メリーさんの不幸の手紙
いつもの通り学校の帰りに大野の家に上がり込んだ。
大体することはゲームやアニメ、テスト前になると勉強、そして大野の妹のおしゃべりに三人でつきあってあげることだ。
「ねぇ伊織はメリーさん知ってる?」
「おい綾香、ちゃんとお兄様と呼べよ」
「お兄様なんて呼んだことない。お姉さまならあるけど」
生意気な、と大野は妹の綾香を睨んだが、こう見えて案外兄妹の仲がいいのを小野と柳は知っている。彼は妹に甘いから男三人の輪に仲間外れを嫌って割って入って来る妹を拒否しない。なんなら三人揃って妹の遊びに付き合うことも多い。たまに姿をみせる大野の姉もそれを微笑ましく思ってくれているのかお菓子の差し入れなんかをしてくれたりする。
「ねぇ!メリーさん!」
「懐かしいなぁ怪談」
「なんやっけ、今あなたの後ろにいるのやっけ」
「それー!それそれ!」
妹は小野を指差して声を高くさせた。
大野の隣へ飛び込んで、首を傾げる三人へランドセルを引っ張り出してきた。
ざらっと出してきたのは折り紙か何かに見えた。カラフルで可愛らしい紙が、苺だの猫だのの形をしている。
「これっ雪ちゃんからの手紙なんやけど・・・あ!内容はみんといて!」
「お、おぅ・・・」
手紙か、と男三人が思っているとその中から一通、シンプルな折り方をされた手紙を差し出された。思わず大野が受け取るが、どうしたらいいかわからない。メリーさんと手紙になんの関連性があるのか。
「そういや女子ってよく手紙回してたよな」
「わかる、授業中でもたまに回してって言われたもん」
「勝手にみたらバリ怒られるやつや」
「もう!ええからその手紙開けて!」
手に持ったままどうでもいいことを喋る男どもをじれったく思った綾香が兄の膝を叩いてそう言った。へぇへぇと言いつつ大野が破らないよう手紙を開くと、ぽとっと中からもう一つ手紙が出てきた。
入れ子状に手紙というのは面白いかもな、と隣にいた柳が拾った。これの中身も見てはいけないと思ったのだが、こちらはただの二つ折で、自然とメモは開いた。いびつな長方形、そこに書かれた文字は全員の目を引いた。
「今あなたの後ろにいるの」
薄気味悪い文字だった。小学生が書いたにしては少し異端だ。ましてや見るなと言われた大野の手の中にある手紙へちらっと視線をやれば、そこには読みにくさを感じる丸文字。小学生女児らしいと微笑ましく思える。明らかにこの二つ折りのものと筆跡が違う。
「・・・メリーさんってこれ?」
「そう、メリーさんの不幸の手紙って言われとってな、ほんまにあたしんとこに来てもうたんよ・・・伊織兄ちゃんどうしよ!」
不安そうに眉を下げる妹に大野は弱ったように頭を抱えた。
「いやいやいや・・・まずそのメリーさんの不幸の手紙を教えてくれや」
よくわからないが、何か不穏だと感じて大野は混乱しつつも妹へそう言った。柳と小野も身構えるようにして彼女の声に耳を傾ける。緩んでいた空気が引き締まったのを感じ取った綾香も、眉間へ皺を寄せて一生懸命説明をしてくれた。
「女子の間でお手紙交換してるとな、変な紙が一緒に混じってることがあるんやて。この紙を四角く切れ、とか誰かに回せ、とか。皆、友達からの手紙やし、お遊びかな?って思っててんけど、聞いてみたらそんな紙入れてないって言われるんよ。おかしいやん?気持ち悪いなぁって皆で言うとったんやけど・・・その変な紙が最近、これになってん。今までは不幸の手紙みたいに、何人に回せ~とか書いてたのに、これだけ。気味悪いし怖いやん?メリーさんや!って誰かがいうて・・・メリーさんの不幸の手紙って今は皆いうとる。あたし、噂では聞いてたけど今日ほんまにこれがきたんよ!」
彼女の説明は、子供らしく少し突飛で足早だったが大野はしっかり理解したらしい。柳はとりあえず相槌だけは打っておいた。小野はおそらく何か色々つっこみたいのだろうけれど、ぐっと我慢しているらしい。物言いたげな表情がとても不機嫌そうに見える。
「えーっと・・・メリーさんって電話ちゃうかった?手紙て、文明レベル後退してない?」
「今の溜めで言うことそれなんかい」
小野が、まずメリーさんの怪談がなんであったか思い出そうとしているようだったので、柳が簡単に説明する。それも正直うろ覚えなのだが、詳細は一旦置いといて大丈夫そうだ。
「メリーさんっていう人形を捨てたら電話で一々場所の連絡してきて、そいつがだんだん近づいてくるって話だったよね。そして最後に今あなたの後ろにいるの、で終る怪談」
「せやせや・・・メリーさん要素はこの文言だけか」
そう言って大野は今あなたの後ろにいるの、と書かれた件の手紙を手に取った。
「これもらうとなんかあるん?」
「不幸になるのよ!」
「首を刈り取らんと追いかけてくるとかやなくて?」
「何よそれ!チェイスするのはゲームだけにして!」
兄と妹のやり取りはいつも通り、綾香の硬かった面立ちは少し柔らかくなった。
柳が、届いたのはこれだけ?と訊けば綾香は頷いた。
「噂は聞いてたけど、受け取ったのは初めて。雪ちゃんはこんな紙入れてないって」
「・・・そっか、じゃぁこれは燃やしていいかもね」
「そぉやなぁ。こんな気味悪いもん捨てた方がええわ」
「お、おい。神社とかお祓いとかのがええんちゃうか」
小野が本当にそれでいいのかと臆病そうに窺うから、綾香も釣られて不安そうな顔をした。柳はう~んと悩む素振りをして、大野へ視線をやる。
「塩かけとこうか。どうする、御経とかも唱えとく?」
「雑!とても素人知識感!」
「悪くないよ、今できる精一杯ってことさ」
灰皿とライター、キッチンから塩、となんともその場しのぎのアイテムを並べて、件の手紙を真ん中に皆で般若心経を唱えてみる。しかも皆スマホで見ながら唱えてるから揃わないし音程も違うザマ。なんなら途中から笑っていて、やっていることはほぼお遊びだった。綾香も相談をした時点でほぼ解決したみたいな顔で、楽しそうなぐらいだ。
「さてと、綾香ちゃんこの紙は燃やすよ」
「うん!お願い!」
「この紙は綾香ちゃんじゃない」
「うん!・・・ん?」
綾香がどういうこと?と目で問うが柳は気にせずボールペンを手に取った。塩まみれになった紙に、何かを書きつける。
「役所の見本だと大阪太郎だっけ」
「何?名無しの権兵衛の話?」
「そう、あぁ本名で大阪太郎ってやつもいんのかな・・・」
柳は迷った末に名無しの権兵衛と紙に書いた。そしてそれを灰皿に置いてライターで燃やした。普通ならじわじわと焦げ付くだろう紙は、妙に激しく燃え盛り、一時は火柱が立った。うわ、と大野は綾香を遠ざけて火が消えるのを見守った。
「おぉ・・・え?灰も残ってないやん」
「そうだね、まぁこれでなんとかなったんじゃない?」
「すっごい!よかったー!おおきになぁ」
切り替えはやく綾香が嬉しそうにしているので男三人は曖昧に笑って、ぎこちなくゲームでもするかぁとコントローラーを取った。綾香もやる、と言うのでおそらくゲームはマリオパーティーになる。
一件落着、小学生女児のお手紙交換の話はすっかり頭から消えるはずだった。
「あー・・・この間のメリーさんの手紙の件やねんけど」
朝からどことなく不景気な顔をしていた大野が、昼飯の際にそう切り出した。
女子のグループと違って昼飯を食べるメンバーというのは毎回違ったり、一人で食べたりすることも多いのに、今日はわざわざ大野が前もって、話があると小野と柳を誘った。
「綾香にまたメリーさんからの不幸の手紙届いてもうて」
小野と柳は、その話かぁと若干渋い顔をした。もっと渋い顔をしているのは大野なので何も言えない。不幸の手紙が再び届いてしまった綾香のことを想うと同情しかない。
「ちょい気味悪いけど、前と一緒やと思って燃やしたんよ!でも燃やしたはずやのに、妹が自分の部屋の机にまだあったって言うて!」
うろたえる大野に、なんというべきか迷う。彼はお弁当にまだ手をつけていないし、小野も柳も学校販売のパンの封を開けただけで膝の上。空き教室は少し埃っぽいから開けた窓の傍で一つの机を囲んでいる。お昼の心地よい風が通り抜けるのに、どうにもうすら寒いものが背筋を撫でた。
「・・・しかもなんか綾香が朝起きたら足が痛いとかいうし、見たら水ぶくれができてて火傷かもしれんて」
膝に作られた拳が震えている。大野は真っ青になりながら、今にも倒れそうだった。こちらが言葉を選びながら、彼の顔色を窺っていると察したのか、大野は顔を上げて震える声を大きくした。
「前と一緒で般若心経唱えとったらええやろ思うてラップ調とかにしたんがあかんかったんかなぁ?!」
「若干聞きたいなそれ・・・あかんかったんかもなぁ」
大野のおかげで空気は緩んで小野もほっとした様子で小さく笑った。柳は冷静に、とりあえず放課後また大野の家で綾香ちゃんに会おう、と提案してようやく三人は昼食にありついた。
夕方、大野の家へ向かう桜並木の坂道。
車もあまり通らないし、と三人横並びに歩いていると後ろから声を掛けられた。
知らないランドセルを背負った女の子だったが、その後ろには綾香がいた。
俯いていて、大野が声をかけても何も返事をしなかった。
「あの、保士塚雪です。綾香ちゃんと同じクラスです」
礼儀正しくそう自己紹介をしてくれた声は強張っていた。年上の男三人に声をかけるのはもしかしたら怖いのかもしれないと柳と小野は一歩引いた。その分綾香の兄である大野が腰をかがめて彼女の話を聞く体勢にはいった。
「今日学校で教室の扉を閉めたら、その窓が割れて・・・綾香ちゃん手を切っちゃったんです・・・あの、でも全然乱暴に閉めたりしたわけじゃないんです!勝手に割れたのに、先生は怒っちゃって・・・」
「ほんまか!綾香」
「本当。本当なんよ、ゆっくり閉めたもん!そしたらいきなり誰かが殴ったみたいに割れてあたしの方に飛んできたんや!」
「怪我はどないなんや、平気か」
「・・・縫うほどちゃうって。でっかいバンドエイド貼ってるだけ」
綾香はようやくきちんと顔を上げた。大野に否定されなかったことがよかったのだろう。包帯が巻かれた右手をひらひらとして小さく笑って見せた。
「ねぇ、やっぱりメリーさんの・・・」
保士塚雪が怯えを見せてそう呟くのを、誰も否定できなかった。
大野は唸るように、あ~だのう~だの意味のない声を出して、ぼんやり立っている柳を引っ張り出した。肩を組んで急に得意げな弁舌を回す。
「だいじょーーーうぶ!この間見てたやろぉ~?こいつ、柳はなぁこういうの得意やねん。もう専門家や専門家。今日もなぁ、なんとかして柳えもん~って頼んで来てもろたんよ!」
勝手なこといいやがって、と柳は大野を一瞥したが妹を安心させるためだろうから口を噤む。ぬか喜びになったらどうするんだと思うが、ここで敢えて不安にさせる必要もない。綾香が眉尻を下げながら本当?と上目遣いに確認してくるのを、柳は頷いた。保士塚は心底驚いた顔をしていて、それが胡散臭いと語っていそうで中々傷つく。
「まぁ、あれだよ。俺たち中学二年生なので」
「せや、中学二年生ってのは、こういうのに詳しいんや」
「今日は皆で陰陽師ごっこやのぉ」
大野と小野も柳の軽口にのってふざけはじめれば、ランドセルを背負った小学生も楽しそうにまざってきた。陰陽師といいつつ忍者ごっこをしつつ長い坂道を皆で上った。いつの間にか全力でふざける大小コンビとは距離ができていた。主に歩く速さが違うのだろう。柳は保士塚雪とのんびり横並びになっていた。
「聞いていい?君が雪ちゃんだよね」
「・・・あ、はい。そうです」
「君の手紙から、メリーさんの手紙が出てきたって聞いたけど」
「そ、それは・・・そうやけど私いれてません!それに二回目は私やない子からの手紙に入ってたって!」
「疑ってないよ、聞いときたいんだ。俺たちが見たのはメリーさんの言葉が入ったものだけなんだけど、前段階があるんだろう?なんだっけ、誰かに回せっていう指示とか」
「・・・うん。実は私も来た事あんねん。まだメリーさん不幸の手紙ってやつ知らんくて・・・友達からの手紙に紙が入ってて、それに人型に切って次の友達に回せってあった」
「人型に切れって指示以外は知ってる?」
「噂が広まった時に、別の子が紙に名前を書けって指示があったとかは聞いたことある」
「そっか・・・綾香ちゃん以外に不幸の手紙もらった子、知らない?」
「他校の子が、とか上級生がっていうのは聞いたけど・・・私は綾香ちゃんしか」
「・・・ふぅん、ありがとう。ところで綾香ちゃんと仲悪い子とかいる?」
「その子がやったっていうの?」
「まさか、その子がドアの近くにいたなら別だけど」
保士塚は納得できない、とその大きな瞳が語っていたが、柳は気にせず尋ねた。結局心当たりのある子はいない、と綾香の交友関係の良好さがわかっただけだ。大野の家へ行く横道へ曲がる際に保士塚は綾香を心配しつつ手を振って別れた。彼女はまだ上へ登るようだった。
大野の家へいつものように上がり込むが今日は、さぁゲームとはいかない。
大野が持ってきたのは綾香の机にいつの間にか現れたというメリーさんの不幸の手紙。
この間皆で燃やした紙切れと同じだったし、書かれている文言も相変わらずだ。
「さて、どないする。この間と同じようにして捨てる?」
黙っている大野と綾香を前にして、小野が仕方なさそうに柳を向いてそう言った。端的に切り出してくれるのは有難い。柳は一つ聞いておこうと大野へ向かって尋ねる。
「大野、お前が燃やした時、紙に名無しの権兵衛書いたか?」
「・・・書いてへん。すぐ塩かけて燃やした。あれが必要やったんか?それは、すまん綾香」
「ううん、平気やから」
綾香はソファに座って足を伸ばす。そのくるぶしにうっすらと赤くなっている火傷の痕が見えて、柳は想定できていることがあった。
「小野、不幸の手紙もらったことある?」
「手紙はないなぁ、俺らの時にはチェーンメールやったやろ」
「あった、あった、何人に送信せんと不幸になるっていう」
「綾香ちゃんも最初言ってたけど今日雪ちゃんにも聞いてみてさ、やっぱりメリーさんの不幸の手紙もそういうチェーン形式っぽいんだよね」
「次に繋いだらそいつは不幸を回避できるて?」
「そうじゃなくて、この手紙を人型に切れって指示があったりするんだって」
人型に?と全員が首を傾げた。目の前にある紙はいびつな長方形の二つ折だ。よくみれば、まっすぐではない。フリーハンドで紙を切ったような、ブレがある。一つの予想が脳裏をよぎって背筋が寒くなった。綾香がキッチンに塩などを取りに行っていて、その場にいないことが幸い。
「はい、灰皿とライターと塩!」
「ありがとう、それなんだけどさ・・・この辺って川なかったっけ」
「川・・・用水路は結構あるけどなぁ」
「登ったとこにあったやろ、公園より向こう」
小野と大野はアスレチックの公園が~とかなんたら川が~とか言っている。とりあえずあるという認識でいいらしい。柳は机へおかれた灰皿などをみやり、いつもより少し大人しい綾香へ話しかける。
「綾香ちゃん一筆書きで星かける?」
「かけへん、これやとあかん?」
ランドセルから出されたノートに書かれたのは確かに星の外枠をなぞるような一筆ではある。その金平糖のような星に、柳は鉛筆をかりて、こういうの、と見本として書いた。
「こう、頭から斜めに線いれて書く奴」
綾香は、お洒落な星だと思った。たまに大人がササッと書く星だ。綾香は嬉しそうに真似してノートへ星を散らばらせていく。
「う~ん、もっとしゃしゃって格好よく描く!」
「うんうん、いっぱい描きな」
「これに意味あんの?」
大野がそう聞けば、綾香も柳の顔を仰ぎ見た。
「五芒星。いわゆる安倍晴明の呪符におけるセーマンってやつだよ。気休めにはなるでしょ」
おぉ~と全員が声をそろえ、小野は流石中二病だぜ、と余計な事を言った。
「お前らも中二だろ、九字ぐらい言えるな?」
「任せろ、俺はNARUTOを読んでた。臨兵闘者!」
「じゃぁ後ろで星書くのに合わせて唱えてやって」
大野のドヤ顔でリズムよく空で五芒星を描いた。そのふざけた態度に綾香は笑って真似をしたし、机の上にある不幸の手紙にあまり意識は行っていないようだ。それはそれで結構、と思うが柳は大野にこっそりと耳打ちした。
「綾香ちゃんを膝に乗せて後ろから抱え込んであげて」
「え~、アイツ絶対嫌がるやん・・・暑苦しいって」
「振り返らない自信あると思う?」
はた、と大野は不幸の手紙へ視線をやった。
今、あなたの後ろにいるの、とのメッセージを受け取って、メリーさんじゃんと笑っていた時はまだいいが、この段階になって背後を気にしないでいられるかと言うと、無理だ。ましてや、再びいつの間にか手紙が≪増えたり≫すれば、考えたくもない。それを、兄という存在で多少緩和されるなら、と大野は小さく頷いた。
妹に文句を言われつつも後ろからノートに手を出して五芒星を書いたり九字を教えたりしている大野から少し離れて、静かに小野と柳はメリーさんの不幸の手紙と鉛筆を持った。
「んで?俺らも九字切るんか」
「あれは、いいよ別に。あくまで陰陽師ごっこだし」
「ほぉん、せやけど大野だけでやったら綾香ちゃんは怪我してる。俺らでやったときはなんも起こらんかったのに。ちゅーことは何か効果があったんやろ」
それはお前ちゃうんか、という目で見てくる小野を無視して、柳は不幸の手紙を差し出す。
「メリーさんの怪談はさぁ、段階があるだろ。近づいてくるまでに」
「・・・おん、ストーリーがちゃんとあるからな」
「でもこの手紙はいきなりクライマックスだ」
紙きれを受け取り、その有名なフレーズ、今あなたの後ろにいるのという文字を見つめて小野は複雑そうに、そうやなと肯定した。
「さっき言った通り、全貌は誰もわからないけれど、結構な工程がある」
小野は、先ほど柳が言っていた人型に切る、という言葉を思い出した。保士塚雪から聞き出した、その他の工程。
「紙に名前を書く工程があって、人型に切る工程もある。でも最終的に届くのは長方形。ならたぶん手足も頭も切り落とす工程が間にあるよね」
喉がなる。ひどく不快な気分だった。大野の妹でしかないが、小野も柳も快活で物怖じしない彼女を可愛がっているほうだ。他の男子に虐められていたらなんとかしてやろうとさえ思う。そういう義務感のような感情が今、ひどく刺激されている。
「どえらい不愉快な気分や」
「それもあるけど、とりあえず俺が言いたいのはさ。そうやってお作法を細かくつなげていることによって変な術式が成立しちゃってる気がするんだよね」
「お作法~?」
「そう、おまじないって奴。こっくりさんでもなんでも、始まりと終わりのお作法がちゃんとあるだろ。それと同じ、コレが意図してかどうかはともかくさ」
小野は、よくわからないまま納得してしまい、感心したように柳をみた。
「お前ほんまに専門家やないんよな」
「俺に特定の信仰はないな」
二人で少し笑ってから、柳は丁寧にメリーさんの不幸の手紙へ、名無しの権兵衛と書きつけた。
「呪いとして成立しているなら、この元人型の紙が必ず誰でもないと指示しておかないといけないんだと思う」
「なるほどなぁ、ほな後は一緒やな」
「・・・どうかな、とりあえずやってみようか」
盛り上がっている大野兄妹を尻目に、二人はお経を唱えて、さっと塩をまき灰皿へ紙を置いて燃やした。以前と同様に妙に火柱が立ったが、すぐ煤のように崩れて消える。それを見て小野は同じ結果になったと安堵したが、視界はパチンと消えた。
「えっ」
「停電?!」
たかが停電、ブレーカー上げにいこうという提案はすぐには出てこなかった。たった今、不幸の手紙を燃やした。そこに関連性を見いだせない人間ではない。喉がひきつって、小野は暗闇の中で縋るように柳がいる場所へと手を伸ばした。
ひやり
触れていない。
何にも触れていないはずだ。だが指先が急速に冷える。
静かだ。
自分の呼吸が荒くなるのがわかる。他に音が聞こえない。
皆がいるはずなのに、と焦りで頭がおかしくなりそうだった。
だってそろそろ目が暗闇に慣れてもいいはずだろう。
パチン、と再び音がして電気が復活した。眩しさに目を眇めて、周囲を窺えばスンとした無表情のままの柳がいて、心底ほっとした。すぐに大野兄妹が無事か見れば、二人とも身動きを取らず、静かにはなっていたが問題なさそうだった。
「おい、二人とも大丈夫か」
「・・・小野」
近づいて声をかければ、二人は真っ青な顔だった。綾香に関しては震えて、兄の腕の中で大人しく縮こまっていた。大野が指さす先は目の前の机、対面だった。
五芒星まみれのノートのその先に、ぽとりと置かれた二つ折の紙。
先ほど燃やしたものと同じだと思った。
「・・・ふぅ~~」
小野は仰け反って深呼吸をした。そうでもしないと叫び出しそうだった。
いや、ここはいっそ声を出した方が落ち着くだろう。
「柳ぃ、追加はいりましたー!」
「なんっで真正面やねん!後ろちゃうんかい!」
「伊織兄ちゃんうっさぁい!」
居酒屋張りの報告をする小野に、涙目のままに突っ込みを忘れない大野、兄に釣られて声をだす綾香、賑やかで結構なことだなと柳はぎゃんぎゃん喚いている三人へ近づいて、ためらいなく不幸の手紙を手に取った。
「もうおまじないの域を超えてそうだね」
「つまりどういうこと?!中二っぽく言って!」
「呪詛かな。呪詛返ししとこっか」
「おぉ、そう言われるとちょっとそわそわするな」
四人で改めて不幸の手紙を真ん中にして囲む。
鉛筆とハサミを用意して、柳は努めて優しく、綾香に言った。
「一つだけ言っとくんだけど、やるのは呪詛返しだから」
「・・・何が違うん?」
「この呪いに関わった人間に、返っちゃう。知らずに指示に従ったとしてもね」
綾香はサッと顔を青くさせた。
「え・・・あの、ほな雪ちゃん・・・」
「うん、複雑な工程があるみたいだから。分散されて大したことにはならないと思う・・・」
なんだ、と安心しようとする綾香を諫めるように、柳は、でも・・・と続けた。
「でも、最初の人間は違う。ゼロからいきなり始まることはないんだよ。誰かがこの呪いを始めた。入れた覚えはないのに勝手に入っていたっていうがどこまで本当かはわからない。どこで呪いが完成したかはわからない」
「・・・誰かわからんけど、死ぬかもしれん?」
「綾香ちゃんを殺すほどの呪いなら死ぬかもね」
「お、おい柳・・・」
小野が少しは手心を加えろと言いたげに割って入ったが、柳は綾香から視線を逸らさなかった。そして綾香も下唇を噛んで睨み返した。眉間に皺も寄せて、強く頷いた。やってほしい、と言った。
「だって、このまま拡散されたらどんどん規模が大きくなるんやろ」
「本当に上級生や他校にまで広がってるなら、そうだね」
「ほんなら今のうちに叩いとくんが一番被害少ないやん!柳さんよろしくお願いします!」
そう言って机に額をつける綾香に、大野は俺の妹結構考えとるやん!とその頭を撫でて感心していた。あくまで綾香に降りかかっている呪いを返すだけなので、別途上級生たちで呪いが成立してしまっているなら正直関係ないけども、と柳は思ったが、同時に呪いが成立しておらず拡散を続けている状態なら一網打尽にもできるか?と推測に推測を重ねて、とりあえず黙っておいた。
「じゃ、この紙を人型に切ってくれる」
「はい!・・・え、えぇの?」
柳が差し出したのは、今あなたの後ろにいるのと書かれた紙だ。綾香が難しい顔をしたのを見て、柳は一度その紙を自分の方へ引き寄せた。
「じゃぁ先に文字書くから、文字を切らないように人型にしてね。それっぽかったらいいよ」
そう言って小さく小さく文字を書いていく。鉛筆では無理だから、と0.4のボールペンだ。文字は日本語ではなく、漢字にも見えなかった。小野は横から眺めながら、マークのような文字の羅列の後にようやく見知った漢字がきたと思った。結局最後の急急如律令だけ理解できた。
それを差し出されて、ようやく覚悟を決めた顔をして綾香は慎重に紙を人型にした。そもそもが小さな紙なので、切れ込みを入れる程度だったが、それらしくはなった。
「・・・それで、次は?」
「川に流しに行くよ。でもその途中でまたさっきみたいになっても面倒だし、綾香ちゃんと大野は家にいなよ。時間も遅いし」
「ほな俺がついていくわ。二人は五芒星書いときぃ」
「そりゃ有難いけど、さっきみたいになったらどうしたらええん?!二人ちゃんと帰って来るやんな?!」
「しょ、正月に買ったお守りとか効くかなぁ?!」
家にいろ、と言われた大野兄妹は狼狽えた様子で、立ち上がった柳と小野の周囲を回った。制服のジャケットを着て、スマホだけを持った。鞄は置いたまま、紙人形を摘まんだ。
「んじゃ、俺は知らないから小野は案内よろしく」
「任せとけやー、ほな大野ちょっとコンビニ行ってくるわ~」
「川よりコンビニのが遠いやろ・・・!自販機でコーラ頼むわ」
心配が滲む下手くそな笑みだったが、大野はそう送り出してくれた。
外はもう随分暗かった。ましてやこの辺りは山だ。そして小野と柳はさらに上へと登ろうとしている。途中にある会館を抜ければ街灯もない。住宅の灯りだけが頼りになって来る。
「川までどれくらい?」
「川自体はすぐそこや、でも斜面は藪やし足場あらへん」
「ほぉ、じゃぁどこ向かってる?」
「橋や、橋。その川渡れるようになってる手すりもなーんもないただの橋がある」
山道はきちんと整備されているし道は分かれているわけでもないので、迷子になることもない。ある程度登ったらそこから道なりに平坦な道をまっすぐ歩いた。左側は斜面、右側は木々が鬱蒼としていて、その奥の方で微かに水音がする。おそらく小野がいうように川はすぐそこを流れている。
歩きなれているだろう小野はともかく、柳は見た目の通り体力がない。額に汗がにじんできたし、息切れもしてきた。
「柳はさぁ、最初っから呪詛返しするつもりやったんか」
「可能性だけは考えてた」
「なんや慣れとるのぉ」
「そうでもない。ちゃんと対処しようなんて初めて思った」
「はぁ~俺はこれから夜道が怖ぁてしゃぁないのに」
「そうは見えないね。俺を置いていく気か?」
「はよぉ終わらしたいねん、きびきび歩かんかい!」
震えた声で小野がそう言って足早に先を歩く。だが、一定間隔空くと待っていてくれるのだから、優しいものだ。柳が息切れで喋れないものだから、絶えず声をかけてきた小野も黙り込み、沈黙が落ちる。
小野は、心臓がうるさいと思った。だって静かだ。
鳥や蛙、虫の五月蠅い音が響いていたはずなのに、葉擦れの音もしない。
「・・・」
柳の足音もわからなくなって、足を止める。置いてきてしまったかもしれない。声をかけようとして、ぐっと喉がひきつる。
スゥ・・・
息遣いだ。近い。耳元すぐだった。生臭さが鼻をついた。目の前が真っ暗になる感覚で、手足は冷たいのに、異様に頭が熱くて、くらくらした。
(なんで俺が)
不幸の手紙の持ち主である綾香ではなく、そして現在紙切れをもっている柳でなく、とそう小野は思った。同時に紙切れの文言も思い出して、振り返っていいのか、振り返らないほうがいいのかも葛藤した。
「り、臨!兵!闘!」
混乱のままに、ひっくり返った声が出た。とりあえずの安心のために大野の真似をしたが、さっぱり頭は働いてなくて、次はなんだったっけと詰まる。焦りが頂点に達した時、肩を掴んで強引に振り向かされて、小野は思わず拳を振り抜いた。
「どわっ」
「や、やなぎっ・・・すまん!」
ぎりぎり拳を仰け反って避けた柳に、小野は反射的に謝った。一瞬で全てが妄想だった気がしたからで、あまりにも怖がりすぎだったと反省したのだ。だが柳は怒ることもなく、突っ立っている小野を頭から足元へ視線を滑らせて、頷いた。
「うん、咄嗟に九字を言えるんだから平気そうだね」
「え、待って待って今の合ってた?俺どういう状態?」
「さぁ川か橋か、もう近いか?そろそろ俺の体力が持たないよ」
「結構平坦な道やったろうが!」
柳が汗だくのままに小野を追い抜かしていこうとするので、今度は二人並んで歩いた。
ひどく肌寒かったはずだが、今はじっとりした暑さがまとわりついてくる。心臓はまだばくばくと速かった。
「ここか、ちっさいな」
「こっからなら降りれるやろ。昔よくこのへんで石ひっくり返してたわ」
ザリガニおらんかなって思ってたけど、おらんかった、と小野は言った。橋は小さい。二人で川辺へ降りてみたが高さも大してなく、上ることも容易だ。小野は懐かしいなぁ~と呑気なものだ。散らばっている石を足場にして、流れのある場所へ移動する。水量はなく、川というより沢だが、紙切れが流れていくには十分だ。ここに来るまでの川を見る限り、この先で水量が増えるのだろうと柳は思った。
「河の瀬に祈り続けて祓ふれば雲の上まで神ぞのぼりぬ」
静かにそう唱えて、そっと紙を川の流れに乗せた。どこかの石に引っかかるかと思ったが、流れにのってすぐに下流のほうへ消えていく。それを見届けて、橋の上へ戻れば、小野は呆気ないと言いたげな顔をした。
「これだけ?」
「これだけ」
「・・・まぁ、無事終わりましたって言うたら綾香ちゃん安心するか」
「そういうこと、さぁさっさと帰ろう。なんならおぶってくれよ」
「俺も疲れとるわ!帰りは下りがメインやから平気やろぉが!」
二人は汗だくで大野の家に帰り、大野兄妹からひどく感謝をされた。
家のほうも問題はなかったらしく、不幸の手紙がさらに増えるということはなかった。
次の日以降、綾香ちゃんが怪我をしたり変なことが起こることもなくなったと大野から聞いて、全員が安心したものだ。そして大野は感謝の気持ちなのだろう、いつもより豪華にダラダラしよう、なんて言って家に邪魔する際、晩飯を食べていけと言った。ピザを奢ってくれるらしい。そのため、その日は小野と柳は有難く思いながら大野の家へと行ったのだった。
「ピザいうたらコーラやろうが!」
「ファンタ!ファンタ!」
「コーヒーある?」
「コーヒー!模範的中二病か?!」
騒がしい二人を置いて勝手知ったるキッチンへと入っていくと、綾香が立っていた。以前あった火傷痕はもうないようで、元気そうに見えた。
「・・・あの、柳さん」
「どうしたの?あれから変わったことはない?」
「それなんですけど、私は平気、でも・・・」
物言いたげに少し俯く彼女に、柳はしゃがんで視線を合わせた。気にせず言ってみて、と視線で促した。
「学校で女の子の友達と階段を降りてたら、誰かが足を踏み外したの」
「危ないね」
「そうなの、私以外皆が団子になって落ちちゃって」
そこで口を噤んだ。将棋倒しになった女子集団、学校なんて大した階段はないだろうから、軽傷の子がほとんどだろうが運悪く下敷きになった子は重症かもしれない。
「皆、擦り傷ぐらいだったの」
「そう、軽くすんでよかった」
「でも、でもね、雪ちゃんだけ」
「・・・」
「雪ちゃんだけ、頭を打っちゃったって目を覚まさないの」
綾香は涙目で柳を見た。これは、呪いなんじゃないか、助けてくれないかという縋るような目だ。柳はそれを振り切って、綾香へ言い聞かせた。
「綾香ちゃん、呪詛返しで彼女がそうなったなら」
ひどく冷めた声になってしまった。
「彼女が始めた呪いだったってことだよ」




