本日も全てスルー
休日、柳はいつもの大小コンビとの待ち合わせのために駅前にいた。街路樹を囲む円形のベンチへ腰かけてぼんやりと周囲を眺めていたが、ふと気づいたときに目の前にスーツを着た男が立っていて、瞬きをした。
「俺の靴、知らないか」
「・・・」
柳はあからさまに無視するように視線を向けることさえしなかった。
「俺の靴、靴がないんだ、靴、知らないか」
「・・・」
確かに靴がない。靴下は汚れて、穴さえ開いている。ついでにスーツの前ボタンだって止まっていないし、首元には社員証らしきものがかかっているが、だらりとした腕には鞄さえなく、サラリーマンに見える一方で、こんな休日の午前中に、と思える妙な男だった。柳は周囲へ視線を流した。誰もいない。駅前なのにな、と思った。
「俺の靴、靴、ないんだ!靴!」
スマホを出してつまらなさそうに連絡がきていないか確認するが、そこには何もなかった。ヒートアップするサラリーマンらしき男に柳はため息をこれ見よがしに吐いた。
「屋上にあるんじゃないですかね」
そう興味もなさげに目の前の商業ビルへ視線をやれば、男もその視線の先を追ったようで、仰ぎ見た。異常に首を反らせて、ねめつけるようにビルの上の方を見ている。
「おーい、柳!すまんなぁ、遅延しとった」
小野の声がして振り返れば、そこには大野もいた。遅延だというのは本当らしく溜まっていた人間が一斉に吐き出されるように改札が人で埋もれていた。
柳が立ち上がった時にはもうサラリーマンの男はどこにもおらず、そしてそれを誰も気にしなかった。柳も探す素振りさえしない。
「ほな行こか」
「場所わかってんの」
スマホを片手に公式情報をみつつ、館内のMAPも確認し、三人でうろうろとする。この辺りで遊ぶとなるとここ、という商業施設。慣れてはいるのだが、広い分普段いかないエリアはある。
今回は大野と小野が非常に好んでいるアニメのコラボショップが期間限定でオープンしているということで、柳は付き合いで足を運ぶことになった。正直アニメについてはさっぱりよくわかってない。今度アニメのDVDが出るので鑑賞会をしようと言われているが、その布教が成功するようには思えなかった。
「トラモン・・・トラックなの?」
「せや、トラックモンスター!モンスタートラックとかデコトラとかあるやろ?あれをモチーフにしたアニメでな」
トーマスの亜種か?それともポケモンの亜種?と壁一面にラッピングされたキャラクター達を眺めて柳は首を傾げた。トラックっぽい四つ足モンスターなキャラクターと個性の強い特徴をもった人間のキャラクターが並んでいて、子供向けではあるものの大人も楽しめるように作っている感じがわかる。ぬいぐるみやキーホルダーなど以外にもトラックの玩具がたくさんあるのを見るとホビー系アニメでいいのだろう。しかし柳にとってモンスタートラックはわかる~!と身近に感じるものでは全くない。
「何それ・・・それストーリーになんの?トラック同士で戦うの?チキンレースとか?」
「物語にはトラックコンテストとレースと闇のトラック大会が関わってきてな・・・」
「運転手とトラモンたちとの熱い絆がな・・・!」
「トラモンのポジションがよくわからないよ」
大野と小野が交互に畳みかけるが柳にはイマイチ興味が湧かなかった。店内で流されている映像は迫力ある格好いい演出のオープニングだったり、キメ台詞だったりした。全体的に原色がぺかぺかとしていて見ていて疲れそうだな、というのが柳の感想だ。
「やっぱアニメやろ、コミックスも悪ないけどな」
「コミカライズはちょっとギャグに寄りすぎ」
何やらそんな批評をしつつ二人は手の中をグッズでいっぱいにしていく。結構な量を抱えているように見えるが、中学生のなけなしのお小遣いをつぎ込むのだから、精一杯厳選した上での数だろう。ぐぬぬ、と唸りながらヒロインらしい女の子のキーホルダーを棚へ戻していた。
柳はどうしようかな、と迷ったが記念に、とタイトルロゴのキーホルダーを購入した。
本日のお目当てだったショップを見終えて、二人は満足そうであるし他に細々とした買い物も終わり、ちょうど時間は昼を過ぎたあたり。空腹が限界だった。
「飯いける?」
「いけるいける、フードコートにする?」
「そうしよ、たまにはマクド以外がええわ」
グッズを買ったせいでお金がない、と言うならばスーパーのカップ麺で誤魔化すところだったが、一応まだ余裕があるようだった。柳の財布の中も一応何枚か札が入っている。二人はフロアマップのパネルを見て、ラーメン!天丼!と言いあっている。丼屋に決まりかけた時に、余計な一言だと分かっていながら提案をした。
「・・・せっかくなら、向かいのビルのほういかない?」
「なんでや?ええけど」
向いのビルは安い飲み屋が多くて、夜はサラリーマンばかりで近づきがたいが昼間にランチ営業をしているところも多くて穴場ではある。そう言えば二人は乗り気になって、ええやんええやんと意気揚々と移動することになった。フットワークの軽い奴らでよかった、と柳は、ちらりと件の天丼屋へ視線をやった。正確にはその奥の角、プラスチックのチェーンで封鎖された階段付近を見て不快そうにした。
「あのへん錆び臭いんだよね」
近寄らないのが吉。天丼は好きなんだけど、と柳は昼飯について考えた。
◆
全員が財布の現金を数えてから、イケる!と判断した中華店へ入り、注文を待っていた。やれチャーハンだラーメンだ、チャーシュー丼だと結構な量を頼んだので、来るには少し時間がかかりそうだった。柳は二人から改めてトラモンの布教を受けており、うんうんと頷くだけの人間になっていた。ヒートアップする二人がうるさくて周囲の迷惑になってないかが気がかりだ。
「お、きたきた」
「うわっこれ千二百円はありがたぁ」
「うん、多いね。いただきます」
ボリュームたっぷりのセットが届いて三人は暫く食べることに夢中になり、無言になった。そのせいか、店内BGMに混じって妙な音が混じるのに気づいた。最初に不思議そうに周囲を見回したのは小野だった。
「なんか童謡?みたいなん鳴ってへんか」
「鳴ってない」
「ん?・・・あー、確かに?」
子供の合唱みたいなん聞こえるかも、と大野も同意した。柳はずずずっと担々麺を啜ることをやめなかった。店内でうるさくない程度に流されているJPOPは流行のわからない柳でも聞いたことのある曲。そこに被る伴奏もない童謡は雑音もいいところだった。何を言っているのかはわからないし抑揚も薄い。気味が悪いな、と居心地悪そうにした大野と小野だったが、後ろの席の人間が会計のために席を立った時に音が大きくなるのがわかった。そのまま音とともに男は遠ざかって行って、二人はなんだ、と安堵した。
「えっらい音漏れやったなぁ!」
「童謡聴くって何?幼稚園の先生やろか」
「・・・子供に好かれる人なんじゃない」
柳は鼻で笑うような仕草でそう言って、空になった皿の前で手を合わせた。童謡が気がかりで咀嚼が遅くなっていた二人は急に勢いがついて、どんどん皿が空になる。美味しい美味しいと言って気まずい空気も立ち消えた。店内のBGMは途切れることもなく流行の曲を流している。
「ていうかイヤホンしてた?」
さっきの人、と大野が首を傾げたが、柳は、無線じゃわかんないよ、と取り合わなかった。
◆
帰りの電車は全員路線が違うので、改札前で別れるのだがバイバイという前に妙に話が弾んでしまうのもよくあること。早めに帰るつもりが帰宅ラッシュにかかってしまった。人込みが目立つようになってきた中で、柳は急に背中から体当たりを食らって倒れそうになる。
「えっ?!」
「大丈夫か?!」
「おい、おっさん!謝らんかい!」
前のめりになったが、小野と大野がいたためなんとか支えられて転げずに済んだ。だが、ぶつかってきた人間はそのまま逃げていったらしく、もう背中しか見えない。小野が憤って怒鳴ったが、男の足は止まることはなかった。周囲は何事だと視線を寄こし、察した人間が怒鳴り声の対象である男を避けて、人垣に妙な狭間ができた。
「・・・いいよ、体調悪そうだ」
「そうか?まぁそれなら・・・」
「ほんまや、フラフラしとる。酔っ払いか?」
避けられている男はおかしな蛇行をしていて、走っているような風だが、それでようやっと前に進めているレベルだった。大体の人間が関わるのを躊躇するだろう。ぶつかっただけだし、と言えば小野と大野が疑り深くスリでは?なんかつけられたんちゃう?と柳をその場でくるっと一回転させたが外見的に変化はなかった。最後に少しケチがついたな、という空気だったものの三人はその場で別れて手を振った。
小野のいうぶつかってきた男に何かされたのでは、というのが大当たりだったことに気づいたのはその日の夜、入浴中だった。柳がシャンプーの泡を洗い流すのにシャワーで湯を浴びていた時、ふと背中が冷える感覚に襲われて目を薄く開いた。シャワーの湯量に合わせて前髪が滝のように揺れる隙間から、目の前にある鏡をみた。動く水面と湯気の中で、黒髪の女が映った。
「ふぅ~・・・」
深呼吸に近いため息を吐いてシャワーのコックをひねった。さらに強く湯が出て、視界は飛沫だらけになる。一面真っ白な湯気まみれになった浴室から柳はとっとと出て、落ち着いた様子で寝間着を着た。いつも通りの様子のまま自室へ戻り、すぐに今日身に着けていた服、鞄などを調べる。
服のポケットを全て裏返すも何もなかったが、鞄も同様にチェックしていると、底の方に何かある。逆さにして転がり落ちてきたのは指輪だった。見慣れないもので、中学生が手にするには相応しくもないジュエリー。使い込まれていたのか、安物なのか、随分くすんだ指輪だった。小さな宝石が本来載っているだろうそこは空っぽで台座だけがある。
「婚約指輪とかかな・・・」
指輪を摘まんでしげしげと観察していると、シャワー中にも感じたひやりと感じる空気が部屋を包んだ。柳は背中しか見えなかったぶつかってきた男を思い出して、珍しく嫌悪感が湧いた。自らに降りかかった厄介事を子供に押し付けようだなんて、と柳は迷わず指輪をベッドの下へ放り込んだ。
あとはもう、なるようになれ。
柳は躊躇なく電気を消して布団へ潜り込んだ。夏にしては少し肌寒い、そんな日だ。
◆
次の日、日曜日だがいつも通りの時間に起床をした。
ぼんやりとした頭を振って、ようやく昨晩のことを思い出す。
「あの男の元に帰ったかな」
慣れた仕草でベッドの下を覗き込み、そこに何もないことを確認する。朝日が入り込み、埃がキラキラとする普通のベッドの下。エロ本の一つも置かれておらず、定期的な掃除もしている。昨日転がした指輪はない。
うん。因果応報因果応報。




