからないが、いくら部活とはいえ古めかしい現像の手間が必要なカメラではない。柳は立ち上がった大野の腕を取った。
玄関の自動点灯の灯りがついたのを見た。
顔を上げた二人は閉められた扉を見つめて、息をひそめた。扉は六つの四角い窓がついていて、擦りガラスがハマっている。波のように揺れる影がそこに何か居るのだと主張するが、その背丈は大野の妹ではなく、両親はまだ帰宅する時間ではなく、もちろん姉もいない筈だ。だが大野は縋るように、恐る恐ると姉である可能性を口にした。
「・・・糸子姉ちゃん?」
か細い声だったが、反応するように影はろうそくの炎のように揺れて扉の取っ手が今まさにゆっくりと開かんとぎこちなく傾こうとしていた。それを見て、大野はあかんわ、と本能的に思った。
「絶対ちゃうやん」
ドカッと扉を足蹴にして一瞬押し開かれそうだったものを押し返した。柳も身構えたまま黙って扉の向こうへ耳を澄ませていたが、大野の呼吸が荒いばかりで沈黙が痛いほどだった。
バンッ
「うわっ」
「ホラー映画みたいなタイミングじゃん」
一瞬気を抜いた瞬間に脅かすような扉への衝撃。柳は胸を手に当てて飛び跳ねた心臓を宥めた。大野は床に沈んでいた。視線をやれば扉の擦りガラスには手形が残っていて、柳もしゃがみこんで脱力した。
「くそが・・・お約束知っとるやんけ」
「もしかして初めてじゃないの、コレ」
「ちゃう、ちゃうけども・・・あ~、玄関いきたない」
扉開けるんも怖いわ、と項垂れた時、大野のスマホが通知音を響かせた。同時に柳のスマホも震えて、三人のトークルームに小野が書き込んだのだと見なくても理解する。のろのろとスマホをいじっている大野の手元を覗き込んだ。
「俺来た時、玄関の鍵閉めたっけ」
「カメラにくぎ付けやったもんな、そういえば」
不用心にも戸締りを忘れていた。今更それを思い出して、柳は小さく謝った。大野はお互い様だと手を振ってから、何か気づいたようにスマホを再びいじり出した。
「小野にそのまま入ってきてもらお、カメラも一緒に持って」
柳は玄関には行きたくないくせにカメラはいいのか、と思いながらも黙っていた。何も知らずに玄関のカメラを運ばされる小野に同情した。
そうして暫くして慣れた足取りでリビングへ入ってきた小野の片手にはカメラ。学校名が書かれた名前シールが目立つ部分に貼られているが、経年劣化なのか誰かがはがそうとしたのか随分汚れて字も掠れている。大野と柳が若干警戒するように待ち構えていると、小野はその空気を茶化して笑い飛ばそうとしたが、失敗した。
「なんや、お出迎えにしては刺々しいやんけ?」
「柳、カメラどないや!」
「・・・う~ん、別に今はなんとも」
柳を盾にして、背後から覗き込むようにする大野。そんな二人に無視された形の小野は一瞬呆気に取られて、すぐに手元のカメラへ視線を落とす。
「おいおいおいお前、玄関のカメラ一緒に持ってきてぇって、コレ・・・!」
「お察しの通りやで」
「まさしく今日の本題だ」
「何してくれてんねん!!」
小野は取り乱すようにしてそう言ってカメラはソファへ投げだされた。柔らかなシートとクッションに受け止められて、ぽすんと軽い音を立てた。暫く三人で眺めたり、軽く小野へ事情説明をしたりとするも、先ほどのような心霊現象は起きない。カメラ自体に嫌な予感もなく、大野は深呼吸を一つしてから、覚悟を決めた顔でカメラを手に取った。
「借りた日の帰り道で練習やと思って結構撮ったんや」
そしたら、と言いよどむ。写真のデータが手元にプレビューされるのを、小野と柳で大野を挟んで覗き込む。
なんてことない街路樹、道路、たまに蝶など昆虫のアップなど、小学生が初めてカメラを持ったような素朴な写真の連続だった。いくつかの風景から学校からの帰路、少し寄り道をしたのだとわかった。本人がいうように練習だから、何も気にせずに撮ったのだろう。フレーム内にはスーパーの袋をもった主婦や自転車に乗った学生なども写っていた。
「・・・この影」
小さく呟けば、その通りであると言わんばかりに大野は無言で大きく頷いた。小野は顔がうるさいわ、と嫌そうな顔をして言うが、いつものように言い返すこともせず大野はカメラを二人へ押し付けた。
「・・・連れがいたってわけやない、よな」
小野がかすれた声でそう訊ね、大野はもちろんだと肯定する。スライドしていく写真の数はそう多くないが、そのどれもが夏の厳しい日差しで明るく、影がくっきりとしていた。いくつかの写真には、大野の影らしきものも写っていて、同時に彼の背後に寄り添う人影がある。
「なるほど、心霊写真や」
「せやけど、これ普通でみたら心霊写真でもないやろ」
よくあるぼやけた白い靄が写っている、などではない。明確に人影が写っていて、それは自分の傍に誰もいなかったと知っていないと疑問にも思わないはずだ。
「もうホンマに、その写真に気づいた時の俺の冷や汗半端なかったし、その上どんどん心霊現象もひどくなって、結局さっきのアレや!」
大野は堰を切るようにして不安を打ち明けた。順序だって話そうと努めてくれていたが、本当は真っ先に写真の話をしたかったのだろう。柳はうんうんと頷くだけにして、考え込む。
分かりやすい心霊写真でないということは、気づかない人間もいるはずだ。それは代々口伝で語り継がれるような代物だろうか、と首を傾げて、写真を次々スライドしていった。それはいつの間にか最初の写真に戻っていた。ループを気にせずもう一度見直していく。古いカメラだ、スライドする度にピッピッと音が鳴った。
「おい」
小野が肩をそびやかして柳の手を掴んだ。思わず手を止めた。写真は交差点の道路が写っている。ママチャリに乗った主婦と小学生が信号待ちをしているのが写っていて、少し遠くに車が見切れている。良し悪しもない、普通の写真だが・・・と柳は構わず次の写真へスライドしたが、小野がもう一度戻した。
「・・・女」
「これ、動画じゃねぇよな」
連射でもない。ママチャリに乗った主婦と小学生が信号待ちをしているのが小さく写っていて、少し遠くに車が見切れている・・・向こうに女が一人いた。先ほどよりも、近づいてきている。
柳は黙って写真をスライドした。アップで表示される蝶と花の写真に深く呼吸をした。
小野はソファに身体を預けてカメラから目を背けている。そんなあからさまな見たくないというポーズに、大野は何が起こっているのか、わからないが見たくない、と言いたげな表情で動かない。柳はやれやれ、と余裕のポーズをしつつも手汗を一度拭いた。
もう一度、交差点の道路の写真へ戻す。
先ほどはわからなかった女の表情がわかる。やはり近づいてきている。
女はひどく笑顔だった。
「・・・だるまさんが転んだって?」
はは、と柳は乾いた笑いを漏らした。
◆
あの後、すぐに塩をかけろ塩!なんて言ってカメラに塩を掛けるも正直効果のほどはわからず、心が落ち着くまでいろんな種類の御経を唱えるなどという謎の行動をした。柳も二人が真剣なので付き合った。実際なんとなくプラシーボ効果程度のものは感じて、ようやくカメラを囲んで話し合うことができた。
「気になったのは、写真部で噂された心霊写真は大野のコレと同様のものなのか」
「せやなぁ、近づいてくる女ならもっと騒ぎになるやろうし、人影だけなら逆に心霊写真と気づかずに終わりそうやけど・・・」
「そもそも大野は写真だけやないんやろ?俺が来る前に姿現したらしいやん」
「そう、このホラー現象は大野だけなのか、そうだとすると何故大野だけ激しいのか」
柳はそう疑念の点をまとめて、大野を見つめた。そんなことを俺に聞かれても、というのが彼の本音だろうが、頭をひねってなんとか心当たりを絞り出そうと唸った。苦々しくスマホをいじって暫くすると、腹をくくったように立ち上がって外出の用意をし始めた。
小野と柳にも出る準備を促すので、つい先ほどきたばかりの小野はなんやねんと不満そうにぼやいた。
「話聞きに行くで!」
情報集めに聞き込みは鉄板やろ、という。
「誰に?」
「佐々木!嫌味な一年や」
カメラについて忠告をしてくれた生徒と連絡を取ったらしい。彼は彼でカメラを持って軽い登山をしているらしい、ちょうど山にある大野の自宅からほど近い場所にいるらしい。アスレチック公園内の時計台で落ち合おうと言ってあるそうだ。
「普通いきなり知らん先輩と会うの嫌ちゃうか」
「アイツがそんなタマかい!こっちが三人おっても平気で生意気いうで」
「お前その一年に嫌われてるの?」
大野曰く生意気でチャラチャラしている嫌味っぽいという一年生の佐々木は写真の腕は良いらしい。傾斜のきつい坂を上りながら、柳と小野は興味無さそうに相槌を打った。
夏休みらしく、アスレチックは子供が結構な数いるようで、賑やかな声があちこちから聞こえていた。そんな中で時計台が目に入り、その下に人影があるのが見えた。大野が手を振って駆け寄ったことで、佐々木なのだと理解する。
「ちぃーっす。大野先輩、後輩呼び出してお友達で囲むって正気ですかぁ?」
「カツアゲちゃーーう!例のカメラについて聞きたいって言うたやろ!」
佐々木は挨拶ともいえない軽いノリで手を挙げて、さっそくと大野へ不思議な絡み方をする。柳と小野は態度には出さなかったが、小野がこそっとクセ強そうやな、と耳打ちしてきた。黙って頷くしかない。
「レイの、カメラねぇ・・・先輩びびってんすか?」
「まぁ、その、とりあえず噂がどんなもんか思うてな」
片眉を器用にあげて笑う佐々木に、大野は腹立たしさを隠さず顔を引きつらせながらそう話を切り出した。そのまま日当たりのいい場所で立ち話をしようとする二人へ声をかけて、柳は自販機近くのベンチへと誘導した。木陰になってまだ涼しいタイミングだ。自分たちの分を買うついでに佐々木の分もおごってやれば、小さく会釈をされた。っす、ぐらいは言っていた。
「僕が知ってるん、そのカメラ使った時に聞いたことだけっすよ」
「お前が借りたんかい!ほな心霊写真撮ったってこと?」
「先輩せっかち~、こういうのは順序だてて話すべきっす」
のんびりとペットボトルを傾けて、佐々木は前のめりの大野をあしらった。煽られた大野を、どうどう、と柳と小野で宥めつつ、佐々木の言葉を待つ。彼はカメラについて思い出すため視線を宙にやり、首を傾げたまま話し始めた。
「僕がそのカメラを借りたん見て、先輩らにそれを使うと心霊写真が撮れるぞって脅かされたんすよねぇ、それで一年生は皆わろとったんやけど、他の先輩は皆して一年どもを怖がらせようとするんすわ」
「怖がらせるって?」
柳は口を挟んだ。喋るとは思わなかったという顔をする佐々木をじっと見つめて話を促した。
「・・・そのカメラは毎回写真データがおかしくなる、とか・・・昔、交通事故現場を映してから呪われてる、とか」
「実際カメラは使ってみた?」
「そりゃ使いましたよ、確かに心霊写真っぽいのが撮れてあんまりいい気分ではなかったっす」
「どんな心霊写真だった?」
「なにこれ尋問?」
柳の立て続けの質問に、佐々木は不服そうに大野を見た。大野がこっちも必死やねん!と額から冷や汗を流しながら言えば、仕方なさそうに柳に視線を向けた。
「大体の人が想像する心霊写真っすよぉ、変な所に腕が写ってるっていう。格好ええ車があったから撮ってみたらね、タイヤの影から腕が伸びてて。ちょうど人が轢かれたみたいに。もちろん実際には何もなくて、写真にだけ。それでさっきの交通事故現場写したから呪われてるんやーっていう先輩の話を思い出して」
佐々木は小さく、まぁちょっとビビりましてと言った。
大野はそれを揶揄うことはなく、大きくうんうんと頷いて同意を示した。
「部室で皆が確認したんすけど二人ほど気分が悪くなっちまったからヤバいんじゃね?ってあのカメラは再び誰も触らなくなりました。慣習通り来年の一年生が来るまで御蔵いりやなぁって思ってたら大野先輩が借りてて、つい忠告しちゃったっす」
眠そうな顔で喋る、その語り口調は軽いものの、妙な迫力があった。大野は忠告ぅ?と訝し気にするも、それを断ち切るように柳がさらに質問する。
「その写真以外に何かあった?」
「何かって?実際に幽霊みたかって話っすか?」
ははっと鼻で笑う姿は堂に入っていて、いかにも生意気そうだった。だが相対する三人は反応せず、真剣に彼を見つめた。それに怯んだのか、一度口を閉じた佐々木は視線を逸らして気まずそうに肯定をした。
「・・・僕の勘違いや思うて誰にも言うとらんのですけど。カメラを手にする度に誰かに見られてる気がしてた・・・っす」
真昼間やのに寒気がしてた、とも付け足した。
「・・・出来れば交通事故を写してから呪われたってとこの詳細知りたいんだけど」
「話の出どころなら、部室に賞状が飾ってあるんすよ、それが確か報道系のコンテストだからだと思うっす。詳しいことは知らないっすね」
「教えてくれてありがとう。大野のことは心配しないで、なんとかするから」
何か物言いたげな佐々木だったが、口を噤んで柳に首だけで頭を下げた。大野は一旦柳が引いたのもあり、佐々木へ礼と軽い世間話をふって話をそらしていった。小野も軽い自己紹介をして、その社交性発揮していた。その後は佐々木も写真を撮っている途中であろうし、と邪魔しないように解散となった。
じゃぁ、とお互いに背を向ける際に、佐々木はしおらしく柳へ声をかけてきた。
「・・・あの、この辺りの写真をまだ撮るつもりなんすけど、近づかないほうがいい場所とかあるっすか」
「・・・とりあえず川と、あの雲梯」
端的にそう言って、柳はもう振り返らずに佐々木から離れた。
柳が指差したアスレチックの端にある雲梯は、子供も無邪気に遊んでいて、佐々木には何の変哲もないように見えた。だが彼は深呼吸を一つして、真摯にその忠告を受け入れた。
日差しの強さにうんざりとしつつも、三人はだらだらと大野が写真を撮った各場所へ行ってみることにした。佐々木の話を踏まえて、考えを漏らしたのは小野だった。
「・・・聞く限り大野だけ心霊現象激しい気がするな?」
「塩ぶっかけたりしたからかも・・・」
カメラの幽霊に喧嘩を売ってしまったのではないか?と推測をする小野と大野。小野の手には件のカメラが入った小さなトートバックがある。大野が持っているより安全かもしれない、ぐらいの理由で小野が持っている。今のところ霊障らしきものはない。
「大野は部室の賞状に覚えないの」
「なんやっけなぁ・・・確かに交通事故現場の写真で佳作を受賞してた気がする。名前もぼんやり・・・」
「その報道系コンテストの名前を検索したら受賞者出てくるかもしれん」
学校名も出てるやろ、と小野は写真コンテストを検索した。その文字列をみて、このコンテストや!と大野が言えばそこからはトントン拍子に過去受賞者、佳作、学校名、と判明していく。
「これや、交通事故の写真」
「六年前、ぐらいかな」
「思ってたより前ちゃうな、もっと何十年も続く因習みたいなもんかと」
「ならこのカメラはフィルムカメラであるべきやろ」
そんなことを言いながら、コンテストのホームページにある受賞作品が表示されるのを待つ。高画質な写真作品の数々は重たくて、まだ件の作品は表示されない。読み込み直そうか、と思った時に、スマホを覗き込む三人の視界に、たなびく長い髪の毛がゆらりと揺れる。
どこから?三人の頭上から。
スマホを持つ手に影が落ちている。呼吸が下手くそになって、ひゅっと妙な音がした。それが自分のものだったのか、他二人のものかわからずにいる間に、スマホの画面は放置により真っ暗になった。
ふっと力が抜ける。
「・・・はぁあああ!まじか!」
「確実に原因コンテスト写真じゃん・・・」
「このカメラ捨てていってええか?」
身体の強張りが解けてすぐ、バババッと周囲を見回して確認するも当たり前だが誰もいない。突き抜ける夏の青空と山から下りてくる涼しい風だけが三人を取り巻く。小野が嫌そうにカメラを両手で捧げ持ったが何も起こりはしなかった。
三人で深呼吸をして恐る恐る小野はスマホ画面をもう一度立ち上げた。既に画面には受賞作である写真がきちんと表示されていた。救急隊が怪我人を救護しているシーンは緊迫感に溢れていていかにも新聞に載っていそうな写真だ。
「交通事故・・・?車同士の接触ではなさそうだけど」
「っていうか、この場所!!そらそうか、学校のカメラやねんし学校の近くか!」
「うわ、見覚えあるわ。ここの坂ずっと下ってコンビニ前ぐらいやろ」
小野と大野は共通の場所を思いついているようで、柳にも説明してくれるがイマイチ地図が頭にはいっていない柳は首を傾げたまま、とりあえず歩こうと二人を前に突き出した。坂道は長く急で、中途半端に道が広いものだから結構な車の行き来がある。車のスピードを落とさせるための凸凹とした模様や止まれの文字は擦れてなくなっている。
「・・・こんなところでボール遊びは中々ガッツあるよなぁ」
「でも俺も小学生んときやってた、うっかりキャッチし損ねるとこの坂道を転がっていくボール・・・!全速力で追いかける俺!」
脇道の住宅前でキャッチボールをしている小学生を尻目に、そう呟いた柳をきっかけに大野と小野が懐かしそうに危なっかしい思い出を披露してくれる。それを聞きながら突然飛び出してくる小学生とそこそこのスピードを出す車、事故らないはずもなく、と思った。
「ここや」
「本当だ、交差点の形も建物も一緒だ」
「そういや俺の試し撮り向こうでやったな・・・商店街入口」
大野は引き攣った顔で自身が試し撮りをした場所を指差した。確かにこの交差点が写り込む場所だ。ならば話ははやい、と柳は納得したように言った。
「大野はこのカメラで肝心の事故現場を撮影してしまったから幽霊を刺激してしまった、これで他より心霊現象が派手だった理由になるでしょ」
「不運すぎるわ、どんまい」
「理由が分かったのはええけども!それで!その事故現場にきたからには成仏してくれるんやろなぁ?!」
大野は半泣きでそう騒いだ。
彼の言う通り、謎解きがしたいわけではなく心霊現象の起こるカメラをなんとかしたいだけだ。
学校の備品なので金曜日に返却してそれで話が収まるならそれでいいが、エスカレートしてきた心霊現象に焦っているからこうして行動に出ている。本来ならば大野の家でアイスを食べてゲームをして映画を見ているはずだ。
「・・・成仏は無理そう」
「なんで?!塩もお経も効かへんとか最強やんけ!」
「柳、その看板・・・」
三人の前にある電柱に括りつけられた看板はひっそりとそこにあった。凸凹で、文字も掠れてしまっているが、読めなくはない。日付と、この道路でひき逃げ事件があったため、犯人の目撃証言を募る、そういう内容の看板だった。
道の真ん中で騒ぐわけにはいかない、とコンビニの影になる駐車場に入った三人だったが結局は野外、そう涼しくもないはずだった。
しかし看板を前にすると急に温度が下がったようだった。汗が全身を冷やして、肌寒ささえ感じる。蝉の鳴き声が遠い。小野はカメラを投げ出したくなったが、それだけだ。気配のようなものは感じなかった。
「ただの交通事故やなくて、ひき逃げやんけ・・・」
「絶対犯人捕まってないでしょ・・・小野、受賞者の名前で検索してニュースサイトとか出てこないかな」
「それは出てこんかった、でも事故の情報は集まったで。話半分やけどな」
「おお、流石やな小野ネットワーク」
先輩後輩の関係性が強く、顔の広い小野の交友関係は厄介事を呼び込むこともあるが、今回はプラスに働いたらしい。
「家族グループにここの事故の話を聞いてみたら確かにひき逃げ事件があったのを母さんが覚えとったわ。部活のグループには写真部のカメラについて知ってることあったら教えてくれって言うてみたんやけど、こっちは七不思議の情報みたいになっとる」
「うわ、凄い通知来てる」
連絡無精の柳は今も通知が更新され続ける小野のスマホを覗き込んで心底嫌そうな顔をした。
「母さん曰く高校生の女の子で救急搬送された先で亡くなったって近所で噂になってたらしい。・・・あと、犯人が捕まってないっていうのも」
小野はスマホを見ながら、数多くのメッセージを簡単に要約していく。
その度に脇にある件のカメラが冷え切っていくように思えた。気になって仕方がなくなって、声が震えた。ついに大野か柳か、どちらかに引き取ってほしくて差しだせば、仕方なさそうに柳が受け取った。
その時に初めて、カメラが独りでにカタカタと振動していると気づいた。大野の顔は真っ青だ。
「・・・続けるで。OBの先輩らに、件の佳作受賞者のこと知っとる人おらんか聞いてみたんやけど、進学した高校が一緒やったって先輩が教えてくれたわ。・・・なんでも、派手にバイクで事故って死んだらしいねん」
沈黙が落ちた。なんとも言い難い、複雑な気持ちだった。小野や大野はまさか呪われたから、と最初に疑ったし、柳はカメラがこうなった原因が既に死んでるとなるとどうするべきかな、と悩んだ。
「ひき逃げ犯はわからんし、事故現場の写真撮った先輩は既に死亡・・・え、カメラずっとこのまま?」
「・・・とりあえず、やれることやろうか」
柳は手元のカメラを両手で持って、いくつかの呪文やお経などを思い浮かべていた。これで駄目ならお手上げだな、と考えていたが頭を抱えている大野を見て大人しく黙った。
「くそぉ、写真撮るならひき逃げ犯の車撮っとけやぁ~!」
「ほんまにそれ。近所の人の噂やと事故現場の写真撮りまくったくせに警察に提出とかもなかったんやて。被害者の救急車呼んだり救命活動とかも、なーんもしとらんかったらしいわ。そら呪い殺したくもなるわな」
「そんな詳しい話出回るの?現場いた?」
「なんかなぁ、親御さんがマメな人みたいでな。いっつもお花供えにきてはるんやって」
せやから皆色々知ってるみたいや、と小野がいうので柳はどこ?と周囲を見回した。たぶんこの辺やけど、と三人が電柱の看板、道路、ポールと視線を移していく。向かいのお洒落な美容院はポーチも美しい。そのまま、あの一帯だけ妙に新しいと気づけば、見つけるのはすぐだった。
街灯の下へ邪魔にならない程度に置かれた仏花は少し萎れていたが、この暑い中、日差しを受けていることを考えれば、ここ三日以内のものだろう。小野がいうようにマメな人らしい。誰が言うわけでもなく、自然と三人で近づいた。
「大野、カメラ置くよ」
「ええけど、ええんか?」
「何その言い方」
「いや、なんつーか。自分の事故現場撮ったカメラ供えられるんめっちゃ煽ってへん?」
「・・・あぁ、うん。でもカメラに憑いてるよりは此処のがいいでしょ」
花とともにカメラを置くと、勘違いする余地もなく、カメラは勝手に動いた。カシャカシャとした機械音に、小野と大野はびくっと肩を跳ねさせて、柳は納得したようにして剣印を結んだ。
「離一切苦、一切病通、能解一切、生死之縛」
正直宗派は違うのだが、他に思い浮かばなかったので柳はたどたどしく誦んずる。結んだ剣印をカメラに向けて振り下ろせば、より激しくカメラは動き、勝手にレンズを伸ばしてズームになったと思えば、ピシっとひび割れる音を立てて、鎮まった。
「・・・え、今の何」
「もしかして終わった?」
「大きな反発が無くてよかったね」
二人はどういうこと?と首を傾げて、柳を見つめた。柳はどう説明するかなぁと思いつつ立ち上がってカメラを指差す。大野はどう見ても壊れてしまったカメラを見つめて、ため息をついた。
「カメラ、弁償やろかぁ~」
「何もしてないのに壊れました」
「何もしてないは嘘すぎるわ・・・!」
「いや結局何したんかわからん!柳ぃ説明!」
はいはい、と言いながら夏のじりじりとした日差しと蝉の鳴き声の中で、柳があの呪文は、地縛霊を解放するものだと説明した。壊れたカメラと花に向かって手を合わせれば、小野と大野も柳に倣って手を合わせた。
「ほな、成仏したと思ってええん?」
「さぁ?俺はカメラとの縁を切っただけだから」
「まぁまぁ、カメラの傍より自分にお供えしてくれる場所のがええのは確かやろ~」
そんな適当なことを言いながら、三人は吸い込まれるようにコンビニへと入店した。気味の悪さもない爽やかなクーラーの涼しさと肩の荷が下りたような解放感でアイスを買う手は止められなかった。
「よう考えたら写真はスマホでええわ。夏休みのエモい写真撮るで!!」
「スマホでも心霊写真撮るに一票」
「うっかり肝試しに巻き込まれるに一票」
「言っとくけどお前らも道連れにするからな!!」
そう言いつつ三人はようやく大野宅お泊り会の準備をし始めた。




