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いわくつきの処分屋になりつつあります~霊障全部スルーがポリシーのはずなのに~  作者: からん


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御守り


もうすぐ夏休みやな、と田中先生が言い出して注意事項や宿題の話をしだしたから、その日の放課後はそんな話ばっかりだった。柳は置勉派で、宿題さえ学校で全部やってしまうタイプ。これらを夏休みだからの理由ですべて持って帰るのはなかなか憂鬱であった。


今から少しずつ持って帰るか・・・?と真面目に算段をつけていると、教室のドアが開く音がした。先に帰ったはずの小野で、柳同様だらだらと残っていた大野は、首をかしげた。


「なんや、悪の先輩に会いに行ったんちゃうんか」


からかうような言葉だったが、嫌味っぽくはない。一年の途中に転校してきた柳には知らぬところだが、その悪の先輩とは小野の元サッカー部の三年生で現在高校生らしい。別に大層な不良というわけではないが高校デビューで少しやんちゃをしているという話だ。


昨日、今日とその先輩と会う約束をしているとかだったが、突っ立っている小野の顔色はどうみても久しぶりに先輩と会えて楽しかったとは書いていない。脂汗が額に浮いていて、大野と柳は嫌な予感がしてすぐ帰る準備をした。


「すまん、まじですまん・・・ちょっと相談に乗ってくれんか」


「きましたわ、小野の相談リターン」


「踏切にはいかない」


がしっと大野と柳の肩を組んで、立った彼らを再び着席させる。こもる力に必死さを感じる。


「いや、そのな・・・この間大野の妹ちゃんの件があったじゃん?」


「そうじゃんじゃん?」


大野が嫌そうにふざけた返事をした。大野の妹にメリーさんの不幸の手紙といわれる少々不可思議なことが起こり、それをなんとかしたのは、この一ヶ月以内のこと。十分に最近の範疇だろう。


「昨日、先輩と話してたら変なことが起こってて困ってるっていう世間話になって」


小野にしては若干歯切れ悪く、前振りが長いなと柳は思った。おそらく自分があまりよくない選択肢をとったと自覚している、そういう言いづらさだろう。


「それでつい、俺もこの間不思議なことがありまして~ってちょっと、ちょろ~っと話したんよ」


「・・・はい、それで?」


盛りに盛った話をしたんじゃないだろうな、という冷たい視線を柳が送り、小野は観念するようにポケットからなにかを出して机へおいた。コトッと硬いものがふれあう軽い音がした。


「そしたら、なんか、これ処分してくれないかって言われて・・・」


三人の中心に、小さな木箱が置かれた。中身がなにかはわからない。


「・・・・お前、受け取ってきたんか。その変なことが起こるもんを!」


「断れなかったんですよ!!!まじで!すんません!柳先生なんとかなりまへんか?!」


大野が真っ青な顔で怒鳴り、小野は柳へすがり付くように懇願した。その木箱がなにかはわからないが、小野が言う通りならばきっと変なことが起こる曰く付きの物品が入っているのだろう。


「・・・・・・困るなぁ~・・・・とても困るなぁ~~~」


柳はのけぞり脱力した。天井の染みは人の顔に見えてしかたがない。


「ほんまに!ほんまに堪忍や、先輩には今から報酬ぶんどってきたるから!!」


「俺全然専門家とかじゃないんですけど」


「それはそう!でもこれさっき先輩から受け取ってから背筋さむぅてたまらんの!せめて確認してくれんか!!」


どうやらつい先ほど先輩に会ってその品を受け取って、不味いと思い学校へトンボ返りしてきたようだ。


「その先輩といま連絡つく?」


「さっきまで会ってたんやぞ、連絡ぐらいつくわ」


そういってスマホでメッセージを送り、しばらくの沈黙。覗きこんだ大野が既読になりませんのぉ、と言えば小野は焦ったように今度は電話をかけ始めた。長いコールが三人の沈黙の中流れたが、留守電にもならず切れた。


「・・・バイクで運転中かもしれんから、もうちょい待って」


「はい、カス~、その物品先輩に無理やり返送しよう」


「呪詛返しってことですか、先生!」


「ちゃいますけど・・・とりあえずその箱みていい?」


柳が木箱を指差せば小野は待ってました!と嬉しそうに柳の目の前へ寄せた。木箱は百均などでお洒落なアイテムとして並んでそうな安っぽい木箱で、蓋の部分はベニヤ板のような薄いもの。蓋は開けられないように輪ゴムが何重にもなっていて、中のものを出さないように厳重にしたつもりらしい。古びた汚れた木材とか、そんなホラーっぽい要素はどこにもない。


「輪ゴムは、切るよ」


柳がそう言えば、大野と小野はざっと机から離れて見守った。この野郎、と若干柳は思ったが教室から出ていかないだけまだマシだろう。というよりそろそろ先生が見回りにきて早く帰れと追い出されそうだ。柳はため息を我慢してハサミを構えた。


輪ゴムをまとめてばちんっと切ると、その反動で蓋はぱこっと開いて中身が三人の目の前に晒された。木箱よりも小さくて、薄っぺらいごく普通の、見覚えのある品物だった。


「お、まもり?」


とてつもない邪悪ななにかが飛び出てくるのでは、と魔王と対峙する心地だった小野は呆気にとられて、一歩近づいた。柳は直接手にとらず、木箱を持って中身をあらゆる角度からみた。別段普通の御守りだ。


「安産祈願の御守り、だね」


別段特徴的なものはない。経年劣化で布が破れているとか汚い様子もない。なんなら割と綺麗で、新品とはいわないがそれに近いだろう。


柳は大きく深呼吸をしてから、覚悟を決めてその御守りを手に取ってみた。だが小野がいうような寒気は感じない。とこい神社、と刺繍された文字をなぞったりするが、中も一般的な板紙が入っていそうな感触だった。


「・・・開けるのはちょっとなぁ」


「それはそうや、ていうかお前直接触って平気なんか」


「まぁ、今のところ。小野、これをどういう経緯で悪先輩が入手したのか聞いといてよ」


「了解・・・って、まさか連絡とるまでそれって」


「責任もって小野が持っとくべきでは?」


「いやいやいや!俺ここに来るまでに結構嫌な予感したで」


正直お守りをぽいっと渡されたとしても、では浄化!となるような専門家でもない。見たとして、だから?って話だ。あからさまに体調が悪くなるわけでもないのだし、呪いの品としてその背景事情もわからなければ手の打ちようもわからない。そう言えば小野は弱ったように御守りを見つめた。


「こう、お札で封印とか・・・」


唸るようにそう言うので、大野が塩かけとく?とか先輩まだ既読ならんの、とか気にして慰めている。柳は無茶を言うな、と何も言わず微笑んだ。


「九字唱えられるなら大丈夫だと思うけどね」


「九字ってそんな万能なん・・・」


「元々護身法だし・・・ホテルに置いておく聖書は旧約聖書ぐらいの万能さ」


「全然わからん・・・」


時計を見上げて、とりあえず帰ろうと言えば小野は頷いて仕方なさそうに箱へ御守りを戻して、慎重に持った。輪ゴムは切ってしまったのでハンカチで包んでいる状態だ。すぐに投げ捨てられるように、と両手で持ったままびくびくと帰路につくが、小野は縋るように柳と大野を見た。


「九字の結印ぐらい一緒に覚えるか?」


「是非!!!」


このまま家に帰って一人になりたくないと言いたげな彼のために、いつも通り大野の家へ寄ることとなった。大野の家はいつも両親の帰宅が遅いので気軽に寄っているのだが、流石にいきなり泊るとはいかないだろう。ましてやまだ木曜日、明日も学校があるのだ。とりあえず大野宅で九字の結印を検索して練習した。陰陽師ごっこパートツーである。


「・・・全然既読ならねぇし電話もでねぇ・・・」


「その悪の先輩・・・森先輩やっけ。そいつと繋がっとるやつは?」


「う~ん、一応連絡してみとるけど、皆知らんって言うとる・・・あ」


小野のスマホが通知で震えたのを見て、大野と柳は顔をあげる。大野は結印の練習で指がこんがらがったと振ったり反らしたりと忙しない。何やら小野は激しくフリック入力をして、返信をしている。


手持無沙汰な柳は小野が机の上に出しっぱなしにしている御守りを、もう一度見てみるかとハンカチの結びをほどいた。大野も恐る恐る覗き込み、そして凍り付いた。


「おい・・・さっきもうちょい綺麗やったよな?」


「・・・とこい神社ってどこだっけ」


疑問を無視して質問を返された小野は、色々と飲み込んだ顔をして柳に伝わる言葉を選ぶように、二つ先の駅の~スーパーがあって~と、何度もつっかえつつ説明してくれた。途中スマホで検索をして、ホームページを表示させて見せてくれ、柳は礼を言いつつそこの表記に疑問を持った。


「・・・縁切り神社なんだ?」


「そうそう、ここは効くって有名やでぇ~」


「・・・縁切り神社に安産祈願の御守りって置いてると思う?」


「・・・え、いや、どうやろ・・・案外置いてたりするんちゃう?」


そう言ってへらりと軽く笑ってみるも、大野は妙に胸がざわざわするのを無視できず、ホームページの隅々まで見て御守りの種類について記載がないか調べ始めた。小野のフリック入力は終わってない。そんな二人を尻目に柳は、先ほどよりも黒ずんだ安産祈願の御守りを眺めた。手に取って矯めつ眇めつ眺めてから、鼻を近づける。つん、と何か臭うが刺激臭ではない。腐臭ともいえないだろう。


「これなにか臭わないか」


「え、こわっ正気か?」


ドン引き、という顔をする大野の顔面に無理やり御守りを近づけてやれば、ふがふがと鼻を鳴らして、なんとも不細工な顔をした。暫く悩むようにして、首を傾げ、疑問符をつけつつ答えてくれた。


「こ、焦げ臭い?かも」


その返答に柳も同意した。そう思うとこの御守りの汚れも煤か何かに見えてきた。ため息とともに御守りを箱へ投げ出して、背もたれへ体重をかけた。お手上げ、といわんばかりに腕を伸ばして仰け反った。


「・・・神社の御守りかぁ、これは手に負えないかもなぁ」


「まじか・・・ほな、これどないするよ」


二人で難しい顔をしていると、ようやくスマホから顔をあげた小野が、言葉にしづらそうにこちらを窺ってきて、らしくもなく小さな声であのさ、と口を開いた。


「森先輩とは連絡ついとらんのやけど」


「うん」


「林先輩も森先輩探しとるらしくて・・・」


林って誰だよ、と柳は思いつつも真面目な顔で黙って頷いた。大野は不安そうに口を引き結び、小野の話に耳を傾けた。


「森先輩から最近変な女に付き纏われてるねんって相談されたから林先輩アドバイスとして縁切り神社にお参りしたらって言うたんやて。そしたら連絡つかへんなってもうたから心配やって話や」


「・・・その縁切り神社がこのとこい神社か」


「その縁切り神社でこの御守りを手に入れて・・・そしたら色々困ったことが起こり始めたってことやんな?具体的になんか言うてた?」


小野は大野の言葉に眉間へ皺を寄せた。


「なんやっけ、ふとしたときに耳鳴りみたいに赤ん坊の泣き声がするとか、寝てる時に身体が焼けるみたい熱くなって飛び起きる悪夢とか言ってたかな」


「小野が御守りを預かった時は?やばいって思ったんだろ」


「・・・処分してくれんかって押し付けられた瞬間血の気が引いて、冷や汗止まらんなって・・・ほんでめっちゃ見られてるって思ってん」


上手く説明できない、と手をふわふわとさせ、恐怖を伝えようとジェスチャーをする小野。


「これは勘違いかもしれんけど、途中でコツコツって後ろから誰か着いてきてる気がして、こらあかん!思って全力でお前らんとこまで行った」


「結構やばいんちゃう、この御守り」


「う~ん、でも今のところ俺たちはそういうの無い、よね?」


「そういやそうや、視線も感じへんな」


三人で少し煤けた御守りを囲み、首を傾げた。小野も最初感じた不穏さを今は何も感じないらしく、御守りの扱いに悩んでいるようだった。柳はスマホで検索を繰り返し、一つの投稿を見つけて二人に見せた。覗き込んだ画面には、なんとも可愛らしい女の子の自撮り。投稿内容はとこい神社へ訪れたことの報告のようだった。


「これは、とこい神社の紹介か?」


「御守りのラインナップ載せてくれてるから、見て」


個人の旅行というよりは、神社巡りを紹介していくアカウントらしく、内容は詳細で丁寧。綺麗な写真の中には御守りのデザインが独特で可愛いという紹介もあり、親切に給与品一覧も載せてくれていた。


その中に、安産祈願の御守りはない。


「・・・この御守り、森先輩はどうやって手に入れたんだろうなぁ」


柳は心底面倒くさいとため息を吐いた。



「これなんだけどさ」


あの後、結局森先輩との連絡は取れぬまま解散となった。そして御守りは柳が、害はなさそうだから、と小野から箱ごと預かった。そして一夜明けた本日、朝から二人の前で箱を開けた。そこにあった御守りをみて、二人は瞠目して焦ったように柳の全身を眺めてその安否を確認した。


御守りは、さらに焦げ付いて黒くなっていた。


「俺には何もないよ、嫌な感じもない。でも御守りは“進行してる”」


「・・・えーと、森先輩の心配したほうがええってこと?」


「そうなんじゃない?もう連絡つかないなら仕方ないけど」


「いやいや怖いこといいなや!ほら!小野、電話してみぃ!」


「い、今から授業やんけ・・・」


大野に煽られたが、小野は真面目な発言をしてやんわりと拒否した。厄介事を押し付けて連絡を避けているのは森なのだから、小野ももう害がないならばこれ以上関わりたくないというのが本音なのだろう。


一限目から理科室への移動になる。教科書を持って、三人は結局電話をせずに廊下へ出た。


柳はどっちでもよかったが、変に小野や大野が森に対して見捨てた、とか罪悪感を持つことになるのは不本意だ。


授業中に小野のスマホが震えた。

学校にいるためマナーモードに設定されたそれは、音は鳴らなかったが名前は表示された。森先輩で登録された文字に、咄嗟に小野は通話を押した。丁度、理科の実験で騒めいている途中だった。先生も各班を回っていて小野の班は既に終わっている。先生の目を盗んで実験道具を置いている小部屋まで逃げるのは容易かった。


『小野ぉ、小野ぉ、お前アレどうしたん、なぁ!』


「森先輩、メッセージ見てないんですか」


『お前に渡したのに、全然や、赤ん坊の泣き声もまだするし寝てるとなぁ、女が顔を覗き込む気配がすんねん』


森は小野の返事も聞かずに勝手に泣きわめいた。その大きさに小野は耳からスマホを少し離した。先生にバレてないかチラっと教室を覗けば、そこには怪訝そうにこちらをみている柳がいて、隣には大野がノートを片手に質問をしていた。先生を引き付けてくれている、と安心して、怪現象が収まらないと嘆く森との電話を続けた。いつまでも続く泣き言にイライラとしながら彼の言葉をよぎって質問をした。


「森先輩、あの御守りのことですけど」


『そうや御守りや、はよぉお祓いしてぇや、頼りになるダチがおるって言ってたやんけ』


「どうやって手に入れたんですか、それが解らんとどうしようもないって、ダチが」


『なんでそんな話になんねん俺悪ないやろ、お前も俺が悪いいうんか』


「心当たりあるんすか」


『ない!ないわボケ!神社行っただけや、そしたらいつの間にかソレがあったんや!』


鳥居くぐった思ったら外に出とった!そう叫んだ。たったそれだけの情報を寄こしてあとは捨て台詞のようになんとかしろ!とだけ言った。小野は通話の終了したスマホを見て、殺意が湧いた。多少あった心配が吹っ飛んでいきそうだった。部活で一緒だった時はそれなりに気安くていい先輩だったのに、と眉間に皺がよる。


「なんやそれ!自分で金出してお祓い行ったらよかったやないけ!」


「縁切り神社に行ったらいつの間にかって、余計嫌なやつだなぁ」


昼休みのタイミングで三人集まり、情報を共有すれば大野は怒りをあらわにして、柳は煤けた御守りをなんだか虫けらを見るような目で眺めていた。小野としてもやる気が失われつつあるので傍から見ればそんな目をしているかもしれない。


「とこい神社行ってみるか?」


「・・・・・いや、それは危険そう」


得体も知れないし、と朝よりもさらに黒ずんだ御守りへ視線をやった。小野と大野も深く頷いた。このペースで行くと放課後には刺繍の文字が読めなくなりそうだ。端が灰になりかけているし、ぼろぼろと崩れていく御守りが想像できて、そうなったら元持ち主である森はどうなるのだろうと鼓動が早くなる気がした。


「お祓いって九字唱えるとかお経でええと思う?」


「・・・う~ん、おススメしない、かな。巻き添え食らいたくない」


いつもは気休めでいい、などという柳が渋い顔をして止めるので、小野は口を噤んだ。結局打つ手なし、このまま放っておく?という風に三人で顔を見合わせた、そんなタイミングで小野のスマホがポンッと通知音を鳴らした。つい視線をやってしまい、今電話できる?というメッセージが目に入ってしまった。


「林先輩だ」


「森先輩から電話あったって言うといたら」


大野がそう言ったことに素直に頷き、小野は電話に出た。柳たちにも聞こえるようにスピーカーにしてくれて、どこか柔らかな物腰を感じる関西弁が林なのだと知った。大野や小野のような柳からすると苛烈な関西弁ではない、別に誰かを下げるつもりもないが上品な話し方だった。


『小野、森とは連絡ついてへんのやけどね』


「あ、俺のとこにはさっき電話ありました。パニックになってて話は通じませんでした」


『えぇ・・・そうなん。まぁええわ、もう森のことは放っといてええよ。実はな、森の彼女と知り合いやって子と連絡とれたんよ。話聞いたらアイツ、彼女のこと妊娠させてしもうた上、堕胎してくれって頼んだらしいわ』


「え・・・」


『あのドアホ、それを彼女に断られて、責任とれって言われてんのを逃げ回ってたみたいや。俺に変な女に付き纏われてるとか言ってたん、嘘や嘘。彼女のことや』


話し方は森を罵るように素っ気なくなり、苛立ちを滲ませる。小野へ呆れた声で森へはどんな用件だったかを尋ねた。


『金でも貸してたん?もし森と連絡取れるんやったら、はよぅ彼女のとこ行けって言うたってくれる?一応こっちでも探しとくけど』


「もちろんです。そっちが先見つけたら教えてもらえますか」


「割り込んで済みません、小野の友人です。その妊娠した彼女さん、体調はいかがなんでしょうか」


『えっ・・・いや、どうやったか。でも森に避けられて塞ぎ気味らしいわ』


林のその言葉を聞いて、柳は礼と唐突に口を挟んだ無礼を謝罪した。戸惑う様子が通話越しに伝わったが、そこは小野が強引に話を締めた。三人の真ん中に置かれたスマホは沈黙し、三人も言葉を選ぶように黙り込んだ。やはりというか端的にまとめたのは柳だった。


「妊娠させた彼女を堕胎させようとしたけど断られてしまい、それでも責任から逃れたくて縁切り神社いったらいつの間にか安産祈願の御守りを手に入れていたってことだよね」


「・・・それはもう、神さんから責任とらんかいカスって言われとるよな」


小野は深く長いため息を吐いて、机へ突っ伏した。


「いきなりお前が死ねば縁切れるんじゃね?ってならんかっただけ優しい神様やんけ」


ふんっと鼻息荒く、そう吐き捨てたのは大野で、姉妹がいる男としてひどく憤っているらしい。心配して損した!と何度も舌打ちをした。巻き込んだ原因ともいえる小野は申し訳なさそうに小さくなり、煤だらけの御守りを仕舞おうとした。処分してしまおうと思ったのだろう。それを柳は止めた。


「あー、やっぱ捨てるんはあかんかな」


「森とかいうのはどうでもいいけど、彼女さんが巻き込まれてる可能性があるから」


「さっき体調聞いてたんはそういうことか」


確信はないけど、と柳は頷いた。その時に予鈴が鳴って、三人はまだ昼休みだったことを思い出した。すぐに机の上のものを片づけ、次の授業がなんだか聞いて切り替える。ただ、教室へ入る際に柳は、小野へ森と連絡を取れと言った。


「森先輩自身がなんとかしないと、どうにもならないと思うから御守り取返しにこいってだけ伝えよう。それさえ無視するならどうにもならないよ」


「お、おぅ・・・メッセージ送っとく」


小野は電話にするかどうか迷って、メッセージを選んだ。そのメッセージは、放課後に確認したところ既読にだけなっていた。小野は縋るように柳をみた。触れれば崩れそうな御守りを持って、何かわかってるなら教えろと言う。


「別に確信はないよ、推測。お前らだってその御守りがタイムリミットだって気づいてるだろ」


「やっぱり燃え尽きたら森先輩死ぬんやろか」


「さぁ?天罰ってどういうものか知らないし」


「天罰ていうにしては演出が怖いわ!」


大野がそう言ったのを小野が何度も頷いた。


「それだよ」


「え~?」


「彼女が巻き込まれてる可能性が高いってこと。神様の嗜好なんて知らないけど、女性に顔を覗き込まれるとか赤ん坊の声とか、嫌に具体的だったろ。あれはもしかして彼女の生霊が憑いてるんじゃないかな」


全部妄想だけど、と保険を付けて柳はそう説明した。


「彼女との縁切りを望んだけど、拒否されたんだ。彼女との縁を無理やり結ぼうとしてると考えてもいい」


「それで彼女さんが体調を崩してるんやったら最悪やな」


「縁結びされな解決せんってこと?それって彼女さん幸せになるんか?ゴミ野郎やん」


二人はひどく嫌そうな顔をしてみたこともない森の彼女を擁護する発言をした。柳もそれはそう、と同意したいが流石にこのまま彼女が何も知らぬ間に森が天罰で死んでお腹の子ともども放置されるのも無意識の生霊で死にかけるのも哀れに思うわけだ。


「タイムリーに森先輩から連絡きたわ、学校に来てるって」


「都合ええのぉ、おい。一発殴ってええか」


殴る権利があるのは小野や林先輩、彼女ぐらいだろうけど、と柳は思ったが態々苛立つ大野を制止したりはしなかった。とりあえず校門近くは教師に見咎められる可能性が高いので、近くの小さな公園で落ち合うことになり、三人はやる気なく向かった。



小野が驚いた顔をして、足を止めてしまったのはその男が森であると確信が持てなかったからのようで、中途半端な距離で名前を呼びかけた。ゆっくりと顔を上げたその男は、小野ぉとガラガラの掠れ声で怒りをあらわにした。


「どういうつもりやねん、小野ぉ」


つい先日会ったはずの森は一人だけタイムスリップでもしたのかというほど老けて見えた。やつれているのか、肌がくすみ血の気の引いた顔がそう見せるのだろう。小野は様変わりしている森を見て、持っている御守りが、曰くつきとして渡されたものだと急に自覚してしまった。指が震えた。すでに御守りは真っ黒で、文字も見えない。


「森先輩、あの・・・」


「小野、てめぇやっぱり金か?金をせびっとるんやろ??」


「森さんですね、どうも。俺がオカルトに強いっぽい友人です」


森がぎょろぎょろと充血した目で小野に掴みかかろうとしたのを、間に入って柳が止めた。それに対して、初めて小野以外の人間がいることを認識したようで、ぼさぼさの髪の毛をかきむしって意味のわからない譫言で三人を罵った。果たして正気なのだろうか、と思ったが御守りを差し出せば急に真冬の中に放り出されたかのように震えだす。事実、少し温度が下がったように柳たちも感じた。それが気味の悪い湿気具合で、どこかから焦げ臭ささえ漂った。


「アンタは、救済アイテムを俺らに渡してしまったんですよ」


今の森に論理的な説得など、耳にも入らないだろう。出来るだけ端的に、柳は胸を張って適当なことを断言した。


「この御守りが完全に灰になったらアンタは死にます」


絶望というのはこういう表情なんだな、とよろよろと脱力して座り込んでしまった森を見下ろした。


「アンタができることは、腹くくって彼女に土下座してこの安産祈願の御守りを渡すことです」


過呼吸になる森の目の前に御守りの入った箱を差し出せば、ひっと喉をひきつらせ、怯えを見せて柳を見つめた。


「な、なんでアカリのこと知ってん・・・!?」


アカリが誰かは知りませんと言おうと思ったがそれは、流石に意地が悪い。

黙ったまま答えずに森を見つめていると、差し出す手元が熱帯びるのを感じる。視線をやれば御守りから黒い煙が上り始め、すでにボロボロな御守りがさらに黒ずみ灰となろうとしている。森はあんぐりと口を開けてあああ~!と嘆きを漏らして柳から箱を奪った。


今まさに目の前で何か命が失われそうになっているのだと分かった。それが果たして本当に森の命なのか、実は赤子や森の彼女の命なのかは柳たちにも分からない。ただ目の前の御守りは火の手が上がるように焦げ付いていき、森は箱を奪ったものの御守りを手に取れず、ただ眺めるばかり。森は恐怖からなのか焦りからなのか、涙目で柳へ叫んだ。


「なんとか、なんとかしてぇやぁ」


「アカリさんを愛してますか」


「なんやねん、ちゃんと好きや、ええ奴やねん」


森はうずくまって、ごめんと涙声で彼女へ許しを請い始めた。柳は未だに線香のように煙を上げる御守りを一瞥して、試してみる価値はあると思った。


「今から言う言葉、繰り返してください、幽世の大神」


「か、かくりよの、おおかみ」


森の背中を強めに叩き、パニックになっているだろう彼を洗脳するかのように柳は指示する。神社の御守りというならば、出雲神話の主神の祝詞は効くかもしれないという曖昧な認識だけだが、二度三度と唱えると効果が出たのは明らかだった。煙が消え、黒々としてただの灰となりかけていた御守りは、煤けて汚らしくはあるがまだ使えそうな見かけになっていた。


「哀れみ給い恵み給え・・・」


「森先輩、もういいですよ。御守りも、まぁ汚いけど文字が見えるし」


祝詞を唱え続ける森へ、再度箱を押し付ける。御守りは一目見てきちんと安産祈願とわかるものになっていた。一歩下がって黙って様子を窺っていた小野と大野も信じられないものを見た、というように感嘆を漏らしたので、柳は今更安堵した。ほぼはったりもいいところだったので、成功してよかったというため息だ。


「あんたは・・・」


「小野の友人Aです。どうも、言っときますけどタイムアップが伸びだけなんでさっさと彼女のとこ行くべきですよ」


「あ、あぁ、すまん、ありがとう」


何か言っておくことあるか、と小野へ視線をやれば緊張がほぐれたような苦笑いでスマホを掲げた。


「ちゃんと連絡でてくれるなら問題ないっす」


さっさと責任取りに行ったほうがいいですよ、と三人で森を急かせば、よたよたと不安な足取りながら、しっかりと御守りを持って公園を出ていった。三人もすっかり空が暗くなり始めていることに気づいて、足早にその場を去った。


「かぁ~!なんかすっきりせんわぁ~!」


「そういうなや大野、とりあえずは一件落着・・・でええんか?」


「さぁ?縁切りの神様が森先輩の態度に納得できなきゃどうにもならなさそう」


「えぇ~、でも今日の呪文みたいなん効果あったやんけ」


あれなんなん、と小野が聞けば、柳は呪文じゃなくて祝詞、と訂正した。


「出雲大社知ってる?神無月とかの話で有名な」


「神有月がどうのってやつか。神様が、どこやっけ?出雲大社に大集合するっていう」


「島根県!あ!縁結びの神様か!」


「そうそう、大国主命は縁結びの神様で、さっきの祝詞はその類。縁切りの神様の仕業なら縁結びのトップに縋ってみたらなんとかなるかなって思って」


「思いつきかい!」


「上司すっとばして社長に話通すみたいなやつや!」


三人はそんなことを言いながらも、森がその後どうなったか分かったら連絡をすぐくれ、と言って帰宅した。



それから暫く、明日から夏休みというタイミングで小野は半笑いになって報告をくれた。


「二人とも成人したら籍いれるんやって」


森もその彼女も無事で、安産祈願の御守りは彼女の手にあるということ、落ち着いた森が謝罪と礼をしたいと言っているらしい。両家の話し合いなども大きな揉め事にはならず、とんとん拍子に上手くいったと聞いた。


「森先輩ホラー苦手やったしな、相当切羽詰まってたみたいや」


「まぁ、順調ならいいんじゃない」


「なんか納得いかんけどなぁ、縁切りの神様が切るなって言う縁や、ごっつ相性ええんちゃう?」


知らんけど、と大野が笑って、柳は言うかどうか迷った末に小さく呟いた。


「御守りがまだあるってことは、神様から監視されたまんまな気がするなぁ」


方向性決まってきた感じがあるのでタイトル変更しました。

・とりあえず見なかったフリ~男子中学生の日常系ホラー~

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