踏切銘
小野が、いつもより声のトーンを落として相談があると言った。大野と柳は二人とも家で宿題したくない派だったので、放課後でもノートと教科書を広げていた。そんな二人の横の席へ勝手に座り、何も返事をしていないのに話を始めた。
「相談っていうか、ちょっと意見聞きたいねん」
「なんやねん、改まって」
「よくわからないが、やめとけ」
「早い!早いわ結論がぁ~!柳めっちゃ面倒くさそうやん」
いちいち賑やかな反応をしてくれるものだ、と柳は諦めて教科書を閉じた。あと少しなのだが、仕方がないので宿題は正しく家でやろう。大野もそう思ったのだろう、柳に続いて机の上を片づけて、代わりのように小野がポテチやグミ、チョコといった菓子類を取り出した。
「ありがとう、ありがとう」
「相談の報酬か、先払いがすぎる」
そうはいいつつもポテチはパーティー開きにして、さっそくとばかりに摘まんだ。王道のうすしお味。空いているスペースにパックのジュースまでトン、トン、と置く。どうやら奢りらしい。大野はこれも報酬?と怪訝な顔をしている。柳もそれだけ厄介な相談か、と遠い目をした。放課後、運動場の方からは運動部の掛け声がする。
「バイトせんかって誘われとってな」
「中学生やんけ俺ら」
「誰に?」
さっそく、とばかりに本題にはいる小野に、大野はすぐ突っ込んだ。前振りが短いのが彼のいいところだが、前提がわからない。柳は手の付けられていないグミを開けてポテチの中にばらまいた。塩味になる!と大小コンビが文句を言うが、無視した。
「先輩の先輩、やな。三年の安田先輩の知り合いで高校生になった増田先輩・・・俺はあんまり知らんねん」
「ふぅん、俺も知らんな」
柳も大野に続いて頷いた。安田も増田も知らなかった。三人の交友関係は割と分かれている。小野は見た目の通り少し派手でやんちゃなグループによくいる。グミの袋についていたオマケのマスコットキーホルダーを勝手に小野の鞄につけてみたが、小野は喋るのに夢中で気づいて無さそうだ。揺れるピンクのうさぎちゃんに大野は面白そうに笑っている。
「まぁ、とにかく安田先輩が増田さんがやってるバイトの代理をやってくれんかって色んな人に声かけとってな」
「バイトの肩代わりか?ふざけとんかそいつ」
「いろんな人に?小野だけじゃなくて」
「そうやねん、なんやったら他にも声かけといてくれって」
小野の言葉に二人で沈黙する。
「な、怪しいやろ?」
「闇バイトちゃうんか、やめとけや」
「詳しい話聞けたの?」
小野は怪談でも話すように顔を寄せてこそっと話を続けた。
「安田先輩曰く、踏切の確認らしい」
「踏切の確認?意味がわからん」
「何を確認するの」
「なんかな、踏切名の看板が悪戯されとらんかの確認やて」
踏切名?と首を傾げれば小野自身もあまり詳しくないらしく、スマホを片手に踏切銘板・・・?と疑問符を付けながらしゃべる。駅名と同様に踏切自体にもちゃんと名前があるらしい。柳は知らなかったな、といつも通る踏切を思い出そうとした。
「まぁ、とりあえずマジでそれだけらしいねん。ちゃんと証拠のために写真とってくるだけ」
「肝試しかよ・・・」
「でも給料ええって」
「でも安田増田からピンハネされるんやろ」
大野にハンッと鼻で笑われて、対抗心が湧いたらしく小野は口をひん曲げてその怪しいバイトのメリットをつらつらと述べた。給料がいいこと、別に夜にいかなくてもいいこと、昼間と夜間どちらでも、とにかく常時いつでも見に行って欲しいと言われている。
小野も自分で喋りながらやはりおかしい、と思ったらしく黙り込んだ。三人で額を突き合わせたまま難しい顔をした。
「で、その踏切名なんなの」
「人胆丸首塚通りや」
◆
「一回その踏切に行ってみようや」
それからバイトするか決めるわ、と小野が言った。大野と柳は仕方が無さそうに頷いて、三人はその足でそのまま移動を始めた。
結局のところ小野も断りたいのだろうが、先輩の面子を汚せないとかそんな理由で迷っているはずだ。もちろんこちらは中学生、バイト代というのも魅力なのだろうが、そうだとしても怪しい。
「悪戯ってなんなんや」
「知らん、落書きとかやろ?」
山に沿っている街並みは基本的に坂ばかりで、三人は息を切らしながら足を進めていく。大野の家よりも下りになるのに、いつもと違う道を通るからか、迷子になりつつだからか、体力が削られる。ようやくついた場所は本当に小さな踏切だった。
「こんなとこに踏み切りあったんかい・・・小野ぉほんまにここか」
「車は通れないとこだね」
「ちょうど駅と駅の中間って感じやな・・・どっかに名前ないか」
線路と住宅との間を仕切る網に手を掛けて、件の踏切を覗き込む。丁度近隣住人だろう爺さんが通っていて、さらに追加で三人が通るのは邪魔になりそうな幅だった。細い人間がすれ違うことができる程度の幅で、遮断機も初めて見る短さだ。
かんかんかんかん、やたらうるさく響き渡る警報に三人の話声はかき消される。
「看板、向こう側にあるんちゃう」
かろうじて聞こえた大野の声に頷いた時に目の前をゴォッと電車が通り過ぎた。電車との距離がひどく近い。遮断機ギリギリに立っていると事故が起こってもおかしくはないぐらいだ。柳は冷や汗をかいて一歩下がった。
かんかんかん・・・警報音が鳴りやみ、遮断機が不安になるカクカクとした動きで持ち上がった。そしてすぐ下がろうとする。警報音も再び鳴り出した。
「早い、早い!なんで開いてん!」
「渡れ渡れ!」
三人でぎゃんぎゃん文句を言いながら転がるように踏切を渡った。ほぼ降りかけていた遮断機をくぐって、一息つく。一応塗装されているアスファルト部分と左右の土の地面がむき出しになった段差部分で躓きつつ、邪魔にならぬ位置へ移動する。
「あ!これちゃうか」
大野が声を上げたのを聞いて、小野と柳が振り返った。遮断機とガードレール、おそらく大野の指の先に踏切銘があるのだろう。
かんかんかんと警報音が鳴り響くが、大野の声はよく通った。
「あれ、小野のいう踏切名とちゃうわ、お前間違えたんちゃうん」
黄昏時、それは見間違えかもしれなかった。
「ここ、人胆丸斬首通りやて!」
ざしゅんっ
首元を何かが通り抜けていったこそばゆい感覚と、柳に手を引っ張られて重力に逆らう感覚、それが一瞬だった。坂道で勢いよく転がる大野の身体と、珍しく切羽詰まったような顔の柳。小野は真っ青になって二人へ立ち上がる手を貸した。その手は震えていた。
三人の前には人影があったように見えた。
「何かおかしい!離れるで!」
「逃げるぞ!走れ!」
「お、おう」
坂道は急で、アスファルトは途中から小石まみれのガタガタな道だ。
その小石が背後でガツンッと跳ね飛ぶ。何か硬質なものを叩きつけたようで、大野は首元を摩って冷や汗をかく。
かんかんかんかんという警報音が耳の中で膨張するようになり続ける。
おかしい。走っているのに、音が去っていかない。おかしい。
かつんっと躓く音と、盛大に転がり落ちていく小野。じゃらじゃらと小石が飛び散った。いってぇ!っという声に思わず柳と大野が足を止めて、彼を起こそうとしたが、小野は平気だ!と叫んだ。
「鞄がクッションになったから!ええから逃げろ!」
彼の背後で大きな人影が動いた。
真っ赤な夕日と濃い影が何故か目に焼き付いて仕方がない。
あぁ間に合わない、何がとわからずとも本能的にそう思った。
その時に小野の鞄から転がり落ちたキーホルダーに気づいたのは、それを付けた本人である柳だけだった。
かんかんかんという警報音で耳が壊れる前に、揺れる影に視界が呑まれる前に、そのキーホルダーを投げつけることができたのは柳だけだった。
ざしゅん
軽い音だった。空中にあるうさぎのマスコットの首が切り離されたのを三人が見た。
こつん、と二つになったキーホルダーがアスファルトの上に転がり落ちれば、重たくのしかかっていた威圧感が消え、鳴り響いていた警報音が鳴りやんで遮断機があがった。駆け下りたはずの坂道の真ん中で三人は転がって蹲っている。
あまりに刹那的で、頭がついていかなかった。
自分の心臓の音に気づいた途端に住宅の音が耳に入って来る。
息切れをした三人で、最初に深呼吸とともに立ち上がったのはやはりというか、柳であった。
「はぁ、帰ろう」
大野と小野はただ静かに頷いた。
◆
「踏切ってのは、駅名ほど重要視されてないから、古い名称から変更されないままのことが多いらしい。手間だからな」
「つまり、あれか。あの場所は正しく首塚の通りだったと」
「可能性は高い」
なんたら大学前という名前の駅と踏切があったとして、その大学がなくなってもその名前を残したままになっている踏切はある。つまり郷土資料をひっくり返せばあの場所は首塚に関係するだろうと柳がいえば、大野と小野は嫌そうな顔をした。
不可思議な体験を共有した三人だったが、今この時まで、あの件を蒸し返すことはなかった。
小野がどうやら速攻でバイトを断ったらしいということだけは聞いている。
「人胆丸・・・検索してみたんやけどさぁ」
「山田浅右衛門、御試御用の人が出てきたんじゃない」
「せやねん・・・!熊の胆のうが生薬になるとかの人間版やろ?!やばいな!」
スマホを片手に大野はようやく本音を言えた!という勢いでで二人に恐怖感を共有しようとした。小野もこっそり検索をしていたようで、強く頷いていた。
山田浅右衛門は日本史好きには有名で、ようするに罪人を使用して刀の試し切りなどを生業にしていた家のことだ。人斬りついでに人間の臓器を使った薬などの販売もしていた。
「せやけど、ここらの土地で山田浅右衛門が関係すると思うか?」
「ないな。ないけど、人胆丸は薬やろ。商品名丸パクリで売ってたんかもしれん」
「首塚だろうが斬首だろうが、斬るのに縁のある場所だったかもね」
それこそ郷土資料ひっくり返さなきゃわかんないよ、と柳がいえば小野と大野はため息をついた。そして二人は大量のオマケつきのグミを取り出して広げた。ぶどう味だ。
「うちのの市長ケチやから郷土資料全部捨てたやろ」
「隠蔽や、隠蔽」
「お前らそんなにグミ好きだった?」
ちまちまとランダムマスコットの開封作業をする二人に、柳がそう言えば、ずいっとうさぎとイヌのマスコットキャラクターを目の前に押し付けられた。
「ドアホ!近所やねんぞ、いるやろお守りの人形!」
「俺らは今日から女子高生並みにマスコットぶら下げるで!」




